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■ HPの「事業分割」の歴史

経営管理会計トピック
米IT(情報技術)大手のヒューレット・パッカード(HP)がパソコンとプリンター事業を分離する計画を発表しました。

2014/10/7付 |日本経済新聞|朝刊
業界再編の引き金に HP、パソコン・プリンター事業分離 競争激化で戦略転換

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

下記に、これまでのHPの事業分割(スピンアウト)の経緯を、簡単にまとめました。
経営管理会計トピック_HP事業分割の系譜 
祖業の「電子計測器」からある程度、距離感が近い隣接領域に多角化するたびに、事業分割(スピンアウト)が繰り返されています。これこそ資本主義のダイナミズムといえましょう。ある程度、HPの事例から「事業」と「会社」という器(うつわ)の相関関係の妙が感じ取れるのではないかと思います。

■ プレスリリースからスピンアウトの本意を探る

今回のスピンアウトのプレスリリースの冒頭にこのような一説があります。
Strategic step provides each new company with the focus, financial resources and flexibility to adapt quickly to market and customer dynamics while generating long-term value for shareholders
HPのホームページ
《和訳》
この戦略的な一歩によって、それぞれの新会社は明確なフォーカスと財務資産、そしてダイナミックな市場と顧客に対する迅速に対応できる柔軟性を備えるようになり、同時に長期的には株主への価値を高めることになる。
Publickey Enterprise IT x Cloud Computing x Web Technology / Blog
また、2013年9月20日にアジレントのプレスリリースに次のような会社分割のキーメッセージと利点が述べられています。
《キーメッセージ》

  • 2社とも株式を公開。株主の皆様は、独自のそれぞれ異なるビジネスチャンスを有する2社として投資が可能に
  • 39億ドル規模のライフサイエンス・診断・応用市場会社
  • 29億ドル規模の電子計測会社の社名は後日発表
  • 会社分割により、戦略面、経営面において、両事業の発展に寄与
  • 経営陣はそれぞれの会社のお客様への注力を強化

《利点》

  • LDAおよびEMそれぞれ異なるビジネスに経営陣が専念可能
  • LDA会社は高成長のLDA事業に経営資源を集中。変動の大きいEM業界の影響を抑制
  • EM会社は、かつてのLDA事業中心の投資から脱却し、自社の事業の経営資源を集中
  • それぞれ独立した独自の2社として投資可能
  • 両社とも良好な財務状況で、目標とする有利子負債/EBITDA倍率は2.0倍未満

注)LDA:ライフサイエンス・診断・応用市場、EM:電子計測事業
これら、2つのプレスリリースに共通する特徴は何でしょうか?

■ 経営者の専門家利益の享受

最近の、「イーベイのペイパル分割」「ローソンの成城石井買収」「バークシャー・ハサウェイのバン・タイル・グループ買収」と、「事業」と「会社」の組み合わせが構造変換される報道に共通している点は、

  1. 事業シナジーが得られない「事業」ポートフォリオをひとつの「会社」の器に入れておかない
  2. リスク/リターンのバランスが異なる「投資」ポートフォリオをひとつの「投資商品」=株式に組み入れておかない

ということです。
よく、「共通の経営資源を上手に活用し、複数の事業の収益力を向上させる」というセリフを耳にしますが、結局のところ、「上手に」というところは、「ヒト」特に「経営者」の能力に大きく依存するところです。ひとつひとつの事業を、それぞれの道を一番よく知っている専門家が専念して経営した方が、万事うまくいくと筆者は考えています。換言すると、一番上手く活用しなければいけない「経営資源」とは「経営者」その人なのです。
「集中」と「選択」、よく聞くフレーズですが、ポーター様流のポジショニング学派が、儲かる事業対象に「集中」と「選択」するのがよい、と主張するのも、バーニー様流のケイパビリティ学派が、持続的な競争優位が築ける源泉としての経営資源をみつけるのがよい、と主張するのも、当該事業に一番適切な経営者という経営資源を集中投下するのが、一番儲かる道ではないかと思うのであります。

■ 事業投資のリスク/リターンのバランス

もうひとつ、これはHPのスピンアウトによく出てくるインサイトなのですが、投資家にとって、ハイリスク-ハイリターンなのか、ローリスク-ローリターンなのか、自分の意思で決めたいところではないかと思います。
HP(アジレント)の場合、昨今のシリコンサイクルの影響で、電子計測器事業は大変業績の変動の波が大きい事業になっています。その場合、高い自己資本比率を確保して、極端なダウンサイドリスクにも備えなければなりません。一方で、高い市場成長率が見込まれるライフサイエンス事業については、財務レバレッジを効かして、誰よりも早く大型の開発投資を行うことでイノベーションをお超し、高い市場成長のトレンドにいち早く乗ることが必要になります。この時点で、既に、最適な資本調達構成を探すのが難しくなります。
さらに、利己的な人たちはこのようにも考えます。かの有名な「PPM(プロダクトポートフォリオ)理論」によると、「金のなる木(cash cow)」から「花形製品(star)」や「問題児(problem child)」に事業資金を融通してあげる必要があります。この時、「会社」=株式投資対象を「金のなる木」だけにして、それ以外の3つを切り離せば、目先は一番大きなリターン(株主還元)が見込まれるのではないか、と。
新聞報道では、ビジネスサイド(業界再編、多角化推進(または断念)、事業シナジーの発揮、大型化による規模の利益、業績低下のテコ入れなど)からM&Aやスピンアウトが語られがちですが、経営管理・管理会計を嗜(たしな)む者の端くれとして、「誰がどういう・いくらの利益のために、どんな行動をしようとしているのか」という目線で、「事業」と「会社」の組み合わせを変えようとしているのかを常に観察していきたいと考える次第であります。

