成長性分析に使用する「CAGR」とは何か
「前回」は、前年成長率と指数分析の深堀りの仕方について説明しました。「今回」は、「CAGR(Compound Annual Growth Rate):年平均成長率」という指標の使い方について解説していきたいと思います。
(たまに、日本語からの逆誤訳で、Compound Average Growth Rate というのもあります)
そもそも、成長性分析の目的には2つある、と指摘させていただいたこと、ご記憶ございますでしょうか?
【目的1】これまでの経営戦略(事業運営・施策実行)がうまくいっているかの検証
【目的2】将来どれくらい成長するか、その伸びしろと成長スピードはどれくらいかの予測
今回の「CAGR」は、いずれの目的にも使用できる指標です。
用語の定義だけ先に済ませると、
「指定した期間に亘る成長率から、1年あたりの成長率として算出した幾何平均」(WiKi)
これをかみ砕いて説明させていただくと、
「現在値からある将来時点の値まで、毎年どれくらいずつ均等に成長すれば、到達できるか、『複利計算』の計算構造を使って明らかにしたもの」
となります。
「単利」と「複利」の違い
では、「複利計算」の仕組みを理解するために、「単利」と比較しながら数字の動きを見てみます。下記例では、皆さんが虎の子の現金を銀行に預けたときに受け取る利息がいくらになるかで両者の違いをみてみます。
「単利」
銀行に預ける元手を「元金」とか「元本」といいます。単利の場合、「年利:10%」と言えば、銀行に預けた「元金」に対して、毎年、決まって同額の10%の利息が付くことになります。
(「年利」とは、利子の支払期間を1年単位とする場合の、元金(基準金額)に対する利子の割合のこと)
「複利」
銀行に預けた「元金」に付けられた「利息」がプラスされて、次の期間の「利息」を計算するベースの元手には、「元金+前期の利息」という合計値が使用されるため、前期の利息にも今期の利息がかかるようになります。
元金:1000 × 10% = 100
1年目の利息:100 × 10% = 10
2年目の利息 = 100 + 10 =110
では、10年間の推移で「単利」と「複利」を比較してみましょう。
財務分析らしく、例えば、「売上高」なんかが、10年間で「平均10%成長」といった場合、「単利」と「複利(CAGR)」とで、どのように見え方が違ってくるかを確認します。
MS-Excelのスプレッドシートで数表を作成しましたので、CAGRを算出する計算式は、セル「O7」「O11」を確認してみてください。
グラフは、上記のようになります。
視覚的に分かることは、
- 単利(単純成長)は、前年成長率は逓減する(徐々に減っていく)
→分母が大きくなるのに、分子は一定額であるため - 単利(単純成長)は、前年伸長額は一定だが、複利(CAGR)は、前年伸長額が逓増する(徐々に増えていく)
- 複利(CAGR)は、毎年の前年成長率と測定期間のCAGRが一致する
- 比較する年数が長くなればなるほど、「単利」と「複利」の成長スピードに大きな差異が発生する
したがって、複数年の成長率や成長スピードを吟味したい場合は、毎年の前年成長率を見るより、複数年にわたる測定期間の平均的な成長率を年率に直した「CAGR」を確認することをお勧めします。
この章の最後に、一応、CAGRの計算式を図解しておきます。
(初心者の方・数学が苦手な方は、Excelの計算式をただ丸暗記しておけばいいです)
【目的1】過去実績の検証に「CAGR」をどう使うか
下表は、トヨタ自動車の5ヶ年の売上高成長性分析になります。
FY11の前年成長率が、-2.16%だったり、FY12の前年成長率が、+18.73%だったり、毎年の変動が大きく、この5年間の通算の成長度合いは、単年度ベースの前年成長率を並べて眺めてみても、よくわかりません。FY09からFY13までの5ヶ年の「CAGR」は、7.9%なので、トヨタは、この5年は毎年平均で8%弱ずつ売上高が成長していった、ということが分かります。
