■ 客に嘘をつかない! つばめ流“正直経営”の全貌
ハンバーグではなくて、“ハンブルグ”。つばめ風ハンブルグステーキで有名な「つばめグリル」ではそう呼ぶ。つばめ風ハンブルグステーキが誕生したのは42年前。国産ミンチ肉によるハンブルグ(ハンバーグ)とビーフシチューという2枚看板メニューをアルミホイルで包んで客前に出される。多い日には1日8000食も出るという。つばめグリルは創業82年の老舗。歴史が古いのは客層も同じ。世代を超えて愛顧するロングリピーターが目立つ。あいれされ続ける一番の秘密はもちろん“味”。
その秘密は調理法に。ランチの忙しい時間帯でも問わず、ミンチ作業は4時間以内に使用できる量だけに限定して、足が早いと言われる挽肉の鮮度を保ったまま、おいしい状態で客に提供できるようにする。そして、肉を挽いた時間を店内の看板に表示。
『挽きたて 合わせたて 焼きたて』
だから客は同じメニューを何度注文しても飽きないという。その味を引き出す秘密はつくり方にある。
「つばめ」は首都圏中心に店舗数24店、社員250人、売上高57億円。石倉が大切にしているのはおいしさに対して正直であること。その表れが都心に立地するセントラルキッチンで、1日で800kg以上のハンバーグ用の肉を仕込むが、これは24店舗が一日で使用する分だけ手作りで準備する。その流通工程では一度も冷凍保存はされない。ソーセージやベーコンも全て手作り。24店舗はセントラルキッチンからすべて1時間内圏内の移動距離内に立地する。
手作りにこだわるのは、鮮度が命のマヨネーズまで。付け合せといえども手作りで味の品質を維持すれば、メニュー全体の味がその水準以上に保たれるという考え方。徹底した顧客目線の品質重視主義でのものづくり精神だ。
全店舗で、その日に仕入れた食材で店で提供する全メニューを開店前の毎朝に試作・試食する。同じ食材でもその日の仕入状態で料理の仕上がりが微妙に異なる。それをコック全員で実際に試食し、毎日一定品質の料理が出せるように調理法や調味料の使い方をファインチューニングする。
これがつばめが実践する「正直経営」の実態だ。
つばめ三代目社長・石倉悠吉(72歳)は、店を回って1年で400食はハンバーグを試食する。
(番組公式ホームページより)
その三代目に「正直経営」について語ってもらう。
「正直経営というのは、“長続きの源”。正直にすることが時代を超えていく。お店を100店作るくらいだったら、100年続くお店を作りたい」
規模の拡大を目指し、大量生産の効率化を目指して品質(飲食業の場合は味)を落とすよりは、客の評判を落とさない商売を目指すという経営方針。
三代目いわく、
「味は後味が大事。そのためにはいい品質を。当時は大量生産のために効率化なんて考えていなかった。おいしいハンバーグをお客に出したいという気持ちだけだった。飽きない味はそうしないと作り出せない。」
三代目のパリでの視察話も秀逸だった。朝市に行って、ジャガイモの売り場を見ると、列によって値段が違う。それは、売り台の列ごとに日向、日陰の違いがあるから。もっと驚いたのは、農家の軒先での仕入れ値が最も高値だったこと。その理由をフランス人に尋ねると、一番いい状態で収穫されたものを一番いいタイミングで手に入れるんだから、一番高い値段で取引されることは当たり前のことだ、というもの。工業規格品や、スーパーマーケットでの買い物に慣れていた自分にとっては、目から鱗だった。
三代目いわく、
「“自然の味を生かす”ということは、収穫から調理までの時間(タイムラグ)を短くすることが大切だ。」
それゆえ、つばめグリルで出す料理はできるだけ自家製にすることを心掛ける。そうすると、“時間”(タイムラグ)を自分たちでコントロールできる。タイムラグをきちんと管理すれば、最高の状態でお客さ間に料理が出せるという理屈。なるほど!!!
