■ ホンダ、ヤマハ発動機2社をとりまく国内二輪車市場の縮退にどう立ち向かうか?
本稿は、かつて、HY戦争とまで呼ばれた因縁の競争相手との提携検討開始の一報に驚きと経営者の英断に驚嘆し、その概要をお伝えするものです。かつて、70年代後半から80年代にかけて、国内首位のホンダを追い上げたものの、大量の過剰在庫を抱え、一時は経営危機にまで陥ったといういわくつきの2社がどうして手を取り合うようになったか、大変興味深いものがあります。
2016/10/6付 |日本経済新聞|朝刊 細る二輪市場、手結ぶライバル ホンダ・ヤマハ発、提携発表
「ホンダとヤマハ発動機は5日、二輪車事業での提携検討を始めたと正式発表した。日本独自規格である排気量50ccのスクーターについて、2018年をメドにヤマハ発がホンダからOEM(相手先ブランドによる生産)調達する方針。電動バイク分野でも協力する。二輪車販売で世界首位、2位の両社だが国内では需要減少に苦しんでいる。ライバル同士が国内ではあえて手を結び、新興国に活路を見いだす。」
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
(下記は、同記事添付の「国内二輪車市場はピーク時の8分の1に」を引用)
このグラフにありますように、国内の二輪車市場は、ピーク時から販売台数ベースで8分の1にまで縮小してしまいました。市場が縮小すれば少ないパイの配分を巡って、いろいろと策略が渦巻くものですが、今回上位2社のホンダとヤマハは、普通免許でも運転できる50ccスクーター(一般的には原付とよばれる)のホンダからヤマハへのOEM供給と共同開発という連携策に打って出ました。
50ccスクーターは、台数ベースで国内販売の5割を占めるボリュームを稼げるモデルなのですが、日本独自規格のため海外展開が難しく、プラットフォームの開発コストが割高であること、排気量の関係から低価格になり、マージンが小さいことから採算が難しく、国内ではホンダとスズキしか生産しておらず、今回の主役の片割れであるヤマハは国内販売の全量を台湾工場からの輸入に頼っていました。今回、この台湾からの供給分である約5万台をホンダの熊本製作所から供給を受けることになりました。と同時に、ホンダの熊本製作所は、元々年間生産能力20万台あった内、2015年度ベースで15万6千台足らずだったところで、5万台の増産が見込めることにより、稼働率を生産キャパ一杯にまで引き上げることができ、ホンダとしても採算見込みが立ち、歓迎する動きとなりました。
(下記は、同記事添付の「両社はOEMだけでなく電動バイクでも協力する(5日、都内での記者会見)」を引用)
■ ホンダ、ヤマハ発動機2社の二輪車提携の概要を見ておこう!
日本国内のいわゆるスクーター市場は、軽自動車や電動アシスト自転車の台頭で需要を奪われていること、都市交通や環境整備による駐輪規制の強化などから、大幅な増加は見通せず、今回の競争条件の見直しに至りました。
ホンダの「プレスリリース」から提携内容を簡単に下記にまとめておきます。
1. 50cc原付スクーターのOEM供給
Hondaが生産・販売を行う日本市場向け50cc原付スクーター「TACT(タクト)」・「Giorno(ジョルノ)」をベースとしたモデルを、2018年中の開始を目標に、ヤマハへOEM供給します。
ヤマハは、このOEM供給を受け、それぞれ「JOG(ジョグ)」・「Vino(ビーノ)」に該当するモデルとして販売する予定です。2. 次期50cc原付ビジネススクーターの共同開発・OEM供給
現在、日本市場向けにHonda「BENLY(ベンリィ)」、ヤマハ「GEAR(ギア)」としてそれぞれ開発・生産・販売している、50cc原付ビジネススクーターに関して、次期モデルの共同開発、及びHondaからヤマハへのOEM供給を検討します。3. 原付一種クラスの電動二輪車普及に向けた協業
日本市場における原付一種クラスを中心とした電動二輪車の普及を目的に、航続距離・充電時間・性能・コストといった課題の解決を目指した基盤づくりの協業を検討します。そして、今後生まれる取り組みの成果を同業他社、異業種にも広く提案することで、電動化の普及に取り組みます。
(下記は、同記事添付の「日系二輪車4社の概要」を引用)
スクーター次期モデルおよび電動二輪車の共同開発は、技術の優位性・差別化は失われる可能性はあるものの、小さい市場での割高な開発コストの負担減という効果が見込める策ですが、「OEM供給」という所作のメリットは、供給元および供給先のそれぞれにどういうものがあるのか、次章で簡単に確認しておきます。
■ OEM供給というビジネス形態のメリットとは?
