■ 12月決算期会社の株主総会がちょっと荒れました(続)
「前回」は、低「ROE」が「企業価値」を壊している、という記述に過剰反応し、「ROE」と「企業価値(と皆さんが読んでいる株主価値)」の関係性を説明しました。今回は、そもそも、この記事の発端となったISS:インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズが、2014年11月6日に改訂した、議決権行使に関する提言ポリシーと、記事で取り上げられた企業の財務諸表を眺めてみたいと思います。
⇒「ROE低ければ…「トップ人事反対」急増 12月期企業総会 株主の経営監視、厳しく(1)」
2015/4/7|日本経済新聞|朝刊 ROE低ければ…「トップ人事反対」急増 12月期企業総会 株主の経営監視、厳しく
<新聞記事の論旨>
・ ISSの提言に従って、低ROEとされた企業の取締役選任に対する反対票が増えた
・ 中には、きちんと株主との対話を行い、株主の賛同を得た企業もある(アサツーディ・ケイ)
(2015年4月2日:日本経済新聞朝刊より下図転載)
■ ISSの議決権行使にあたっての助言ポリシーの取り上げられ方を確認します
新聞記事では、次のようにISSの助言ポリシーの影響を報道しています。
「「ISSの新指針のあおりをまともに受けた」と昭和電工の広報担当者は話す。3月末に開いた総会で、市川秀夫社長などの取締役人事に対する反対票が昨年の2%から16%に跳ね上がった。」
「ISSとは、米議決権行使助言大手のインスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズのことだ。今年2月、「ROEの過去5年間の平均と直近決算期がいずれも5%を下回る企業に対して、経営トップ選任の反対を推奨する」という指針を導入した。昭和電工の前期のROEは1.2%だ。日本企業の平均である8%台を大きく下回っている。」
では、提言内容を追っていくため、まず手始めに、ISSの提言を取り上げた日経新聞の記事を2つご紹介します。
2014/11/8|日本経済新聞|朝刊 ROE5年平均5%未満なら「トップ選任に反対を」 議決権行使助言のISS
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
「議決権行使助言大手の米インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)は6日、2015年度の議決権行使の助言方針を発表した。過去5年間の自己資本利益率(ROE)の平均値が5%を下回る企業について、株主に経営トップの取締役選任議案に反対するよう勧告する。欧米企業に比べて低い日本企業の資本効率を改善させる狙いだ。」
2015/3/7|日本経済新聞|朝刊 議決権行使助言の米ISS、トップ選任はROE基準に 新方針が話題 まず「5%」引き上げも
同社マネージングディレクターのマーサ・カーター氏へのインタビュー記事です。
「――ROEを基準にする理由は。
「海外投資家から見て日本企業のROEが極めて低いからだ。資本効率を示すROEを高めれば株主の利益を増やすことにつながる。昨年の『伊藤レポート』(伊藤邦雄・一橋大学大学院教授らがまとめた企業統治に関する報告書)は8%を目指すべきだとした。取締役選任議案でROEを基準にするのは初めてなので、それより低い5%とした。数値の引き上げは毎年検討していく」
――社外取締役が1人以下の企業には、16年からトップの取締役選任に反対を推奨する方針も掲げた。
「社外取締役が1人では実効性に疑問があるからだ。取締役会で議論から疎外される可能性がある。2人以上いれば社外取締役同士で相談や協力ができ、会社から独立して意見を述べやすくなる。経営陣のコンサルタントではなく、株主の観点から取締役会で主張する人を株主は求めている」」
まさしく、「黒船来航」のような感じで取り上げられています。
■ ISSの議決権行使にあたっての助言ポリシーの内容を確認します
実際にISSによるプレスリリースを確認してみます。
⇒「ISS議決権行使助言方針(ポリシー)改定に関する日本語でのオープンコメントの募集について」(2014/10)(←PDF)
⇒「ISS議決権行使助言方針(ポリシー)改定の正式決定について」(2014/11/8)(←PDF)
<2015年の改定案>
1.資本生産性 (ROE)基準の導入
・過去5期の平均の自己資本利益率(ROE)が5%を下回る企業の経営トップ選任に反対を推奨する
【留意点】
①
ROE基準を満たさない場合でも、ROEが改善傾向にあれば、反対を推奨しない。
改善傾向とは、直近の会計年度のROEが5%である場合をさす。
②
ROEの基準を5%としたのは、日本企業に投資する機関投資家との議論に基づき、日本の株式市場のリスクプレミアム等を考慮し、投資家が許容できる最低限の資本生産性の水準と判断したから。日本企業が目指すべきゴールという位置づけではない。
2.取締役会構成基準の厳格化
・2016年2月より、取締役会に複数名の社外取締役がいない企業の経営トップに反対を推奨する
【留意点】
①
日本の大企業の過半数が、複数の社外取締役をすでに選任している。
(2014年9月時点で日経225構成銘柄のうち72%の企業、JPX日経400構成銘柄でも55%の企業)
②
金融庁と東京証券取引所を中心に議論が進行中のコーポレートガバナンス・コードでは、複数の独立した社外取締役を求めることが検討されている。
③
取締役会構成基準を厳格化し、大企業に複数の社外取締役を求めることは、日本の規制当局、発行体や機関投資家によるコーポレートガバナンス改善に向けた取り組みにも合致する
