■ 企業の競争優位は、個人と集団の双方の継続的学習から生まれる
「経営戦略」の歴史を、三谷宏治著「経営戦略全史」(以下、本書)をベースに説明していきます。今回は、「組織ラーニング」をキーワードに、ピーター・センゲと野中郁次郎の足跡を追っていきたいと思います。
前回、ターマンの「アントレプレナー論」をご紹介し、企業や社会の成長に必須なイノベーションは、起業家が成し遂げるものであり、投資や選択といったポジショニングの問題でもなく、はたまた、企業内に保有されているケイパビリティの問題でもないのだと説明しました。そうなれば、起業家が活躍するベンチャー企業でしかイノベーションは起こりえず、大企業はただ、ベンチャー企業で行われているイノベーションをただ指をくわえて黙ってみているという結論になってしまいます。
よく、大企業になっても、ベンチャー精神、チャレンジ精神を失わないように、社内ベンチャー向けのフリーエージェント制度、CV(コーポレート・ベンチャー)という投資管理手法が取り入れられている会社を目にします。これらは、アントレプレナーを大組織の中でも大切にして、イノベーティブな企業であり続けるための仕掛けを持つことを目的としています。
その一方で、イノベーションをアントレプレナーという存在に頼るのではなく、「新しい知識の創造ケイパビリティ」の問題なのだから、組織的に継続的に学習する仕組みを取り入れれば、どんな企業(もちろん大企業も含まれる)でも、イノベーションを起こすことができる、とする考えをピーター・センゲが著書『学習する組織(The Learning Organization)』で主張しました。
■ システム思考から生まれた「学習する組織」
ピーター・センゲは、スタンフォードで航空工学と哲学を修めた後、MITに移って社会システム論の修士、スローンスクール(経営学)のPhDを取るという多才ぶり。エンジニアで哲学者で社会学者で経営学者である彼だからこそ、「システム思考」を経営・経済の世界に最初に持ち込み、「企業をシステムとして理解する」手法で「組織学習」の着想を得たのです(本書p212-213)。
システム論は、デカルトの還元主義と相対する考えで、事象を体系的に見ることであり、事象の要素細部を見るのではなく、全体のシステムを構成する要素間のつながりと相互作用に注目し、その上で、全体の振る舞いに洞察を与えると考えます。とあるシステムの一要素が右回転をしていたとしても、その部分を取り出して独立させると、今度は左回りに回り出すこともあり得るという思考方法です。つまりは、全体を知るのに個々の構成要素を一つ一つ取り出して観察しても、全体像は到底分からず、システム全体は全体のまま、中身の動きを理解しようと努めるのです。
それゆえ、ループとか、フィードバックがかかる下図のような相互関連図で示される世界観がシステム思考(システムシンキング、システム論)ということになります。
■ 「学習する組織」の3つの力と5つのディシプリン
以下、
ナイキや日産が導入「学習する組織」入門 | プレジデントオンライン|コンサルタント/チェンジ・エージェント代表取締役 小田 理一郎
を参考に記述させて頂いております。
学習する組織:目的に向けて効果的に行動するために、集団としての意識と能力を継続的に高め、伸ばし続ける組織
企業はそれで一個のシステム系なのだから、企業目的を達成するために自らを磨き、目的に達したらさらに高い目的を設定して能力と意識を高め続けていくように動かそうとしても、そうした目的に一見反するような動きや意思を見せたり、最初の想定(直観)とは異なる動きをし始めます。
そういうセンゲの前提の元に、学習する組織のアプローチでは、3つの学習能力を磨いていこうとします。
1)志を育成する力
個人、チーム、組織が、自分たちが本当に望むことを思い描き、それに向かって自ら望んで変化していくための意識と能力
2)複雑性を理解する力
自らの理解とほかの人の理解を重ね合わせて、さまざまなつながりでつくられるシステムの全体像とその作用を理解する意識と能力
3)共創的に対話する力
個人、チーム、組織に根強く存在する無意識の前提を振り返り、内省しながら、ともに創造的に考え、話し合うための意識と能力
3つの力は、それぞれを構成する5つの「ディシプリン」から成り立っています。ここでのディシプリン(discipline)学び習得するべき理論と手法の体系を意味しています。
1)自己マスタリー
ビジョンと現実の両方を見据えて探求・内省を行い、自ら意識的に選択を行うこと、そして根源とつながって自身のあり方を磨き続けること
