■ 「のれん」を定期償却せず減損テストに任せる考え方から確認してみましょう!
そもそも、「のれん」を規則的に償却させずに、「減損テスト」で一気に当該会計期間の損失として計上するという、比較的安定的な期間損益計算を目的としている場合には似つかわしくない経理処理が問題だと思うのですが、、、
「のれん」の定期償却を認めないIFRSは、逆に、「資産の公正価値」の適切な拍を目的としていますので、会計期間ごとの安定的な期間損益計算の方を犠牲にすることは厭わないのです。そもそも会計に対するアプローチが違う(「資産負債アプローチ」対「損益アプローチ」)ので、IFRSのように「のれん」は非償却で、絶えず「減損テスト」を強いて、その瞬間瞬間の買収先の資産の超過収益力がどれくらいかを評価し、買収額よりも下がっていた時のみ、その評価減分だけ買収対象資産の簿価を切り下げる手法を採用する場合には、大きく期間損益に影響します。
せっかく、「税効果会計」「退職給付会計」など、キャッシュベースから発生主義ベースに複雑な手続きを経て調整しているのに、IFRSや米国SEC基準では「のれん」が定期償却されずに、発生主義ベースの期間損益計算から外されている。しかも、その金額影響度は、大型M&Aを実施している企業に取って、その他の会計処理要素に比べて格段に大きく、これではちまちまと発生主義会計を守って、経理処理をやっているのが馬鹿らしくなります。
■ 巨額の「のれん」が発生する経緯を確認しましょう!
そこで、「のれん」の影響額の大きさに警鐘を鳴らす新聞記事を見てみると、その巨額さを複数社間を横並びで比較するのに、対自己資本比率でランキングを取っていますね。
2016/1/18|日本経済新聞|朝刊 「のれん」残高24兆円に拡大 7年連続最高に 今年度5%増 潜在的な減損リスクも
「上場企業がM&A(合併・買収)で計上する「のれん」の残高が増えている。海外企業の買収が相次いだ2015年は9月時点で約24兆円と14年度と比べて5%増え、7年連続で最高となりそうだ。ただ買収先の企業が計画通り収益を稼げなければ価値が落ちたとみなされ、減損処理を迫られる可能性もある。業績を下振れさせる潜在的なリスクには注意が必要だ。」
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
(下表は新聞記事添付の「のれん」の対自己資本比率ランキング表を転載)
筆者がこのランキングがいまいち、と思っている理由は後程お話しするとして、記事からこのような巨額の「のれん」が発生する経緯を記事からそれぞれのケースをまとめてみると、、、
● 東芝
「会計不祥事に揺れる東芝が過去のM&Aの負の遺産に苦慮している。12年、米IBMから買収したPOS(販売時点情報管理)事業が小売り大手の投資抑制などで苦戦。買収当時より収益が見込みにくくなり、のれんの価値が下がったと判断し、15年4~9月期連結決算で約696億円の減損損失を計上した。」
● キリンホールディングス
「15年12月期に上場後初の連結最終赤字を計上するキリンホールディングス。560億円の赤字に陥る最大の要因は11年、約3000億円で買収したスキンカリオール(現ブラジルキリン)の不振によって、のれんなど約1140億円の減損処理を迫られたことだった。
ブラジル経済の失速と通貨レアル安が重荷となり、現地子会社の業績は急速に悪化。溝内良輔常務執行役員は「買収当時のブラジル景気は良好だった。今、振り返ると(収益の)見込みが楽観的だった」と話す。」
● 旭化成
「15年8月、米国のリチウムイオン電池の素材をつくる会社を約2100億円で買収した。同年9月末の貸借対照表上ののれんは総額3300億円。前期末比で倍増した。」
こうした事例で、高値掴みで事業を買収して、そののちの収益が伸び悩んで苦慮しているのは、やはり公正価格より高めで買収しているからで、誰でもなく自分が買いたいから割増で買うことを、「プレミアム」を付けるといい、その会社を支配することに起因する超過収益力を期待して支払うものとして、「支配権プレミアム」とも呼ばれています。
「海外に活路を求める日本企業は相次ぎ大型買収に踏み切っている。トムソン・ロイターによると15年の日本企業による海外企業のM&Aは過去最高の10兆6千億円。世界ベースでもM&Aは増勢で有望な企業は競争が厳しくなる。買収時に支払うプレミアム(買収決定4週間前からの平均株価に対する割増金)は平均26.1%。13年比では2ポイント上昇しのれんを膨らませる方向に働きがちだ。」
そうですが、通常より平均して26.1%増しで買っているのですか。こう考えると、ブリヂストンがアイカーン氏の横やりが入ったことにより、米タイヤ販売大手ペップ・ボーイズの買収を諦めたのは、会計視点からはすこぶる正しい判断だったと思います。自分のものにしたい誘惑に打ち勝った経営者の慧眼・見識は評価に値します。
関連新聞記事は次の通り。
2015/12/31|日本経済新聞|朝刊 ブリヂストンが買収断念 米タイヤ販社 アイカーン氏に軍配
2016/1/7|日本経済新聞|朝刊 (ビジネスTODAY)ブリヂストン、米で200億円増産投資 米タイヤ販社買収断念 販路拡大は仕切り直し
2016/1/14|日本経済新聞|朝刊 津谷CEOに聞く 高値づかみ避けられた 常に代替案用意
■ 巨額の「のれん」の会計処理を確認しましょう!
