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花王、売上高認識の新会計基準 今期から1年前倒し適用 - 「IFRS(国際会計基準)第15号 顧客との契約から生じる収益」の復習を兼ねて

経営管理会計トピック 実務で会計ルールをおさらい
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■ IFRSを採用すると、どうして売上高が減ってしまうのか?

経営管理会計トピック

日本企業が強制適用でないにもかかわらず、IFRSを積極的に任意適用するのは、その方が公開される財務諸表数値が経営者が好む方向に修正されるからです。今回の適用例は、通常のケースならば、見かけ上は売上規模が小さくなるので、経営者が望む方向ではないのですが、花王は、IFRS適用会社としての適用義務発生時期(2018年12月期)より前倒し適用するという報道がありました。

2017/1/5付 |日本経済新聞|朝刊 花王、売上高認識の新会計基準 今期から1年前倒し適用

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

「花王は2017年12月期から、国際会計基準(IFRS)の収益認識の新基準である「IFRS第15号」を適用する。支払手数料の一部を売上高から控除する必要があり、400億円の減収要因になる。損益には影響しない。IFRSを採用する花王は18年12月期から新基準の適用義務があるが、1年前倒しする。」

(下記は同記事添付の「新基準では売上計上額が小さくなる」を引用)

20170105_新基準では売上計上額が小さくなる_日本経済新聞朝刊

通常は、企業側有利と判断された場合に、IFRSが選択適用されるのが通常です。

(参考)
⇒「国際会計基準の導入、100社超える -ここで業種別の分布からIFRS導入の傾向を探ってみる!

IFRS適用している以上、避けて通れない、「IFRS15号」適用を1年前倒ししたことを花王は決断したことは前向きに評価できるでしょう。それでは、15号で規定されている「収益計上基準」の概要とはどういうものなのでしょうか?

 

■ 「IFRS第15号」の本質と「JGAAP」との相違を復習してみる!

実は、「IFRS第15号」については、過去投稿でしっかりと解説していました。

⇒「会計基準委「売上高計上」への意見公募 18年から新基準導入へ 取引内容ごとの影響例公表

第15号の概要はこの記事で確認して頂くとして、本稿では、花王のケースに特化して、追加コメントを付していきたいと思います。

冒頭の新聞記事にて、

「花王は自前の物流センターを持つ大手小売りに対しては、小売り側の物流センターに商品を配送している。各店舗への配送は大手小売り側が受け持つため、花王は大手小売りに物流システムの利用費として手数料を支払っている。
 これまでは手数料を費用に計上していた。新たな基準では費用には計上せず、手数料を控除する分だけ会計上の売上高が減る。」

とあり、従来は、顧客への商品販売高としての販売金額を売上高として、その販売に伴う販売物流活動の小売り企業側の負担分を物流システム利用費として計上するという、日本の会計基準では、一見して、問題の無い表示方針であります。それは、「総額主義の原則」に忠実に従っているからです。

JGAAP(日本の一般に公正妥当と認められた会計原則)を体現するものに、「企業会計原則」が存在し、その中に「損益計算書原則 1B」という項目には、

「費用及び収益は、総額によって記載することを原則とし、費用の項目と収益の項目との直接に相殺することによってその全部又は一部を損益計算書から除去してはならない」

というものがあります。花王は、この原則により、販売代金と物流システム利用における手数料をこれまで両建てで計上してきたのです。

IFRS第15号のどの部分が日本基準の「総額主義の原則」と意見を異にしているのでしょうか?

IFRS第15号における収益認識のステップは次のように考えられています。

① 顧客との契約を識別する
② 契約における履行義務を識別する
③ 取引価格を算定する
④ 取引価格を独立した履行義務に配分する
⑤ 企業が履行義務の充足時に収益を認識する

このうち、3ステップ目の「③ 取引価格を算定する」は、下図のような考え方に立脚したものになっています。

20170107_「IFRS第15号『顧客との契約から生じる収益』の適用」ー工業製品および工業サービスセクターにおける適用上の論点に対する実務ガイドより

(上図は、デロイトトーマツ|「IFRS第15号『顧客との契約から生じる収益』の適用」ー工業製品および工業サービスセクターにおける適用上の論点に対する実務ガイド より、「3.取引価格」の説明図を引用)

