■ 本論に入る前に、ライフネット会長の出口氏の説明を紹介します
ライフネット生命保険(株)代表取締役会長の出口治明氏が「公的年金は破綻しない」理由を簡明に説明されていて、なるほど!と思った以上に、本記事を読むにつれて、目からうろこ状態になりました。いかに、マスメディアや国会での論争が素人丸出しのロジックだったかが明らかが手に取るように分かります。
本記事の紹介の前に、出口氏の論拠を概説しておきます。
● 「明るい終活」(4)日本の年金が破綻しないワケ|デグチがWatch ~Another Story~
● 「年金は破綻しない」と言い切れる理由|DIAMOND online
1.国債が発行できる限り、日本政府は年金支給を含めた国家予算を組むことができる
(≒日本政府は破綻しない)
2.公的年金がもらえない場合とは、日本政府が国債が発行できない時、即ち国債が紙くずになった時である
3.しかし、国債を保有しているのは政府の一部門である日銀を除けば、わが国の金融機関(銀行、保険、証券など)である
4.したがって、国債が紙くずになれば、金融機関は破綻する。そのため金融機関に市民が(預金や保険として)預けたお金は返ってこない
5.国債を発行している近代国家においては、政府より安全な金融機関は存在し得ない
(政府の格付けが下がれば、その国の金融機関の格付けも自動的にスライドするため)
ここから2つの結論が導かれます。
① 公的年金が信用できないから民間の年金保険商品で将来に備える方がリスクが高い
② 国債を発行し続けられる(=将来の税収が保証されている)国家が破綻するリスクは極端に低い
それでは次章から本題に入ります。
(1)多くの日本人は貯金と勘違い
本稿は、日本経済新聞に2016/12/22~30まで連載された記事を元に構成しています。
2016/12/22付 |日本経済新聞|朝刊 (やさしい経済学)公的年金保険の誤解を解く(1)多くの日本人は貯金と勘違い 慶応義塾大学教授 権丈善一
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
高齢期に必要となる医療・介護・年金などの制度には、保険料の負担方式から大別して2種類あります。
① 賦課方式
「現役のうちは引退世代の給付を負担し、自分が高齢期になると現役世代から給付を受ける」
② 積立方式
「現役期に自分で将来必要となるお金を積み立てておく方式」
「① 賦課方式」は、現在の年金制度で採用されている方式で、かの田中角栄が首相の時に積立方式から変更した制度(厚生年金はね)です。急激に進む少子高齢化社会の中で、自分が拠出した年金保険料が返ってこないで破綻するのではないかと不安感が高まっている(筆者も本稿を目にするまではそう思っていました)制度と一般には考えられています。
以下、権丈教授が論を展開する前に、前提ポイントを3つ挙げられています。
① 少子高齢化の影響を全く受けない年金制度などあり得ない(積立方式であっても)
② 「Output is central(生産物こそが重要)」という考え方を軸に公的年金保険を論じる
③ 年金のことを正確に「公的年金保険」という言葉で呼ぶ(お金が積み立てられる貯蓄と勘違いしないように)
(2)金銭ではなく生産物が重要
ニコラス・バーLSE(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)教授の研究を引いて、公的年金保険への誤解(特に賦課方式への不安感)を払拭しようとする解説が試みられます。
(1)生産物こそが重要(Output is central)
「年金受給者は金銭に関心があるのではなく、食料、衣類、医療サービスなどの消費に関心がある。鍵となる変数は将来の生産物である。」
(2)「賦課方式と積立方式の違い
「将来の生産物に対する請求権を設定するための財政上の仕組みが異なるにすぎず、2つのアプローチの違いを誇張すべきではない」
ニコラス・バー教授が提唱する年金制度の設計方法とは、
① 現在の生産物を蓄える
② 将来の生産物に対する請求権を設定する
公的年金制度の目的は、退職後の定期収入がなくなった際の生活の保障にあります。30年後に白菜を買いたい、30年後に床屋に行きたい、という財・サービスに対する需要を支える金銭的必要性をどう満たすかが問題だと一般的に考えられます。しかし、これは逆説的に、金銭的裏付けより、30年後のサービス・財の提供を受けることの方が老後の生活保障という意味では大切であることを意味します。
30年後に消費したい財・サービスを今から蓄えておくことは物理的に不可能なので、将来の消費のために、現在の生産物に置き換えて、将来の生産物への請求権を確保したい。そのために、年金保険という貨幣的価値を利用しよう。だから現金という形で支給される年金保険制度を構築しようということなのです。
