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東芝会計問題に学ぶ 工事進行基準の落とし穴 見積もりに「目標」入る余地 財務と管理、別設定も一案

経営管理会計トピック 実務で会計ルールをおさらい
この記事は約7分で読めます。

■ そもそも工事進行基準で収益を計算することが特例

経営管理会計トピック

日本経済新聞の「法務」のページに会計問題が取り上げられること自体は、それほど珍しいものではなく、特に制度会計に関するものは、深く会社法や税法などの規範に関連するので、それほど違和感はないのですが、今回は、経営管理・管理会計に関する言及があり、しかも制度会計との二重管理を推奨する文脈であったため、どうしてもコメント魂を押さえることができず、今回の投稿と相成りました。

2015/8/10|日本経済新聞|朝刊 東芝会計問題に学ぶ 工事進行基準の落とし穴 見積もりに「目標」入る余地 財務と管理、別設定も一案

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

「2007年のIHIに続き、今年も東芝で「工事進行基準」に関わる不適切会計が発覚した。同基準では工事の原価総額を事前に見積もり、工事の進み具合に応じて各決算期に収支を計上する。見積もりには努力目標などの要素が入り込みやすく、不正の意図はなくても客観性を保つのが難しい会計方法といえる。東芝の反省も踏まえ、注意点と対応策を探った。」

工事進行基準の計算例_日本経済新聞朝刊_20150810

(上図は新聞記事に添付されていたものを転載)

20世紀から連綿と続く会計基準における大きな考え方が、「費用(原価)」の認識基準である「発生主義」と、「収益(売上)」の認識基準である「実現主義」です。この2つを合わせて、「発生主義会計」と総称します。

「費用・原価」がいくらいくらと認める場合には、
① 財貨や用役の費消(なんかの経済価値を使ってしまった)
② 企業の収益を得るために犠牲にした経済価値(費用収益対応の原則)
の両方、または①を満たしている必要がある、というのが長い間の定説でした。

一方で、「収益(売上)」がいくらいくらと認める場合には、
① 財貨や用役の顧客への引き渡しがある
② その引渡しの対価を受領している
の両方を満たしている必要があります。

しかしながら、「工事進行基準」による「収益」「費用(原価)」の認識基準は、これまでこの発生主義会計の例外扱いとして認められてきました。

その許容条件は、
① 工事収益総額(工事が終わった時の全体売上額)
② 工事原価総額(工事が終わった時の全体原価額)
③ 決算日における工事進捗度(何%分だけ工事が進んでいるという確証)
の3つが信頼を持ってきちんとわかっていることです。

作っている途中のビルや大型船、情報システムは、完成した部分だけお客様に引き渡すことはできませんからね。そして、その引渡には結構な年数が必要になります。その間、売上も原価も発生せず、製作につぎ込んだお金がB/Sの未成工事支出金(要は在庫、棚卸資産に類するもの)だけが計上されていたら、何かその会社は完成まで何もやっていないように見受けられるので、こういう会計処理を許容するようになったわけです。

 

■ では新聞記事にいちゃもんをつけたい点は!?

記事では、工事進行基準による会計処理に関して、問題点を2つ指摘しています。

(1)原価見積りに努力目標が反映されやすい

新聞記事では、東芝の件について、
「第三者委の報告を受けた東芝は「不適切処理の主な原因は、コスト削減の目標値を会計上の工事原価総額と区別していなかったこと」と振り返った。」

IHIの件について、
「原価総額を過小に見積もると工事進捗度や売り上げが過大になり、赤字の先送りなどが起こりやすい。IHIの不適切会計にも同様の問題があった。」

そして、それらを監査法人が見抜けなかった件について、
「実現性の低い見積もりをなぜ監査法人が修正させなかったのか。新日鉄住金の宮本勝弘・常務執行役員は一般論として「監査法人が過小見積もりを指摘するのは難しい」と話す。5年後の費用削減を可能にする最新技術を説明されても理解しにくいからだ。」

これらの発言は会計思想の根本を忘れてしまっています。「費用(原価)」は、「過去原価」すなわち、すでに支出されたか、費消されてその発生金額が既知であることが大前提、ということです。その大前提の例外として存在する「工事進行基準」における原価見積額は相当保守的に(確実性を持って)計算されなければなりません。

そもそも、原価見積りがそれ程信頼性が低いということは、工事進行基準の適用条件の「② 工事原価総額(工事が終わった時の全体原価額)」が不明ということで、工事完成基準による費用収益の計上に切り替えるべきです。

この点、IFRSは、「原価回収基準」を採用し、回収可能性が高い部分のみの収益計上と原価計上のみを認めています。そもそも、工事中の案件でも顧客への引き渡し部分のみ収益計上するなど、せっかく、日本基準がIFRSとコンバージェンスするために2009年に「工事契約に関する会計基準」を施行したのですが、世界はもっと先に進んでおり、日本はこの領域では周回遅れとなっているのが現状です。

■ さらに輪をかけて噴飯ものの指摘とは!? -安易に管理会計を持ち出さないで!

