■ 退職給付債務を計算する割引率に、マイナス金利が使えるのか?
会社を無事!?に退職した際に、一時金・年金の支払い方法は問わず、いわゆる退職金という名目で「おつかれさん」報酬がもらえて、老後の生活のあてに使う。そういうイメージの後払い系人件費をどういう会計処理で、まだ働いている間に費用計上しますか? そういう問題処理のひとつの方法が退職給付会計です。
2016/3/4付 |日本経済新聞|朝刊 退職給付会計の「割引率」にマイナス金利の適用検討 企業会計基準委 計算法なく戸惑いも
「日本の会計基準をつくる企業会計基準委員会(ASBJ)は、日銀によるマイナス金利導入を受け、退職給付会計の「割引率」の計算にマイナス金利の適用を認めるか検討する。企業は長期国債の利回りを基に割引率を決めるが、利回りがマイナスになった場合の計算法を示していなかった。企業会計の現場で戸惑いが広がっており、ASBJとして方針を示す。」
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
(下記は、同記事添付の退職給付債務と割引率のイメージ図を転載)
上図では、マイナス金利の影響で、「退職給付債務」の合計額と、定年時に支払う年金・退職金の合計額の大小が、通常とは反転するイメージで描かれています。
このイメージ図の理解は次のように考えると簡単になります。マイナス金利になる前の常識として、あなたは銀行預金を100万円持っているとします。利息は年利1%とすると、1年後にあなたの銀行預金は101万円になっています。これと同様に、あなたが1年後に101万円の退職金をもらう約束を会社としていた場合、あなたの会社は、あなたが退職する1年前に、手元に100万円の現金が無いと、あなたに退職金:101万円を支払うことができません。ここのポイントは、実際の支払額である101万円でなく、100万円あれば済むというところ。だって、あなたが退職するのは1年後。現在の預金口座には年利1%の利息が付くことが分かっているんだから、現時点で手元に100万円あれば、受取利息:1万円を足して、間違いなく、1年後にあなたに101万円を手渡すことができるからです。
現時点から、将来時点(退職時)に向かって、預金が増えるのは「利息」として表現します。一方で、将来時点(退職時)から、現時点に向かって、現金が増える分は「割引率」として表現します。1%とか3%という増え方は、「利息」も「割引率」も同条件・同期間ならば、同額になります。視点と言い方の違いだけ。
一般的常識とか、退職給付会計の細かい会計の規定では、マイナス金利を想定していなかった。いわゆる「想定外です!」的な状況が発生してしまいました。もし、将来支払うべき退職金が100万円で、マイナス金利が「-1%」だったら、現在手元には、101万円の預金が無いといけませんね。
(話を簡単にするために、退職は1年後とさせていただきます)
■ マイナス金利に対応する計算法が示されていないから早急な議論で決めるのだとか
同記事より、どれくらいの割引率の設定をすべきか、その裏表関係にある金利幅の想定がどうだったかの記述を拾ってきます。
「将来支払う退職一時金や年金を、現時点で用意しておくべき金額(退職給付債務)に計算し直すのに使うのが割引率だ。企業は長期国債や高格付けの社債利回りを基に割引率を決める。主要企業では0.5~1%強で設定している例が多い」
それじゃあ、マイナス金利先進国の欧州はどうなのか?
