■ サービス産業の生産性向上の立案のヒントを考える!
日本経済新聞 朝刊で2016/8/11~19、全7回連載で、「サービス産業の生産性」について中島隆信慶応義塾大学教授による解説記事が掲載されました。IoTの伸展により、製造業のサービス化という声も一般的になってきています。ますます重要性が高まっているサービス産業の生産性向上のヒントを皆さんと一緒に読み解いていきたいと思います。
2016/8/11付 |日本経済新聞|朝刊 (やさしい経済学)サービス産業と生産性向上(1) 名目GDP600兆円達成に不可欠 慶応義塾大学教授 中島隆信
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(1) 名目GDP600兆円達成に不可欠
アカデミックな方が議論を始める時、筆を取り始める時、最初にこれから話す(書く)ことがどれだけ重要なことかについて、まず触れるパターンが多いものです。なにゆえ、今この議論が重要なのか、その座標から確認することは、論旨の理解するうえでも役に立ちます。本稿もその習いでまずアベノミクスが掲げる「新3本の矢」の1本目の矢、「2020年ごろに名目GDP(国内総生産)600兆円を達成する」という目標達成に、サービス産業の生産性の向上が欠かせない、という視点から書き起こされています。
その前提となるのが次の経済成長モデルです。
名目経済成長 = インフレ率 + 実質経済成長
そして、実質経済成長(実質GDPの伸び)は、供給サイドから見ると、生産関数で表すと次のようになります。
実質経済成長 = 労働投入量の増加 + 資本投入量の増加 + 生産性の向上
= 労働生産性 + 資本資産性 + 全要素生産性(TFP)
※ TFP:Total Factor Productivity
本記事によりますと、
2014年の名目GDPは487兆円なので、この目標を達成するためには年平均3.5%ほどの経済成長が必要になります。本稿では、インフレ率:0.8%、就業者数の増加率:0.4%と仮定しており、引き算で、労働生産性の増加率:2.3%が求められているということです。資本生産性やTFPのことは触れられていませんが、まあ良しとしておきましょう。
「しかし、最近10年間の産業全体の労働生産性上昇率は平均で1%程度に過ぎません。そして、これは製造業が3.1%と頑張ってくれたおかげでもあります。広義のサービス産業にあたる第3次産業はマイナス0.05%とほぼ横ばいの状態です。しかも、製造業のGDPシェアはすでに2割を切っています。つまり、全体の64%を占める第3次産業の生産性向上なくして600兆円の達成はほぼ不可能とさえ言えるのです。」
ということで、労働生産性の増加は、第3次産業、すなわちサービス業の生産性向上に大いに期待せざるを得ないという現状分析となります。
GDP600兆円達成 → 労働生産性の向上 → サービス業の生産性を向上
(2) 繁閑の差、調整が困難
本章では、サービス産業の生産性がなぜ向上しにくいのかについて、理由を明らかにしていきます。
(理由1)サービス産業では生産と消費が同時に発生する
製造業では、生産地(工場)と消費地(市場)が地理的に離れていても製品を輸送することができます。生産に最適立地の場所に工場を自由に作ることができるのです。また、製品は倉庫に在庫として保管しておけるので、生産平準化による低コスト化が図れたり、需要が多い時の欠品を防ぐ工夫をする余地があります。
しかし、サービス産業では、生産地と消費地が一致する必要があり、かつ、サービス自体を在庫なんてできません。
(人的無形サービスですからね。消費が生産(提供)を同時的に引き起こすので)
例)宿泊サービス
「海浜リゾートにあるホテルは、夏季の宿泊客増を見込んで、空いている冬季にサービスを生産して保管しておくことはできません。また、都市部のビジネスホテルが満室のとき、地方のホテルがサービスを代行することも不可能」
それゆえ、鉄道やタクシーなど旅客輸送サービスでは、輸送力を、先述の宿泊サービスでは、宿泊施設の顧客収容数、すなわち「アコモデーション:accommodation」は、トップシーズンに合わせた規模を準備する必要があり、自ずと繁閑の差を調整するのが困難で、サービス能力の稼働率が低下し(施設が通年でフル稼働することはない)、過剰設備を常に抱えることになるのです。
(理由2)基本的に労働集約的な性質を持っている
「「心のこもったサービス」という褒め言葉があるように、中途段階で機械が介在することはあっても、最終的な顧客との接点では人間が関わるケースが多くなります。それを機械に置き換えれば、“サービス”の内容そのものが変わってしまうでしょう。」
製造業は産業革命以来、機械化・自動化による労働力の節約と、量産効果による経済性により、いわゆる生産性を向上させてきました。移転価格税制の世界では「ロケーション・セービング」と呼ばれるのですが、労賃の安い国にどんどん工場を移転していって、安価な労働力で加工製品を低価格で提供することもできます。しかし、同時消費性・労働集約性を併せ持つサービスに、ロケーション・セービングを期待することは最初から無理な相談なのです。
