人月ビジネスの拠って立つ所とは
とあるサービス業の経営者と話をしているときに、今日のテーマが頭の中をフラッシュバックしました。その衝撃を読者の方と是非共有したいと思います。
さて、唐突ですが、皆さんにとって、正しい原価とはいったいどういう根拠のものだと思いますか?
会計を真面目に学んでいる人であればあるほど、「実際原価」や「取得原価主義」という概念で、あるべき正しい原価が何かを説明したがる傾向があるように思えます。逆に、あまり会計に親しんでいない経営者ほど、野生の勘で正しく現価を捉えているように見受けられます。
人月ビジネスというのは、顧客へ提供されるサービスの価値を、そのサービス提供に費やした要員が使った時間を根拠に計算するものです。分かりやすい例でいうと、ソフトウェア企業が、受託開発であれ、販売目的であれ、そこに費やしたSEやプログラマーに対して既に支払った人件費を時間比例で計算して、何時間使ったから、このソフトの適正原価は、●●円である、とする労働集約的なビジネス形態を意味します。
時間当たり人件費が5、000円ならば、10時間費やせば、5,000円×10時間=50,000円がコストとして計算されます。
実際には、ソフトウェア開発はもっと大掛かりであることが通常なので、「時間」を単位で使わないこともないのですが、「人月」という単位を使うことがまだまだ一般的です。
5人がかりで3か月かけたソフトウェア開発ならば、5人×3か月=15人月、の開発規模だと計算するのです。だいたい、この「人月」が表す数字の大小で、どれくらいの開発規模なのか、または、開発難易度を推し量ることができます。
開発難易度は、かける人月の数字が大きくなればなるほど、大型開発であり、大型開発は関係者がそれだけ多くなることから、開発チームの生産性の管理や、要求仕様の複雑性が増すことが経験則的に分かっています。人月の数字を矯めつ眇めつして、おおよそのコストが推測できるものとされています。
おおよそ、人月ビジネスの場合は、投入される経営資源(この場合はその大半が人件費になる)を人月で表し、そこに適正な利益率を掛けることで、売価(売上請求金額)を設定します。
顧客へサービスを提供する対価として頂く報酬は、当然、サービスを提供するために社内の経営資源(SEやプログラマーといった人的リソース)の調達コストが回収できる水準で決めることになります。
適正コスト ← サービス提供に費やした経営資源の対価 ← 取得原価主義に基づく実際原価
Cost と Value は仲が悪い?
これを、顧客の目線から見てみましょう。とあるソフトウェアの開発をIT企業に発注する際に、いくらまでなら妥当な金額であると納得して支払うことができるでしょうか。
ITベンダーが、150人月規模の開発を見込んでいて、ベンダー内の人件費の相場から、人月単価100万円と計算すると、
開発コスト = @100万円 × 150人月 = 1億5,000万円
ITベンダーの間接部門のコストをこれに乗せたり、適正利益を乗せたりして、人月単価140万円が妥当であると考えると、
発注金額(請求金額、ITベンダーの売上額)= @140万円 × 150人月 = 2億1,000万円
という見積書が手元に届くことでしょう。これでは、相手任せの見積りなので、買い手として、その金額がはたして妥当なのか、分かりかねるところです。
これまでのアプローチとは真逆で、顧客側のベネフィットから考えてみたらどうなるでしょう?
例えば、このソフトウェアを開発することで、向こう5年間、粗利増加(またはコストダウン)が毎年1,000万円だけ見込めるものとします。これは、①毎年1,000万円というキャッシュ・イン・フロー、②継続期間は5年、③この企業の成長率(または事業リスク)から、7%の割引率を想定するものとすると、
このソフトウェア導入が果たす金銭的価値 = 1,000万円の年金 × 5年・7%の年金現価係数
= 1,000万円 × 4.10020 = 4,100万円
と計算されることになります。
片や2億1,000万円、片や4,100万円。あなたなら、どちらがこのソフトウェアの適正価格と思いますか?
顧客の立場に立てば、このソフトウェア開発に2億1,000万円を投資しても、現在価値に直して4,100万円しか回収できないのなら、1億6,900万円は、みすみすどぶに捨てることになります。それならば、一層のこと、このソフトウェア開発はしないで済ました方が、1億6,900万円分、得になる選択肢になります。
これは、差額収支計算による意思決定会計のお話です。
コストからみれば、2億1,000万円が適正価格のソフトウェア開発でも、顧客が得られるメリット、リターン目線からすると、それは、4,100万円の価値(Value)しかありません。
あ、ちなみに、ITベンダーが享受する粗利6,000万円は、ミクロ経済学的には、適正な資本コストに含められると考えます。このベンダーが会社の体を為すために必要な儲けは、適正コストの内なのです。
人月ベースで経営計画を立案することの害悪とは
冒頭の経営者との会話に話を戻すと、中期計画が人月ベースで立案されていることから、目の前の予算編成を人月ベースで乗り越えないといけないという自縄自縛に陥っているところでの相談事でした。
これのどこが悪いかと申しますと、
- 顧客が手にする価値ベースで提供サービスを設計することをそもそも不可能にしている
- かかったコスト、またはこれからかかるコストをどうやって回収するかの予算になっている
- これまでやったことのない挑戦的なことのリスク・リターンを正確に見積もることができない
これだけの悪影響が生じていることを覚悟しなくてはなりません。
田中靖浩著「会計の世界史」第9章に、ポール・マッカートニーとオノ・ヨーコが折半で、ビートルズの楽曲の権利を買い戻すのに2,000万ポンド(当時のレートで90億円)が高いとして折り合わず、その後マイケル・ジャクソンが5,300万ドル(当時のレートで130億円)で権利を購入した、という逸話が紹介されています。
1981年時点で、ビートルズのそれまでの楽曲を生み出すのにどれだけのコスト(歴史的原価、実際原価)がかかっていて、それに見合うだけの売価になっているかは、もはや、そこはこだわるところではないでしょう。もうジョン・レノンはこの世にいなかったのですから、コスト・アプローチでは、適正価格は永遠に分からないと思います。
むしろ、将来にわたって、ビートルズの楽曲の権利が生み出す貨幣価値を現在価値に割り引いて求めた際に、どれくらいが適正価格かを求める、バリュー・アプローチが適切ではないかと強く考えるものであります。
人月計算では、かかったコストの回収にしか目がいかず、新規的な挑戦の意欲も、顧客価値の創出という意識も削いでしまう逆作用が働くのではないかと思います。
SDGs(Sustainable Development Goals)は、将来のあるべきゴールから現在のあるべき姿を定めるバックキャスト・アプローチを良しとしています。SDGsを統合報告書で謳っている企業が、実は、中期計画は人月計算でやっています、というのは、噴飯ものだとの誹りを受けても、仕方ないかもしれませんよ。
えっ、コンサルティングファームはどうかって?
むむむ、この辺にしておかないと、天に唾していますので、、、^^;)
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