「先行してマイナス金利を導入した欧州では、割引率の算出に高格付け社債の利回りを使っている。タワーズワトソンの大海太郎社長によると「割引率は低下しているが、マイナスにまでいたった例はない」という。」
先例もあてにならない。こういう時、自分で決めることが不得意な日本人気質が一気に表出してしまいますね。
「退職給付債務が膨らめば企業の積み立て不足が拡大し、業績を圧迫する要因になる。日本の会計基準はマイナス金利を想定していないため、企業や監査法人の間で混乱が広がっていた。
ASBJは割引率の計算にマイナス金利の適用を認めるか、そこまで踏み込まずゼロにとどめるのか議論するもよう。3月中旬には結論を出すとみられる。」
とはいいつつ、企業会計基準委員会(ASBJ)は、頑張って結論を出したみたいですよ。
2016/3/10付 |日本経済新聞|朝刊 退職給付会計にマイナス金利適用を容認 企業会計基準委
「日本の会計基準をつくる企業会計基準委員会(ASBJ)は9日、退職給付会計にマイナス金利の適用を容認する方針を決めた。長期金利がマイナスの場合に、企業は退職給付債務の計算に使う「割引率」もマイナスにするか、ゼロとするか選べるようになる。」
(下記は同記事添付の退職給付債務と割引率のイメージ図2を転載)
なんと、「ゼロ」も「マイナス」もどっちも選択可能ですよ、という回答。いわゆる玉虫色的な決着。これを決着・結論と言っていいのなら。
新聞記事から、ASBJの論点をまとめると、
① 割引率の基準に使う国債の利回りがマイナスなので、割引率についてゼロを下限にする合理的な理由がない
② ゼロを下限とすると、資産と負債で整合性が取れない
③ 現時点のマイナス金利幅は「0.1%」以下なので影響は小さい
だそうです。理屈が首尾一貫していませんね。
次の議論のステップに行く前に、上記②の「資産と負債でバランスがとれない」という所を簡単なチャートで補足しておきます。
退職者に支払うための退職金を十分に確保しようと、現預金や有価証券等の運用の形で、「年金資産」を企業は所有しています。それに対して、将来、退職者に支払わねばならない金額を「退職給付債務」としてカウントします。途中で退職したり、新人が入社したりして、「退職給付債務」自体の金額が今年変わった差分は、「退職給付費用」として今期の費用として認識します。最後に、これら三者のバランスの差異がB/Sの負債側に、「退職給付引当金」として計上されます。
上記②は、このP/L計上分と、B/S計上分がそれぞれ異なる理屈(かたやゼロ金利、かたやマイナス金利)で計算されては、左右バランスが取れなくなります、と言っているのです。
■ 分かりました。それでは、ASBJ公表結果を直接見てみましょう!
新聞報道されているということは、オリジナルはあるハズ。
●企業会計基準委員会(ASBJ)公式ホームページ
・第331回 企業会計基準委員会議事 平成28年3月9日(水)議事概要別紙(審議事項(4)マイナス金利に関する会計上の論点への対応について)
1.会計基準で定められている基準割引率の求め方
・企業会計基準26号「退職給付に関する会計基準」20号で、安全性の高い債券の利回りを基礎に決定し、安全性の高い債券とは、国債、政府機関債、優良社債であると定めている
・企業会計基準適用指針第25号「退職給付に関する会計基準の適用指針」も同様
2.マイナス金利採用派の論拠
・企業会計基準19号「退職給付に係る会計基準」の改正において、わざわざ、一定期間の利回りの変動を考慮して割引率を決定できるとしたルールを、期末日レートに変更した。だから、期末時点でマイナス金利ならマイナス金利を使うべき
・割引率は、貨幣の時間的価値を反映する以上、利回りがプラスになればマイナスにもなる事は当然の摂理
・退職給付適用指針24項で、「割引率は、退職給付支払ごとの支払見込期間を反映するものでなければならない」とされているんだから、当該期間の国債がマイナス金利なら支払額算定ロジック上だけゼロ金利に補正する理屈が立たない
・ゼロ割引率にすると資産・負債がアンバランスになる(前章の②の説明を参照ください)
3.ゼロ金利採用派の論拠
・年金資産の運用利回りがマイナスにならないように、現金保有するか、プラスの利回りの金融商品で運用してください
・割引率は、将来キャッシュ・フローを割り引く計算過程なので、マイナス金利を使うと「割り増す」ことになり、直観に反して違和感がある
・ITシステムがマイナス利回りに対応していない恐れがある
4.結論
・マイナス金利を反映することが理屈にかなっているとは思うが、国際的にきちんとマイナス金利になった時の退職給付会計のルールが示されていない
・ゼロ金利(IT上の制約などの理由により)で既に3月決算を準備している企業がある
・まだ、マイナス幅が小さいので、ゼロでもマイナスどちらでも大して影響が出ない
前例がない、影響が小さいのでどっちでもいい、理屈はそうだが、直観的におかしい、、、
こういう発言が出るのって、三流会社の三流部門の三流会議だけだと思い込んでいたのですが、、、
(すみません、生意気言いました)m(_ _)m
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