しかし、将来的には、AIやロボティクス技術の進化により、サービス産業でも機械化による生産性向上も見込まれるかもしれません。ハウステンボスのロボット接客や、ビックカメラでペッパー君が活躍しているように。
(3)「生産量」測定・評価方法に問題
それでは、これまで問題にしていた「生産性」を定量的にどうやって測定するのでしょうか。
生産性 = アウトプット(生産量) ÷ インプット(投入量)
生産性を向上させるには、
① 同じ経営資源の投入を前提に、アウトプットを増やす(→効率化)
② 同じ生産量の算出のために投入される経営資源を節約する(→経済性)
の2つの経路があります。
本稿では、最終回まで、専ら、①のアウトプットを増やす方向でのサービス産業の生産性向上策を見ていく流れになります。
そこで、まずアウトプット(生産量)とインプット(投入量)の定義とその測定技法から解説が始まります。これがいかに難しいかが述べられています。
例)スポーツ興行
「アウトプットは観客数とするのが普通に思えます。しかし、興行は観客に試合を見て楽しんでもらうのが目的ですから、観客はむしろインプットとみなすべきではないでしょうか。アウトプットは試合のパフォーマンスに対する観客の評価」である
同様に、アウトプットとインプットの定義を再考するとして、
インプット アウトプット
・旅客輸送サービス 旅客数 利用客の満足度
・宿泊サービス 宿泊客数 利用者の満足度
・教育サービス 生徒数 生徒の満足度(学力の向上)
・医療サービス 患者数 患者の満足度(健康水準の向上)
中島教授は、
「教育と医療はともに投資的な性質を持っています。すなわち、知的水準や健康水準を向上させることが目的であって、サービスそのものから満足を得ているわけではないということです。むしろこの手のサービスは苦痛を伴うことさえあります。したがって、教育と医療のアウトプットは、知的水準が向上して高度な仕事に就けるようになったり、健康を取り戻して社会に復帰できたりすることだと考えられるのです。」
と、サービスの効用や満足度を強化するのは難しいと強調されています。しかし、対案がないわけではない。利用者の満足度を測定することが困難な場合は、サービス対価として支払われる料金(金銭的代償)の多寡がアウトプットの指標にならないかという考え方です。
利用者の満足度 = 利用者がサービスに支払った貨幣的価値(代金)
といいつつ、単に代金の多寡だけでは、サービスのアウトプット評価にしにくい難点も同時に挙げています。
① サービス料金の上昇は、単なる値上げとサービス品質の向上の2つの効果が混在
② 教育・医療の料金には、税負担や保険制度が関係するため、料金=消費者満足と言えない
「こうしたさまざまな要因を料金から除去し、真のアウトプットを抜き出すのは容易なことではない」
(4)消費者による質評価が重要
そこで、中島教授は、できるだけアウトプットの品質を客観的にとらえるために、供給者サイドの情報を用いようと提案されます。
例)
パソコン:CPUの処理速度、メモリー容量
小売サービス:フロア面積、品ぞろえ数、店員数、営業時間、駐車場面積など
しかし、この方法にも難点があります。
難点1)こうした客観的なスペックには、「品質に対する消費者の評価が反映されていない
パソコンの性能がよくなったことだけで消費者の満足度が高まったかは分からないし、駐車場の広さは、徒歩や自転車で来店した客にとってはどうでもいいことだから。
難点2)消費者満足度は時代とともに変遷する
「ビデオカメラの普及は家庭におけるビデオ編集のニーズを飛躍的に高め、それによりパソコンの性能に対する消費者の評価も向上しました」
「駐車場面積についても、週末に郊外のショッピングモールに車で出かけてまとめ買いをする世帯が増えたことで、その価値は高まった」
しかし、教授によれば、
① これまでの経済学では、新発明などによって既存技術の経済的価値が下がる現象を「陳腐化」という概念で説明してきた
② 製造物に関してはそこに具体化された技術水準を品質の代理指標とみなしてきた
③ 一方で、経済環境の変化による価値向上は、客観的評価が困難なことから扱いを避けてきた
それゆえ、教授によれば、
① 消費者による質の評価は決定的に重要で、郊外型スーパーと駅前商店街では店舗規模や品ぞろえも大きく異なることに対して、その違いをそのままサービスの質の評価に結びつけることはできない
② この両者は同じ小売りでもどちらのサービスが好まれるかは、質の良しあしというより、私たちを取り巻く経済環境や生活習慣に依存する
・ここまでのまとめ
サービスの生産性向上にはアウトプットに着目する → アウトプットは顧客評価を貨幣価値で測定する → 評価基準はサービス品質について → 品質評価は経済環境や生活習慣によって変わり得る
まだ、結論を教えてもらっていないので、じりじりとしますね。(^^;)
(5)所得上昇が評価高める
ここで興味深い統計が登場です。
●総務省の「小売物価統計調査」(東京都区部):1950~2010年の年平均上昇率
→製品は上がっていない
・テレビ:4.7%低下
・電気掃除機:1%
・電気洗濯機:0%
→サービスは上がっている
・タクシー代:4.3%
・宿泊料:5.3%
・理髪料:6.9%
・私立大学授業料(法文経系):11.6%
どうして、サービス物価は上がっているのか?
