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■ 伊藤レポートの真実とは!? 後編は真のメッセージの所在に迫る!

経営管理会計トピック

前編では、主に「ROE8%」のメッセージの主旨について分析してきました。後半は、「ROE」というKPIを使って、投資家とどう対話するか、というお話が中心になります。

今回も、念のため、伊藤レポートの概要をご紹介しておきます。

正式には、経済産業省のプロジェクト「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」の最終報告書です。座長が伊藤邦雄教授であったことから、広く「伊藤レポート」と呼ばれることとなりました。

● 経済産業省「伊藤レポート「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクト「最終報告書」を公表します
http://www.meti.go.jp/press/2014/08/20140806002/20140806002.html

ていうか、ここで既に「伊藤レポート」と名乗っているし。。。ここで以下3つのPDFファイルを参照できます。本文は、PDFで104ページもある大作です。

伊藤レポート「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクト「最終報告書」を公表します(PDF形式:235KB)
http://www.meti.go.jp/press/2014/08/20140806002/20140806002-1.pdf

最終報告書(PDF形式:1,698KB)
http://www.meti.go.jp/press/2014/08/20140806002/20140806002-2.pdf

最終報告書 要旨(PDF形式:285KB)
http://www.meti.go.jp/press/2014/08/20140806002/20140806002-3.pdf

以下、超概要を5点にまとめました。

1)企業と投資家の「協創」による持続的価値創造
企業と投資家、企業価値と株主価値を対立的に捉えることなく、「協創(協調)」の成果として持続的な企業価値向上を目指す

2)資本コストを上回るROE(自己資本利益率)による資本効率革を
ROE を現場の経営指標に落とし込むことで高いモチベーションを引き出し、中長期的にROE 向上を目指す「日本型ROE 経営」が必要である
「資本コスト」を上回る企業が価値創造企業であり、その水準は個々に異なるが、グローバルな投資家との対話では、8%を上回るROE を最低ラインとする

3)全体最適に立ったインベストメント・チェーン変革
インベストメント・チェーン(資金の拠出者から、資金を最終的に事業活動に使う企業までの経路)の弱さや短期化等の問題を克服し、全体最適に向けて変革する

4)企業と投資家による「高質の対話」を追求する「対話先進国」となる
企業と投資家の信頼関係を構築する上で、企業価値創造プロセスを伝える開示と建設的で質の高い「対話・エンゲージメント」が車の両輪である。
→「スチュワードシップ・コード」等で求められる対話・エンゲージメント方策をとりまとめ

5)「経営者・投資家フォーラム(仮)」を創設
産業界と投資家、市場関係者、関係機関等から成る「経営者・投資家フォーラム(Management-Investor Forum :MIF)(仮)」を創設する
そこでは、中長期的な情報開示や統合報告のあり方、建設的な対話促進の方策等を継続的に協議し、実現に向けた制度上・実務上の方策が検討される

日本株は、バブルではない―――投資家が知っておくべき「伊藤レポート」の衝撃

■ 投資家の背後には、一人ひとりの個人がいる

投資家からマネーが企業に入り、企業は投資家にリターンを返すことを、「インベストメント・チェーン」といいますが、伊藤教授は、その背後に個人がいることを強調されています。このインベストメント・チェーンが効率的に循環しないと、日本市場に資金流入がなされず、日本の金融ストックが縮小する。つまり、年金資産がしぼむと、個人の年金が減少するのと同じことだと。ROE向上を求めるのは、なにも企業や投資家の利益だけを考えてのことではなく、日本国民の幸福のため、金融ストックという国富を増やすために必要なことだと説明されています。

教授は、「経営は長期的視点でイノベーション重視でもいいが、インベストメント・チェーンの効率化とも両立しなくては」と説きます。日本企業おきまりの文句、「製品・サービスで消費者に貢献する」にプラスして、「資本コストを上回るリターンで個人の金融ストック増加に貢献する」ことも大事と。

