■ 分かったようで分からない本当の為替影響額
企業が公表する財務諸表だけでは、本当の為替影響額は分からない。これが真実です。しかし、企業内部にいれば分かるものもありますし、経済紙があえて(?)伝えていないだけの為替影響額も存在します。為替にはちょっとだけうるさい管理会計屋のお話をひとつ。
2016/2/26付 |日本経済新聞|朝刊 為替差損、3社に1社 外貨資産が目減り 4~12月3963億円 新興国通貨やユーロ安で
「新興国通貨安やユーロ安の企業収益への影響が広がってきた。2015年4~12月期に為替差損を計上した企業は3社に1社に達した。外貨建て資産の価値下落が響いた。ソフトバンクグループの為替差損は295億円、ソニーは203億円に達した。今年に入ってドルも円に対して弱含んでおり、通期で差損がさらに増える可能性もある。
11年4~12月期から継続して比較できる1677社(金融除く)で集計した。このうち573社が15年4~12月期に為替差損を計上した。合計額は3963億円と前年同期の3倍に拡大した。」
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
(下記は、記事添付の2014年3Q累計の為替差損の推移グラフを転載)
このグラフによると、期中に大幅に円高に振れた2011年と2015年に、如実に「為替差損」が増えていることが分かります。それもそのはず。この記事における「為替差損」の定義は、次の通りだからです。
「為替差損は外貨建て資産などを円に換算した際、外貨の価値が下がった影響を反映するものだ。広い意味の為替差損には、輸出企業が海外で稼いだ売上高と利益が円高で目減りすることを含める場合もあるが、今回は除いている。」
これをできるだけかみ砕いて説明してみましょう。日本のメーカーが、米国のお客に米ドル建てで輸出取引していると考えます。期初に、計画レート:125円/ドルで予算を立てたとします。実際に米国のお客に製品を販売した6月の実際レートが123円/ドルで、これは掛け売りで、実際に現金の支払いは1か月後の7月末と約束したとします。その7月末の実際レートが120円/ドルでした。
この時、1ドルで米国のお客に製品を売ったとしたら、
<販売時>
125円で売れると思ったのに、実際には123円でしか売れなかった。
→2円の為替差損。
<現金受け取り時>
123円の現金が手に入ると思ったのに、実際は120円しか支払われなかった。
→3円の為替差損。
新聞記事では、「現金受け取り時の「3円」のみを「為替差損」として計算しました。販売時の予算から乖離した分の「2円」は考慮していません」と言っているのです。それもそのはず。「3円」部分は、「損益計算書」の「為替差損(益)」という勘定科目としてズバリ、この数字がまるまる財務諸表に掲載されるので、数字の把握が楽にできるからです。予算レート:125円と、実際レート:123円との乖離は、財務諸表には計上されず、企業が親切心を持ってIR等の決算報告で、投資家に向かって、わざわざ明示してくれない限り、外部のステークホルダーはこの分の為替差損を窺い知ることはできないのです。これを含めると、記事が言う所の「広い意味の為替差損」になる、ということらしいです。
■ ランキング1位のソフトバンクで本当の為替差損に迫ってみる!
同記事に、2015年第3四半期累計の為替差損(新聞記事が言う所の狭い意味)のランキング表があったので、下記に転載します。
ソフトバンクが堂々の第1位。記事ではその理由を次のように説明しています。
「景気が減速する新興国の通貨安が響く。ソフトバンクはアルゼンチンペソが対ドルで下落したのに伴い、現地子会社で為替差損が発生した。」
この一節は、ソフトバンクの米国にある子会社がアルゼンチンペソ建てで売上債権を持っていたら、現金化される前に、アルゼンチンペソが米ドルに対して急落して、手取りの現金が減ってしまった、ということを意味しています。
では、ソフトバンクにおける広義の為替差損は、一体いくらなのでしょうか。実はそれを求める前に、経済紙が言及していない最後のひとつの為替差損の存在をここに明かさなければなりません。
上記の図にあるように、一番上の簿外(財務諸表に乗らない)の為替差損は、公表財務諸表の外で分析者がよいしょ、と計算しないと算出できません。企業内部者なら詳細なデータが手に入るところなのですが仕方ありません。ソフトバンクの2015年第3四半期の「決算短信」から、セグメント情報、「スプリント事業」のセグメント利益が、ソフトバンクの連結決算上の外貨建て取引の結果と類推することにします。そうしますと、
スプリント事業のセグメント利益は、
・59,488百万円
・489百万米ドル
なので、121.7円/ドルで日本円に換算されているということが分かります。この投稿を書いている時点(2016年3月初頭)の米ドルは、足元で114円です。随分円安で換算されていますね。すわっ、粉飾決算か? 残念ながらそうではありません。損益計算書の為替換算は、4月~12月の累計値に対して、9か月の平均レートで通常は計算します。平均の出し方にもいろいろあるし、期末時点のレートを使っても本当はいいのですがね。ソフトバンクは結構細かく見ていて、四半期ごとの平均レートを使っています。より実態に合ったやり方ですが、経理実務的には負担が随分増します。
予算を立てる時の為替レートは保守的(円高方向)に作るので、120円/ドル程度ではないかと仮定すると、ソフトバンクは第1のルートにおける為替差損益は、+831百万円の為替差損益、ということにしておきましょう(ここを攻めても大勢に影響しないので)。
第2のルートは新聞発表通り、29,589百万円。ただし、要約財務諸表にはこの数字は計上されていません。決算短信を嘗め回し、注記にある「営業外損益の内訳」を探し当ててください。
第3のルートは、まだ意味を説明していませんでしたね。「為替換算調整勘定」。これは、日本円以外の通貨でいったん計算された海外子会社の財務諸表を連結処理する際に、海外子会社を設立した時の出資金に使った為替レートと、今回の連結決算で使用した為替レートのズレから発生するものです。この値は、包括利益計算書に出てきます。今回のソフトバンクの2015年第3四半期決算では、▲46,927百万円。値がマイナスなので、これは為替差損に該当します。
第1から第3までのルートの為替差損益を合算すると、75,685百万円の為替差損なり。新聞報道よりかなり膨らみましたね。さらに、実をいうと、持ち分法利益にも為替影響が出るのですが、そこを深追いすると蛇がでるので、ここではやめておきます。
295億円と469億円。どっちが真実の為替差損か、それは分析者が主体的に判断することです。
ちなみに、これまでの関連過去投稿も合わせてお読みいただければ、為替変動と財務諸表の関係の理解深まること間違いなし!(すみません、言い過ぎました。m(_ _)m)
⇒「円安効果がどのように財務諸表にまで波及するのか」
⇒「企業の自己資本、円安で20兆円増 上場企業、2年間で 日産やパナソニック、成長投資へ余力」
⇒「生産体制 円安で見直し キヤノン、国内比率5割超に 新製品原則日本で パナソニック、白物家電で検討(1)」
⇒「生産体制 円安で見直し キヤノン、国内比率5割超に 新製品原則日本で パナソニック、白物家電で検討(2)」
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