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(私の履歴書)樂直入(1)代を替わる 茶碗 世界を裁断する 「伝統と前衛」ジグザグな歩み

経営コンサルタントのつぶやき_アイキャッチ新聞記事・コラム
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自分の人生を言語化できる人生を送ってきましたか?

経済人による「私の履歴書」とは風合いが全く異なることは、連載開始の最初の一文の書き出しから強く感じました。そして、最初に衝撃を受けた段落が次の掛け合いです。

「ご隠居、肩の荷を降ろされ、ますます新しい作風に挑戦ですね」。こう声をかけられる。「隠居」という言葉の響き。人は言葉を付し、安心を得る。抗いはしないが、言葉は常に私の心の内と離反する。私の今後の人生に当てはまる言葉なぞない。作家は世間の言葉を、既成の認識を超えねばならない。言語を超えること。それが作家の命、生きる意味だ。

2020/2/1|日本経済新聞|朝刊|(私の履歴書)樂直入(1)代を替わる 茶碗 世界を裁断する 「伝統と前衛」ジグザグな歩み

自分のこれまでの軌跡を眺めて、一言で表現できることができる人は、いったい、世の中にどれくらいいらっしゃるものなのでしょうか?

これができるには、想像するに、

  • 人並み以上に「言語化」能力に優れていること
  • 「言語化」に値する、または容易に「言語化」できる分かりやすい業績を上げていること

という2つの条件を同時に兼ね備えていなければならないのではと思います。

それに加えて、作者は、ひたすら、自分の内にある何かと対話を続け、いわれも知れぬ何かを「超克(ちなみに彫刻とかけています)」するための挑戦を続けてきた職人・芸術家 人生を、人一倍、自分を厳しく律しながら送られてきたことが偲ばれます。

おそらく、私みたいな半端ものが、このような拙い文章でいくら賛美を送ろうとも、適切な言葉を当てはめられていないことは十分承知しています。それでも、感銘を受けたことを文章に残さずはいられなかった程の大きな感銘を受けました。

自由であったといえる人生

自分を極めようとする営みは、何事も直線的な軌跡を描いて成長や変化を遂げることはないことが、先達の言葉からしみじみと心の底に深く染み入ります。

伝統なぞに押し込められるものか。そう思って生きてきた。世間は決して私の思いを理解はしない。私は今まで十分に自由だった。なぜなら自由と共に制約を自ら引き寄せ戦ってきたから。肩の荷を降ろして得られるものはない。

2020/2/1|日本経済新聞|朝刊|(私の履歴書)樂直入(1)代を替わる 茶碗 世界を裁断する 「伝統と前衛」ジグザグな歩み

ちょっと脱線して、ここで「自由」という言葉の意味について考えてみたいと思います。

思い当たるに、英語から「自らをもって由となす」という意味で、「自由」との訳語を当てたのは福沢諭吉である、と言われています。この時、通説では「freedom」の訳語であって「liberty」ではないと説明されることもあります。

「自由」と訳される言葉を英語ではどのように使い分けているか、Wikiでは次のように、解説されています。

  • Freedom:好む、愛、気ままさや傲慢さが含意されることもある
  • Liberty:社会的・政治的に制約されていない、負債を負っていない

作者のすべての含意を理解しているというつもりは全くありません。この2語を並べてみて、思いついた自分勝手な解釈なのですが、作者は、あえて自分の中にある種の制約を設けて、それを蹴破ることで、Liberty を自分のものにし、そののちに、その Liberty を自分の欲しいままの姿で享受する、すなわち、結果としての Freedom を感じることができたのではないか、と想像しました。

そういう意味で、ゲルマン語からくる Freedom と、ラテン語からくる Liberty が、日本語の中で、等しく「自由」と訳されることは、作者が自分の人生の語るうえで、最もふさわしい表現、語彙の選択なのかなと、密かに感じ入りました。

制約の中にこそ、真の自由アリ。

あたかも、忙中閑あり、の感じです。

樂焼 RAKU WARE|十五代 樂 直入
財団法人樂美術館は樂焼の美術館として1978年&#27...

ジグザグに進む人生

大きな業績を残した人ほど、自分の人生が直線的で、最小コスト、最短距離で成功の端に辿り着いたと思われがちです。

しかし、本人にしてみれば、足掻き、苦しみ抜き、右往左往しながら、努力の果てに辿り着いた境地であり、まったく平坦な道のりではなかったことは、外野がどんなに言葉を尽くしても分かり得るものではなく、永遠に本人にしか分からないものなのかもしれません。

私は振り子のようにジグザグに人生を歩んできた。あえて制約を引き寄せ、伝統を堅持し、その中から独自性を追究する。

(中略)

やがて己がたてた方法論に私自身が取り込まれる。完成度は上がるが一番大切な何かが失われる。それは何か? 私は再び様式に立ち戻る。まさに振り子。片方の極に寄せれば寄せるほど、対極への振れ幅は大きくなる。自由と制約、解放と束縛。相対する意識を自ら大きく揺さぶりながら前へと歩む。

2020/2/1|日本経済新聞|朝刊|(私の履歴書)樂直入(1)代を替わる 茶碗 世界を裁断する 「伝統と前衛」ジグザグな歩み

言葉の一つ一つの重みの違いを感じさせる文章です。その重みは、それを発話する人の経験値そのものなのでしょう。そう考えると、自分の文章のなんと薄っぺらいことか。まったくと言っていいほど、含蓄や深みはありません。蘊蓄は多いですが、、、^^;)

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