3.監査等委員会設置会社への対応
・定款変更
監査等委員会設置会社への移行は、原則として賛成を推奨する。ただし委員会設置会社から監査等委員会設置会社への移行は個別に判断する。
・取締役選任
監査等委員会設置会社においては、監査等委員である社外取締役がISSの独立性基準を満たさない場合、反対を推奨する
【留意点】
①
社外取締役の選任が義務付けられている「監査等委員である社外取締役」には独立性に懸念がある場合は反対を推奨することとする。
②
一方、社外取締役の選任が義務付けられていない「それ以外の社外取締役」に対して独立性の懸念を理由に反対を推奨することは、「それ以外の取締役」に社外取締役を選任するインセンティブを減じ、ガバナンスの向上には逆効果となりますので、反対推奨はしない。
筆者の見解からまとめると、
① コーポレートガバナンスは株主価値を極大化するために機能させる必要がある
② コーポレートガバナンスは、独立した社外取締役の存在力が大きい方が効果を発揮する
③ 株主価値は、ROEで測定する。当面は最低限「5%」を一定の判断基準とする
という所でしょうか。間違っても、この助言を受けると、会社の収益体質が良くなる、とか、成長性が高まる、というものではないことに留意してください。
■ 取り上げられた企業のROEを解析する
新聞記事では、下記の企業が例として取り上げられていました。
・キリンHD
・昭和電工
・第一精工
・サッポロホールディングス
・アサツーディ・ケイ
では、デュポンツリー方式で、各社のROEを分解してみます。
注1)「純資産」は、「期末在高」方式で計算
注2)「当期純利益」は、「非支配持分控除前」を使用
注3)「有利子負債」は、「リース債務」を含む
注4)「D/E Ratio」は現預金を考慮しない Gross で計算
個別企業の株主対策の良否や特殊事情は置いときまして、財務数値のみに注視したこの一覧表から分かることは、結局、ROSの悪化に見られるように、業績(収益性)が思わしくないのが主要因と思われます。日本企業は、STNは年度ベースであまり大きくは変動しないこと、大胆に財務レバレッジを効かすような財務戦略の大幅な転換は、ニュースになりますが、ここで取り上げられた企業にはそう目立った動きはありません。
一律、低ROEで片づけるのではなく、せめて、3要素で個別企業の財務諸表を分析した上でコメントしてもらいたいと思います。
● キリンHD
自己株取得(197億円、1,599万株)を行いましたが、レバレッジを含むROE3要素全てが前期より悪化しています。主力である国内飲料事業と医薬・バイオケミカル事業がそろって減収減益になっていることが大きく影響しています。
● 昭和電工
資金調達面で変化がありました。劣後特約ローンによる資金調達、およびSPC発行のユーロ円建交換権付永久優先出資証券の買入消却による少数株主持分の減少から、財務レバレッジが拡大の方向に動いています。
収益面では、増収でかつ経常利益まではそんなに大きな減益になっていません。しかし、固定資産売却損失(42億円)、減損損失(37億円)、投資有価証券評価損(40億円)など、特別損失が膨らんだ結果、純利益が3分の1になってしまいました。
● 第一精工
2期連続の赤字決算だったものが、スマホ・タブレット向けのコネクタ事業が需要増から好転し、車載用も北米と中国向けの輸出が増えた効果で大きく収益面で改善しました。祖業が金型製造で、小型精密機器の内製による一貫生産に強みがあります。業績(収益性)以外の要因で反対票が増えたものと思います。本社(京都)と工場(福岡)間のコミュニケーションにてこずっているとかいないとかという話も聞こえてきますが。。。
● サッポロホールディングス
収益は微増(+1.7%)でしたが、損益はほぼトントンでした。セグメント別には、どこも苦戦していましたが、円安の影響もあって、国際事業が▲85.7%もの減益。しかし、国内酒類事業がコスト削減により増収増益を確保。全社として、経常利益までは▲3.7%で、大幅な減益要因は、特別損失にあります。
・固定資産除去損および支払補償費:38億円(主にサッポロ銀座ビル)
・食品・飲料事業の子会社保有資産の減損損失:8億円
・主に「極ZERO」の酒税追加支払額:116億円
● アサツーディ・ケイ
新聞記事では、株主のとの対話のおかげで、低ROEにも関わらず、株主還元強化策などが評価されて、賛成票が増えたとのコメントがありました。
でも、一番大きいのは、2期連続最終赤字からの脱却でしょう。リストラが一段落したと見るべきなのでしょうか。ちょっと脱線話を3つほど。
①
「有価証券報告書」でかなり詳細な営業実態が報告されています(ここまで開示して本当に大丈夫?)。こういうのも含めて株主との対話重視ということでしょうか。「有報」がまるでマーケティングツールではないかと一見見紛う程の記述レベルです。
②
有報内で「オペレーティング・マージン(営業利益 ÷ 売上総利益)」というKPIで業績を管理・報告しています。確かに、前期と比べての増益理由はこの指標の改善によるものです。
③
3期ぶりの黒字決算でしたが、株主資本が減少しています。つまり、当期純利益の増加以上に現金配当を実施しているということです。この辺は、またぞろ株主との対話重視の一環というやつでしょうか?
基本的に、上記のコメントは「有価証券報告書」を読んでのものです。まず事業・会計面でその会社を知りたければ、「有報」を読むのが一番手っ取り早いと思いますが如何でしょう?
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