■ 「軽減税率」導入は「ポピュリズム」以外の何物でもない!
政府も企業も、ある政策(施策)を通すのに、どう国民・社員/顧客に受け入れてもらえるかを考えるのは普通のことです。政策を通すのに各メンバーに協力してもらわないと、その組織は立ち行かなくなりますから。
2016/1/27付 |日本経済新聞|朝刊 (経済教室)軽減税率を考える(下) 所得分配の平等に逆行 政策考える責任放棄 加藤淳子 東京大学教授
「世論が支持する軽減税率の導入を政権が決定するのは当然のように思われる。しかし国際社会では、軽減税率は消費行動をゆがめ、金持ちを優遇すると知られてから30年以上たつ。何が問題で何を選択するか理解して初めて民意は正しい判断ができる。政治はその役割を果たしたのか。」
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
<ポイント>
● 西欧諸国は軽減税率の回避を他国に助言
● 軽減税率は貧困層から富裕層への再配分
● 増税先送りで歓心を買う政治は日本特有
しかしながら、受け入れてもらうことが先に立ち、政策の有効性や目的の正当性を失っては本末転倒の何物でもありません。それはポピュリズムに陥った政策提言と言えるでしょう。
「ポピュリズム」とは(WiKiより)
「ポピュリズム(英: populism)とは、一般大衆の利益や権利、願望、不安や恐れを利用して、大衆の支持のもとに既存のエリート主義である体制側や知識人などと対決しようとする政治思想または政治姿勢のことであり、日本語では大衆主義や人民主義などと訳される。ほか、政治指導者が大衆の一面的な欲望に迎合して大衆を操作する方法を指し、大衆迎合主義とも訳される。また、同様の思想を持つ人物や集団をポピュリスト(英: populist)と呼び、民衆派や大衆主義者、人民主義者、もしくは大衆迎合主義者などと訳されている。」
(参考)
2016/2/4付 |日本経済新聞|朝刊 (経済教室)ポピュリズムにどう向き合う(上) 民主主義の機能不全映す 政治の硬直化に一石 吉田徹 北海道大学教授
市場の大きな転換点で、顧客ニーズが激変し、これまでのオペレーションでは適時に商品を顧客の元に届けることができない、また、ニーズに対応した機能や用途の新商品が適時に市場投入することができないことが多くあります。それまでの成功者は、成功体験を自ら破壊するまでの自己変革を決してしようとはしません。
これが「イノベーションのジレンマ」。
大リストラをしないと組織を長らえることができない。退職者を募るとか、既存事業を止めるとか、誰かが嫌がることを実行しないと、企業は30年の平均寿命を超えて存続することは難しいでしょう。
■ 「軽減税率」導入についてのテクニカルな分析をまとめます。
「ポピュリズム」に陥ることなく、「イノベーションのジレンマ」も乗り越えて、変革し続ける企業が、市場で勝ち残れる、という筆者の言いたいことはこれでおしまい。
「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が残るのでもない。唯一生き残るのは変化する者である」(by チャールズ・ダーウィン)
以降は、政策論として軽減税率についての加藤淳子教授の考察をサマリしていきます。
(加藤淳子 東京大学教授:同記事より写真を転載)
1.軽減税率の起源
欧州諸国は逆進性緩和のために軽減税率を導入したのではない。欧州では消費一般への課税の伝統が長く、その古い形態を付加価値税に転じる際、既に存在した低い税率が温存されたのが軽減税率の始まり。その弊害が明らかになっても廃止できないのは、既得権益を守り利権を配分できる軽減税率を一部業界や政治家が手放さないから。
最初に付加価値税を導入した西欧諸国は、他国には軽減税率を使わないよう助言している。にもかかわらず新たに導入するのは、先進諸国としては日本が初めてである。
2.軽減税率の導入の愚かさ
● 弱者保護にならない - 逆説的に、「逆進性」を促進してしまう制度設計
