■ ドイツ発のインダストリー4.0に対し日本発のIoTとは?
本稿は、日本版インダストリー4.0を考える上で、日本の製造業およびサービス業の向かうところを、西岡教授の小稿を筆者なりに解釈してお伝えするものです。「向かうところ」と「向かうべきところ」に対する言及の仕方というのは自ずと異なってくるものです。
2016/9/26付 |日本経済新聞|朝刊 (経済教室)第4次産業革命の可能性(上)嗜好の個別・多様化に対応 中小製造業の強み生かせ 西岡靖之 法政大学教授
「これは革命ではなく、単なる一時的なブームではないのか。第4次産業革命(インダストリー4.0)という文字が躍る紙面をみて、多くの読者がそう思うかもしれない。
これが新たな産業革命だとすると、「何が」産業構造を大きく変え、その結果として社会の「何を」変えるのか。おそらく「何が」はIoT(モノのインターネット化)であり、「何を」には「サービス」という言葉が当てはまる」
(下記は、同記事添付の西岡教授の写真より)
にしおか・やすゆき 62年生まれ。東京大博士(工学)。専門は情報マネジメントデザイン
<ポイント>
○IoTが産業構造やサービス概念変える
○製品機能の利用分だけ代金払う仕組みに
○サービス業の海外展開でもノウハウ活用
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
教授によりますと、製造業大国であるドイツが「インダストリー4.0」を提唱し、日本を含む全世界の産業界に大きなインパクトを与えました。それを受けて、日本政府も大きくリアクションを見せ、「「日本再興戦略2016」で、第4次産業革命の実現を経済成長の柱としてとらえ、超スマート社会(ソサエティー5.0)のための科学技術の振興に多くの予算」をさくことになりました。
この「スマート化」とは、
① 各種装置が高度な情報処理能力あるいは管理・制御能力を持つ と同時に、
② 各種装置がネットワークに接続され、単体機能では成しえない付加価値を提供する
ということを意味しています。とすれば、家電製品を代表とするスマート化された日用機器は、それ単品固有の機能だけでは」なく、ネットワークに接続されて何らかの制御やデータのやり取りがなされている「モノ」から使用体験を通じた「コト」消費の対象として、消費者は使用価値(付加価値)を見込んで購入するようになります。そこに、日本発のIoTビジネス成功のヒントがあると言えます。
■ すべてがネットにつながる時代の「モノ」売りビジネスはどのように変容するのか?
ハード機器単体が有する機能は、ハードウェアという筐体(きょうたい)にパッケージングされた予め準備されたものに限定されます。お金の流れも、その筐体の所有権を消費者に渡した時点で、対価として代金を頂いておしまい、というのが原則でした。現在でも、修理や保守サービス(一定期間の無償品質保証サービス含む)がありますが、あくまでハードウェア本体を売り込むのが主体です。
これからのビジネスモデルは、ハードウェアの単品売り切りとはならないでしょう。その特徴は、下記のようになります。
(1)消費者は、「所有」から「使用」にお金を払う
ネットワークに接続する機器として、消費者は自分の生活空間に置きますが、その機器をメーカーから受領した時に購入代金を払うというスタイルから、毎日・毎回、その機器を使用することに対する、いわゆる「コト」消費に代金を支払うことが当たり前になります。ネットに接続して、何らかのサービスを受けることに対する課金システムが確立されます。
(2)買い切りにならないハードウェアの購入スタイル
スマート化された機器のベンダーは、その機器を使用する自社のプラットフォームに顧客を取り込みます。消費者が購入(または貸与・無償譲渡)した機器を使用しながら、サービスパーツや交換や消耗品の補充、ソフトウェアのアップグレードや機能追加に対してお金を支払うようになります。
教授によりますと、
「消費者の現場がますます個別化、多様化する中で、個々人の異なる趣味、嗜好に合わせて一品一品異なる高付加価値の製品を提供する手法を、マスカスタマイゼーションと呼ぶ。ドイツ政府が提唱するインダストリー4.0の中核となっている概念だ。」
スマート化された機器は、中でやり取りされている個人データや、インストールされているソフトウェア等、消費者ひとりひとりの趣味や生活スタイルにきめ細かく対応した「モノ」として提供されることができます。そうした「オーダーメイド」に近い仕様を持った機器を大量生産(マスプロダクション)に近い製造コストで生産するやり方を「マスカスタマイゼーション」と一般的に呼ぶのですが、そういう作り方という供給側の目線ではなく、教授は消費者目線でこの語を使用されています。本稿を読まれる読者にはその点注意を喚起しておきます。
教授が分析を進めるに、この「マスカスタマイゼーション」の概念は更に発展し、機器固有の仕様を一品一品違わせなくても、IoTにより、個人の使用目的に応じたソフトウェアをインストールし、消費者個人の注文に応じたサービス提供やデータ更新により、カスタマイズされた「コト」消費を促す仕組みを「オープンカスタマイゼーション」と呼ぶものになるとのこと。この命名には思わず膝を打ちました。
■ すべてがネットにつながる時代の「IoT」ビジネスのあり方とは?