考えられる理由として、
① サービス品質が向上して、顧客が払いたい価値が増殖している
② 生産プロセスにほとんど技術進歩がないため、生産コスト上昇がそのまま代金に反映されている。
→(最近、ウーバーやライドシェアなどの事例がありますが)タクシー運転手が一人の客を運ぶ手間は同じにもかかわらず、タクシードライバーの給料は世間物価上昇に合わせて上げなくてはドライバーのなり手がいなくなる
ココは読んでいて、論理がいきなり逆転というか、違う視点が入ってきて少々その飛躍に驚きました。
つまり、サービス価格の上昇は、サービス自体の生産性の向上(提供技術の進歩)無しにもかかわらず、サービス利用者の所得水準が上がり、サービス提供側の人件費アップ分も含めて利用者が支払うことのできるようになったから、という理屈です。
サービス品質の評価を、対価として支払われる代金の多寡で決める。サービス品質自体の向上の度合いは不明でも、サービス利用者の所得水準が上がれば、自ずと支払い可能額が増えるので、その分、サービス価値が上がったと言える!
教授の締めのお言葉。
「この考え方を応用すれば途上国でサービス料金が安価な理由も説明できます。安いのはサービスの質が低いからではなく、利用者の所得が低く、サービスに対する経済的価値が先進国ほど高くないからです。」
経済学には、「耐久財のディレンマ」というのがあって、資本財市場か資本用役(賃貸/サービス)市場のどちらか一方でしか価格調整は機能しない、とされています。製品=耐久消費財は、需給バランスで価格が決定されるけど、そうじゃないサービス財は、「セイの法則」が働き、ケインズ的に、セイの法則はただ単に「供給された量は必ず需要される」として、そこには需給バランスに価格調整機能は×。需給に無関係に、ディマンドサイドの許容価格でサービス価格が決定されるとの主張。
この辺は、日刊紙の連載では難しすぎて、筆者も、教授に詳しい突っ込んだ説明を聞きたいと思ったポイントでした。(^^;)
(6)「おもてなし」もビジネスに
この章では、消費者の所得水準がサービスの経済価値を決めることの例証が続きます。いつの間にか、サービス産業の生産性向上の命題が、サービス価格(=価値)決定メカニズムのお話になっている!
教授によると、
「現在では企業が提供しているサービスも、もともとその多くは消費者によって自製されていたと考えられます。サービスを自製するか外部の業者に任せるかの選択には時間という概念が関係してきます。たとえば、タクシーや電車などの輸送サービスでは、時間をかけて自分で歩くという選択肢もあります。理髪サービスも自分でできるかもしれませんが、鏡を見ながら上手に刈れるまでには長時間の練習が必要でしょう。
経済成長の恩恵で所得が増加すると消費者の時間コストが上昇し、その結果、サービスを外部から購入するようになります。すなわち、仕事が忙しくなれば、食事は外食で済ませ、子どもを保育所に預ける傾向が強くなるのです。」
前章で、消費者の所得がサービス価格を決めていたと解説。この章で、消費者の所得水準の上昇が、サービス需要も生んでいると話が進んだ。結局、サービス価格もサービス消費量も、需要者(利用者)が決めているという理屈ね。ケインジアン的な「セイの法則」の世界の話では結局なかったのか?(^^;)
もう一つ、サービス需要量が増える要因として、地域コミュニティの弱体化等といった社会現象が、育児、介護、治安維持サービスなどの市場を生み出したとも説明あり。
つまり、
「核家族や単身世帯が増え、共働きが一般的となり、家庭と職場の分離が進むと、こうしたサービスは地域で内製できなくなり、市場経済に頼るようになってきます。つまり、サービスの「市場化」が起きてくるのです。」
ここまで、筆者のような素人にはクネクネした論旨に見えたのですが、ここで新しい視点がもたらされます。
上記のように、サービスの市場化により、家庭やコミュニティで生産=消費がなされていたサービスが、生産者と利用者の間で取引されることで、主にサプライサイドの視点で、
① 規模拡大
② 競争原理の導入
による効率化によるサービス産業の生産性の向上がもたらされるという論点が登場。
第5章までは、
サービス産業の生産性向上はアウトプットを増やすことだ!
