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■ 円安で世界を漂泊する工場たち

経営管理会計トピック
最近の円安に振れている為替変動の影響で、名だたるグローバル製造業が工場立地をグローバルレベルでいろいろと検討しているようです。円安だからといって一様に国内に回帰しているわけではない、その理由をできるだけ簡単に管理会計視点で説明したいと思います。
以下、最近の関連記事を4つ並べますので、まず記事内容をご確認ください。

2015/1/9|日本経済新聞|朝刊
生産体制 円安で見直し キヤノン、国内比率5割超に 新製品原則日本で パナソニック、白物家電で検討

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

「円安水準が続く為替相場を受け、企業に生産体制見直しの動きが出てきた。キヤノンは新製品の生産を原則、国内に切り替える方針。パナソニックやシャープも国内市場向け家電製品の一部で国内生産を増やす検討に入った。世界展開する企業の多くは為替相場の変動に左右されない消費地での現地生産を基本戦略としている。生産体制の見直しにより、世界規模でのより最適な生産配分を探る。」

2015/1/6|日本経済新聞|朝刊
生産体制 パナソニック、家電生産を国内に一部移管 レンジなど、円安で

「パナソニックは5日、海外生産している電子レンジなど白物家電の一部について国内に生産を移す方針を明らかにした。電子レンジ、エアコン、洗濯機の中上位機種の一部が対象の見通し。為替相場が1ドル=120円前後の円安が続き、輸入採算が悪化している。ただ、国内の製造コストは高いほか、部品の海外調達も加速させており、国内生産を今後どこまで増やすかは製品や機種ごとに検討を進める。」

2015/1/9|日本経済新聞|夕刊
パナソニック、デジカメ生産を中国移管 福島工場のライン停止

「パナソニックは今春をメドにデジタルカメラの国内生産を中国に移す。同社の世界販売の半数に当たる約150万台を生産する福島工場(福島市)のラインを停止する。円安を受けて白物家電の生産の一部を中国から国内に移すことを検討しているが、デジカメは世界的に市場が縮小しており、同社の事業は営業赤字が続いている。生産の集約で黒字転換を急ぐ。」

2015/1/9|日本経済新聞|朝刊
トヨタ、米生産計画変えず

「トヨタ自動車の豊田章男社長は6日、生産の国内回帰について「我々には別にそういう考えはない」と語った。社内の為替レートをこのほど、1ドル=85円から100円に変更。円高、円安双方を念頭に置いて為替に左右されない経営を目指す。
今夏には九州で生産する高級車「レクサス」の一部を米国に移す考え。海外生産する地域では大型投資はすでに終了し、取引先の多くも工場を構える。円高時代に決めたレクサスの米国移管も見直しはしない。」
「円安は輸出産業に追い風という常識はもはや通用しない。世界規模での生産の最適配分をどう見極めるかが問われる。」
そうです。この、「世界規模での生産の最適配分」を考える際のポイントの基本的なごく一部の考え方を今回はご紹介したいと思います。