「日本的経営は長期志向であるという大義名分の下、成果を出す規律付けが弱くなっている」ことを改善するとともに、短期投資家の増配や自社株買いの圧力には屈せず、長期的視点の投資家との対話を持ち、将来の期待ROEの成長に至る道を共に探そう、というメッセージというわけです。

良い株主 悪い株主

■ ROE経営をいかに全員経営に変えるか

伊藤教授によれば、日本企業の経営者が、IRでは「ROE重視」と投資家に訴えるものの、社内では、「ROE」のアの字も言わないことを、「ダブルスタンダード経営」と批判しています。本当に、ROEを重視するならば、社内にもROEに基づくKPIで経営管理・業績評価をしないと、企業運営に首尾一貫性が失われるばかりか、社外の投資家からも、掛け声だけのROE経営かと見透かされてしまいます。

そこで、ROEをブレークダウンして、現場が分かりやすい指標(KPI)の使用を推奨されています。例えば、「総資産回転率」を高めるために、「在庫削減率」「キャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)」に注目したり、「ROS」を高めるために、「売上高販管費率」や「一人当たり売上高」といった一般的な収益性指標を用いるなど。

以下に伊藤教授の慧眼からなるセリフを転載します。
「日本企業の社員はハードワーカーです。しかし、貢献の感触もなければ貢献度もわからない状態で、全員経営に参画してもらうことはできません。ROE経営は、社内にROE経営と言って歩くことではありません。それぞれの層ごとにブレイクダウンしたものを連鎖させ、実行可能なものに落とし込めるかどうかがカギを握ります。その一方で共通の価値観やビジョンを共有する。こうした両輪の経営が大事なのです。」

『両輪の経営』ですか。共感はしますが、実践は困難が付きまといますね。KPIのブレイクダウンは、それこそ筆者のコンサルテーションの中心的テーマのひとつですが、日本的経営のもう一つの特徴は、従業員ひとりひとりの「会計責任」が明確になっていないこと。それはつまるところ、「職務記述書(job description)」が明確になっていないということ。これは、悪いことばかりではありません。皆でひとつの目標達成のために、チームワークでQCサークル、小集団活動、カイゼンを行う。組織の壁を越えて協力する。暗黙知による生産的なコミュニケーションを活性化する。従来の日本的経営には、「ROE経営」の前に、「KPI経営」、「目標管理:MBO(Management by Objectives)」の浸透がまずハードルとして存在します。こういうのはいたずらにKPIとかを持ち出しても却って、、、一時のブームで終わりましたが、某総合電機メーカーで「成果給」制度が会社業績をズタズタにした、という2000年初頭の教訓も忘れてはいけません。

正しい目標管理の進め方: 成果主義人事を乗り越える職場主義のMBO

■ ROE向上のためにこそ、無形資産が重要となる

伊藤レポートには、「見えない価値」という言葉が登場します。その価値は、「無形資産」が源泉だと述べられています。ここの文脈での「無形資産」は、貸借対照表(B/S)に計上される「ソフトウェア」「のれん」の他に、簿外のものも含みます。むしろその簿外資産の重要性を強調しています。本文には、企業カルチャー、ブランド、知的・人的資産などが例として挙げられています。

ROE経営では、ROEをブレイクダウンして従業員の目標管理に活用しようということで、その一つとして「投下資本利益率(ROIC)」が持ち出されています。

ROIC = 当期純利益 ÷ (有利子負債 + 株主資本)

(諸説ありますが、本文ではこのように説明されています)

ROEから上記のような定義のROICにブレイクダウンするにはかなりの推移式が必要なんですが、それは置いといて、ROICの分母には、上記にある簿外の無形資産が含まれていない。しかし、分子の当期純利益は、そうした簿外資産からももたらされる。だから、人材やブランドのような無形資産の価値を高めると、ROICが高まる。すると、最終的にROEが高まるという説明になっています。

