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■ ROE経営の是非を問う紙面討論

経営管理会計トピック
いまや、「ROE教」の教祖に祀り上げられた、伊藤邦雄教授と脱ROE経営を標榜している北野一氏の紙面討論記事がありました。実際に討論が行われたわけではないので、インタラクティブにそれぞれの主張についてのディスカッションは起きていませんが、筆者の目線で論点を整理することで、皆様にも討論の中身を味わっていただきたいと思います。

2014/12/14|日本経済新聞|朝刊
日曜に考える ROE重視と日本経済

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
「株主から託されたお金を企業がどの程度効率的に使って利益を稼いでいるのかを表すROE(自己資本利益率)への注目が高まっている。海外に比べ低かったROEを引き上げようとする企業の動きは、日本経済全体にプラスに働くのか。一橋大学大学院教授の伊藤邦雄氏と、バークレイズ証券で日本株チーフ・ストラテジストを務める北野一氏に聞いた。」

■ ROE経営についての論点整理

筆者なりに、紙面を何度も読み返して、できるだけお二方の議論が噛み合うように論点をまとめました。
1.企業のROE重視の経営姿勢は、マクロ経済全体にプラスか
2.日本企業に期待されているROEの水準はどのあたりか
3.経営目標としてROEを使うことに妥当性はあるか

■ 企業のROE重視の経営姿勢は、マクロ経済全体にプラスか

≪北野氏≫
ROE重視を経営者に課すと、賃下げ、コストカットなどが常態化する。従業員の所得や鳥先の売上高の減少を通じて、付加価値額(営業利益+人件費+減価償却費)が減少してしまい、売上高利益率が悪化してしまう。そうすると、さらなる賃下げ、コストカットを招き、デフレスパイラルに陥ってしまう。
また、日本の経営者の在任期間と株主の保有期間が欧米に比べて短いため、結果として、日本企業は短期的な業績向上を目指しがちになり、株主以外に犠牲を強いてROE向上を目指そうとする。
ROEは企業が株主から要求される『金利』を意味し、割高なROEを企業に要求することは金融引き締めと同じ効果を持つ。日銀が追加金融緩和を実施し、日本政府が消費増税を先送りにし、経済全体のパイを大きくしようとしている。これに平仄を合わせるなら、高い水準のROEの要求を抑制すべき。
→ROE重視は、「合成の誤謬」を引き起こし、マクロ経済にマイナスに働く
≪伊藤氏≫
個々の企業が正しくROEを使いながら、自己資本を積み上げていけば、新たなイノベーションを生むための原資も生まれ、ビジネスの成長を見込むことができる。そうすると、マクロ的には金融資産を含めた国富が積みあがっていくはず。
実際に、ROEが高い企業は持続的に成長しているという事実もある。
→ROE重視は、マクロ経済にプラスに働く

■ 日本企業に期待されているROEの水準はどのあたりか

≪北野氏≫
バークレイズ証券で市場参加にアンケートをとったところ、約2%。
≪伊藤氏≫
国内外の機関投資家に資本コストについてアンケートをとったところ、国内が6.3%、海外が7.2%だったため、資本コストを上回るROEを上げないと企業価値を創造できないことから、ROE目標額を8%に設定した。
これまで、日本企業のROEが海外企業に比べて低かったのは、日本では直接金融より間接金融の方が強かったから。銀行にとって、融資先の資本効率は関係なく、利払い能力の確保が関心事。したがって、売上高や利払いの原資となる営業利益が注目され、ROEは放置されていた。

■ 経営目標としてROEを使うことに妥当性はあるか

≪北野氏≫
ROEは目標ではなく、結果指標。すべての日本企業が同じ経営指標を重視していけば、個々の企業から個性が消え、消費者や株主から見てつまらない存在になる。つまらない企業は淘汰され、企業価値が増大することもない。個々の企業がそれぞれ抱える事情や環境に応じて重視すべき経営指標を考えるべき。
→ROEは道具であり、あくまで手段
≪伊藤氏≫
総還元性向を上げて、自己資本を削ってROEを上げようとするのは論外。内部留保を使った事業投資で資本コストを上回るROEを実現し、企業価値を持続的に高めていくのが経営の本道だ。
ROEは、売上高純利益率、総資産回転率、財務レバレッジ(負債比率)という3つの経営指標のかけ算。この3つの指標を改善に取り組んだ結果としてROEが上昇するというのが正しい使い方。ROEを分解することで、現場に浸透する効果もある。
→ROEは、3つの構成要素を目標として経営改善を行い、結果としてよくなる指標