■ まずは簡単なビジネスモデルで為替リスクヘッジの方法を探る

下記は、思考を進めるための、極めて単純な経営モデルです。同質的な商材を、日本と米国で生産または販売します。為替変動による数量効果(Jカーブ云々)はいったん無視します。
初期状態:「1ドル=100円」での損益状態をまずお示しします。
(以後、換算レートがどう変動しようと、ピンクのハッチングは円貨評価額固定、ブルーのハッチングは米ドル評価額固定の箇所を示しています)
経営管理会計トピック_為替変動と事業採算_初期状態
この会社の事業ポートフォリオは4つからなります。「国内事業」「輸出事業」「海外消費地生産事業」「逆輸入事業」。
「円」でみても、「米ドル」でみても、換算レート:1ドル=100円の裏表なので、売上高利益率:40%は一定です。
この利益率40%の均衡状態から、長年、日本の製造業が苦しめられた(?)「円高」状態にシフトしたらどうなるか、下表をご覧ください。
経営管理会計トピック_為替変動と事業採算_円高
「円高:100円→80円/ドル」になった場合、元々輸出主導だった企業は、輸出事業の採算が悪化(40%→25%)するので、これをヘッジするために、海外に工場進出させようとする、というのが通説です。このモデルによると、「海外消費地生産事業」は、利益率:40%は確保できるものの、円貨での利益額(手取りの儲け)は、400円→320円と減額になります。
円高で逆に儲かるのは、国内市場向けの「逆輸入事業」のみです。この場合の「儲かる」は、円貨ベースで手取りの儲け額と利益率が大きくなる、という意味です。
この簡単な検証用モデルでは、円高リスクというのは、そのまま「輸出」を「海外工場生産」に置き換えただけでは全てをカバーできないことを意味しています。
「初期状態」→「円高」の場合、「輸出事業」の採算は、▲200円ですが、「海外消費地生産事業」の採算は、▲80円、「逆輸入事業」の採算は、+120円となり、合算すると、▲160円なので。
では、最近の潮流である「円安」になったらどうなるでしょうか。
経営管理会計トピック_為替変動と事業採算_円安
「輸出事業」は大いに業績が改善します。コスト改善ではなく、実質的な値上げ効果が発動するからです。さらに、「海外消費地生産事業」は、事業自体の利益率は40%と不変ですが、円貨で手取りの儲けを評価すると、取り分が増えるので、経営者はホクホク顔になります。
一方で、昨今の円高による国内生産コストの相対的高止まりを回避するため、「逆輸入事業」として、海外に生産工場を出していたとしたら、今回の為替変動(円安)は痛い方向に動いたことになります。

■ それでは簡単なまとめに入ります

1.損益における為替リスクヘッジ
完全な同質財を扱っているという前提の場合、為替リスクを損益計算書(P/L)レベルで100%ヘッジしたければ、事業ポートフォリオ管理として、「国内事業」「輸出事業」「海外消費地生産事業」「逆輸入事業」を均等に構成させればよい。
2.売上高利益率(ROS)と手取り額のギャップ
日本企業の場合、日本人主体の投資家向けに、円貨ベースの利益額を云々したい場合、円貨の手取り額を最大にするためには、上記の通り、事業ポートフォリオを円安・円高動向に応じて、調整する必要がある。しかし、ROSは為替動向には無関係で一定であることはIR戦略上、留意しておく。
3.投資収益性(ROI)におけるリスクヘッジ
完全に、ROIレベルでも為替リスクを100%ヘッジしたい場合は、資金調達サイドも通貨ミックスを考慮すればよい。日本と米国だけで、事業を営んでいる上記の例では、株主および金融機関から調達する資金も円貨建てを50%、米ドル建てを50%にすればよい。そうすれば、連結決算発表で、円貨建ての財務諸表上の利益額(または利益率)がどうなろうと、ROIに対し、為替リスクはフリーになる。
(問題は、配当金の支払い通貨。これも回避策はいっぱいありますが、、、)
読者の方は、具体的に、
① キヤノンが新製品の生産を原則、国内に切り替えるのはなぜか?
② パナソニック・シャープが国内市場向け家電製品の一部で国内生産を増やす検討に入ったのはなぜか?
③ 一方で、パナソニックは、福島工場のラインを停止して、デジカメ生産を中国工場(アモイ)に集中するのはなぜか?
④ トヨタが、九州で生産している「レクサス」の一部を米国に移すのはなぜか?
という疑問への即答を期待されていたと思います。
回答の一部は、既に説明しているのですが、「次回」は、これら具体的個別事例に対しての解説をしたいと思います(小稿になってしまいますが、、、)。
いたずらに、思わせぶりに、回答を延ばしているのではないですよ! ただ、為替リスク管理のしくみづくりは筆者の本職のひとつであるため、基本に立ち返ってちょっと説明したかっただけです。
すみません。m(_ _)m