以下新聞記事より。
● のれんの定義
「のれんとは、買収先の企業のブランド力や将来にわたる収益力を指し、買収時に払う対価と買われる企業の純資産の差に相当する。買収時点の計画とは異なり収益を生みだす力が小さくなれば、貸借対照表に反映されているのれんの価値を見直す必要が生じる。」
● のれんの会計処理
「日本の会計ルールではのれんを最長20年で定期償却するため、貸借対照表上ののれんは次第に小さくなっていく。半面、主要企業の多くが採用し始めている国際会計基準(IFRS)や米国会計基準では定期償却せず、買収時に計上したのれんがそのまま残る。日本たばこ産業(JT)ののれん(1兆4617億円)は自己資本に対し6割、ソフトバンクグループは5割を占める。
業績への悪影響を避けるためにIFRS企業は毎期、厳格な「減損テスト」を求められている。事業から得られるキャッシュフローの算定などを通じ、現在の価値を評価する作業だ。当初の想定と状況が大きく変わった場合は価値を見直し、その差を減損損失として計上しなければならない。」
そして記事はこう締められています。
「キリンや電通、武田薬品工業など大型買収に踏み切った企業は自己資本に対し、相対的にのれんの規模が大きくなっている。目の届きにくい海外も含めて買収先の企業の業況への目配りは欠かせない。」
「のれん」の巨額さは、一時的に、とある会計期間に全額「減損損失」が計上されることで期間損益計算の安定性を損ないます。それと共に、「減損テスト」される場合の、対象資産の公正価値は、買収時の超過収益力(単なる支配権プレミアムにすぎないことも多々ありますが)を適正に反映しているか分からず、買収後にいろいろと運営・経営改革をしたことにより実現する高い収益力かもしれません。それははっきり申しあげてこれまでの会計基準が禁忌としてきた「自己創設のれん」の計上の可能性が大です。
「自己創設のれん」についての考察は次の投稿をご参照ください
⇒「(経済教室)国際会計基準の展望(下) 「のれん」処理、日本型は妥当 西川郁生 慶応義塾大学教授」
筆者は、そもそも減損テストの適切性そのものを疑っています。経営者の恣意性を完全に排除することは難しいようです。その辺を考察するのに最適な事例に関する過去投稿はこちら。
⇒「ソフトバンク、米子会社の減損損失「反映せず」 4~12月決算」
最後に、巨額なのれん減損損失が期間損益に与えるインパクトの大きさを伝える過去投稿はこの辺りでしょうか?
⇒「丸紅、原油安で損失1600億円 今期純利益48%減(1)」
⇒「丸紅、原油安で損失1600億円 今期純利益48%減(2)」
⇒「住商、資源戦略見直し 中村社長「見通し甘かった」 特別組織で原因究明」
■ 「のれん」の巨額さに警鐘を鳴らすも、巨額さを自己資本と比較されてもね、、、
最後に、言葉上の定義だけで「のれん」を説明されても、どんな経理処理で計上されるか、そのメカニズムが分からないと、なぜ「対自己資本比率」という指数の数字の大小だけで巨額さをしみじみと味わうことができないのか、計算処理を初学者向けにざっくり説明したいと思います。
1.「のれん」金額の算定
まず、買収対象会社(被買収会社)の資産・負債を買収時点での公正価値で再評価します。ここでは分かりやすく「時価」に再評価する、と表現しておきます。時価評価後の資産と負債の差額がその買収対象会社の純資産価値:200となり、これが通常ケースではその会社における株主の持ち分として適正な金額となり得ます。
しかし、前章で触れた「支配権プレミアム」等の要因より、現金による買収を選択した時、その買収額が400に跳ね上がり、前述の一瞬は適正な純資産価値と思った「200」との差額分を「のれん」として認識します。ここで気を付けたいのは、現金を出して購入するのは、買収対象会社の「資産:600」ではなくて、「資産:600」と「負債:400」の差額である株主の持ち分:200となるところです。
2.買収後の連結B/S
買収元と買収先の資産・負債を全て足し合わせます。厳密な会計処理はここでは割愛して、ざっくり本質だけで捉えるならば、買収元の「純資産(自己資本)」はM&Aという経済事象から、そして「のれん」計上額の大小から影響は受けません。
ここでも、買収元と買収先の資産・負債、買収元の純資産の差額をB/Sを貸借バランスさせるために、「借方」に不足分の200だけ穴埋めする。そういう考え方でも「のれん」額を測定することができます。
したがって、M&Aによる「のれん」計上で、買収元会社の純資産額は、買収前と買収後も不変で影響を受けないので、単純に「のれん」と買収元会社の「純資産(自己資本)」との間の会計ロジック上の相関はありません。それゆえ、上記のランキング表にある「比率」に何らかの会計的意味があるとは、筆者には思えないのです。
それゆえ、在庫評価減、売上債権の不良債権化、固定資産の減損などにより、期間損益計算上、大きく損失が計上されて純資産額を大幅減額してしまい、自己資本比率を思いっきり下げたり、時には債務超過に陥るリスクまで発生しうる状況と同じなので、このランキング表は「のれん」の巨大さだけを測る指標としての使い勝手は別段ないのです。
それでも、在庫評価減や売上債権の不良債権化より、「のれん」の減損の突発性と金額のインパクトが怖いのなら、従来の日本基準どおり、定期償却していけばいいのです。そうすれば、「自己創設のれん」の計上も避けられますし。
期間損益を一気に悪化させる減損損失は怖い。でも定期償却で期間損益を圧迫させるのもいや。そんなわがままに会計理論は耳を貸す余地はないのであります!
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