中長期的に収益性を高める企業価値を持続的に高めるのはこうした「無形資産」。財務諸表に表れにくい「見えない価値」の存在に経営者はより敏感にならねばならない、と教授は説きます。ちょっと揚げ足取りにあること承知で申し上げると、「ROE経営」を「全員経営」にするために、ROEを各層がわかるKPIにブレイクダウンすることが重要。でも、そのブレイクダウンしたROICを高めるには、簿外の見えない無形資産価値を上げるべし。うーん、見えないものは管理できない、、、でも見えない無形資産がROE向上には重要、、、

すみません、筆者には教授の理論を実践に落とす実力はありません。。。

無形資産の会計

■ 投資家との対話とは、価値観の違いを乗り越えること

編集部から少々厳しい質問が飛んでいました。
「投資家はポートフォリオの一環として企業を見ています。しかし経営者は自分の会社だけを見ています。前提の違いがある中で、経営者と投資家は対等な立場で対話できるでしょうか。」

これを受けて、伊藤教授は、企業と投資家は「敵対的関係」から「協創の関係」へと謳っています。株式という保証のない商品を買ってもらうのだから、買ってくれる人の要望には応えなければならない。コーポレートガバナンス、ディスクロージャー、相手が短期投資家だろうが長期投資家だろうが、経営者と投資家は協創関係にある以上、それらに応えるべし。そして夢を共有すべし。うーん、実務的には、どうプラクティスに落とせばいいんだろう?

さらに、投資家、消費者(顧客)、社員とそれぞれのステークホルダーとの対話で得られた気づきや発見を、他のステークホルダーの価値向上に結び付けるべし。トレードオフになってはいけないと。これまた難しい、、、

どうステークホルダーとコミュニケーションすればいいんだろう???
これらについて、本文中で教授はこう語っています(ちょっと長文)。

「ただし、ここで気をつけてもらいたいのは「会話」とは言っていないことです。会話は、価値観を共有している人たちとコミュニケーションをとるイメージです。しかし、対話は価値観が違う人と人が、緊張感をはらんだ中で最善の策を模索するプロセスです。何が違うのか、どこからその違いが生まれるのか、その違いを埋めるにはどうしたらいいのか。それを突き詰めていくのが対話なのです。
さらに踏み込んで、投資家がその会社のことを徹底的に分析し、会社とは異なる目線で提言したり示唆を与えたりすることをエンゲージメントといいます。こうした対話を実行できる経営者は、素晴らしい経営者だと思います。」

『会話』『対話』『エンゲージメント』、、、、
これは、筆者が自身のコンサルティングサービスで心掛けているのですが、「コンテキスト(コンテクスト):Context」でものをできるだけ語らないようにしています。

WiKiより
「言語学におけるコンテクストとは、メッセージ(例えば1つの文)の意味、メッセージとメッセージの関係、言語が発せられた場所や時代の社会環境、言語伝達に関連するあらゆる知覚を意味し、コミュニケーションの場で使用される言葉や表現を定義付ける背景や状況そのものを指す。例えば日本語で会話をする2者が「ママ」について話をしている時に、その2者の立場、関係性、前後の会話によって「ママ」の意味は異なる。2人が兄弟なのであれば自分達の母親についての話であろうし、クラブホステス同士の会話であれば店の女主人のことを指すであろう。このように相対的に定義が異なる言葉の場合は、コミュニケーションをとる2者の間でその関係性、背景や状況に対する認識が共有・同意されていなければ会話が成立しない。このような、コミュニケーションを成立させる共有情報をコンテクストという。」

本文の主旨から外れたコメントになってしまいました。

閑話休題

投資家と経営者をつなぐ実践的IR戦略—自社の時価総額を引き上げる全シナリオ

■ 企業も投資家を選ぶ時代へ

最後の最後に、また編集部からきつい質問がありました。
「最後にお聞きします。そうは言っても、日本企業の経営者はいまでも海外の投資家に対する警戒感が強い印象があります。海外の投資家は、短期志向が強いと思われています。企業は投資家とどのような関係を築くべきでしょうか。」