IFRS第15号では、
① 売上計上のタイミング(認識):顧客と契約が成立しており、契約履行の時期・内容が確定したとき
② 売上計上の金額(測定):販売企業側が得ると見込む対価の金額であること

と考えられており、②の測定基準から、何が対価として正当か、という論点で見解に違いが生じているのです。IFRSでは、
① 変動対価:数量値引や価格リベート等、発生が確実な要素は予め収益から差し引いておく
② 現金以外の対価:契約履行に必要な活動や現物提供にかかるコスト
③ 貨幣の時間的価値:例えば支払い条件により、変動する「売上割引」等が該当
④ 顧客に支払われる対価:ポイントカードの点数(将来の値引)など

を考慮する必要があります。今回の花王のケースでは、「② 現金以外の対価」が当てはまるのです。花王の商品を小売企業に買ってもらって対価を得る際に、小売店までの販売物流費を顧客側に肩代わりしてもらっている。花王が販売時にその分の費用を支払います。これを、IFRS第15号では、収益のマイナスとして、相殺した数字が、この商品販売の契約における正当な契約金額として見る、ということなのです。

 

■ JGAAPにおける「総額主義の原則」の本質を復習してみる!

JGAAPにおける「総額主義の原則」の要件とは、
① 取引規模の明示
損益源泉の明示
から構成されています。

① 取引規模の明示
損益計算書(P/L)上で、収益項目と費用項目との相殺表示を禁止するのは、企業の営業取引の規模をきちんと明示させることにあります。売上高と売上原価を相殺して、売上総利益だけでは、どれくらいのボリュームの経済的取引をしている企業か分からなくなるからです。また、売上総利益だけが表示された場合、取引ボリュームの増減ではなく、原価率の変動が表示される売上総利益の額を変えてしまいます。原価効率が取引規模に影響を与えるのは何ともおかしい話ではありませんか。

この点については、別の論点でもIFRSと日本基準の間でおかしな関係が生じています。IFRSは「原則主義」、日本基準は「細則主義」を採用しているといわれているので、個々の取引における総額表示のケースが細かく日本基準に規定されているのかと思いきや、実際は、原則主義を採るIFRSの第15号の方にしか、ソフトウェアとか建設工事等に関する収益計上の考え方が示されていませんでした。また、商社のように、代理人の立場で取引した際の収益表示金額の示し方も従来は規定されていませんでした。

商社はこぞってIFRS導入をしていますが、その際に、新聞報道でも大いに取り上げられたのが、IFRS適用すると、売上高が7割程度に減額されることでした。これは、IFRSの方が、本人取引は「総額主義」、代理人取引は「純額主義」(仲立ちした取引における手数料のみを売上高とする)とする規定を盛り込んでいたことによります。

② 損益源泉の明示
損益計算書(P/L)は、企業の経営成績の判断、特に企業の収益力の判断に有益な情報を提供することが求められます。その企業の収益力を判断するためには、どれくらいの大きさの、どのような取引から、どれだけの利益があったのかを知ることが必要になります。つまり、「取引規模」と「取引源泉」の明瞭表示が不可欠となるのです。

そのため、日本基準では、以下3つの総額主義のパターンの全てを実施することを求めます。

ⅰ.費用項目と収益項目の相殺禁止
 ・売上原価と売上高
 ・支払利息と受取利息

ⅱ.損失項目と利益項目の相殺禁止
 ・有価証券売却損と有価証券売却高

ⅲ.費用収益と控除項目の相殺禁止
 ・仕入高と仕入値引
 ・売上高と売上値引

今回の花王における小売り側の物流システム利用料を商品販売高から控除するのは、ⅰ.とⅲ. に照らして、IFRSが本当に正当なのかについて疑問がつきまといます。花王が販売する何万点品種ごとに、ひとつずつ厳密に対応してシステム利用料が設定されているとは考えにくいですし、販売品目の価格競争力や販売ボリュームとは異なる所、物流システムの使用料の変動が売上高の金額を左右してしまう事実。このことが、世の中のIFRSを礼賛する欧米至上主義支持者に本当に理解されているか、甚だ疑問なのであります。

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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