これは、製造業が内製化にこだわる理由に通じる。品質と納期コントロールのために、なるべく外注を使わない。外注を使う時も、自社の製造ラインになるべく同期化させる(極端にはタクトタイムまで合わせに行く)。ものづくりって、何を作るかを超越した、捉えどころがない普遍的な決まり事があるものだと痛感した。
■ 銀座の旦那衆が守ってきた 老舗を生み出す商売の掟
つばめグリルが銀座に進出してちょうど70年。三代目によると、正直経営の原点は銀座にあるという。三代目の正直経営は、銀座タニザワ2代目社長、谷澤甲七さんの一言が始まりだった。そもそも、つばめグリルは、初代(祖父の常吉)が1930年に新橋駅構内にオープンさせた食堂から。1946年に銀座一丁目に店を移して大繁盛した。三代目が大学を卒業する時、父が店をやめると言いだし、三代目が店の再建を期して後を継いだ。
店の看板メニューを作ろうとハンバーグ作りを始めた。当初は効率重視で、挽肉に予めウスターソースを練り込み、前日に焼いておいて、当日は温め直して客に出すというシステムを採用した。そこそこ安くてうまいため、ヒットして客が入るようになったが、三代目はごまかしの味づくりに忸怩たる思いがあったのだという。
三代目が甲七さんに、どうしたら老舗になれるかを尋ねたところ、
「銀座の旦那衆はお互いを知り尽くしている仲間。そんな仲間に恥ずかしくない正直な商いをしようという思いが銀座の老舗を支えてきたんだよ」
この一言から、三代目は作り立てのハンバーグの味の方がいいことは自分の経験が知っている。経験に正直になって商売するには、『挽きたて 合わせたて 焼きたて』の状態でお客様に提供すること。こう決意するに至った。
銀座の老舗仲間に恥ずかしくない経営、それが「正直経営」の原点となった。
まさしく、ブランドや信用、老舗は一日にしてならず。
『自分の経験に嘘をつかない』
三代目が銀座の老舗経営を語る。
「極めて、商品の本質には手を抜かない。商品の本質に手を抜かないということは、ある程度コストがかかるということ。でも本質に手を抜かないのは地に足が着いているからできる。」
■ 仕込みにもプロの技が… 人気!つばめグリルの秘密
本質に手を抜かないつばめグリルの精神は、セントラルキッチンにも現われている。一般常識によるセントラルキッチンは、効率性重視で機械化・自動化されていて、専用の現場担当者が作業に従事しているイメージ。しかし、ここは、各店舗のコックたちが輪番で作業に当たり、しかも手作業で料理の下ごしらえの全工程をやっているのだ。牛タンシチューソースのための野菜をフライパンで炒めるとか、ハンブルグステーキのソースを作るための肉を焼くとか。コックが料理の仕上がりのことを考えて作業するから、シチューソースの色をきちんと考慮した飴色になるまで野菜を炒めるとか、肉の全面を均整に焼いて、旨味が逃げないようにするとか。
下ごしらえがきちんと、後工程、特にお客様の前に出すという最終工程のことを考えられて作業されるようになっている。これって、セル生産で働く人のモチベーションを高めるといった効果と同じかもしれません。モチベーションが上がると品質も上がる!
ここで三代目の発想に驚愕する。多店舗化したのは、会社の規模を大きくしたいからではなくて、従業員の生活を保障してあげるため。そのためのセントラルキッチンの運営だということ。
三代目の次のセリフがまたびくっとするものだった。
「他の産業は、会社規模が大きくなると通常は商品の品質が上がっていくもの。でも従来の飲食業は違った。」
三代目の正直経営の本質はここにあるんじゃないか?
