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「企業も投資家を選ぶ時代 伊藤レポートの真意とは」を読んでみた(前編) Harvard Business Review 2016年3月号

経営管理会計トピック とことんROE
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■ 伊藤レポートの真実とは!? インタビューの前にレポートの内容を確認する!

経営管理会計トピック

まず、このリード文が伊藤教授に聞きたい内容を全て言い表しています。

「2014年の夏に公表された「伊藤レポート」は、今日のコーポレートガバナンスをめぐる動きを加速させた。その一方で、「ROE8%」という数字が一人歩きしたことから、株主優先主義の経営を提唱するものという批判もある。企業価値向上と資本効率の改善が、はたして企業を取り巻くステークホルダーの利益につながるのか。レポート作成の中心を担った伊藤邦雄氏に真意を聞く。」

まず、「伊藤レポート」の説明から。正式には、経済産業省のプロジェクト「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」の最終報告書です。座長が伊藤邦雄教授であったことから、広く「伊藤レポート」と呼ばれることとなりました。

● 経済産業省「伊藤レポート「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクト「最終報告書」を公表します」
http://www.meti.go.jp/press/2014/08/20140806002/20140806002.html

ていうか、ここで既に「伊藤レポート」と名乗っているし。。。ここで以下3つのPDFファイルを参照できます。本文は、PDFで104ページもある大作です。

伊藤レポート「持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~」プロジェクト「最終報告書」を公表します(PDF形式:235KB)
 (http://www.meti.go.jp/press/2014/08/20140806002/20140806002-1.pdf

最終報告書(PDF形式:1,698KB)
 (http://www.meti.go.jp/press/2014/08/20140806002/20140806002-2.pdf

最終報告書 要旨(PDF形式:285KB)
 (http://www.meti.go.jp/press/2014/08/20140806002/20140806002-3.pdf

以下、超概要を5点にまとめました。

1)企業と投資家の「協創」による持続的価値創造
企業と投資家、企業価値と株主価値を対立的に捉えることなく、「協創(協調)」の成果として持続的な企業価値向上を目指す

2)資本コストを上回るROE(自己資本利益率)による資本効率革を
ROE を現場の経営指標に落とし込むことで高いモチベーションを引き出し、中長期的にROE 向上を目指す「日本型ROE 経営」が必要である
「資本コスト」を上回る企業が価値創造企業であり、その水準は個々に異なるが、グローバルな投資家との対話では、8%を上回るROE を最低ラインとする

3)全体最適に立ったインベストメント・チェーン変革
インベストメント・チェーン(資金の拠出者から、資金を最終的に事業活動に使う企業までの経路)の弱さや短期化等の問題を克服し、全体最適に向けて変革する

4)企業と投資家による「高質の対話」を追求する「対話先進国」となる
企業と投資家の信頼関係を構築する上で、企業価値創造プロセスを伝える開示と建設的で質の高い「対話・エンゲージメント」が車の両輪である。
→「スチュワードシップ・コード」等で求められる対話・エンゲージメント方策をとりまとめ

5)「経営者・投資家フォーラム(仮)」を創設
産業界と投資家、市場関係者、関係機関等から成る「経営者・投資家フォーラム(Management-Investor Forum :MIF)(仮)」を創設する
そこでは、中長期的な情報開示や統合報告のあり方、建設的な対話促進の方策等を継続的に協議し、実現に向けた制度上・実務上の方策が検討される

■ 日本の経営者は資本コストに対する意識が欠けている

教授によれば企業価値には、
① 時価総額などに代表される「株主価値」
② ステークホルダーから見た価値の総和
の2つがあり、相対的に「株主価値」の方を日本企業は軽視してきたと伊藤教授は述べています。それは、P29の図表1「代表的な株価指数の累積リターン」で、過去25年間の株価指数の変動(1989年末~2014年2月末)を示したグラフで例証されています。

・米NASDAQ: 約9.4倍
・米NYダウ: 約5.9倍
・独DAX: 約5.4倍
・MSCI先進国株(除く日本)Local: 約4.2倍
・TOPIX: 約5分の2
・日経平均: 約5分の2

世界標準との差は歴然としています。教授によれば、株主価値としての企業価値がどうすれば高まるかというと、「資本コスト」を上回るROE(自己資本利益率)が生み出されて初めて、経済的に付加価値が創造されることで企業価値が向上すると説明されています。ここでは、資本コストの計測に、「資本資産価格モデル(CAPM)」を前提としていることが記述されています。

筆者は、「CAPM」で個別企業の資本コストを簡単に求めることは実務では難しいとする立場なのですが、そこは譲ったとしても、日本の経営者が会計的に赤字にならなければよい、という水準の利益で自分に合格点を出してしまい、本来ならば、株式市場で調達した株主資本に対する「資本コスト」=ハードルレートとしてのROE8% を上回らないと株主価値を毀損することになるという理屈には賛同します。ただ、この「8%」という定量基準にどこまで正当性があるか、という点に少なからず疑問を持っています。