消費者の所得水準がサービス価値 = アウトプット を決める!
第6章では、新たに、
サービスの市場化により、サービス産業の生産性向上は促進される!
んー。サービスの市場化により、サービス提供者と利用者が増えて、GDPに算入されるようになったという規模の効果は分かるけど、自家消費だったサービスが企業化されたことによる生産性の向上という結論が唐突に出てきて、素人の筆者には分かりにくかった。それまでのアウトプットの測定技法と消費者の所得水準の向上とはどうつながっているんだ? (>_<)/
(7)「稼げる産業」の確保が左右
そして、サービスのアウトプットを増やす方法論のお話しへ。
①「高品質なサービスを好む消費者をターゲットとする」
②「社会全体としてサービス提供がペイしているかどうか」
例)
・高度医療サービス
「医療サービスを受けた患者が社会復帰し、“本業”で稼ぐことによって社会的に採算がとれます。安易に国民皆保険に組み込めば保険制度や財政の破綻を招く」
・金融サービス
「投資家のリスクを軽減し、収益性の高い事業に資金が円滑に回るよう工夫することです。つまり、“本業”の収益性がサービスの価値を決めることになります。金融だけで価値を高めようと無理をするとバブルを引き起こします。」
・観光産業
「どんなに質の高いサービスを提供しても、カネを払ってくれる稼ぎの多い消費者が存在しなければアウトプットは増えません。」
やっとこれまでの議論がつながったような気がします。サービス産業の価値(=アウトプット)は利用者の所得水準が決める。利用者とは市場全体におけるサービス消費者であり、と同時に、何かの産業の生産者でもある。サービス以外の何かの産業の生産性向上がサービス産業の利用者の所得水準を上げて、サービス価値(=アウトプット)を高めるようなサービスを提供すること自体が、サービスの生産性向上につながる。それが、まわりまわって、第1回の冒頭の新アベノミクス:名目GDP600兆円達成にサービス産業が大いに貢献する。
これについて、中島教授は2つの具体策を事例から引いて説明されています。
「サービス産業の生産性を向上させ、経済成長に貢献する道は二つあると考えられます。」
例1)「ひとつは核となる「稼げる産業」を持つ」
「天然資源を持たない人口800万のスイスは、化学や機械製品が核となって高い付加価値を生むことで、商業や医療サービスの価値を高め、世界第4位の一人あたりGDP(国内総生産)を実現しています。」
例2)「海外の稼げる産業をサービスの顧客にする」
「シンガポールはその好例でしょう。同国が商業や金融サービスで高い生産性を維持できているのは、立地条件を活かし、世界中の稼ぎのいい企業を相手にビジネスをしているからです。」
ここまで読んできて、ちょっとむなしくなりました。サービス産業自体は、何ら付加価値を生まない。別の産業で付加価値を増やした人がサービス産業の消費者となって、サービス産業へ支払われる代価を自らが稼ぐ。その代価分だけがサービス産業のアウトプット(=価値)として認められる。ただ、救いというか、サービス産業にもGDP成長に貢献する道がきちんと用意されていて、それは他産業の生産性を上げるお手伝いをサービスメニューで効果的に行うこと。
当初、労働生産性の向上が議論の俎上に、次に消費者の所得水準決定論の解説になり、最後にサービス産業の他産業への貢献のお話しになりました。ちょっと、迷走気味の論説でしたね。
結語が、
「サービス産業を成長産業にするには、その本質をよく理解したうえで、戦略を立てる必要があります。」
筆者は、実務界に属しているコンサルタントなので、その戦略の具体的な立案作業こそが本業です。いやあ、そのノウハウの前に理論的な前提を勉強しようとこの連載を読み始めたのですが、自身の経済理論への理解の低さに愕然としてしまいました。(^^;)
理論や本質への理解がこの程度で、実務的なお仕事やっていていいのかな~?
(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。
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