■ 最後に筆者のコメント

1.企業のROE重視の経営姿勢は、マクロ経済全体にプラスか
≪北野氏へメッセージ≫
「合成の誤謬」に関しては、ROEをわざわざ持ち出さずとも、経済全体がデフレ下にある場合、個別企業が自社の収益性を考える際、モノに投資せずにキャッシュのまま資金を保有した方が、投資対効果が高いと思われる限り、投資は行われません。「合成の誤謬」に対して、ROEは必要条件であり得ますが、十分条件ではありません。残念!
⇒ 参考:「自社株買い高水準 上期、6年ぶり 資本効率を重視
「率」形式の収益性指標(ROI等)を使うと、投資を先延ばしすることで、過少投資になりがち。それを促進するのが事業部長ポスト等の短い任期、というのは、80年代に既に議論され尽くされている論点。皆が十分に理解していることは、今さら課題になりません。
さらに、下記に東証の株主構成を時価総額ベースで示しておきます。相対的に保有期間が短い個人投資家比率が下がっているのですが。。。増えている海外投資家は、自国市場では長期保有で、日本市場では短期保有である、という証拠を出してもらわないと、日本の株式市場だけが異常に短期保有志向であることは説明つかないですね。
経営管理会計トピック_投資部門別株式保有_数表
経営管理会計トピック_投資部門別株式保有_グラフ
また、経営者ポストの任期の短さについては、証拠を示してほしいのですが。日本企業の場合は、労働市場が非流動的であるため、ポストを外れても、退職するまでの長期間、暗黙の責任・負い目が発生することで、十分牽制が効くので、たとえ表面上の任期が短くても、職務権限の明確な欧米型企業のマイナス点が単純には日本企業には当てはまりません。
≪伊藤氏へのメッセージ≫
「ROEが高い企業が成長している」は、「高い成長率を維持できる企業は、収益性が高い傾向があるので、結果としてROEも高くなる」の方がしっくりきますね。原因と結果が反対になっていませんか?
下記の過去の投稿での数値分析を見てください。高成長率すら高ROEの説明要因としては少々弱いですがね。
⇒ 参考:「一筋縄でない高ROE株  持続性と改善度に着目(2)
2.日本企業に期待されているROEの水準はどのあたりか
≪お二人へメッセージ≫
「資本コスト」≒「期待収益率」≒「割引率」は、被投資対象側で決まるものではなく、投資家側が自己の金融資産の機会コストから算出するものです。したがって、そもそも外形標準的に日本企業に要求されているROEが「●●%」である、と決めつける方がおかしいと思います。
⇒ 参考:「割引率
ちなみに、法人企業統計(全産業)のROE推移と、その間の調達資金の構成比の変化をグラフにしたのでご参照ください。こちらは、金融機関や非上場の中小企業込みの数字です。
経営管理会計トピック_ROE推移_法人企業統計_数表
経営管理会計トピック_ROE推移_法人企業統計_グラフ
また、上場企業(東証)のROEの最近の推移はこちら
誰にとっての、どの企業の「資本コスト」≒「期待収益率」か、見る人によって、必要とする人にとって、数字は変わり得るものです。
3.経営目標としてROEを使うことに妥当性はあるか
≪北野氏へメッセージ≫
だから、ROEを持ち出さなくても、競争優位を失った企業の収益性は落ちるのが普通で、場合によっては市場から退出させられますよね。ROEを使ったから差別化ができないのではなく、差別化できない企業が競争力を失って、結果として収益性(たとえば株主資本収益性ならROE)が落ちるんですよね。「牽強付会(けんきょうふかい)」という言葉をご存知ですか?
≪伊藤氏へメッセージ≫
アニマルスピリットを持って、イノベーションを起こすために先行投資した結果、資本コストを上回る収益を得られるのだと思います。あらかじめ、ROEの目標が8%だから、8%必達だ、とだけ叫んでいても、期待収益率は達成できません。ただ、8%の掛け声をかけるだけが「ROE経営」なのでしょうか?
ハイリスク・ハイリターンのビジネスをやっている企業と、ローリスク・ローリターンのビジネスをやっている企業、アーリーステージの企業と成熟企業、いずれもが同率のROE達成のために事業計画を作るとしたら、、、それは無いですよね。
「事業の目利き」が優先。後からROEは自然とついてくる、ぐらいに構えないと、投資機会を逃しませんかね。
以上、大家のお二人に暴言を吐いて、今回はおしまいにします。