「相手先ブランド製造(OEM:original equipment manufacturer)」とは、他社ブランドの製品を製造する行為またはその企業のことを指し、今回のケースでは、ホンダがヤマハ発のブランド(ジョグ、ビーノ)で、ヤマハ発が販売するスクーターを、ホンダのタクト、ジョルノのスペック(仕様)のまま熊本事業所で生産して、ヤマハ発に供給するスキームとなります。この場合、製造元であるホンダを「OEM元」、供給先であるヤマハ発を「OEM先」と呼ぶのが一般形ですが、供給依頼する元として、ヤマハ発を「OEM元」と呼ぶ慣習もあるので、「先」「元」は、慎重に話を聞かないと話者によって逆になっていることが往々にしてあります。
● OEM元(ホンダ)のメリット
① 生産ライン(熊本事業所)の稼働率を上げることで、平均生産コストを低減できる
② 生産技術を社内に取り込める
● OEM供給先(ヤマハ発)のメリット
① 自社ブランドでの販売シェアを生産設備維持コストの負担なしで維持できる
(ただし、購入コストは依然として現存し、短期的にどちらかコスト安かは即時に判断はできない)
② 供給契約における発注量の縛り次第だが、固定費負担が減り、相対的に需要の変動に強いコスト体制にすることができる
では、製品ライフサイクルに従ったOEMビジネスのメリットは一般的にどのように考えられているのでしょうか?
1.市場黎明期
市場が急速に立ち上って、ビジネスチャンス到来が判明した時、自社内に製造技術や生産ラインが無い企業が、自社製造を開始して本格参戦するまでの期間、市場でのプレゼンスを維持しておくことができる。また、OEM供給を受けることで比較的早期市場参入を果たすことができることから、先行する競合他社との市場投入時期の差を埋めることができる。
2.市場成長期
市場が急拡大し、自社の生産能力が追いつかない時に他社に不足分を生産委託することで、自社ブランド販売のシェアを落とさずに済む。
3.市場衰退期
自社生産から撤退することで、低コストまたは固定費負担を軽減させたまま市場への製品供給が可能になる。
今回のホンダとヤマハ発の提携は、上記の「3.市場衰退期」におけるOEM元とOEM供給先の戦略的メリットそのものであり、ごく自然な動きといえます。
■ OEM供給ビジネスの一般論ではなく、この2社ならではの個別事情はあるのか?
OEM供給ビジネスの一般論的解釈として、ホンダとヤマハ発の動機は合理的であることはなんとなく理解できました。では、この2社の個別の事情は今回の件から把握することはできるのでしょうか。
実のところ、ホンダは、アベノミクスの残滓から円安傾向が強くなった頃合いに、中国やベトナムから日本に生産拠点を国内回帰させたところで、日本国内の需要減、円高基調に戻ったことによる輸出採算の悪化で、何とか熊本事業所の稼働率向上をさせたい、というのが喫緊の課題でした。そうした中、ヤマハ発からのOEM供給依頼は渡りに船のところがありました。
一方で、ヤマハ発は、台湾工場での生産供給能力、およびスクーターの開発リソースを現在注力しているアジア市場での拡販、新規モデル開発に振り向けることができるようになります。いわゆる経営資源の集中を急成長が見込めるアジアにターゲティングすることができます。ただし、アジア市場では、スポーツモデルの350ccや500ccが成長しているので、スクーター(50cc)の技術と車台プラットフォームがそのまま援用できるわけではないので、その辺は要注意です。
さらに、アジア市場でも中心となるインド市場におけるスクーター(50cc)のシェアは、ホンダが56%を占め、足下では、ヤマハ発は10%に届いていません。国内ではホンダの生産能力に頼るヤマハ発。インドでは、積極的に工場進出を果たし、果敢に攻めています。
● ヤマハ、インドの二輪車市場でシェア10%狙う|インド進出ポータル より引用
「ヤマハ発動機のインド法人India Yamaha Motorは、2020年までにインドの国内二輪車市場でシェア10%を獲得するために、インドで第4拠点目となる生産工場を設立する計画を示した。新工場の設置により国内の生産能力を強化させ、インドからアフリカなどを含む海外市場への輸出拡大も図る。」
日本では手を組み、インドでは激しく切磋琢磨する。こうした市場ごとの是々非々の競争が行われているのが各業種を問わず、グローバル製造業の常であります。こうしたまだら模様の悲喜交々ある競争と提携のステンドグラス状態。第三者的な目で眺めている分には楽しいのですが。。。
(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。
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