飲食業において、多店舗化しながら、味も追及することはできないのか。店が増えるメリットは一体なんだろう。作る量が増えると、セントラルキッチンでの下ごしらえの各工程を明確に区分することができて、工程ごとの責任者も明確化することができる。そしてただ責任明確化(北風政策)だけではなくて、担当者間でお互いの作業の仕上がりを相互にチェックして助け合う(太陽政策)こともできる。
さらに、仕上だけやるコックなんてそうざらにいない。料理の元の下ごしらえの様子がきちんと理解できていないと、最終的な味の調整もおぼつかない。これは製造業における多能工の効能にも通じるものがある。
常に最終工程のことを考えて目の前の作業をやる。分業が前提となったものづくりの現場や会社では重要なこと。
仕事のデザインにこういうコンセプトがあります。
『職務充実』
それまで担当していた仕事の範囲内で、よりレベルの高い仕事に挑戦させること
→垂直方向にスキルを高める。多工程を任せられるようになる
『職務拡大』
それまで担当していた仕事に加えて新たな仕事を任せ、仕事の幅を広げること
→水平方向にスキルを高める。複数製品を任せられるようになる
これらの施策の目的は、仕事に対するマンネリ感を防いでモチベーションを高めたり、人材を育成する手段として採用するというものがあり、つばめグリルでは、セントラルキッチンでの下ごしらえ作業をコックの持ち回りとすることで、コックの作業品質を上げる施策として有効で実を上げていると言えます。
教育効果ですね。
■ グルメ激戦区にも参入! つばめグリルの新戦略
つばめグリルは、新業態にも進出し、駅中のお弁当屋さん(惣菜店)「つばめグリルDELI」を東京駅の中に出店しています。この出店には、コックの人材育成という狙いもある。とある若手コックの様子を番組では次のように紹介していた。客のおいしそうという声等、最終顧客の反応を生で見聞きして自分で考えるようになった、ライバル店の商品、陳列、盛りつけなどを見て回って、実際に弁当を購入して研究してみる、という様子。
『外を見ることで自分の内側を見つめ直す』
三代目の言葉は本当に重いものがある。
「レストランは、サービスや空間も含めて商品だが、惣菜・物販は隣の店と食べ比べができる。自社の商品力を磨き続けるためには、そういう窓口を持っていなければならないと思い、出店した。」
その思いは、人材教育への熱の入れようでもわかる。一般常識や世の中のトレンドなども含め、向上会と称して、月一回の勉強会を40年続けているそう。
そして話はサービス業の本質へ。
三代目いわく、
「岐路に立った時、大変な道を選んだ方が正解。サービス業は提供側が大変な思いをしてサービスしているから、サービス牛として成り立つものだ」
おー。自分なりにこの一言に超感動しました。(^^)/
■ 生産者とも正直に向き合う 絶品食材を確保する秘策!
つばめグリルの正直経営は顧客に対してだけではない。仕入れた牛一頭一頭の肉質・大きさ・脂質・味・硬さ、5項目からなる評価表を作成して、牛生産農家に共有している。次の高品質の肉牛生産に活かしてもらうために。この正直さが80年を超えるつばめグリルの歴史を支えてきた。生産農家の名前は、店内の看板にキチンと表記される。
生産者(仕入れ業者)にもお客にも正直。正直経営で老舗企業に!
■ 編集後記
九州から上京し、はじめて銀座に行ったとき、まったく馴染めなかった。よそよそしさを感じた。だが石倉さんの話を聞いてイメージが変わった。老舗経営者たちは、良い環境の中、礼儀を学び、努力を惜しまない。銀座で成長した「つばめグリル」だが、その「嘘のないビジネス」という理念は、研鑽を経て本物の料理を生み、多くの客に愛されている。「おいしさ」は、希少食材を使い、凝りに凝って提供されるものではない。素材へのリスペクトが感じられ、毎日食べても飽きないし、いつ食べても納得できる、それが、真の「おいしさ」である。
素材を活かす、真のおいしさ
村上龍
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