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小林 友昭とことんROE■ ROE経営の是非を問う紙面討論 いまや、「ROE教」の教祖に祀り上げられた、伊藤邦雄教授と脱ROE経営を標榜している北野一氏の紙面討論記事がありました。実際に討論が行われたわけではないので、インタラクティブにそれぞれの主張についてのディスカッションは起きていませんが、筆者の目線で論点を整理することで、皆様にも討論の中身を味わっていただきたいと思います。 2014/12/14|日本経済新聞|朝刊 日曜に考える ROE重視と日本経済 (注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます 「株主から託されたお金を企業がどの程度効率的に使って利益を稼いでいるのかを表すROE(自己資本利益率)への注目が高まっている。海外に比べ低かったROEを引き上げようとする企業の動きは、日本経済全体にプラスに働くのか。一橋大学大学院教授の伊藤邦雄氏と、バークレイズ証券で日本株チーフ・ストラテジストを務める北野一氏に聞いた。」 ■ ROE経営についての論点整理 筆者なりに、紙面を何度も読み返して、できるだけお二方の議論が噛み合うように論点をまとめました。 1.企業のROE重視の経営姿勢は、マクロ経済全体にプラスか 2.日本企業に期待されているROEの水準はどのあたりか 3.経営目標としてROEを使うことに妥当性はあるか ■ 企業のROE重視の経営姿勢は、マクロ経済全体にプラスか ≪北野氏≫ ROE重視を経営者に課すと、賃下げ、コストカットなどが常態化する。従業員の所得や鳥先の売上高の減少を通じて、付加価値額(営業利益+人件費+減価償却費)が減少してしまい、売上高利益率が悪化してしまう。そうすると、さらなる賃下げ、コストカットを招き、デフレスパイラルに陥ってしまう。 また、日本の経営者の在任期間と株主の保有期間が欧米に比べて短いため、結果として、日本企業は短期的な業績向上を目指しがちになり、株主以外に犠牲を強いてROE向上を目指そうとする。 ROEは企業が株主から要求される『金利』を意味し、割高なROEを企業に要求することは金融引き締めと同じ効果を持つ。日銀が追加金融緩和を実施し、日本政府が消費増税を先送りにし、経済全体のパイを大きくしようとしている。これに平仄を合わせるなら、高い水準のROEの要求を抑制すべき。 →ROE重視は、「合成の誤謬」を引き起こし、マクロ経済にマイナスに働く ≪伊藤氏≫ 個々の企業が正しくROEを使いながら、自己資本を積み上げていけば、新たなイノベーションを生むための原資も生まれ、ビジネスの成長を見込むことができる。そうすると、マクロ的には金融資産を含めた国富が積みあがっていくはず。 実際に、ROEが高い企業は持続的に成長しているという事実もある。 →ROE重視は、マクロ経済にプラスに働く ■ 日本企業に期待されているROEの水準はどのあたりか ≪北野氏≫ バークレイズ証券で市場参加にアンケートをとったところ、約2%。 ≪伊藤氏≫ 国内外の機関投資家に資本コストについてアンケートをとったところ、国内が6.3%、海外が7.2%だったため、資本コストを上回るROEを上げないと企業価値を創造できないことから、ROE目標額を8%に設定した。 これまで、日本企業のROEが海外企業に比べて低かったのは、日本では直接金融より間接金融の方が強かったから。銀行にとって、融資先の資本効率は関係なく、利払い能力の確保が関心事。したがって、売上高や利払いの原資となる営業利益が注目され、ROEは放置されていた。 ■ 経営目標としてROEを使うことに妥当性はあるか ≪北野氏≫ ROEは目標ではなく、結果指標。すべての日本企業が同じ経営指標を重視していけば、個々の企業から個性が消え、消費者や株主から見てつまらない存在になる。つまらない企業は淘汰され、企業価値が増大することもない。個々の企業がそれぞれ抱える事情や環境に応じて重視すべき経営指標を考えるべき。 →ROEは道具であり、あくまで手段 ≪伊藤氏≫ 総還元性向を上げて、自己資本を削ってROEを上げようとするのは論外。内部留保を使った事業投資で資本コストを上回るROEを実現し、企業価値を持続的に高めていくのが経営の本道だ。 ROEは、売上高純利益率、総資産回転率、財務レバレッジ(負債比率)という3つの経営指標のかけ算。