これに対し、伊藤教授は、
・海外投資家を十把一絡げに括ってはいけない、数字より経営者の意見を求める人もいる
・マーケットには短期志向の投資家がいないと、株価が効率的に値付けされない
とし、短期の投資家の存在を認めつつ、そんな投資家とは対話は不要と断じています。

「投資家は起業を選ぶことができるが、企業は投資家を選ぶことはできない」とは、20世紀もしくは21世紀初頭の考えで、パラダイムシフトが起こり、「企業も投資家を選べる」時代になったと言います。

現在は、「スチュワードシップ・コード」「コーポレートガバナンス・コード」によって、投資家から企業に対話のオファーが殺到するようになったと言います。必然的に投資家を層別し、CEOが対応する投資家、CFOが対応する投資家、以下、IR部長やIR担当など、企業からも投資家への対応を複層的にし、投資家を選ぶ時代らしく振る舞えと。そして、「対話」から投資家の投資哲学を評価し、投資家を選別せよと。受け身で待っているだけでは、熾烈な資本獲得競争から脱落すると。

伊藤教授は、主に、海外機関投資家の耳触りの良い「ROE経営」を謳って海外資本を日本市場に引き入れることだけに注力するのではなく、逆に、「ROE」をツールに投資家と「対話」を行うことで、投資家を起業の方から選別せよと。インベストメント・チェーン強化に務めろ、というのが最も言いたかったことなのではないかという感想を持ちました。

却って、「伊藤レポート」に右往左往して、「株主還元100%」を打ち出した経営者が惨めで可愛そうになりました(皮肉が過ぎますか、、、)。(^^;)

IRの成功戦略 (日経文庫)


