■ 「コンビニまで歩けない」東京・新宿に買い物難民
東京新宿に在住の武田さん(92歳)、足が不自由で自宅から50m離れたスーパーですら買い物に行くことができない。食事は3食、365日、宅配弁当。そういう武田さんを救ったのが、食材・日用雑貨を棚一杯に積み込んだ車(移動スーパーとくし丸)。現在、全国22都府県に広がる新ビジネス。年末には運行台数100台を突破する勢いだ。
急成長の秘密は、移動販売の常識を覆した独創的な販売スタイルにある。地域のスーパーが移動スーパーを営みたい場合、まず「とくし丸」運営会社に導入依頼を行う。そうすると、とくし丸が移動スーパーを運営したい個人を募集。研修を施して、個人事業主として独立を支援する。地域スーパーは、その個人事業主に販売代行として、商品を売ってもらう仕組み。地域スーパーでなく、個人事業主が経営するところが、とくし丸の特徴なのだ。
とくし丸の車がある民家の玄関脇、2m程先に停車し、棚を開ける。家から出てきたおばあちゃん1人のために営業を始める。販売中は、音楽を鳴らし、音楽を聞きつけたお隣さんも買いに来る。とくし丸は、要望のあったお家の玄関先で、週2日のサイクルで販売してくれるのだ。広場などではなく、玄関先まで来てくれるとくし丸は、足の悪いおばあちゃんにとっては便利そのもの。しかも、他に客がいないので、つきっきりで接客してくれる。1日、35~40軒ほど回る。1軒1軒回ることで、お客さんとの信頼関係を築く。これがとくし丸のビジネスモデルなのだ。
実はとくし丸には、午後5時までにスーパーまで戻ってくる決まりがある。それは、その日のうちに販売できなかった品物を返却するため。売れなかった商品はスーパーの陳列棚で販売する。個人事業主は、売れ残りを心配する必要が無い。1日6万円売れば、十分採算が取れるというとくし丸。地域スーパー目線からは、とくし丸を利用することで、新たに車を購入したり、人を雇ったりしないで気軽に移動スーパー事業を始められるメリットがある。
とある地域スーパー店長の一言。
「買い物難民の支援はスーパーの1つの使命。でも大概、大赤字。とくし丸は皆が独立営業者でやっているし、スーパーもリスクが無い。それこそ、『三方良し』ですね。売り手良し、買い手良し、地域良し。」
■ おばあちゃんを笑顔に! 感謝&感動の移動スーパー
「とくし丸」を立ち上げた住友社長。変わった経歴の持ち主だ。1957年、徳島・阿波市生まれ。23歳の時、4畳半の部屋で雑誌を創刊する。それが徳島タウン情報誌「あわわ」。月4万部まで伸ばし、徳島では誰でも知る雑誌に育て上げる。住友さんがこの事業のビジネスチャンスに気付いたのは年老いた母親の言葉がきっかけ。
「車に乗れない近所のおばあちゃんたちがたくさんいると。買い物に行くのが大変だと言い出した。そんな事態になっているのかと思ったのがきっかけ」
そして2012年、とくし丸を創業。自ら商品を売り歩きながら独自のビジネスモデルを作り上げた。
「選んで、見て、触って、買う、基本的な行為が非常に大事」
「おばあちゃんのセレクトショップと呼んでいる」
「お客の99%は、おばあちゃん」
「最初は(車に乗せている商品点数は)500~600点しかなかった。今は倍以上載せています」
MCから質問。「素人考えだと、“玄関先”より“広場”が効率的では?」
「僕も創業前はそういうイメージだった。でも実際やってみると、そこ(広場・公園)まで歩いて来られる人は買い物難民ではない。僕らは玄関先に車を付けるんですが、1コースに何人かは玄関先にすら出てこられなくて、家の中まで商品を持ち込んで選んでもらうお客もいる」
■ 1200点の商品満載 移動販売車を大公開
もう一度、社長の口から、とくし丸のビジネスモデルを解説。
「自分が身銭を切って投資してオーナーになって営業するのは決定的に違う。」
「ちょっと男前な人がやっぱりよく売る。おばあちゃんも、やっぱりかわいい男の子が好き!単なるビジュアルだけでなくて、女性への接し方とか、本当におばあちゃんのことを気遣っているとか、そういうことも含めて。今は本当に仲良くなっている。家に上がって「電球替えて」とか「郵便出して」とかある。」
お得意様の玄関先まで30分。そんな過疎地でも黒字をたたき出すとくし丸の強さの秘密とは? 驚きの市場調査にあった。
広島にあるバス、スーパー経営の会社が、中古バスを改造した移動販売車による移動スーパー事業を展開。1日、約15万円の売上があるそうだが、赤字すれすれの状態だ。そして、地方自治体は、買い物難民救済に莫大な補助金を出しているのが現状だ。そうした補助金に頼らないと、経営が立ち行かない移動スーパーも少なくない。
小さな軽トラを走らせているとくし丸。そのほとんどが黒字だという。過疎化が進む徳島・牟岐町で、とくし丸全国屈指の売上を誇るのが開業8ヶ月の柿原さんに同行取材させてもらう。次のお客がいるおうちまで移動時間は15分や30分などざら。この日の販売ルートは、非常に広範囲なものだ。35軒を回るのに、走行距離約80km。この日の売上はなんと11万円超。ちなみに、とくし丸の全国平均は8万円/日。
過疎の地域でここまで売り上げを伸ばせる秘密は、実は開業前にあった。最も大事なのは、徹底的な住民調査。担当者は、販売予定エリアのお家1軒1軒をしらみつぶしで調べ、家族構成から買い物事情まで調べ、買い物難民を探し出すのだ。地道な下調べ・訪問調査で、本当に困っている住民を探し出す。それらの家を線でつなぐことで確実に収益を得られる販売コースを作り上げるのだ。
柿原さんいわく、
「訪問して話すから、初めて分かる情報がある。チラシとか広告だけではそういう情報は得られない。現場にしか答えは無い。」