権丈教授は、このことを次のようにまとめています。
「将来に生産される財・サービスに対する請求権を事前に公的に約束しておく方法が、どの国でも採用されることになりました。そうした長期にわたる公的な取り決めが公的年金」
「「人々が高齢期に貧困に陥らないように、現役期に、将来の生産物への請求権を確保するための公的な取り決め」という公的年金の定義が生まれます」
(3)積立方式でも少子化は影響
公的年金が、将来の生産物への請求権を意味するのなら、その30年後の消費に充てる財・サービスを生産するのは一体誰なのでしょうか? それは、その30年後の生産者でしかあり得ません。したがって、1人当たりの労働者が生産する財・サービスの量が劇的に変わらなければ、少子高齢化の影響で将来(30年後)の合計の生産物は減ってしまいます。
公的年金により、お金を蓄えて、将来の生産物に対する請求権を確保していたつもりでいても、その請求権の基になる貨幣価値は切り下げを余儀なくされます。
ニコラス・バー教授いわく、
「年金受給者が購入できる生産物がなければ、貨幣は無意味となる」
それゆえ、賦課方式だろうが積立方式であろうが、少子高齢化に伴う労働人口減少がもたらす将来の生産物の減少(と同時に年金の貨幣価値の減少)という経済状態が発生することは避けられず、その程度も同等です。年金の財政方式が積立方式であれば、少子高齢化の影響を受けないという論拠はもろくもここで崩れ去ります。
つまり、
「年金受給者の生活水準はその年金によって購入できる生産物の量によって決まりますが、購入できる量はそのときのパイの大きさ(総生産物)に制約されます。だから「生産物こそが重要」なのです。そしてパイの大きさは、年金財政が積立方式であろうと賦課方式であろうと、残念ながら少子高齢化の影響を受けることは免れません。」
(4)政府も積立方式を誤解
積立方式は少子高齢化の影響を受けないと主張する人たちに前章の説明をすると、今度は次のような反論をしてきます。
① 積立方式にすれば貯蓄が増えて生産物も増える
② 資産を海外で運用すれば国内の生産物を増やせる
①は、貯蓄が、公的年金+民間預貯金+民間年金の総和のことを指していっているなら、公的年金が賦課方式と積立方式で後者の方がその総和が増えることを証明する必要があります。
②は、積立方式でも賦課方式でも集めた年金資産をどうやって運用するかという問題なので、保険料徴収方式とは直接関係ありません。
積立方式でも賦課方式でも少子高齢化の影響を受けてしまうという考え方は、以前は日本でも少数意見でしたが、今では厚生労働省のホームページには、
「少子高齢化で生産力が低下した影響はいずれも受けるが、積立方式は運用悪化などの市場を通じて、賦課方式は保険料収入の減少などを通じて受ける」(マンガで読む いっしょに検証!公的年金)と記載されています(これが結構わかりやすい!)。
以前は、政府も誤解から公的な文書の中にも、また高校の公民の教科書にも、
・積立方式は少子高齢化に強く、インフレに弱い
・賦課方式は市場の価格変動には強いが、少子高齢化に弱い
・賦課方式では、少子高齢化が進むと現役世代の負担が増す
などという記述が散見されていました。
(5)積立金は変動のバッファー
知られざる事実として、下記の事例が紹介されています。
・日本のみならず先進国の公的年金は賦課方式で運営されている
・それらの国々も年金制度の発足当初は積立方式を意識していた
・しかし、高齢者の貧困防止のため、すぐに賦課方式に切り替わっていった
・かつて一部の経済学者から称賛されていたチリの積立方式の年金(1981年に民営積立の個人勘定方式に移行)がリーマン・ショックを経て、いまや悲惨な状況にある
日本の公的年金は基本的に賦課方式であり、団塊の世代とそのジュニアなど、他国と比べて年齢層によって変動の大きい人口構成に対応するバッファーとして、約4年分の年金給付を賄うことができる積立金を持っています。このバッファーがあるからこそ、日本の公的年金が、賦課方式の下でも保険料を上げ下げしなくて済むような制度設計ができています。
外国と比較すると、日本の積立金の厚さが分かります。
・フランス:積立金はほぼなし
・ドイツ:年金給付の2ヶ月
・英国:年金給付の4ヶ月
日本の公的年金保険では5年ごとに財政検証を行い、およそ100年後に年金給付の1年分の規模になるまで今の積立金を計画的に使っていく試算を行いました。これが小泉政権時の「100年安心年金」の基礎的考え方だったのですが、当時の野党の国会での攻撃により、未納問題(次章で説明)や消えた年金問題だけがクローズアップされて、日本国民による政府の年金政策への不信感だけを募らせる結果となったことは不幸でした。
権丈教授いわく、
