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■ IFRSと米国基準 v.s. 日本基準(修正国際基準)

経営管理会計トピック
「のれん」の定期的償却の是非について、議論が再燃しているとのこと。日本企業によるIFRSへの大きな移行理由のひとつが、「のれん」償却の有無です。

2015/1/15|日本経済新聞|朝刊
(経済教室)国際会計基準の展望(下) 「のれん」処理、日本型は妥当 西川郁生 慶応義塾大学教授

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
「日本企業が積極的にM&A(合併・買収)を手がける時代が到来するなかで、国際的に「のれん」の会計処理問題が再燃している。国際会計基準(IFRS)と米国会計基準では10年来、資産計上されたのれんは定期的な償却の対象とせず、必要に応じ減損を行うとしてきた。これらに見直しの可能性が出ている。」

西川教授の論旨を整理し、財務会計的な視点から、のれん償却の適否を述べた後、管理会計的というか、企業経営における計数的影響について、筆者の視点を説明してきたいと思います。

■ まずは、「のれん」に対する財務会計の理屈の説明から

新聞記事では、そもそも「のれん」とは、
「企業が競争力を持ち、将来にわたり利益を生み続けると見込まれるとき、事業資産の表面上の価値を超えて存在するとみなされる「超過収益力」のこと」
と定義されています。
具体的には、「トヨタ生産方式」がトヨタ自動車の高い生産性と収益性の源泉であったり、「グランドセイコー」のブランド価値が、他の高級腕時計より高い価格でも購買意欲をそそったりするとか、競合他社に比べて、儲ける能力が高いこと、その力を意味します。
こういう経営学・経済学的な理屈はいったん飲み込んで、会計学の世界では、その「超過収益力」を下表のような理屈で貸借対照表(B/S)に計上するか否か、会計処理が異なります。
経営管理トピック_のれんの種類
はっきりいって、M&Aが行われたとき、被買収会社がこれまで長年培ってきたノウハウや自助努力で築き上げてきた「自家創設のれん」も、買収資金との差額として「取得のれん」に含めて買収会社の貸借対照表に計上されることになるので、理屈だけで通すと、こういう分類はぬるい(極めて不合理)と思いますが、こういう説明が通説なので仕方ありません。

■ 次は、「資産」を「費用化」する財務会計の理屈の説明

次に、一旦、貸借対照表に計上された「のれん」を含む資産全般について、費用化する理屈にも2種類あります。
1.減価償却
「投資回収計算」:先行投資されたものは、いつか費用に回して、企業が獲得する収益の中から回収されなければならない。したがって、「資産」の取得にかかった金額を、定期的に、決まった計算規則で費用として貸借対照表から損益計算書に移動させる
2.減損
「資産の収益性評価」:資産は、将来のキャッシュフローを生むために取得・保有・使用されるものである。毎期、「減損テスト」を行い、「帳簿価額」が「将来もたらされるキャッシュフローの総和」を下回ったら、資産価値が毀損(きそん)したと判断し、その分を一気に費用化(損益計算書の特別損失に移動)させる
上記の2つの会計処理は別段、背反的ではありません。通常は、特定の資産について、この2つの費用化の考え方が併用されます。ただし、例外があります。それが、IFRS・米国基準による「のれん」の扱いなのです。
経営管理トピック_資産の償却・減損パターン
全て資産について、「投資回収計算」と「資産の収益性評価」とが合わせてなされるのが通常なのですが、「のれん」だけ、IFRS・米国基準では、「減損」のみとなっています。
このことは、毎期行われる「減損テスト」だけでは、もしかすると、買収会社がのれん取得後に頑張って、追加的に「自家創設のれん」に該当する支出をおこなって、M&Aで取得した「のれん」の「収益性」を維持していることで「減損テスト」をクリアしているかもしれない可能性を、どこまでいっても証明できていない、ことを放置していることになります。
「自家創設のれん」は貸借対照表に計上できない、と言っておきながら、「取得のれん」の取得後に添加されているであろう「自家創設のれん」相当分の支出を、「減損」または「償却」しないことにより、貸借対照表に計上していることになります。
つまり、「取得のれん」は、取得時も、毎期の減損テスト時も、「自家創設のれん」の価値分を常に貸借対照表に計上していることになります。
こんなんで本当に大丈夫なんですか? 世の中の会計学の大家の方々は???

■ 「のれん」に関連する会計情報の有用性について

米国とIFRSとで、「のれん」の扱いについて、コンバージ(共通化)して10年近い時を経て、今なぜこの議論が再燃したかというと、
① のれんの減損の認識が、あまりに遅すぎ、かつ大きすぎる
(具体的な企業名は避けますが、インドの会社を買収して、大きな損失を出した通信会社や医薬大手のマスコミ報道はご記憶にありますでしょうか)
② 株式アナリストは、会社業績(主に損益ですが)を分析する際に、のれん償却分を利益に足し戻しているので、株式投資に関する意思決定には、のれん償却費は無関係ではないか
という論争があるからです。
①はそのまま理解できますが、それでも買収時に、あまりに大きい「経営権プレミアム」を支払ったM&Aは大抵、失敗していますよね。普通は、投資が実行されたときに大体わかります。
②は完全にアナリストの方が間違っていると筆者は考えます。おそらく、「EBITDA」とかで、企業業績を評価していることを指して、議論していると思いますが、M&Aの実施後、ずっと「EBITDA」だけで評価していたら、そもそもM&A時に支払った買収資金がどれだけ回収されているかをどうやって分析できるのですか?
⇒興味ある人は、「新規公開株の横顔 リクルートホールディングス メディア事業が収益源」を参照してください

■ 最後に経営・管理会計的に「のれん」償却はどうか?

