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(やさしい経済学)ROE重視と企業価値創造(4)自己資本、過度な圧縮にリスク 小樽商科大学准教授 手島直樹 - 金のガチョウの童話とセルフファンディングのお話し

経営管理会計トピック とことんROE
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■ 常識を疑え!「簿価と時価総額の違い」を知る!

経営管理会計トピック

日本経済新聞 朝刊で2016/10/14~10/25、全8回連載で、「ROE重視と企業価値創造」について小樽商科大学手島直樹准教授による解説記事が掲載されました。2014年8月に公表された「伊藤レポート」の衝撃から、株主還元100%を宣言する会社が登場する等、ROEが経営者や一般投資家を巻き込んで激しい論争や株式市場での思惑を生み出し、ROEに対する興味関心はまだ衰えることがないようです。筆者は、もう少し落ち着いた論調で(実は内心では冷ややかに)ROEについて、手島准教授の文章を解説しながらコメントを付していきたいと思います。

2016/10/19付 |日本経済新聞|朝刊 (やさしい経済学)ROE重視と企業価値創造(4)自己資本、過度な圧縮にリスク 小樽商科大学准教授 手島直樹

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

「自己資本は、単純化すれば株主が拠出した資金といえます。株主の視点からすれば元手であり、企業がいかに自己資本を効率的に活用して株主に帰属する利益である当期純利益を生み出すかが重要となります。その達成度を測定するのが自己資本利益率(ROE)であり、ROEが適正水準にあれば自己資本にふさわしい当期純利益が生み出されていると判断されます。」

経営者と投資家は、そもそも初期状態から利益相反関係にあると考えられます。経営者は潤沢な資金を使って自分の裁量でビジネスを展開したいと考えますし、投資家は自分が投下した資金を利回り欲運用してほしいと考えています。それゆえ、投資家が企業に出資したお金の多寡を、あくまで帳簿上の評価額ですが、表現したのが自己資本(≒純資産)であり、経営者は自己資本を厚くしたいと考え、投資家は自己資本をできるだけけちりたいと考えます。

ただここでちょっとだけ誤解が生じやすい論点があるので、読者の注意を引くためにリマインドを。B/Sに計上されている「自己資本」はあくまで帳簿上の価額、すなわち「簿価」です。一方で、株式市場で投資家が企業への投資金額を決めているのは、「時価」で、その総額を「時価総額」といいます。帳簿上の自己資本と株式市場での取引時価が一致する場合、「PBR=1」の状態といいます。

※ PBR:Price book-Value ratio(株価純資産倍率)

それゆえ、帳簿上の簿価ベースの自己資本を分母にして計算されるROEが、必ずしも投資家が期待する投資利回りの値と一致するとは限りません。この事実は、「ROEは、株主重視の財務指標である」という言説を採る識者の間でも、説明をすっ飛ばすことが多々ある大変重要な事実です。

 

■ 常識を疑え!「日米の金融市場の違い」を知る!

「先に述べたように、日本企業のROEは米国企業の半分程度の水準であることを考えると、自己資本が過大である可能性も否定できません。実際、生命保険協会の2015年度調査によれば、自己資本の水準について企業の60%が適正と考えているのに対し、投資家の65.5%は余裕のある水準と認識しています。」

これについては、前回も説明したのですが、単純に日米企業のROE水準を、自己資本比率の大小だけでその良否を比較することはできません。なぜならば、米国企業の方が、ファイナンシングの容易性が日本企業より圧倒的に高いからです。企業内に安全資金をため込んでおくより、見かけの資本効率を常に最大にしておき、資金不足になったら、エクイティファイナンス、デットファイナンスを問わず、比較的容易に外部資金調達が行えるからです。以前よく耳にしませんでした?「貸しはがし」とか「貸し渋り」とか。日本の金融市場の硬直性は当局が指導に入ってもすぐに改善しそうにもありません。

2016/10/22付 |日本経済新聞|朝刊 融資、担保より将来性で 金融庁が方針

「金融庁は21日、今後の重点施策を示す「金融行政方針」を発表した。不良債権の処理を最重視してきたこれまでの姿勢を転換し、銀行に企業の将来性をみて貸し出しを増やすよう促す考えを明確にした。「顧客本位」を掲げて担保に頼らない融資の拡大を求める森信親長官の改革には、金融界から反発も出ている。」

(下表は、同記事添付の「金融行政方針の主な内容」を引用)

20161022_金融行政方針の主な内容_日本経済新聞朝刊

「銀行には土地などの担保や保証に頼ってきた融資姿勢の見直しを迫る。事業に将来性があっても担保がなかったり、創業から間もなかったりする企業が融資対象から除かれている現状を「日本型金融排除」と批判。銀行が目利きの力を高めて将来性のある事業への融資を増やすよう求めた。」

元々、担保力のある企業しか融資を受けられないとしたら、、、持っている人は融資をテコに、ますますビジネスを拡大でき、持っていない人はどんなに素晴らしいビジネスプランを持っていても、そのタネとなる資金を準備できず、、、すばらしいビジネスプランが実践されないのは、日本経済全体にとっても大きな機会損失ではありませんか。

それゆえ、日本企業は自己保身のため、伝統的に「内部留保」による自己金融(セルフファンディング)に頼ろうとします。それが、最近増加している欧米の機関投資家から見ると、「日本企業は内部留保をいたずらに社内に抱え込んで、株主に還元していない。けしからん、株主軽視だ!」という論調になってしまうのです。このカラクリ、きちんと説明している経済誌(紙)がどれくらいあるのでしょう?