「およそ100年先までの公的年金保険の給付総額に積立金が貢献する割合は、平均すると1割程度。将来の年金給付水準を上げるのに最も有効な策は、保険料収入の増大をもたらす賃金の引き上げや、それにつながる人的資本の充実です。そのうえ超長期の運用であるため、運用結果に一喜一憂するのは愚かしい」
(6)未納増加でも破綻せず
日本の公的年金保険は、バッファーとして比較的厚い積立金を持つ賦課方式です。賦課方式であることが、次の2つの誤解を生んでいます。
① 未納が増えると年金が破綻する
② 2009年財政検証時の積立金の名目運用利回り4.1%の想定は高すぎる
①について
年金保険料の未納による破綻論や、未納分を厚生年金が肩代わりしているという論をよく耳にします。しかし、この批判は当てはまりません。
なぜならば、
・日本の年金には積立金があるので未納分の保険料は、積立金で立て替えられる
・公的年金は保険方式のため、未納者には将来、給付が行われない ため
逆に、賦課方式である方が、積立金による立て替え分を将来、“取り戻す”ことができます。それゆえ、保険料を払っている人の年金が破綻することもなければ、厚生年金が未納者の保険料を肩代わりすることもないのです。
②について
名目運用利回りの想定は高すぎるとの批判は、積立金を持つ賦課方式の年金について理解が低い証拠です。賦課方式の公的年金は、
・賃金の伸びが高いと給付水準も高くなり、賃金の伸びが低いと給付水準も低くなる自動調整メカニズムがある
・年金財政への積立金の貢献は、名目運用利回りから名目賃金の伸び率を引いた「スプレッド」が果たすため、運用実績はスプレッドで評価されることになる
これを実例を使って説明します。
2009年の財政検証時、名目賃金上昇率の想定:2.5%、運用目標であるスプレッド:1.6%の合計:4.1%という数値が独り歩きして高いと批判を受けました。
しかし実際には、次の2014年財政検証時から過去8年間の名目運用利回り:2.32%、名目賃金上昇率:マイナス0.46%となったため、スプレッドは2.78%となり、目標値の1.6%を大きく上回る結果となり、2009年の名目運用利回りの想定は、適正であることが証明されました。
日本の公的年金保険制度が、バッファーとしての積立金を持つ賦課方式であることで制度理解を難しくし、
「未納で年金が破綻する」「運用利回りの想定が高すぎる」
という批判が相次ぎ、国民の不信感を高めたのは、一体誰(野党やマスコミ?)の責任なのでしょうか?
(7)長生きがリスクでない社会に
ニコラス・バー教授によると、年金財政問題の解決策には次の4つしかないそうです。
① 年金月額の切り下げ
② 年金月額が一定のままでの支給開始年齢引き上げ
③ 保険料引き上げ
④ 国内生産物の増大
ニコラス・バー教授による「Output is central」という観点から、上記④が最も本質的で重要なポイントとなります。それゆえ、年金問題は、少子高齢化を問わず、一国の労働生産性の向上がカギを握ることとなります。
ここで、日本の公的年金制度における年金財政問題の課題解決策が上記①~③のいずれに焦点を当てたものかを検証してみたいと思います。
(④は年金問題に限った話ではない、国民の経済政策・産業政策・労働政策全般のお話し)
・保険料水準固定方式
日本は2004年の改正で保険料引き上げを選択肢から外した(上記③を排除)
2017年9月以降は保険料水準を固定、入ってくる財源の範囲内で給付が行われるように、時間をかけて年金月額が自動調整(上記①を排除)
・受給開始年齢自由選択制(上記②の一部を採用)
「日本の公的年金は60歳までの繰り上げや70歳までの繰り下げ受給が可能で、実質的には60歳から70歳の間での「受給開始年齢自由選択制」です。そして60歳での給付水準を1とすれば、70歳で受給できる水準はおよそ2倍へと増えます。」
権丈教授いわく、
「公的年金保険の主な役割は、一人一人がいつまで生きるか分からず、老後の生活費としていくら準備しておけばよいのか分からないという長生きリスクへのヘッジです。このリスクに保険というリスク分散の技術を利用しながら、一定の所得を終身で保障するのが公的年金保険です。」
冒頭の出口氏の見解も含め、とある団体のプロパガンダに惑わされることなく、公的年金制度の本質をきちっと理解し、老後生活の安心設計に公的年金制度を加味して、現役時代の内に本当に必要な蓄えがいくらか計算しておく必要があります。
そういう筆者はまだかろうじて現役世代ですが、月々の生活費に追われて将来貯蓄どころでないことが悩みのタネなのですが。。。(^^;)
(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。
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