1.営業利益の底上げ
日本企業で、特定の業界(医薬品、精密機器など)や積極的に海外投資を実施している企業は、「のれん」が総資産に占める割合が大変大きくなっています。そのため、日本基準では、20年以内の定期償却が強制されているため、償却費分だけ、営業利益が悪化します。表示利益を底上げする狙いで、IFRSに移行する企業も存在していると思います。
しかし、それは、投資回収計算にていつか費用に回すべき金額をずっと資産に残したままで、意図的に作られた会計的利益です。利益だけ財務諸表上で作文しても、財務諸表の裏を読めない投資家しか騙せません。おっと筆が滑りました。忘れてください。
2.キャッシュフローへの影響
本当に、財務諸表が読めたり、企業価値評価を真面目にしたりする人たちは、キャッシュフローを重視します。のれん償却費によるキャッシュフローに対する2つの効果をお示しして、今回の説明を終わりにしたいと思います。
① 減価償却費の自己金融効果
減価償却費は、非現金支出費用なので、収益からその分を差し引いた分は内部留保として企業内に、次の投資資金として待機させることができます。
② タックスシールド
実は、①と効果は似ているので、ほぼ同義なのですが、減価償却費は、法定の部分は、「損金」として認められるので、その分「法人税」を減額する効果があります。「法人税」が減る、ということは、その分キャッシュが企業に残ります。
下記例は、初年度に1000のM&A投資をして、2年目から1000の現金での利益を手にします。法人税率は計算しやすく昔の切りのいい40%。のれん償却費は、2年で全額償却するため、500/年とします。
経営管理トピック_のれん償却なし_数表
経営管理トピック_のれん償却なし_グラフ
経営管理トピック_のれん償却あり_数表
経営管理トピック_のれん償却あり_グラフ
結果は、「償却あり」の方が、累積キャッシュフローが多くなります。また、M&A投資額に対するキャッシュベースのROIも参考まで付けました。
どうでしたか?
普通の(管理)会計学の教科書でいう通説とは違う分析を楽しんでいただけましたでしょうか?