2)メンタル・モデル
自らの思考やコミュニケーションの開放性を保つこと、そして、自らの無知を知りながら真実を愛する心を育むこと
3)共有ビジョン
メンバーの間で互いの目的やビジョンの共通性を見いだし、その理念と互いに対してコミットするパートナーシップを築くこと
4)チーム学習
メンバーたちが「今ここ」にありのままにいてエネルギーを集め、メンバー間の意図や理解が「合致」した状態を生み出すこと
5)システム思考
組織や市場や社会における相互関連性を理解すること、多様な個の集まった全体性を感じること
これを本書(p214)では次のように分かりやすくまとめています。
・個々人が旧来の思考方法(メンタルモデル)をやめて、
・他人に対してオープンになること(自己マスタリー)を学び、
・会社や社会の実際のありよう(システム思考)を理解し、
・全員が納得できる方向性(共有ビジョン)をつくり、
・そのビジョン達成のために協力する(チーム学習)
■ もう少しだけ5つのディシプリンを深めてみる
1)自己マスタリー
私たちが、我が事としてこの世に創り出したいと渇望する結果の終始一貫したイメージを持つこと。これが「個人のビジョン」となります。一方で、今の自分ができることに対する現実的な評価「実際にある個人の現状」も自己観察でしっかりと見つめます。そうすると、両者の間に存在する「個人のビジョン(Aspiration)」と「現実(Reality)」の間の張力が生まれるはずです。これは、ビジョンと現実をゴムでつないで引っ張った時の緊張感をイメージしてください。そこから得られる「創造的緊張感」を高めることを学ぶことによって、よりよい選択をするような能力を伸ばします。それが最終的には、自ら望んだ結果をより多く生み出すことにつながります。
「Will」と「Can」の間の相違を知る
2)メンタルモデル
人々の心理には、「色眼鏡」「思い込みによる解釈」「決めつけ」「ステレオタイプ」など、非生産的な結論や推論に、瞬間的に飛びつくような事象を描き出すネタが満載です。内省と探究のスキルを発達させることで、思考と人々の相互作用に影響を与える態度と認知への気づきの状態を広げる能力を伸ばすことに焦点が当てられます。世界に関して私たちが心の内に抱くイメージについて、継続的に内省し、話し、再考することによって、私たちは、行動や意思決定において自ら手綱を握る能力を高めることができるようになるのです。
「推論のはしご」で、常に what-if を!
3)共有ビジョン
個人のビジョンを私たち一人一人が確立したら、今度は「共有ビジョン」を用いて、集団や組織が共通の目的に焦点を当てることを確立することに努力します。私たちは、集団や組織としてのコミットメントを守ることの感覚を育成することを学んでいきます。それは同時に、創り出したいと願う共有した未来イメージを展開させ、私たちが本当にそこへ到達したいんだと強く願うことで、その到達のための原則や行動指針が自然と生まれるように仕向けるのです。
念ずれば動く
4)チーム学習
「ダイアログ(対話)」や「上手な討論」といった技法を通じて、チームは、集団としての思考を変革し、メンバー個々人の能力の総和以上のエネルギーや能力を結集することを学んでいきます。当然、組織が、構成員がバラバラで個々人のビジョン達成のために自己学習を未統制で実施することを推奨するのではなく、組織活動の中にチームで学習する態勢をビルドインさせていくのです。努力は個々人がやるけど、学習成果はチームで上がるように仕向けるのです。イメージは、渡り鳥の集団が年少のものも群れの中で飛びながら長距離を群れで飛ぶことを学習するように。
One for all. All for all.
5)システム思考
私たちは、物事の相互の関係性と変化のダイナミクスについて学び、意識を払うことによって、私たち自身の行動が生み出す結果に影響を与えるさまざまな力に対して効果的に向きあえるようになります。システム思考は、フィードバックやシステムが拡張や安定する方向に仕向けられている場合にどんな動きをするかについての理論の積み重ねに基づいています。学習ラボ、シミュレーションなどといったツールや技法によって、私たちはそれを学んでいきます。
A→B→C といった三段論法では解けない世界を相手に!
これで、組織学習の重要性と内容はほぼご理解頂けたかと思います。次は、実践としてどう組織学習を進めていくか? その方法論としてSECIモデルがあるのですが、、、
おっと、筆が進みすぎたので、野中先生は後編に回すことにします。(^^;)
コメント