住友社長いわく、
「僕らは需要調査と呼んでいるんですけどね、たぶん徳島のどの政治家よりも一番歩いている。もう4年間歩き続けている。今も歩いている。時間があれば歩く。1軒ずつ歩くと、「まさかここ住んでいないよね」という所も、「もしかしたら」とトントンとする。中から高齢者の方が這いずるように出てくる場面に何度も遭遇した。こんな所で、社会から隔離されて、ひっそりと住んでいる。日本の社会はどこか狂っている。」
「(歩いていると)いろいろな暮らしが見られる。ビジネスは現場にしか工夫や答えが見つけられない。机上論ではない。「こういうことが必要なのか」「こういう生活があるのか」から、「こういうものがいる」ということを次々と思い出す。やっぱり現場に行かないと分からない。」
MCが質問。「行政からの補助金についてはどうお考えか?」
「少なくとも、我々の会社で補助金をもらうつもりはない。ビジネスが成立することは、「あなたの存在が必要」ということで、お客が金を支払うことだと思う。補助金をもらいたいと思った瞬間、ビジネスとしては負けのような気がする。」
■ 半径300mは営業禁止!? 移動スーパーの地元愛
「補助金には頼らない!」住友社長の強い思いの裏には、強烈な体験が。1999年、タウン誌を運営していた頃に起こった、地元を揺るがせた出来事。建設費1000億円を超える「吉野川可動堰 建設計画」。国が決めたこの事業に地元から反対運動が巻き起こった。住友さんはそこに、反対派のリーダー的存在としてかかわる。そして2000年1月、全国でも珍しい住民投票に持ち込み、建設計画を中止に追いやる。この経験に基づき、住友さんはある確認に辿り着く。
「地域のことは地域で決める。外から手を突っ込まれて混ぜられるのではなく、他人が決めるのではなく、そこの住民、リスクを負う人が自分たちで決めるべき。」
とくし丸には、地元で事業を続けていくための様々なルールが。
●とくし丸“地元”ルール①
個人事業主に地元出身者を採用
同じ地元だからこそ、深い信頼関係が築けるのだという。
●とくし丸“地元”ルール②
地元商店の半径300mでは営業禁止
「(地元商店の)脅威にはなりたくない。できるだけ共存したい。」
●とくし丸“地元”ルール③
価格に一律10円上乗せ
創業当初、とくし丸がどうしても黒字になるための苦肉の策だった。
「みんながお互い様だと思う。結果として利益が残らないと、とくし丸を続けられないから」
全ては、地域が自分たちで問題を解決し、自分たちで生きていくための工夫だ。
MCが確認。「半径300mルールも、地域全体を考えると地域自立の仕組みとして当然なんですね?」
「もし、その個人商店を僕の母が経営しているとすると、そこに売りに行けます?嫌じゃないですか。今まで地域を支えてきたお店の脅威にはなりたくない。東京がダメになると、全国もダメになるということではなく、地域に中心があって、そこの資金、そこの人材、そこの困ったおばあちゃんをサポートする、完結した仕組みをいかに広げていくかなんです。」
■ 大手メーカーも注目 移動販売の“強い絆”
ある日、とくし丸本社に、森永乳業の担当者が訪れた。高級ヨーグルト(濃密ギリシャヨーグルト パルテノ)の試食サンプル配布を依頼し、お客の反応を知りたいのだという。高齢者でもこぼさずに食べられる濃厚さが特徴。
とくし丸に依頼する理由は?
「買い物に来られない人がとくし丸で買っている。今までターゲットとしてアプローチできなかったところにできる。」
住友社長いわく、
「コーヒー、お菓子、ドリンクもやりました。80歳前後のお年寄りのマーケティング手法は存在していない。食品メーカーが喉から手が出るほど欲しい情報がすごく集まる。」
現在、とくし丸には別の役割も。徳島県と協定を結んで、高齢者の安全確認、『高齢者見守りネットワーク』だ。とくし丸に高齢者の見守りを依頼する自治体が増えているのだ。
さらに、とくし丸にあるものを搭載しようという計画が進んでいた。それが電機メーカーと開発中の、とくし丸専用ATMだ。
「1万円札だけが引き出せる機能に超特化したATM。買い物に困る人はお金を下すのも困る。」
他にはない高齢者との深い絆が、とくし丸に様々な可能性を見出している。
「僕らは、簡単に週に2回顔を合わせて話ができる。週に2回会う仕組みが半年、1年と続くと、実の息子とか娘より“とくし丸”の方が会う機会、話をする時間が長くなる。そこで人間関係、信頼関係が構築できて、本当のヒューマンネットワークができる。これがどんどん広がっていくと、また新しいインフラになる。新しいビジネスがここに乗っかってくる、という所を目指している。」
「これから超高齢化社会になる。行政の限られた予算と人員では高齢者のサポートはできない。ぜひ行政に“とくし丸”を使って欲しい、有効な役割を果たせる立場になれる。本当に血の通った息遣いを感じる人と人のネットワークがすごく重要になってくる。最後は人と人との関係が一番、人の存在を左右する、生きる力になる。」
「どうやって利益を得たかによって、気持ちよさが違う。人を騙して得たお金と「ありがとう」と、もらったお金は、明らかに価値が違う。」
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番組ホームページはこちら
(http://www.tv-tokyo.co.jp/cambria/backnumber/20150917.html)
移動スーパーとくし丸のホームページはこちら
(http://www.tokushimaru.jp/)
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