「食料品への軽減税率適用は弱者の保護にならない。2013年度家計調査に基づき、年間収入の低い方から順に並べ第1分位世帯から第5分位世帯まで5階層に等分し、世帯当たりの食料品の軽減税率による減税額を比べてみる。」
(同記事より、「軽減税率と給付の比較図」を転載)
「所得階層の上と下を比較すると所得は約6倍になるが、低所得層の所得に占める食費の割合は高所得層の2~3倍にしかならない。高所得層を低所得層と同じように免税する限り、逆進性緩和は難しい。所得が上がるほど減税額が大きくなるのはその結果だ。所得の低い方の9千円弱に対し、高い方は2万円超と2倍以上となる。そのため軽減税率は低所得層に不利に働く。」
これは政策効果が逆作用してしまう悪例のひとつ。しかし、世論的には軽減税率導入はむしろ歓迎されているし、軽減税率適用がなされる特定業者は歓迎しています。所得の再分配の構造を阻害し、むしろ、既得権限者に所得の有利的配分を促す施策以外の何物でもありません。
「これは、各所得階層にどのように減税の財源が割り当てられたかを見れば明らかである。図の左側の三角形は家計へ回る財源の配分を表す。所得が増えるほど配分が増加し高所得層のみで3割近くになる。一方、低所得層は第1.2分位世帯を合わせた2倍の世帯数でようやく3割になる。減税は家計に対する補助金である。軽減税率は高所得世帯に低所得世帯の2倍の補助金を与えるのと同じことになる。これは外食を含む1兆3千億円の場合だが、外食を除く1兆円の場合も構造は変わらない。」
■ 対案の無い批判も無責任。そこで「給付制度」の公正らしさ、政策目的の合理性を検証する!
批判するだけでなく対案もしっかり出す。コンサルタントも、自説をクライアントに主張する際には、クライアント目線に立って、きちんとプロコン(メリット、デメリット)を説明しないことはありません。少なくとも筆者については。
3.給付制度のあらまし
「1人当たり4千円の財源を確保し家計に給付する場合(4千円は財務省の税額還付案の上限)、最も単純な所得移転の例として高所得層世帯の給付のみやめ、その財源で低所得層の負担を軽減するケースを考える。世帯人数が少なくなるため低所得層の第1.2分位世帯で給付額を上乗せし、軽減税率と同じ全額の減税が可能になる。」
「さらに第3分位世帯でも給付額が上乗せできるので、図の右に示したように、所得階層が上がるにつれて、累進的に負担を軽減できる割合が下がり財源配分も減る。財源の半分近くが低所得層に配分されるうえ、全体の財源も軽減税率の約3分の1で済む。」
4.給付制度のメリット
① 逆進性の緩和に有効
「1兆円の財源の大半は確定していない。給付なら外食を含んでも財源は半分以下となる。つまり政府は軽減税率で高所得層を免税するため財源確保に苦心しているのだ。どこから財源を得ようとも、左の三角形で示したように、所得が高いほど配分が増え平等に逆行するのは同じだ。結果として、軽減税率は再分配とは逆に貧者から富裕者への配分を引き起こす。給付なら、高所得層から税収を得て、それを所得の平等化に使える。」
② 制度設計の柔軟性 - 条件変更の容易さ
「軽減税率と異なり、給付は所得階層によってゼロから全額まで自由に減税の割合を変えられる。痛税感の緩和に配慮するなら、引き上げと同時に実施できる定額給付が最も適当だ。後から家族形態なども加味し給付水準を考えてもよいし、税率引き上げの際は給付額も簡単に変えられる。」
③ 制度設計の分かりやすさ - シンプルで明確な線引きこそ受け入れられやすい施策
「逆進性緩和の手段となり得ない軽減税率に代わり、経済協力開発機構(OECD)が推奨するのは給付である。優先的に軽減税率を課すべき対象として光熱費から文化活動まで幅広い意見がある。対象が限定される軽減税率に対し給付なら用途は縛られない。給付は、各世帯で線引きできる軽減税率と同じである。業界も軽減税率適用を求めて争う必要はなく、膨大な時間とエネルギーを費やす政治の介入による線引きも不要だ。」
④ 納税コストの負担軽減 - どんな制度も導入・維持コストを考慮しないとね!
