■ IR関係者の狼狽ぶりには目も当てられません
「ROE」と「資本コスト」とは、まったく別の計算式で求められるものなのですが、これを無意識・無自覚に混同したり、分別がついているのに、説明のしやすさ、相手の理解力に合わせて「優しい嘘」をついたりしているケースが目立ちます。
ここでは、改めて、両者の違いの説明と、本コラムで登場した各社の状況を解説してみたいと思います。
2015/7/14|日本経済新聞|朝刊 (一目均衡)ROE革命の第2幕 証券部 松崎雄典
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
「「8%じゃ足りないんです」。短期人材紹介のフルキャストホールディングスで経理財務部長を務める朝武康臣氏は、社内にこう訴えている。自己資本利益率(ROE)のことだ。」
まず、「ROE」=「8%」は、2014年8月6日に公表された「伊藤レポート「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクト「最終報告書」」に記載されている数字です。
どの産業、どの企業ステージ(起業直後~成熟)も問わず、一律「8%」はいささか乱暴にも見えますが、「ROE」が8%を超えた所から、「ROE」と「PBR」の正の相関関係が見られるので、「ROE≧8%」から株価が正常にROEに反応する、という経験則からの公理といえます。
この辺の数字の確認は、過去投稿に掲載しているグラフなどでご確認ください。
⇒「(スクランブル)動いた「ROEの山」 平均10%、広がる銘柄格差」
⇒「(十字路)ROEの基本に戻ろう」
⇒「(スクランブル)高ROE株、買い疲れ 投資家は改善度に注目」
■ フルキャストの「ROE = 8%」じゃ、ダメなんです!
コラムにはこのように、フルキャストの事情が描かれています。
「フルキャストは自社の資本コストを13%とはじき、ROE20%を目標に置く。日雇い派遣からの撤退などを経て2年前に復配したばかり。創業者など大株主が株式の過半を持ち流動性も低い。株価の動きが荒く、資本コストが高くなっており、ROE8%では企業価値を毀損してしまうのだ。」
恐らく、真面目に「資本コスト」を計算して、足下の時価総額と自己資本の簿価の倍率から逆算して、「ROE = 20%」をお求めになったと思うのですが、その両者のギャップは、筆者の観点から言うと、「測定不能」と言わざるを得ません。
それでは、前提知識として、経済産業省が定義する資本コストを見てみましょう。
⇒「リスクとリターンと資本コスト」
① 銀行、社債等の投資家、株主が期待するリターン(要求される収益率)
② 資金調達にかかわるコスト
③ 投資判断の基準となる収益率(事業が生むキャッシュフローの割引率)
④ 業績評価の基準(事業が越えなければならないハードルレート)
つまり、投資家が出資・融資したお金の利回りです。出資・融資額は、会計学的に言うと、「時価」です。この言い方は、「簿価」というものがあって初めて成立するので、当人たちは、「時価」と意識せず、当たり前の「投資額」そのものと理解していると思いますが。
一方で、財務諸表(貸借対照表:B/S)に計上される投資額は、あくまで「簿価」です。あなたが、某自動車会社の株式を1株、80万円で購入(投資)したとしても、B/Sには簿価ベースで1株500円なら、その差異は、1600倍となります。
しかも、株式投資は、株式市場で刻一刻と「時価」が変動する「株式」を購入して実行されます。上記の80万円も一定ではありません。30万円の人もいれは、100万円で投資した人もいます。
という訳で、TSR(Total Shareholders’ Return:株式総利回り)も一時、流行りましたが、それに自己株式取得を加えた「総還元性向」も考慮した、下図のような株主向けの資本コストが分かりやすい、と思います。
分子、分母ともに、ROEにカスリもしないので、ROEを資本コストの代理変数にはそのままでは、到底使えないと思います。フルキャストの経理財務部長の発言からも、株主がフルキャスト株を所有した際の購入価額に対するリターンを意識して、ROE = 20% としたのは明白です。でも、こまったことに、株主ごとに取得額は異なりますし、保有期間もバラバラです。それ故、株主目線で考えれば考えるほど、一律の資本コストなど、計算のしようが無いのですが、、、
■ エーザイの「だからエクイティ・スプレット(ES)」なんです!
新聞記事によると、
「いち早くROE経営に取り組んできたエーザイは一歩先を行く。6月に最高財務責任者(CFO)に就任した柳良平常務執行役は「新CFOポリシー」をまとめ、経営陣らに配布した。」
「30ページに及ぶ資料の中核が「エクイティ・スプレッド(ES)」という概念だ。ROEが資本コストをどれほど上回るかを示し、プラスだと株主に価値を生む。」
柳氏が、経済産業省と共同研究していたESについて、2013年5月16日に公表された資料がありますので、リンクとESのコンセプトをお示ししておきます。
⇒「Equity Spread と現金の価値 -企業価値評価の改善をめざして- (投資家サーベイのフィードバック)」
ここで、「残余利益(RI:Residual Income)」というものが登場してきます。これは、「企業価値評価」算定方式の1種で、利益額を現在価値に割り引くものです。まとめて「インカムアプローチ」と呼ばれています。こうした割引系の企業価値評価方法の代表例は次の通りです。
エーザイでは、残余利益モデルを使って、事業投資の精査も行っています。
「ESをプラスにするため、事業や地域ごとに200種類もの投資収益率を求めている。新興国でのベンチャー投資なら25%、工場建設なら15%といった具合だ。事業の担当者はこのレートに基づいて収益性を試算し、柳CFOに稟議(りんぎ)書を回す仕組みだ。」
やりたいことは、EVA的に、事業ごとに「ROIC」で収益性を評価することです。エーザイのやり方は、有利子負債側の資本コストを度外視し、株主資本コストにのみに注視することで、管理のしやすさを求めていることです。
この発表資料でも、あくまでも、ROEに対しては、「割引率としての株主資本コストを考慮している」、EVAに対しては、「債権側を無視することでシンプルに株主価値を考えることができる」、というメリットが説明されています。ただ、企業経営者目線なので、どうしても「簿価」から管理指標が乖離することが我慢でないのでしょう。
この「簿価」対「時価」の問題は、M&Aや、のれん償却、公正価値、といった最新の会計領域の課題でもあります。今後、この分野での研究や実務での実例が増えていくことでしょう。筆者のベストモデルを聞きたいですか? すみません。それは有料サービスになります。(> <)/
新聞記事は、
「日本のROE重視の流れが一過性ではと疑う海外投資家も多い。最大の理由は、資本コストへの意識が不十分なためだ。費用がわかってようやく目指すべき売上高が見えてくるように、資本コストの議論が高まれば、地に足の着いたROE経営に発展していく。」
というコメントで締められていますが、むしろ、「ROE」と「資本コスト」は無関係である、という啓蒙をしたうえで、それでも「ROE経営」の正当性を議論した方がいいと思いますが、如何でしょうか?
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