この3つの指標を改善に取り組んだ結果としてROEが上昇するというのが正しい使い方。ROEを分解することで、現場に浸透する効果もある。 →ROEは、3つの構成要素を目標として経営改善を行い、結果としてよくなる指標 ■ 最後に筆者のコメント 1.企業のROE重視の経営姿勢は、マクロ経済全体にプラスか ≪北野氏へメッセージ≫ 「合成の誤謬」に関しては、ROEをわざわざ持ち出さずとも、経済全体がデフレ下にある場合、個別企業が自社の収益性を考える際、モノに投資せずにキャッシュのまま資金を保有した方が、投資対効果が高いと思われる限り、投資は行われません。「合成の誤謬」に対して、ROEは必要条件であり得ますが、十分条件ではありません。残念! ⇒ 参考:「自社株買い高水準 上期、6年ぶり 資本効率を重視」 「率」形式の収益性指標(ROI等)を使うと、投資を先延ばしすることで、過少投資になりがち。それを促進するのが事業部長ポスト等の短い任期、というのは、80年代に既に議論され尽くされている論点。皆が十分に理解していることは、今さら課題になりません。 さらに、下記に東証の株主構成を時価総額ベースで示しておきます。相対的に保有期間が短い個人投資家比率が下がっているのですが。。。増えている海外投資家は、自国市場では長期保有で、日本市場では短期保有である、という証拠を出してもらわないと、日本の株式市場だけが異常に短期保有志向であることは説明つかないですね。 また、経営者ポストの任期の短さについては、証拠を示してほしいのですが。日本企業の場合は、労働市場が非流動的であるため、ポストを外れても、退職するまでの長期間、暗黙の責任・負い目が発生することで、十分牽制が効くので、たとえ表面上の任期が短くても、職務権限の明確な欧米型企業のマイナス点が単純には日本企業には当てはまりません。 ≪伊藤氏へのメッセージ≫ 「ROEが高い企業が成長している」は、「高い成長率を維持できる企業は、収益性が高い傾向があるので、結果としてROEも高くなる」の方がしっくりきますね。原因と結果が反対になっていませんか? 下記の過去の投稿での数値分析を見てください。高成長率すら高ROEの説明要因としては少々弱いですがね。 ⇒ 参考:「一筋縄でない高ROE株  持続性と改善度に着目(2)」 2.日本企業に期待されているROEの水準はどのあたりか ≪お二人へメッセージ≫ 「資本コスト」≒「期待収益率」≒「割引率」は、被投資対象側で決まるものではなく、投資家側が自己の金融資産の機会コストから算出するものです。したがって、そもそも外形標準的に日本企業に要求されているROEが「●●%」である、と決めつける方がおかしいと思います。 ⇒ 参考:「割引率」 ちなみに、法人企業統計(全産業)のROE推移と、その間の調達資金の構成比の変化をグラフにしたのでご参照ください。こちらは、金融機関や非上場の中小企業込みの数字です。 また、上場企業(東証)のROEの最近の推移はこちら。 誰にとっての、どの企業の「資本コスト」≒「期待収益率」か、見る人によって、必要とする人にとって、数字は変わり得るものです。 3.経営目標としてROEを使うことに妥当性はあるか ≪北野氏へメッセージ≫ だから、ROEを持ち出さなくても、競争優位を失った企業の収益性は落ちるのが普通で、場合によっては市場から退出させられますよね。ROEを使ったから差別化ができないのではなく、差別化できない企業が競争力を失って、結果として収益性(たとえば株主資本収益性ならROE)が落ちるんですよね。「牽強付会(けんきょうふかい)」という言葉をご存知ですか? ≪伊藤氏へメッセージ≫ アニマルスピリットを持って、イノベーションを起こすために先行投資した結果、資本コストを上回る収益を得られるのだと思います。あらかじめ、ROEの目標が8%だから、8%必達だ、とだけ叫んでいても、期待収益率は達成できません。ただ、8%の掛け声をかけるだけが「ROE経営」なのでしょうか? ハイリスク・ハイリターンのビジネスをやっている企業と、ローリスク・ローリターンのビジネスをやっている企業、アーリーステージの企業と成熟企業、いずれもが同率のROE達成のために事業計画を作るとしたら、、、それは無いですよね。 「事業の目利き」が優先。後からROEは自然とついてくる、ぐらいに構えないと、投資機会を逃しませんかね。 以上、大家のお二人に暴言を吐いて、今回はおしまいにします。現役の経営コンサルタントが管理会計をテーマに情報発信します