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小林 友昭経済動向を会計で読む■ 円安で世界を漂泊する工場たち 最近の円安に振れている為替変動の影響で、名だたるグローバル製造業が工場立地をグローバルレベルでいろいろと検討しているようです。円安だからといって一様に国内に回帰しているわけではない、その理由をできるだけ簡単に管理会計視点で説明したいと思います。 以下、最近の関連記事を4つ並べますので、まず記事内容をご確認ください。 2015/1/9|日本経済新聞|朝刊 生産体制 円安で見直し キヤノン、国内比率5割超に 新製品原則日本で パナソニック、白物家電で検討 (注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます 「円安水準が続く為替相場を受け、企業に生産体制見直しの動きが出てきた。キヤノンは新製品の生産を原則、国内に切り替える方針。パナソニックやシャープも国内市場向け家電製品の一部で国内生産を増やす検討に入った。世界展開する企業の多くは為替相場の変動に左右されない消費地での現地生産を基本戦略としている。生産体制の見直しにより、世界規模でのより最適な生産配分を探る。」 2015/1/6|日本経済新聞|朝刊 生産体制 パナソニック、家電生産を国内に一部移管 レンジなど、円安で 「パナソニックは5日、海外生産している電子レンジなど白物家電の一部について国内に生産を移す方針を明らかにした。電子レンジ、エアコン、洗濯機の中上位機種の一部が対象の見通し。為替相場が1ドル=120円前後の円安が続き、輸入採算が悪化している。ただ、国内の製造コストは高いほか、部品の海外調達も加速させており、国内生産を今後どこまで増やすかは製品や機種ごとに検討を進める。」 2015/1/9|日本経済新聞|夕刊 パナソニック、デジカメ生産を中国移管 福島工場のライン停止 「パナソニックは今春をメドにデジタルカメラの国内生産を中国に移す。同社の世界販売の半数に当たる約150万台を生産する福島工場(福島市)のラインを停止する。円安を受けて白物家電の生産の一部を中国から国内に移すことを検討しているが、デジカメは世界的に市場が縮小しており、同社の事業は営業赤字が続いている。生産の集約で黒字転換を急ぐ。」 2015/1/9|日本経済新聞|朝刊 トヨタ、米生産計画変えず 「トヨタ自動車の豊田章男社長は6日、生産の国内回帰について「我々には別にそういう考えはない」と語った。社内の為替レートをこのほど、1ドル=85円から100円に変更。円高、円安双方を念頭に置いて為替に左右されない経営を目指す。 今夏には九州で生産する高級車「レクサス」の一部を米国に移す考え。海外生産する地域では大型投資はすでに終了し、取引先の多くも工場を構える。円高時代に決めたレクサスの米国移管も見直しはしない。」 「円安は輸出産業に追い風という常識はもはや通用しない。世界規模での生産の最適配分をどう見極めるかが問われる。」 そうです。この、「世界規模での生産の最適配分」を考える際のポイントの基本的なごく一部の考え方を今回はご紹介したいと思います。 ■ まずは簡単なビジネスモデルで為替リスクヘッジの方法を探る 下記は、思考を進めるための、極めて単純な経営モデルです。同質的な商材を、日本と米国で生産または販売します。為替変動による数量効果(Jカーブ云々)はいったん無視します。 初期状態:「1ドル=100円」での損益状態をまずお示しします。 (以後、換算レートがどう変動しようと、ピンクのハッチングは円貨評価額固定、ブルーのハッチングは米ドル評価額固定の箇所を示しています) この会社の事業ポートフォリオは4つからなります。「国内事業」「輸出事業」「海外消費地生産事業」「逆輸入事業」。 「円」でみても、「米ドル」でみても、換算レート:1ドル=100円の裏表なので、売上高利益率:40%は一定です。 