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小林 友昭会計で経営を読む■ HPの「事業分割」の歴史 米IT(情報技術)大手のヒューレット・パッカード(HP)がパソコンとプリンター事業を分離する計画を発表しました。 2014/10/7付 |日本経済新聞|朝刊 業界再編の引き金に HP、パソコン・プリンター事業分離 競争激化で戦略転換(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます 下記に、これまでのHPの事業分割(スピンアウト)の経緯を、簡単にまとめました。   祖業の「電子計測器」からある程度、距離感が近い隣接領域に多角化するたびに、事業分割(スピンアウト)が繰り返されています。これこそ資本主義のダイナミズムといえましょう。ある程度、HPの事例から「事業」と「会社」という器(うつわ)の相関関係の妙が感じ取れるのではないかと思います。 ■ プレスリリースからスピンアウトの本意を探る今回のスピンアウトのプレスリリースの冒頭にこのような一説があります。 Strategic step provides each new company with the focus, financial resources and flexibility to adapt quickly to market and customer dynamics while generating long-term value for shareholders (HPのホームページ) 《和訳》 この戦略的な一歩によって、それぞれの新会社は明確なフォーカスと財務資産、そしてダイナミックな市場と顧客に対する迅速に対応できる柔軟性を備えるようになり、同時に長期的には株主への価値を高めることになる。 (Publickey Enterprise IT x Cloud Computing x Web Technology / Blog) また、2013年9月20日にアジレントのプレスリリースに次のような会社分割のキーメッセージと利点が述べられています。 《キーメッセージ》2社とも株式を公開。株主の皆様は、独自のそれぞれ異なるビジネスチャンスを有する2社として投資が可能に39億ドル規模のライフサイエンス・診断・応用市場会社29億ドル規模の電子計測会社の社名は後日発表会社分割により、戦略面、経営面において、両事業の発展に寄与経営陣はそれぞれの会社のお客様への注力を強化 《利点》LDAおよびEMそれぞれ異なるビジネスに経営陣が専念可能LDA会社は高成長のLDA事業に経営資源を集中。変動の大きいEM業界の影響を抑制EM会社は、かつてのLDA事業中心の投資から脱却し、自社の事業の経営資源を集中それぞれ独立した独自の2社として投資可能両社とも良好な財務状況で、目標とする有利子負債/EBITDA倍率は2.0倍未満注)LDA:ライフサイエンス・診断・応用市場、EM:電子計測事業 これら、2つのプレスリリースに共通する特徴は何でしょうか? ■ 経営者の専門家利益の享受最近の、「イーベイのペイパル分割」「ローソンの成城石井買収」「バークシャー・ハサウェイのバン・タイル・グループ買収」と、「事業」と「会社」の組み合わせが構造変換される報道に共通している点は、 事業シナジーが得られない「事業」ポートフォリオをひとつの「会社」の器に入れておかないリスク/リターンのバランスが異なる「投資」ポートフォリオをひとつの「投資商品」=株式に組み入れておかないということです。 よく、「共通の経営資源を上手に活用し、複数の事業の収益力を向上させる」というセリフを耳にしますが、結局のところ、「上手に」というところは、「ヒト」特に「経営者」の能力に大きく依存するところです。ひとつひとつの事業を、それぞれの道を一番よく知っている専門家が専念して経営した方が、万事うまくいくと筆者は考えています。換言すると、一番上手く活用しなければいけない「経営資源」とは「経営者」その人なのです。 「集中」と「選択」、よく聞くフレーズですが、ポーター様流のポジショニング学派が、儲かる事業対象に「集中」と「選択」するのがよい、と主張するのも、バーニー様流のケイパビリティ学派が、持続的な競争優位が築ける源泉としての経営資源をみつけるのがよい、と主張するのも、当該事業に一番適切な経営者という経営資源を集中投下するのが、一番儲かる道ではないかと思うのであります。 ■ 事業投資のリスク/リターンのバランスもうひとつ、これはHPのスピンアウトによく出てくるインサイトなのですが、投資家にとって、ハイリスク-ハイリターンなのか、ローリスク-ローリターンなのか、自分の意思で決めたいところではないかと思います。 HP(アジレント)の場合、昨今のシリコンサイクルの影響で、電子計測器事業は大変業績の変動の波が大きい事業になっています。その場合、高い自己資本比率を確保して、極端なダウンサイドリスクにも備えなければなりません。一方で、高い市場成長率が見込まれるライフサイエンス事業については、財務レバレッジを効かして、誰よりも早く大型の開発投資を行うことでイノベーションをお超し、高い市場成長のトレンドにいち早く乗ることが必要になります。この時点で、既に、最適な資本調達構成を探すのが難しくなります。 さらに、利己的な人たちはこのようにも考えます。かの有名な「PPM(プロダクトポートフォリオ)理論」によると、「金のなる木(cash cow)」から「花形製品(star)」や「問題児(problem child)」に事業資金を融通してあげる必要があります。この時、「会社」=株式投資対象を「金のなる木」だけにして、それ以外の3つを切り離せば、目先は一番大きなリターン(株主還元)が見込まれるのではないか、と。 新聞報道では、ビジネスサイド(業界再編、多角化推進(または断念)、事業シナジーの発揮、大型化による規模の利益、業績低下のテコ入れなど)からM&Aやスピンアウトが語られがちですが、経営管理・管理会計を嗜(たしな)む者の端くれとして、「誰がどういう・いくらの利益のために、どんな行動をしようとしているのか」という目線で、「事業」と「会社」の組み合わせを変えようとしているのかを常に観察していきたいと考える次第であります。現役の経営コンサルタントが管理会計をテーマに情報発信します