では、次の問題点に話題を移します。

(2)工事進行途中に、見積原価を修正しにくい

「工事開始から1、2年後に原価総額の見積もりが過小と分かっても、役員が「4、5年後のコスト削減策を追加して帳尻を合わせろ」と命じたら社員は拒みにくい。見積もりの修正が遅れるほど不正を生む圧力が強まるだろう。」

うーん、では、「工事契約に関する会計基準(企業会計基準15号)」の12、16を下記に転載します。

「12:信頼性をもって工事原価総額を見積もるためには、工事原価の事前の見積りと実績を対比することにより、適時・適切に工事原価総額の見積りの見直しが行われることが必要である。」

「16:工事進行基準が適用される場合において、工事収益総額、工事原価総額又は決算日における工事進捗度の見積りが変更されたときには、その見積りの変更が行われた期に影響額を損益として処理する」

だから、工期途中に思いがけない新工法・新技術が登場して、望外に原価低減が見込める場合は、そもそも「総原価見積り」ができないとして工事進行基準の適用を諦める、もしくはそうした「将来原価」を想定しない「過去原価」ベースで保守的に原価見積りをする、のいずれかです。そして、工期途中で見積原価の変動が確実視された時点で、原価及び収益の変更をすべきなのです。

さらに驚くべきなのは、専門家の次の発言です。

「対策はあるのか。第1の注意点について会計士協会の山田治彦副会長は「努力目標が必要なら、財務会計上の見積もりとは別に、管理会計上の目標値を設定するのが望ましい」と話す。社内には意欲的な数字を掲げたいが、社外には保守的な数字を示したい。こんなジレンマはどの会社にもあるだろう。実際に2つの数字を使う企業もある。」

「制度会計(財務会計)はきちっとした基準に則った会計報告値、管理会計は経営管理者の希望値で、両者を使い分けなさい。さすれば、制度会計が経営者の意図で歪められることはない」という趣旨と理解しました。

これは二重の意味で「会計」を貶めている発言です!!!!!!!

まず、経営者がステークホルダーに対し、適正な会計報告をする義務があります。経営者自身の会計目標値とどれだけ乖離していてもです。制度会計の数値を正しく保つために、独りよがりの数字遊びは管理会計でやってくれ、という趣旨の発言はあまりに、経営者を馬鹿にしています。

さらに、管理会計は、制度会計から離れて、勝手にやってくれ、という姿勢は正しく管理会計のポジションを理解していません。それは管理会計の専門家にも一端の責任がありますが。管理会計は、制度会計数値の改善も含め、経営者の意思決定に資する情報を提供するものです。つまり、制度会計から乖離して、勝手にやっていいものではありません。

管理会計を研究する立場の人からも、「制度会計は正しく企業業績を表わしていない。(自分が定義した)管理会計ルールで表示した会計数値が企業業績を適正に表示している」という発言があるものだから、会計専門家でもこの種の発言をしてしまうのでしょう。

筆者としては、管理会計が制度会計から逸脱したルールで企業業績を表示するのは、そのルールで経営意思決定をして、結果としてステークホルダーに開示する制度会計数値を改善したいからと解釈しています。したがって、「制度会計も管理会計も、お互い勝手にやって!」という種の発言は、企業会計そのものを冒涜するものであると考えます。

記事にはこういう記述もあります。

「第2の注意点への対策として、役員が見積もりの修正に応じない場合は内部監査部門が社外取締役に報告する仕組みが考えられる。だが第三者委の報告書によれば、東芝の経営監査部は業務監査が主で、会計の監査をほとんどしていなかった。」

つまり、制度会計が、管理会計がどうこうというより、要は、それを運用する「人」と人がおこなう「営み(運用と体制)」の方に問題があるということです。

会計の専門家が、「制度会計」がこう、「管理会計」は別、とゆめゆめ軽々しく発言するのは控えて頂きたい、そういう憤慨を強く感じました。\(*`∧´)/

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