■ ROE8%は、数字が一人歩きする「覚悟」で提唱した

当然、教授もこの「8%」という数字の提唱については、批判覚悟でメッセージ性を重視する方を採ったとされています。当然、個々の日本企業に対する個々の投資家が想定する資本コストも、ばらつきがあって当然です。伊藤教授はここで、海外の機関投資家にヒアリングを行い、その平均が7.2%であることがわかり、整数に切り上げて「8%」としたそうです。これについては、個別企業の差異は捨象して、平均値で分析すると、日本の株式市場では経験則的に、「ROE=8%」の所で、「PBR=1倍」(株価純資産倍率)かどうかの分水嶺になっています。

⇒「(十字路)ROEの基本に戻ろう
 ここに、日本市場のROEとPBRの相関を示したグラフを掲載しています。

経営管理トピック_ROE8%の壁

PBRが1倍を割るということは、企業を清算して、残余財産を既存株主に配った方が株主が手にする価値が高いことを意味しており、もはや企業活動をすることがマイナスの価値しか生まない(まあ、最近はやりのマイナス金利みたいなもの)ことになります。

ただし、このROEとPBRの相関は、経験則として観察される関係であって、それはマクロ経済学における「失業率」と「物価上昇率」の相関を意味する「フィリップス曲線」と同様の観察結果に過ぎず、経年変化によりその均衡水準は変動します。従って、未来永劫「ROE:8%=PBR:1倍」ではないことには注意すべきでしょう。

⇒「(スクランブル)動いた「ROEの山」  平均10%、広がる銘柄格差
・フィリップス曲線が長期では変動していることと、ROE水準の変化について記載

ここが本インタビューでも山場だと思うので、伊藤教授の説明も重厚になっている感があるのですが、もはや日本企業は、日本の株式市場の中だけで、資本調達をしているわけではない。世界の株式市場を股にかける機関投資家の資金を獲得するグローバル競争に参加している。それゆえ、グローバルな資本の獲得競争に勝利するためには、ROE偏重が欧米流として忌避するのではなく、同じ土俵で戦うために、「ROE8%」は必須な競争条件だというものです。

日本企業の経営者が自己勝手流に、「自社の資本コストは●●%」と自己裁量で決め、現行ROEがそれを上回っていればOK、とすることを許してしまうと企業経営を掣肘する「規律」が緩んでしまう。「コーポレートガバナンス・コード」も「スチュワードシップ・コード」も同様に、企業経営に規律を持たせることを目的としています。そして「ROE8%」を掲げた「伊藤レポート」もその規律の一つであるというわけです。

■ ROE経営を否定する日本企業に喝! ファイナンシャルリテラシーの無い経営者は淘汰される

伊藤教授がROE8%達成の期間目標は設定していない、と説明されています。あくまで、中長期的な目標水準であるとし、レポートにも「ショートターミズム(短期主義)」の弊害についても記述があります。したがって、教授は、ROE経営とは、短絡的に自己資本比率を低下させる(財務レバレッジを上げる)ことで短期的に、小手先でROE向上を進めるものではないと説明されています。ここは、伊藤レポートが公表された直後の、実務とではその認識に乖離が確かにありました。「株主総還元率」「リキャップCB」が横行し、短期的なROE向上策が次々と新聞発表され、短期志向の株主がそれを材料に株式の売買を活発にさせました。

⇒「(スクランブル)高ROE株、買い疲れ 投資家は改善度に注目

伊藤教授によれば、かの有名なデュポンチャートによるROE分解式の理解を改めて強調されています。

ROE = 当期純利益 ÷ 自己資本
          = 売上高純利益率(ROS) × 総資産回転率 × 財務レバレッジ

教授による「いけてない日本企業の経営者」は、「日本企業はイノベーションを重視しており、中長期的な投資を厚くせざるを得ないので、ROEは高まらない」「欧米企業は、財務レバレッジを高めて高ROEを演出しているだけ」と嘯くのだそうです。ここでも、具体的な例証があり、

P33の図表2「日米欧の資本生産性分解」というチャートで、ROE分解がなされており、

              ROE        ROS       総資産回転率      財務レバレッジ
日本        5.3%       3.8%      0.96                    2.51
米国      22.6%     10.5%      0.96                    2.69
欧州      15.0%       8.9%      0.87                    2.86

実は、日本企業の低ROEの真因は、そのままROSの低さだったと断じ、いけてない経営者の自己弁護を一刀両断しています。筆者は、表面的な理解かもしれませんが、そういいたくなる日本の経営者の意見もある

その面では一理あるというか、「盗人にも三分の理」的な所もあると思っています(失礼なたとえでしたね)。日本企業は、営々と中長期視点の先行投資を行うため、ROSが低くならざるを得ない。つまり、自前主義でR&Dを行うが、欧米企業は、技術開発した会社を外から買ってくるR&A(Research & Acquisition)だから、期間損益を毀損することなくROSを高く維持することができると。

ある意味、地道なR&Dをやっている企業がお金で買収されて、成果を大企業の資本に搾取されている、という見方もでき、そういう研究の買い物が欧米企業が上手なだけ、という批判も世の中にはあるよ、ということです(そういえば、「下町ロケット」面白かったですね~)。道義上の問題はここではいったん脇に置いておいて、それが仮に真実であったとしても、R&Aをうまくやることは、資本の理論にかなっているのです。

今回はここまで。続きは後編で。


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