 

■ 常識を疑え!「いい財テクと悪い財テク」がある!

「こうした投資家からの圧力もあり、日本企業は自己資本の圧縮に向けて動き出しています。まずは株主還元政策の強化です。15年度には配当で10兆9千億円、自社株買いで5兆3千億円、合計で16兆2千億円と、当期純利益の53%に相当する金額を株主に還元しています。米金融危機の影響で企業業績が大幅に悪化した08、09年度を除くと、過去10年で最高の水準です。」

これは、アベノミクスの狙い通り、海外投資家を日本の株式市場に呼び込むことに成功し、そうした海外機関投資家の声が大きくなったと説明されることも多いですが、日銀の大胆な金融緩和政策により、デッドファイナンスによる資金調達コストの大幅な低減がその遠因になるようです。

⇒「資金調達戦線に異変あり(上)「ハイブリッド」花盛り(下)「超長期化」する社債 -マイナス金利が財務レバレッジで資本コスト低下を促す!
⇒「資金調達 新潮流(下) 種類株が生む新たな緊張

種類株式だって、見方によれば、ハイブリッド債同様、半分はデッドファイナンス、半分はエクイティファイナンスの要素を合わせ持ちます。その昔、「財テク」という言葉は、単なるリスクの大きい余資の運用方法を一般的に指していましたが、こういう企業の資本コスト低減のための「財テク」はむしろ歓迎すべきではないでしょうか。

その最先端を行くのが、ソフトバンクですが、、、ここまで来ると、総合商社をも越えて、もはや事業会社ではなく、投資ファンドと言わざるを得ませんね。(^^;)

⇒「ソフトバンクのアーム買収に伴う資金調達戦略の顛末(前編)奇手を使ったデッドファイナンスは成功した!? 日本経済新聞まとめ
⇒「ソフトバンクのアーム買収に伴う資金調達戦略の顛末(後編)巧妙なエクイティファイナンスが呼び込んだ波紋とは? 日本経済新聞まとめ

 

■ 外部圧力に慣れよ!「金のがちょう」の童話を思い出そう!

「より即効性のある資本構成の調整も増えています。転換社債や普通社債による調達資金で自社株買いを実施する「リキャップCB・SB」がその典型です。こうした手法では自己資本が圧縮されるだけでなく、同時に負債も増加するため財務レバレッジを効率的に高めることができます。」

⇒「踊り場のROE経営(後編)- リキャップCBと資本コスト、結局は財務レバレッジの話しかできないの巻
⇒「(会社研究)大還元の先へ(4) 日本ハム 「借金で自社株買い」に限界

外部資金調達の絶対額は変えず、その調達先を自己資本から借入金に振り替えて、ROE算出の分母を小さくしようとする作戦。それは、単純に見かけ上のROEを改善させ、投資家の気を引くために行われることもあれば、企業の資本調達コストの低減を狙った本質的なものでもあります。その違いは、リキャップ政策を採った企業のIR/SRの内容を見ればほぼ分かりますが、、、(^^;)

「株主還元や資本構成の調整によって自己資本を圧縮すればROEは改善しますが、過度な圧縮には2つのリスクがあることに注意が必要です。まず、成長原資が減少し、機会損失コストが生じるリスクがあります。外部からの資金調達には時間がかかり、予期せぬチャンスを逃す恐れがあるからです。次に、リスクバッファー機能が劣化するリスクがあります。企業が積極的にリスクを取るためには、失敗を吸収できる盤石な財務基盤が不可欠です。
 こうした理由から、企業は適切な自己資本の水準を設定する必要があります。適切な水準であれば、自己資本は強い味方なのです。」

比較的、製薬会社やゲーム制作会社は、内部留保、しかも借方側で豊富な現預金を保有しています。その理由は、薬の開発には長期間の莫大な試験研究費を要し、しかも成功確率が著しく低いから。いわゆる「ブロックバスター利益」と呼ばれる、当たれば大きい利益が転がり込むが、外れれば全く実入りは無い、ゲーム制作も同じという比較的不安定なビジネスモデルを有しているが故です。任天堂が「ポケモンGO」で復活(一部には、合弁会社がその利益を享受するので任天堂が丸儲けではないという見方もあり、それはそれで正しいのですが、ブランドやその他の享受している非会計的利益も大きいものがあります)できたのも、手厚い内部留保でゲーム制作を続けることができたからと理由づけすることが可能です。

そういった企業にまで、内部留保をギリギリまで吐き出させて、全て株主に還元したとして、いざという時に、資金ショートで倒産に至ってしまう、、、まるでグリム童話に出てくる「金のがちょう」そのものではありませんか。

本稿の結論:
ROE向上のだけ目が行って、行き過ぎた株主還元で自己資本の厚みを失ってしまったとしたら、リスクテイクのチャンスを経営者に与えることができずに、みすみす儲け話を見逃すことにもなりかねない。最悪の事態は、投資先企業を「金のガチョウ」にしてしまうこと。

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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