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「企業も投資家を選ぶ時代 伊藤レポートの真意とは」を読んでみた(後編) Harvard Business Review 2016年3月号http://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/1-e1427893099240.jpghttp://keieikanrikaikei.com/wp-content/uploads/2015/04/経営管理会計トピック1-150x150.jpg小林 友昭とことんROEROE,資本コスト,ROIC,HBR,キャッシュ・コンバージョン・サイクル,CCC,コーポレートガバナンス・コード,目標管理,MBO,伊藤レポート,インベストメント・チェーン,スチュワードシップ・コード,ROS,無形資産,エンゲージメント■ 伊藤レポートの真実とは!? 後編は真のメッセージの所在に迫る! 前編では、主に「ROE8%」のメッセージの主旨について分析してきました。後半は、「ROE」というKPIを使って、投資家とどう対話するか、というお話が中心になります。 今回も、念のため、伊藤レポートの概要をご紹介しておきます。 正式には、経済産業省のプロジェクト「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」の最終報告書です。座長が伊藤邦雄教授であったことから、広く「伊藤レポート」と呼ばれることとなりました。 ● 経済産業省「伊藤レポート「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクト「最終報告書」を公表します」 (http://www.meti.go.jp/press/2014/08/20140806002/20140806002.html) ていうか、ここで既に「伊藤レポート」と名乗っているし。。。ここで以下3つのPDFファイルを参照できます。本文は、PDFで104ページもある大作です。 ・伊藤レポート「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクト「最終報告書」を公表します(PDF形式:235KB) (http://www.meti.go.jp/press/2014/08/20140806002/20140806002-1.pdf) ・最終報告書(PDF形式:1,698KB) (http://www.meti.go.jp/press/2014/08/20140806002/20140806002-2.pdf) ・最終報告書 要旨(PDF形式:285KB) (http://www.meti.go.jp/press/2014/08/20140806002/20140806002-3.pdf) 以下、超概要を5点にまとめました。 1)企業と投資家の「協創」による持続的価値創造 企業と投資家、企業価値と株主価値を対立的に捉えることなく、「協創(協調)」の成果として持続的な企業価値向上を目指す 2)資本コストを上回るROE(自己資本利益率)による資本効率革を ROE を現場の経営指標に落とし込むことで高いモチベーションを引き出し、中長期的にROE 向上を目指す「日本型ROE 経営」が必要である 「資本コスト」を上回る企業が価値創造企業であり、その水準は個々に異なるが、グローバルな投資家との対話では、8%を上回るROE を最低ラインとする 3)全体最適に立ったインベストメント・チェーン変革 インベストメント・チェーン(資金の拠出者から、資金を最終的に事業活動に使う企業までの経路)の弱さや短期化等の問題を克服し、全体最適に向けて変革する 4)企業と投資家による「高質の対話」を追求する「対話先進国」となる 企業と投資家の信頼関係を構築する上で、企業価値創造プロセスを伝える開示と建設的で質の高い「対話・エンゲージメント」が車の両輪である。 →「スチュワードシップ・コード」等で求められる対話・エンゲージメント方策をとりまとめ 5)「経営者・投資家フォーラム(仮)」を創設 産業界と投資家、市場関係者、関係機関等から成る「経営者・投資家フォーラム(Management-Investor Forum :MIF)(仮)」を創設する そこでは、中長期的な情報開示や統合報告のあり方、建設的な対話促進の方策等を継続的に協議し、実現に向けた制度上・実務上の方策が検討される 日本株は、バブルではない―――投資家が知っておくべき「伊藤レポート」の衝撃 ■ 投資家の背後には、一人ひとりの個人がいる 投資家からマネーが企業に入り、企業は投資家にリターンを返すことを、「インベストメント・チェーン」といいますが、伊藤教授は、その背後に個人がいることを強調されています。このインベストメント・チェーンが効率的に循環しないと、日本市場に資金流入がなされず、日本の金融ストックが縮小する。つまり、年金資産がしぼむと、個人の年金が減少するのと同じことだと。ROE向上を求めるのは、なにも企業や投資家の利益だけを考えてのことではなく、日本国民の幸福のため、金融ストックという国富を増やすために必要なことだと説明されています。 