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小林 友昭実務で会計ルールをおさらい■ IFRSと米国基準 v.s. 日本基準(修正国際基準) 「のれん」の定期的償却の是非について、議論が再燃しているとのこと。日本企業によるIFRSへの大きな移行理由のひとつが、「のれん」償却の有無です。 2015/1/15|日本経済新聞|朝刊 (経済教室)国際会計基準の展望(下) 「のれん」処理、日本型は妥当 西川郁生 慶応義塾大学教授 (注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます 「日本企業が積極的にM&A(合併・買収)を手がける時代が到来するなかで、国際的に「のれん」の会計処理問題が再燃している。国際会計基準(IFRS)と米国会計基準では10年来、資産計上されたのれんは定期的な償却の対象とせず、必要に応じ減損を行うとしてきた。これらに見直しの可能性が出ている。」 西川教授の論旨を整理し、財務会計的な視点から、のれん償却の適否を述べた後、管理会計的というか、企業経営における計数的影響について、筆者の視点を説明してきたいと思います。 ■ まずは、「のれん」に対する財務会計の理屈の説明から 新聞記事では、そもそも「のれん」とは、 「企業が競争力を持ち、将来にわたり利益を生み続けると見込まれるとき、事業資産の表面上の価値を超えて存在するとみなされる「超過収益力」のこと」 と定義されています。 具体的には、「トヨタ生産方式」がトヨタ自動車の高い生産性と収益性の源泉であったり、「グランドセイコー」のブランド価値が、他の高級腕時計より高い価格でも購買意欲をそそったりするとか、競合他社に比べて、儲ける能力が高いこと、その力を意味します。 こういう経営学・経済学的な理屈はいったん飲み込んで、会計学の世界では、その「超過収益力」を下表のような理屈で貸借対照表(B/S)に計上するか否か、会計処理が異なります。 はっきりいって、M&Aが行われたとき、被買収会社がこれまで長年培ってきたノウハウや自助努力で築き上げてきた「自家創設のれん」も、買収資金との差額として「取得のれん」に含めて買収会社の貸借対照表に計上されることになるので、理屈だけで通すと、こういう分類はぬるい(極めて不合理)と思いますが、こういう説明が通説なので仕方ありません。 ■ 次は、「資産」を「費用化」する財務会計の理屈の説明 次に、一旦、貸借対照表に計上された「のれん」を含む資産全般について、費用化する理屈にも2種類あります。 1.減価償却 「投資回収計算」:先行投資されたものは、いつか費用に回して、企業が獲得する収益の中から回収されなければならない。したがって、「資産」の取得にかかった金額を、定期的に、決まった計算規則で費用として貸借対照表から損益計算書に移動させる 2.減損 「資産の収益性評価」:資産は、将来のキャッシュフローを生むために取得・保有・使用されるものである。毎期、「減損テスト」を行い、「帳簿価額」が「将来もたらされるキャッシュフローの総和」を下回ったら、資産価値が毀損(きそん)したと判断し、その分を一気に費用化(損益計算書の特別損失に移動)させる 上記の2つの会計処理は別段、背反的ではありません。通常は、特定の資産について、この2つの費用化の考え方が併用されます。ただし、例外があります。それが、IFRS・米国基準による「のれん」の扱いなのです。 全て資産について、「投資回収計算」と「資産の収益性評価」とが合わせてなされるのが通常なのですが、「のれん」だけ、IFRS・米国基準では、「減損」のみとなっています。 このことは、毎期行われる「減損テスト」だけでは、もしかすると、買収会社がのれん取得後に頑張って、追加的に「自家創設のれん」に該当する支出をおこなって、M&Aで取得した「のれん」の「収益性」を維持していることで「減損テスト」をクリアしているかもしれない可能性を、どこまでいっても証明できていない、ことを放置していることになります。 「自家創設のれん」は貸借対照表に計上できない、と言っておきながら、「取得のれん」の取得後に添加されているであろう「自家創設のれん」相当分の支出を、「減損」または「償却」しないことにより、貸借対照表に計上していることになります。 つまり、「取得のれん」は、取得時も、毎期の減損テスト時も、「自家創設のれん」の価値分を常に貸借対照表に計上していることになります。 こんなんで本当に大丈夫なんですか? 世の中の会計学の大家の方々は??? ■ 「のれん」に関連する会計情報の有用性について 米国とIFRSとで、「のれん」の扱いについて、コンバージ(共通化)して10年近い時を経て、今なぜこの議論が再燃したかというと、 ① のれんの減損の認識が、あまりに遅すぎ、かつ大きすぎる (具体的な企業名は避けますが、インドの会社を買収して、大きな損失を出した通信会社や医薬大手のマスコミ報道はご記憶にありますでしょうか) ② 株式アナリストは、会社業績(主に損益ですが)を分析する際に、のれん償却分を利益に足し戻しているので、株式投資に関する意思決定には、のれん償却費は無関係ではないか という論争があるからです。 ①はそのまま理解できますが、それでも買収時に、あまりに大きい「経営権プレミアム」を支払ったM&Aは大抵、失敗していますよね。普通は、投資が実行されたときに大体わかります。 ②は完全にアナリストの方が間違っていると筆者は考えます。おそらく、「EBITDA」とかで、企業業績を評価していることを指して、議論していると思いますが、M&Aの実施後、ずっと「EBITDA」だけで評価していたら、そもそもM&A時に支払った買収資金がどれだけ回収されているかをどうやって分析できるのですか? ⇒興味ある人は、「新規公開株の横顔 リクルートホールディングス メディア事業が収益源」を参照してください ■ 最後に経営・管理会計的に「のれん」償却はどうか? 1.営業利益の底上げ 日本企業で、特定の業界(医薬品、精密機器など)や積極的に海外投資を実施している企業は、「のれん」が総資産に占める割合が大変大きくなっています。そのため、日本基準では、20年以内の定期償却が強制されているため、償却費分だけ、営業利益が悪化します。表示利益を底上げする狙いで、IFRSに移行する企業も存在していると思います。 しかし、それは、投資回収計算にていつか費用に回すべき金額をずっと資産に残したままで、意図的に作られた会計的利益です。利益だけ財務諸表上で作文しても、財務諸表の裏を読めない投資家しか騙せません。おっと筆が滑りました。忘れてください。 2.キャッシュフローへの影響 本当に、財務諸表が読めたり、企業価値評価を真面目にしたりする人たちは、キャッシュフローを重視します。のれん償却費によるキャッシュフローに対する2つの効果をお示しして、今回の説明を終わりにしたいと思います。 ① 減価償却費の自己金融効果 減価償却費は、非現金支出費用なので、収益からその分を差し引いた分は内部留保として企業内に、次の投資資金として待機させることができます。 ② タックスシールド 実は、①と効果は似ているので、ほぼ同義なのですが、減価償却費は、法定の部分は、「損金」として認められるので、その分「法人税」を減額する効果があります。「法人税」が減る、ということは、その分キャッシュが企業に残ります。 下記例は、初年度に1000のM&A投資をして、2年目から1000の現金での利益を手にします。法人税率は計算しやすく昔の切りのいい40%。のれん償却費は、2年で全額償却するため、500/年とします。 結果は、「償却あり」の方が、累積キャッシュフローが多くなります。また、M&A投資額に対するキャッシュベースのROIも参考まで付けました。 どうでしたか? 普通の(管理)会計学の教科書でいう通説とは違う分析を楽しんでいただけましたでしょうか?現役の経営コンサルタントが管理会計をテーマに情報発信します