この利益率40%の均衡状態から、長年、日本の製造業が苦しめられた(?)「円高」状態にシフトしたらどうなるか、下表をご覧ください。 「円高:100円→80円/ドル」になった場合、元々輸出主導だった企業は、輸出事業の採算が悪化(40%→25%)するので、これをヘッジするために、海外に工場進出させようとする、というのが通説です。このモデルによると、「海外消費地生産事業」は、利益率:40%は確保できるものの、円貨での利益額(手取りの儲け)は、400円→320円と減額になります。 円高で逆に儲かるのは、国内市場向けの「逆輸入事業」のみです。この場合の「儲かる」は、円貨ベースで手取りの儲け額と利益率が大きくなる、という意味です。 この簡単な検証用モデルでは、円高リスクというのは、そのまま「輸出」を「海外工場生産」に置き換えただけでは全てをカバーできないことを意味しています。 「初期状態」→「円高」の場合、「輸出事業」の採算は、▲200円ですが、「海外消費地生産事業」の採算は、▲80円、「逆輸入事業」の採算は、+120円となり、合算すると、▲160円なので。 では、最近の潮流である「円安」になったらどうなるでしょうか。 「輸出事業」は大いに業績が改善します。コスト改善ではなく、実質的な値上げ効果が発動するからです。さらに、「海外消費地生産事業」は、事業自体の利益率は40%と不変ですが、円貨で手取りの儲けを評価すると、取り分が増えるので、経営者はホクホク顔になります。 一方で、昨今の円高による国内生産コストの相対的高止まりを回避するため、「逆輸入事業」として、海外に生産工場を出していたとしたら、今回の為替変動(円安)は痛い方向に動いたことになります。 ■ それでは簡単なまとめに入ります 1.損益における為替リスクヘッジ 完全な同質財を扱っているという前提の場合、為替リスクを損益計算書(P/L)レベルで100%ヘッジしたければ、事業ポートフォリオ管理として、「国内事業」「輸出事業」「海外消費地生産事業」「逆輸入事業」を均等に構成させればよい。 2.売上高利益率(ROS)と手取り額のギャップ 日本企業の場合、日本人主体の投資家向けに、円貨ベースの利益額を云々したい場合、円貨の手取り額を最大にするためには、上記の通り、事業ポートフォリオを円安・円高動向に応じて、調整する必要がある。しかし、ROSは為替動向には無関係で一定であることはIR戦略上、留意しておく。 3.投資収益性(ROI)におけるリスクヘッジ 完全に、ROIレベルでも為替リスクを100%ヘッジしたい場合は、資金調達サイドも通貨ミックスを考慮すればよい。日本と米国だけで、事業を営んでいる上記の例では、株主および金融機関から調達する資金も円貨建てを50%、米ドル建てを50%にすればよい。そうすれば、連結決算発表で、円貨建ての財務諸表上の利益額(または利益率)がどうなろうと、ROIに対し、為替リスクはフリーになる。 (問題は、配当金の支払い通貨。これも回避策はいっぱいありますが、、、) 読者の方は、具体的に、 ① キヤノンが新製品の生産を原則、国内に切り替えるのはなぜか? ② パナソニック・シャープが国内市場向け家電製品の一部で国内生産を増やす検討に入ったのはなぜか? ③ 一方で、パナソニックは、福島工場のラインを停止して、デジカメ生産を中国工場(アモイ)に集中するのはなぜか? ④ トヨタが、九州で生産している「レクサス」の一部を米国に移すのはなぜか? という疑問への即答を期待されていたと思います。 回答の一部は、既に説明しているのですが、「次回」は、これら具体的個別事例に対しての解説をしたいと思います(小稿になってしまいますが、、、)。 いたずらに、思わせぶりに、回答を延ばしているのではないですよ! ただ、為替リスク管理のしくみづくりは筆者の本職のひとつであるため、基本に立ち返ってちょっと説明したかっただけです。 すみません。m(_ _)m現役の経営コンサルタントが管理会計をテーマに情報発信します