教授は、「経営は長期的視点でイノベーション重視でもいいが、インベストメント・チェーンの効率化とも両立しなくては」と説きます。日本企業おきまりの文句、「製品・サービスで消費者に貢献する」にプラスして、「資本コストを上回るリターンで個人の金融ストック増加に貢献する」ことも大事と。 「日本的経営は長期志向であるという大義名分の下、成果を出す規律付けが弱くなっている」ことを改善するとともに、短期投資家の増配や自社株買いの圧力には屈せず、長期的視点の投資家との対話を持ち、将来の期待ROEの成長に至る道を共に探そう、というメッセージというわけです。 良い株主 悪い株主 ■ ROE経営をいかに全員経営に変えるか 伊藤教授によれば、日本企業の経営者が、IRでは「ROE重視」と投資家に訴えるものの、社内では、「ROE」のアの字も言わないことを、「ダブルスタンダード経営」と批判しています。本当に、ROEを重視するならば、社内にもROEに基づくKPIで経営管理・業績評価をしないと、企業運営に首尾一貫性が失われるばかりか、社外の投資家からも、掛け声だけのROE経営かと見透かされてしまいます。 そこで、ROEをブレークダウンして、現場が分かりやすい指標(KPI)の使用を推奨されています。例えば、「総資産回転率」を高めるために、「在庫削減率」「キャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)」に注目したり、「ROS」を高めるために、「売上高販管費率」や「一人当たり売上高」といった一般的な収益性指標を用いるなど。 以下に伊藤教授の慧眼からなるセリフを転載します。 「日本企業の社員はハードワーカーです。しかし、貢献の感触もなければ貢献度もわからない状態で、全員経営に参画してもらうことはできません。ROE経営は、社内にROE経営と言って歩くことではありません。それぞれの層ごとにブレイクダウンしたものを連鎖させ、実行可能なものに落とし込めるかどうかがカギを握ります。その一方で共通の価値観やビジョンを共有する。こうした両輪の経営が大事なのです。」 『両輪の経営』ですか。共感はしますが、実践は困難が付きまといますね。KPIのブレイクダウンは、それこそ筆者のコンサルテーションの中心的テーマのひとつですが、日本的経営のもう一つの特徴は、従業員ひとりひとりの「会計責任」が明確になっていないこと。それはつまるところ、「職務記述書(job description)」が明確になっていないということ。これは、悪いことばかりではありません。皆でひとつの目標達成のために、チームワークでQCサークル、小集団活動、カイゼンを行う。組織の壁を越えて協力する。暗黙知による生産的なコミュニケーションを活性化する。従来の日本的経営には、「ROE経営」の前に、「KPI経営」、「目標管理:MBO(Management by Objectives)」の浸透がまずハードルとして存在します。こういうのはいたずらにKPIとかを持ち出しても却って、、、一時のブームで終わりましたが、某総合電機メーカーで「成果給」制度が会社業績をズタズタにした、という2000年初頭の教訓も忘れてはいけません。 正しい目標管理の進め方: 成果主義人事を乗り越える職場主義のMBO ■ ROE向上のためにこそ、無形資産が重要となる 伊藤レポートには、「見えない価値」という言葉が登場します。その価値は、「無形資産」が源泉だと述べられています。ここの文脈での「無形資産」は、貸借対照表(B/S)に計上される「ソフトウェア」「のれん」の他に、簿外のものも含みます。むしろその簿外資産の重要性を強調しています。本文には、企業カルチャー、ブランド、知的・人的資産などが例として挙げられています。 ROE経営では、ROEをブレイクダウンして従業員の目標管理に活用しようということで、その一つとして「投下資本利益率(ROIC)」が持ち出されています。 ROIC = 当期純利益 ÷ (有利子負債 + 株主資本) (諸説ありますが、本文ではこのように説明されています) ROEから上記のような定義のROICにブレイクダウンするにはかなりの推移式が必要なんですが、それは置いといて、ROICの分母には、上記にある簿外の無形資産が含まれていない。しかし、分子の当期純利益は、そうした簿外資産からももたらされる。だから、人材やブランドのような無形資産の価値を高めると、ROICが高まる。すると、最終的にROEが高まるという説明になっています。 中長期的に収益性を高める企業価値を持続的に高めるのはこうした「無形資産」。財務諸表に表れにくい「見えない価値」の存在に経営者はより敏感にならねばならない、と教授は説きます。ちょっと揚げ足取りにあること承知で申し上げると、「ROE経営」を「全員経営」にするために、ROEを各層がわかるKPIにブレイクダウンすることが重要。でも、そのブレイクダウンしたROICを高めるには、簿外の見えない無形資産価値を上げるべし。うーん、見えないものは管理できない、、、でも見えない無形資産がROE向上には重要、、、 すみません、筆者には教授の理論を実践に落とす実力はありません。。。 