■ 世界を漂泊する工場の立地条件を探る前に
「前回」は、グローバル製造業が為替リスクをヘッジするために、「販売市場」と「生産場所」の組み合わせで、どうやって事業ポートフォリオを組むか、原理原則をご説明しました。
しかしながら、現実には、工場立地だけで為替リスクを100%ヘッジしない(or できない)企業が数多く存在します。
代表的な理由は、3つあります。
1.そもそも為替リスクをヘッジする意志がない。
逆に、積極的に、為替変動を自社に有利なように活用しようとする。
(例:2010年、当時の「超」円高に対抗するため、日産がマーチの生産を追浜工場からタイ等の海外工場に全量移管し、国内市場向け100%逆輸入を開始)
2.為替リスクをヘッジするための経営資源がグローバル最適配置できていない。
製品開発部隊、ケイレツの部品提供会社が地理的に日本から離れられない。よって、完全な海外生産という手段が取り得ない。
3.為替リスクをヘッジする手段として、「金融手段(デリバティブなど)」の採用で良しとする。
- 為替予約(あらかじめ、将来の換算レートを固定しておく)
- 通貨オプション(将来の予想換算レートで外貨を換算する権利を事前に持っておく)
- 外貨ポジションをスクエアにする(外貨建てで支払資金を事前に調達しておく等)
今回も前置きはこのくらいにして(前回からしつこいですね。すみません。これが本職の一部なもので、、、)、新聞記事で取り上げられた各社の工場立地の問題を次章以降で見ていきます。
■ キヤノンが新製品の生産を原則国内に切り替え
円安局面で、国内に生産拠点を回帰させる理由は、「前回」の同質財の経営モデルの場合ですと、「逆輸入事業」における円貨建てコストが割高になるため、「国内事業」に転換するという解釈でほぼ間違いありません。
ただし、新聞記事では、現在4割の国内生産を5割に引き上げる方針ですが、高価格帯の製品を中心に、新製品に切り替わるタイミングで国内生産にシフトさせ、海外拠点では引き続き、低価格の量産品の生産を続けることになる、とあります。
ここから、国内回帰させる対象製品が必ずしも「国内販売」向けとは限らない微妙なニュアンスを感じ取らなければなりません。高付加価値の新製品から国内生産に切り替える、その理由は下図のような狙いがあると理解するのが一般的です。
先進国共通モデル製品を、開発・生産・販売の試行錯誤がやりやすい日本でひとまずローンチさせて、しかるべきタイミング(①海外生産体制が整う、②製品付加価値が普及品レベルまで落ち着く)で、その時点の為替動向をにらみながら、現在維持している海外生産拠点に順次移管していく、という方針と見て取っています。
■ パナソニック・シャープの国内市場向け家電製品
新聞記事によりますと、2社の事情は以下の通りです。
パナソニック:
中国で生産している白物家電(電子レンジ、エアコン、洗濯機など)の中上位機種の一部を国内生産に移す検討に入る。
海外生産比率が高いため、対ドルで1円円安に振れると営業利益が18億円目減りする。
15年春以降に発売する白物家電の新製品の一部を神戸市や静岡県袋井市などの工場で生産する方向で準備している。
シャープ:
白物家電や液晶テレビの一部を国内生産に移管する方針。
国内に生産を移す場合も既存の設備を活用し、新たな設備投資は計画にない。
ここから読み取れることは、
① 国内市場向け製品を国内生産に切り替えることは「逆輸入事業」のモデルそのもの
② 「中上位機種・新製品」については、キヤノンの上市戦略と同じ狙い
③ 国内生産設備は既に準備されており、追加的設備投資を必要としていない
の3点になります。最後の③については、次の同じくパナソニックの事例で深堀りします。
■ 福島工場のラインを停止、デジカメ生産を中国工場(アモイ)に集中
パナソニックは、家電製品で国内回帰を謳っていましたが、デジカメでは逆に、国内工場から海外工場へ生産移管を進めます。
新聞記事によりますと、
- 世界販売の半数に当たる約150万台を生産する福島工場のラインを停止する
- デジカメは世界的に市場が縮小しており、同社の事業は赤字が続いている
- 生産の集約で黒字転換を急ぐ
とあり、家電とは事情が違うことが読み取れます。
まず、デジカメの販売市場が国内に限らないこと。これは、「円安」局面では、国内の福島工場で生産することは「輸出事業」モデルに則るので、逆に採算が良くなる方向へシフトするはずです。
それでも国内生産をあきらめる理由として、
① 生産対象モデルは、高機能な新製品ではない → 部材も現地調達品で賄える
② 円安効果を考慮しても、中国生産の方が加工費が安い (これは状況証拠)
③ そもそも生産供給体制が余剰 → 生産集中により稼働率を上げて、固定費(設備投資にかかる減価償却費)の回収を促進する
④ 生産移管元(福島工場)の設備の転用機会が見込める → 植物工場へ
あたりが考えられます。
①は必要条件、③が決め手なのですが、③の場合に、福島ではなくアモイに集中することにした選別条件は、②と④になります。
③については、下記のように図解していますのでご参考ください。
■ トヨタが、九州で生産している「レクサス」の一部を米国に移す
新聞記事によりますと、
「トヨタ自動車の豊田章男社長は6日、生産の国内回帰について「我々には別にそういう考えはない」と語った。社内の為替レートをこのほど、1ドル=85円から100円に変更。円高、円安双方を念頭に置いて為替に左右されない経営を目指す。」
「今夏には九州で生産する高級車「レクサス」の一部を米国に移す考え。海外生産する地域では大型投資はすでに終了し、取引先の多くも工場を構える。円高時代に決めたレクサスの米国移管も見直しはしない。」
とあります。
つまり、トヨタは、積極的に為替リスクを事業モデルでもヘッジしようとしているので、「海外消費地生産事業」として、レクサスを米国で一部生産しようとしていると解釈することができます。
管理会計的に、コスト構造の為替変動影響分を考慮してみると、
① 部材費:現地調達品の供給体制を整えたので、ベースは米ドルで調達
(基幹部品は日本からのK/Dパーツに頼る部分もあるとは思いますが)
② 加工費:現地採用の労働者に支払う賃金は米ドル
③ 固定費:生産設備を準備する先行投資は日本円で実施されたと想定
(外貨建て社債の起債や、現法への合弁相手の出資など、円以外の調達手段をとったとも考えらえるが、連結全体では円貨ベースの内部留保が圧倒的)
という感じになります。売上が米ドルで入ってくる想定なので、為替リスクのことを考えると、できるだけ、米ドルでコストも支払おうと考えるのが普通です。
(開発費の回収は、ロイヤリティ、K/Dパーツへの上乗せ等、色々手段が考えられますが、今回は為替リスクの説明回なので、ここでは説明省略)
全2回にわたって、グローバル製造業の為替リスクへの対応策について、工場立地を中心に説明しました。読者の方々の新聞記事に対する理解度が高まる方向へ貢献できていれば幸いです。
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