前章の「オープンカスタマイゼーション」ビジネスの特徴は、スマート化された機器が誰とつながっているかが問題になります。
教授によりますと、
「つながる先はメーカーの場合もあるが、第三者としてサービスを提供する企業である可能性が高い。こうした企業は消費者の側に立ち、複数のメーカーから中立的な立場でそれぞれのサービスを提供する。つまりサービスの現場では、多様な企業で構成されるオープンなネットワークによるエコシステム(産業生態系)の中で個別性、多様性が実現される。」
つまり、スマート機器のメーカーでなくても、そのスマート機器を使ったサービス(コト消費)を提供できる企業がつながって、ビジネスをやった方がいい。各サービスを提供するのに、消費者が一番と思ったサービスプロバイダーと契約して繋がればいいのです。それは、ひとつのスマート機器から、複数のサービスプロバイダーから個別のサービスを同時に受けることも可能になります。
(下図は、同記事添付の「第4次産業革命による変化」のチャートを引用)
教授によりますと、
「図は大量生産の時代と個別化・多様化の時代の対比として、企業規模と数、そしてお金の流れ(価値の流れ)の変化を示したものだ。大量生産の時代は、大企業であるメーカーがピラミッドの頂点となり中小企業にお金が流れていた。これに対して、個別化、多様化の時代の中でモノを介したサービスが普及していくと、むしろきめ細かな対応ができる中小企業が先頭に立ち、それを規模の大きな企業が支える構造に変化していく。IoTの新たな時代は、中小企業の時代だといえる。」
スマート機器とつながって、消費者一人一人にカスタマイズされたサービスを提供するのは、そのサービス提供に特化した中小企業が主流になるだろうと教授は予想されています。ここも筆者とは多少視点が違うのですが、スマート機器がつながるIoTのネットワークの中、すなわち「プラットフォーム」が形成するエコシステムの中では、特定のサービスの提供に最も優れたサービスプロバイダーが選別される時代になると考えています。つまり、
①プラットフォームを別に構えることで顧客を囲い込んでいたビジネス流儀は通用しない
(例:dアニメストアが、ドコモでなくても楽しめるように)
②必ずしもプラットフォームを提供するだけの企業規模を必要とせずに、中小企業でも、特定サービスに特化した形でこのエコシステムに参加してビジネスができる
ということです。筆者は、中小企業優遇の産業政策とか、中小企業を単に持ち上げるのではなく、中小企業でもポーターの競争戦略流に言えば、「集中戦略」で勝利する道がある、という言い方が適切だと思っているということです。ここが本稿冒頭に示した「向かうところ」と「向かうべきところ」の表現の微妙な違いという指摘につながります。
ドイツの「インダストリー4.0」、米国(GE)の「インダストリアル・インターネット」に対抗して、日本の「インダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ(IVI)」のかけ声は、どうしても中小の製造業に対する産業政策の匂いがしてたまりません。経済産業省の政策にあからさまにたてつく気はありませんが、民間企業は市場での自由競争で鍛えられるべきです。特化型サービスプロバイダーとして、立派に優秀な技術者や企画者がいる企業は、中小企業であっても、IoT時代を乗り越えられると思います。お上がやるべきなのは、「プラットフォーム」提供会社の優越的地位の濫用を防止することではないかと思いますが如何でしょうか?
⇒「文系にも分かる! インダストリー4.0、インダストリアル・インターネット、インダストリアル・バリューチェーン・イニシアチブの違い(1)」
⇒「文系にも分かる! インダストリー4.0、インダストリアル・インターネット、インダストリアル・バリューチェーン・イニシアチブの違い(2)」
■ 「IoT」ビジネスでどうしたら日本企業ならではの個性が出せるのか?
2000年代初頭からのインターネット技術を中心としたIT企業の台頭において、米国企業の後塵を拝してきた日本企業が勝負できるとしたら、強いものづくりへのこだわりです。それが、ネット全盛時代に「IoT」ビジネスが一般化した瞬間に、日本企業の乾坤一擲の勝機が生まれるのだと考えています。
教授によれば、
「日本のモノづくりは、品質に対する強いこだわりとチームによる持続的なカイゼン活動が競争力の源泉となっている。多くの日本人が持つこだわり気質や、もったいない精神、そして「おもいやり」「おもてなし」といった良質のサービス文化が、その競争力の背景にあるのではないか。」
製造業の強い現場意識と、日本流のおもてなしサービス文化が融合した時、「モノづくり」が世界に誇る日本品質の「コトづくり」となると思うのです。
独米主導の第4次産業革命は、教授によれば、
「製造業のサービス化というと多くの場合、製品販売後のサービスでも利益を得るビジネスモデルを指す。米ゼネラル・エレクトリックが自社製品である航空機エンジンに膨大な数のセンサーを仕掛け、そこから得られたデータをもとに最適な運転や保全サービスを提供する事例が有名だ。」
とあり、あくまで製造業のビジネスモデルの発展形としての発想になっています。その一方で、日本流の製造業とサービス業の有り様は、
「モノづくりのサービス化という場合は、製品を販売する前、つまり生産プロセスそのものをサービスとして提供するビジネスモデルだ。モノづくりの基盤を支えている中小製造業のビジネスモデルが、まさにこれに相当する。」
スマート機器を作り込む段階で、きめ細かい顧客要求に対応できる要求仕様を詰め、使用体験から来る満足度の高いサービスにまで心配りしたものづくりは、日本企業の十八番です。あの「ガラパゴス化」という悪名は、実は褒め言葉なのです。そこそこ市場規模が大きかった日本国内市場に存在する消費者の声を徹底的に調べ上げて製品を作ってきた日本の製造業の長所以外の何物でもありません。
藤本隆宏教授が、IT製品に代表される「モジュール型」、ガソリンエンジン車に代表される「インテグラル型」という製品属性(または製造方法)という分類をされ、現場での密接なすり合わせを前提とする「インテグラル型」製品の競争力では日本は世界レベルである、という解説は、そのままIoT時代の日本の製造業の復活のヒントでもあると考えています。スマート製品は、その単品では「モジュール型」ですが、IoTを前提として、使用環境まで想定すれば、極めて「インテグラル型」の性質を持ちます。
きめ細かいサービス提供を前提としたIoT時代のスマート機器の開発力と痒いところに手が届くサービスを思いつく発想力、日本企業の得意分野以外の何物でもないのであります。
(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。
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