無形資産の会計 ■ 投資家との対話とは、価値観の違いを乗り越えること 編集部から少々厳しい質問が飛んでいました。 「投資家はポートフォリオの一環として企業を見ています。しかし経営者は自分の会社だけを見ています。前提の違いがある中で、経営者と投資家は対等な立場で対話できるでしょうか。」 これを受けて、伊藤教授は、企業と投資家は「敵対的関係」から「協創の関係」へと謳っています。株式という保証のない商品を買ってもらうのだから、買ってくれる人の要望には応えなければならない。コーポレートガバナンス、ディスクロージャー、相手が短期投資家だろうが長期投資家だろうが、経営者と投資家は協創関係にある以上、それらに応えるべし。そして夢を共有すべし。うーん、実務的には、どうプラクティスに落とせばいいんだろう? さらに、投資家、消費者(顧客)、社員とそれぞれのステークホルダーとの対話で得られた気づきや発見を、他のステークホルダーの価値向上に結び付けるべし。トレードオフになってはいけないと。これまた難しい、、、 どうステークホルダーとコミュニケーションすればいいんだろう??? これらについて、本文中で教授はこう語っています(ちょっと長文)。 「ただし、ここで気をつけてもらいたいのは「会話」とは言っていないことです。会話は、価値観を共有している人たちとコミュニケーションをとるイメージです。しかし、対話は価値観が違う人と人が、緊張感をはらんだ中で最善の策を模索するプロセスです。何が違うのか、どこからその違いが生まれるのか、その違いを埋めるにはどうしたらいいのか。それを突き詰めていくのが対話なのです。 さらに踏み込んで、投資家がその会社のことを徹底的に分析し、会社とは異なる目線で提言したり示唆を与えたりすることをエンゲージメントといいます。こうした対話を実行できる経営者は、素晴らしい経営者だと思います。」 『会話』『対話』『エンゲージメント』、、、、 これは、筆者が自身のコンサルティングサービスで心掛けているのですが、「コンテキスト(コンテクスト):Context」でものをできるだけ語らないようにしています。 WiKiより 「言語学におけるコンテクストとは、メッセージ(例えば1つの文)の意味、メッセージとメッセージの関係、言語が発せられた場所や時代の社会環境、言語伝達に関連するあらゆる知覚を意味し、コミュニケーションの場で使用される言葉や表現を定義付ける背景や状況そのものを指す。例えば日本語で会話をする2者が「ママ」について話をしている時に、その2者の立場、関係性、前後の会話によって「ママ」の意味は異なる。2人が兄弟なのであれば自分達の母親についての話であろうし、クラブホステス同士の会話であれば店の女主人のことを指すであろう。このように相対的に定義が異なる言葉の場合は、コミュニケーションをとる2者の間でその関係性、背景や状況に対する認識が共有・同意されていなければ会話が成立しない。このような、コミュニケーションを成立させる共有情報をコンテクストという。」 本文の主旨から外れたコメントになってしまいました。 閑話休題 投資家と経営者をつなぐ実践的IR戦略---自社の時価総額を引き上げる全シナリオ ■ 企業も投資家を選ぶ時代へ 最後の最後に、また編集部からきつい質問がありました。 「最後にお聞きします。そうは言っても、日本企業の経営者はいまでも海外の投資家に対する警戒感が強い印象があります。海外の投資家は、短期志向が強いと思われています。企業は投資家とどのような関係を築くべきでしょうか。」 これに対し、伊藤教授は、 ・海外投資家を十把一絡げに括ってはいけない、数字より経営者の意見を求める人もいる ・マーケットには短期志向の投資家がいないと、株価が効率的に値付けされない とし、短期の投資家の存在を認めつつ、そんな投資家とは対話は不要と断じています。 「投資家は起業を選ぶことができるが、企業は投資家を選ぶことはできない」とは、20世紀もしくは21世紀初頭の考えで、パラダイムシフトが起こり、「企業も投資家を選べる」時代になったと言います。 現在は、「スチュワードシップ・コード」「コーポレートガバナンス・コード」によって、投資家から企業に対話のオファーが殺到するようになったと言います。必然的に投資家を層別し、CEOが対応する投資家、CFOが対応する投資家、以下、IR部長やIR担当など、企業からも投資家への対応を複層的にし、投資家を選ぶ時代らしく振る舞えと。そして、「対話」から投資家の投資哲学を評価し、投資家を選別せよと。受け身で待っているだけでは、熾烈な資本獲得競争から脱落すると。 伊藤教授は、主に、海外機関投資家の耳触りの良い「ROE経営」を謳って海外資本を日本市場に引き入れることだけに注力するのではなく、逆に、「ROE」をツールに投資家と「対話」を行うことで、投資家を起業の方から選別せよと。インベストメント・チェーン強化に務めろ、というのが最も言いたかったことなのではないかという感想を持ちました。 却って、「伊藤レポート」に右往左往して、「株主還元100%」を打ち出した経営者が惨めで可愛そうになりました(皮肉が過ぎますか、、、)。(^^;) IRの成功戦略 (日経文庫)現役の経営コンサルタントが管理会計をテーマに情報発信します