ここまでは通説としてのCAGRによる成長性分析。ここからは、もう一歩踏み込んでトヨタの売上高成長性に切り込みます。
上記の数表に、「年平均売上高」という項目があります。これは、
- FY09の売上高:18兆9510億円
- FY13の売上高:25兆6919億円
- 5年間のCAGR:7.9%
が判明していれば、CAGRの計算式から逆算して、年平均7.9%の成長が本当に達成されていたら、FY10~12の売上高がいくらになっていたかを示す数値です。
さらに、「実際売上高」と「年平均売上高」の差額(対実売上高差異)を求めることによって、巡航スピードで成長していった7.9%の成長率に比較して、中間年度の実際売上高がどれくらい上方乖離または下方乖離していたかを見るものです。
上記例のトヨタの場合、この差額がプラスであるため、CAGR:7.9%は、測定期間の後半で集中して達成された(追い込み効果)ということが分かります。これが逆に、マイナス値の場合は、先行逃げ切りタイプとなります。
この数値の乖離幅と、プラス・マイナスの方向性とで、この5年間のトヨタの売上高の伸びの偏在性が分かります。偏在しているということは、その原因が、販売地域、販売車種、為替変動のいずれにあるのか、要因分析の糸口になります。全く手に武器も持たずに、トヨタの売上高成長性を解析しようというのはあまりに無謀です。CAGRのような基準値をまず明らかにしたうえで、詳細の施策の良否を評価するようにしてください。
【目的2】将来の成長性予測に「CAGR」をどう使うか
将来予測については、完全に外部の第三者が情報を入手することは、インサイダー情報でも手に入れない限り無理なので、下記に、想定モデルを引いて説明します。
まず、向こう5ヶ年の中期計画を立案しようという場面を想像してください。今年度の売上高の着地点見込みが1000億円、経営会議で新中計の目標売上高が5倍の5000億円と結構アグレッシブな目標設定がなされた場合、巡航速度だったら、中計初年度から4年目まで、毎年どれくらいの売上高を達成していれば、最終年度の5000億円達成の確度は高まるものでしょうか?
ここで、「CAGR」が登場です。
- 初年度の数値
- 最終年度の目標数値
- 期間(何年か?)
の3つの変数が与えられれば、「CAGR」は求められます。
計算した結果、「CAGR:38%」が求められました。
ここで実務的なポイントを2つほど。
- CAGRがはじき出した毎年の目標売上高は端数を持つので、これを計画値として社内規定に応じて丸める
- 計算された巡航スピードの各年目標売上高をベースに、新製品投入計画や、販路拡大やM&A施策などを、考慮して、実務解に落とす
このうち、②は大変重要です。あくまで、CAGRは巡航スピードを示してくれているだけです。最低限このスピードを守らないと、5年後の目標売上高:5000億円に到達する確率が低くなる、とアラートを出してくれているにすぎません。
M&Aがいつ計画され、対象企業の売上高がいつから増収に効いてくるか、新製品の投入は新中計のどのタイミングで、何期目から飛躍的に売上高が伸びるか、などなど、CAGRによる目標売上高を鑑(かがみ)にして、毎年の販売施策をチェックするのに活用してください。
経理部主導で中計を立案した場合にありがちな、CAGRありきで各年の目標値を設定してしまい、後から事業部に怒られる、ということが無いように!!!
(まあ、あくまで筆者の実体験を踏まえた発言ですので、経理部主導の中計がダメ、と言っているわけではありません。念のため)
最後に、この投稿記事を書いている時点で、「CAGR 中計」でたまたまググった時に、上位で検索された2社の過去中計のグラフを下記にご参考までお示しします。
(東芝:2012~2014)
(テルモ:Phoenix 2010)
今回は、「CAGR」- 年平均成長率の使い方について説明しました。
次回は、「前年同期比分析」と「Zチャート」について解説する予定です。
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