■ 米国IT産業界勢力図の変化に待ったをかけたのか自己顕示欲の表れか。トランプ政権の政策変更
次期FRB議長を現イエレンから変えてパウエル理事を指名したトランプ大統領。イエレン現議長の金融政策を維持・継承することが自明な中で行われるこの人事。オバマ前政権を否定することでトランプ大統領の自己顕示欲を発露させるために、わざわざ行われる人事交代ともささやかれる中、もうひとつ、こちらはオバマ前政権の政策を180度ひっくり返す決定がなされました。
以下、日本経済新聞による報道を順に追って整理していきます。
2017/11/23付 |日本経済新聞|朝刊 米、ネット大手覇権に待った 「中立性」原則を撤廃 フェイスブックなど反発
「米連邦通信委員会(FCC)は21日、通信会社などインターネット接続会社にコンテンツを平等に扱うよう求める「ネットの中立性」の原則を撤廃する方針を発表した。通信の設備にかかる投資をネット企業などインフラを使うユーザーも含めて負担する方向にカジを切る。グーグルなどネット企業は通信会社によってサービス低下を余儀なくされたり、多額の利用料を求められたりする可能性がある。」
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
(下記は同記事添付の「「ネットの中立性」をなくすと業界の競争環境が変わる」を引用)
FCCが今回政策変更の対象にしている「ネットの中立性」は、2000年代後半から政治テーマとしてたびたび浮上してきたテーマで、オバマ政権が、ネット接続サービスを提供する企業に次のような規制(禁止行為を定義)を導入して一旦は落ち着いていた事案でした。
1)合法的なコンテンツの流れを不当に遮る
2)通信速度を早くしたり解像度を下げたりする
3)追加料金を支払った一部大口顧客を通信環境で優遇する
これに対し、CATV・通信会社からは規制強化で競争意欲が失われるとして猛反発がありましたが、インターネットを介した情報は公共財である、とするオバマ政権の主張に落ち着いた経緯がありました。
「論争にいったん終止符を打ったのは前大統領のオバマ氏だ。ネットの中立性を15年にルール化し、ネット上を流れるコンテンツを公共財として「平等」に扱うよう通信会社に求めた。」
■ 言論の自由か相応のコスト負担か
FCCの主張は、動画など大容量データが増えると回線のトラフィック(通信量)を大幅に占有して速度を落とす。FANGのようなプラットフォーマーが大量に提供する大容コンテンツが通信回線に負荷をかけるとウェブ閲覧が難しくなり、ネットワーク社会の発展を阻害するとの意見の方を了としました。
これを回避するために、
1)通信会社が配信速度を落としたり、遮断したりできる
2)通信大手の回線を使って流れるコンテンツのデータ容量に比して、ネット企業に相応の負担を求める
としました。これは、一部のコンテンツプロバイダーに差別価格を適用することで、これまで通信速度を維持するために必要な設備投資は一律通信会社が負担してきたものを、消費者がネット上で差別なくサービスを利用できるようにする原則(ネットの中立性)を守ると「ネット企業に回線インフラのただ乗りを許す」(コロンビア大学のリチャード・ジョン教授)とする見方によるものです。
こうしたFCCの政策変更判断はAT&Aやコムキャストなど通信会社のロビー活動が奏功した面も大きく、彼らからすれば大口需要家であるネット企業に応分の負担を求め、回線維持や次の投資に役立てたい意向を持つのも利潤追求を目的とする私企業としては当然の主張かもしれません。
一方で、負担増となる、回線上に大量のデータを流すネット企業(フェイスブック、ネットフリックス等)は猛反発し、
1)通信会社の設備投資への追加的負担(接続料金で回収される)
2)通信会社にコンテンツ流通の裁量を与える(通信会社がコンテンツ内容から裁量的に判断する)
という点で反対しています。
2)については、通信会社が検閲に近い力を有して、コンテンツ内容によって通信遮断可否や通信コストの差別価格適用を判断させることにつながる恐れがあり、自由の国、アメリカとしては許容できない憲法違反レベルの問題と認識して、この政策に異議を唱えるのです。
■ 「ネットの中立性」に対する利害関係と各国の対応
政策については、あちらを立ててればこちらが立たず。利害調整と妥協が政治だ、と開き直るなら、今回も、ネット企業と通信会社のどちらがロビイング活動で勝利したか、という穿った見方で本件を分析する向きもあると思います。
「ネットの中立性」を維持したい民主党支持者と利害関係がある企業。現時点で、米国の通信回線を流れるコンテンツの大半はネット企業によるものです。米国だけで5千万人を超える契約者がいるネットフリックスがぶっちぎりで1日のダウンロードデータ量トップ。それにグーグル系動画共有サイトのユーチューブが続く状態。もはや通信会社はネット企業の成長を支える「導管」に成り下がりつつある、というのが共和党支持者と通信業者の認識。
今回のFCCの政策変更に関する判断は、AT&Tやコムキャストなど通信会社のロビー活動が奏功した面も大きいというのが事情通の共通認識。大口需要家であるネット企業に応分の負担を求め、回線維持や次の投資に役立てたいとする意向があるようです。
・韓国の事情
「ネットの中立性を巡っては韓国で通信大手KTがサムスン電子のテレビのネット接続を12年に遮断したことがある。」
・日本の事情
「日本は電気通信事業法で「通信の秘密」が保護されている。特定のコンテンツ業者を有利、不利にすればデータの中身を見る必要が生じ、裁量的な通信速度の差別化は原則としてできない。ただ動画視聴が増え、通信回線の整備が追いつかない事態になれば、議論が起こる可能性はある。」
米産業界は、規制緩和次第で企業の勢力図が変わりうる、政治過多の競争政策を良しとする傾向があります。むしろ、日本企業の方が、経済活動はプライベートカンパニーで、政策は政治家と政府・行政の問題と切り分けて考えるのがまだまだ支配的な管型のように見受けられます。それが、グローバルな経済活動において、デファクトスタンダードを官民一体として推進していく欧米企業に後れを取った一因と筆者は考えています。
今後はトランプ政権の政策が、どのような判断を下して、通信やメディア業界の地殻変動を引き起こすか影響が注目されるところです。AT&Tのタイムワーナー買収、ディズニーのフォックス買収。それぞれ成立するのか、成否にかかわらずメディア業界に対するインパクトやこれいかに?
垂直統合の場合は、通信会社がライバルのコンテンツを排除すれば「不公平」との批判を招く恐れがあります。一方で通信会社も自らコンテンツを増やし、ユーザーを囲い込みたいので、通信インフラを我が手に置きたい。業種をまたがる大型M&A案件の行く末。大変気になるところです。
⇒「FANG台頭で、コンテンツ、通信、プラットフォーマー各社の勢力図に異変(2)規制緩和と市場競争促進は、市場における立場によって言い分が異なります」
(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です
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