「OECDは軽減税率の納税コストも大きな問題としている。今回、中小企業が集まる日本商工会議所や大手流通業者は軽減税率に難色を示したが、消費税導入が試みられた1980年代には強力な推進派だった。免税を求める争いが中曽根政権下の導入の失敗の一因であり、89年の消費税導入時にはゼロ税率(当時の軽減税率)を要求し、それを回避するため当初5%だった税率が3%に圧縮された。
業界が反対に転じたのはなぜか。納税コストが税率軽減による売り上げ増を上回ると身をもって経験したからにほかならない。強い支持が反対に転じたことを考えれば、軽減税率に伴う納税コストは大きく、経営を圧迫し経済にマイナスに働く恐れがある。」
5.給付制度への批判の的外れさ
① 不正受給について
「不正受給が給付の弱点とするのは木を見て森を見ない議論だ。所得の捕捉は再配分政策の根幹だ。給付のみがそれに依存するのではない。所得の捕捉が問題で給付をやめるなら、所得税も諦めることになる。軽減税率で高所得者に回る財源を所得税で確保するという提案は論理の破綻だ。」
② 税額票(インボイス)導入効果の評価
「高い納税コストは税額票導入の効果をなくす。税率が10%を超えていくにつれ業者は税負担を転嫁できなくなるのを恐れ、税額票が定着していくことは海外の経験で証明されている。軽減税率なしで税額票を導入するのが最善だ。
複数の税率の下での徴税は煩雑を極め、業者の納税コストは税務当局の徴税コストに連動する。80年代の西欧諸国では、導入から10~20年で標準税率が急速に上がり、なぜ20%を超える水準になったのかが専門家の間で議論となった。税率軽減で失われる税収に加え、軽減税率下の徴税コストが原因と疑われた。」
■ 海外の事例と比較してみる!
それでは海外の消費税(付加価値税)の現状はどうなっているのでしょうか?
「対照的なのは西欧諸国の助言に従い軽減税率を導入しなかったニュージーランドだ。86年に10%で導入してから30年たった現在でも税率は15%に抑えられている。6年前まで21年間、12.5%のままで財政の健全化も図った。将来の標準税率の上昇を見込んで軽減税率が必要というが、現実の関係は逆である。軽減税率が標準税率を高騰させる。軽減税率導入は税率を抑制できる可能性を葬り去り、将来世代の選択肢を奪う。」
軽減税率の財源を確保するために、軽減税率から外された品目・サービスの普通税率が高めに設定されていては、何のための軽減措置か分かりません。通算すると、税負担は同じか、品目の違いにより、消費構成が異なる家計間ではある種の不公平さが発生します。
「国際通貨基金(IMF)は新興国に、軽減税率を用いない付加価値税を導入し財政規律を守るよう助言している。その主要メンバーの日本が、軽減税率を導入して財政を逼迫させ国際的信用を危うくする。増税を好む国民はいない。だが成熟した民主主義国で国内総生産(GDP)の2倍を上回る政府債務残高と、予算の3分の1を借金に頼る国家財政を持つ国は日本だけだ。」
IMFも軽減税率を用いないように助言している程に、軽減税率は悪影響しかないことは明らか。日本政府の担当達は、こういう場合には「欧米でも当たり前の政策です」との決まり文句を使わないのですね。欧米信奉も困りものですが、こういう方便の使い分けも困りますね。
ここは、“欧米か!?”と突っ込まさせて欲しかったですね。(^^;)
「先進諸国がより高い課税負担を国民に説得してきたのに対し、与野党ともに増税の先送りと減税で有権者の歓心を買ってきた政治がその原因だ。政治が政策を吟味せず、唯一の負担軽減の手段のごとく提案すれば、軽減税率への世論の支持は当然高くなる。労なく支持を得んと導入に走るのは、政治の無責任である。」
本当に優れた“改革”は、関係者全員から“賛成”を受けることは決してありません。全員から賛意を集める“改革”は、決して本物ではありません。痛みを伴わない“改革”はあり得ない。誰からも賛辞を受けるのは、“改革”が成功を収めてから。批判を恐れずに“改革”を成し遂げた人だけが、歴史上で賛辞される。
「なせば為る 成さねば為らぬ 何事も
成らぬは人の なさぬなりけり」
(上杉鷹山)
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