■ 衝撃に備えよ!世の中の「ROIC」指標のウソを暴く!
日本経済新聞 朝刊で2016/10/14~10/25、全8回連載で、「ROE重視と企業価値創造」について小樽商科大学手島直樹准教授による解説記事が掲載されました。2014年8月に公表された「伊藤レポート」の衝撃から、株主還元100%を宣言する会社が登場する等、ROEが経営者や一般投資家を巻き込んで激しい論争や株式市場での思惑を生み出し、ROEに対する興味関心はまだ衰えることがないようです。筆者は、もう少し落ち着いた論調で(実は内心では冷ややかに)ROEについて、手島准教授の文章を解説しながらコメントを付していきたいと思います。
2016/10/24付 |日本経済新聞|朝刊 (やさしい経済学)ROE重視と企業価値創造(7)企業視点の指標活用も増える 小樽商科大学准教授 手島直樹
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「前回まで自己資本利益率(ROE)、株主資本コスト、エクイティスプレッドなどについて紹介しました。これらは株主視点の指標であり、株主が拠出した資金に対して株主が要求するリターンを企業が生んでいるか否かの判断に利用されます。しかし、企業には債権者もいて、両者から調達した資金で事業を行っています。ですから、株主視点だけの企業評価では十分とは言えません。」
ようやく、企業が外部から資金調達する先が、株主だけでないことに着目しようという姿勢を示すようになってくれました。ROEは、株主から出資してもらった簿価上の評価金額ですので、これだけの投資収益性を評価する場合は、企業主理論を地で行くとおり、いくら儲かったか、株主目線だけでなく、債権者を含む金融市場からどう自社が投資対象として見られているか、そしてそのために企業経営者が何をすべきか、を考えるためには、ROEだけでは足りていない、という気づきです。たとえ、株主のための株主資本コストを考える経営をしようとも、資金調達市場における裁定相手の債券市場や融資環境も考慮する必要があります。
「そこで今回は、企業視点の指標である投下資本利益率(ROIC)と加重平均資本コスト(WACC)について考えます。カギとなるのは、貸借対照表の資産サイドと損益計算書の営業利益に注目することです。まずはROICを見てみましょう。これは次のように計算されます。
ROIC=税引き後営業利益÷投下資本
分子に営業利益を利用するのが、当期純利益を利用するROEとの違いです。分母の投下資本とは、遊休資産や余剰現金などを除外した事業に活用される資産であり、総資産を利用しないのが特徴です。事業資産からどれだけ効率的に本業の利益を生み出しているかを測定するROICは、企業の稼ぐ力を判断するには最適な指標だといえます。」
ROIC(投下資本利益率)の計算定義式は、管理会計実務をやっていると、各社各様で、これといった定義・定説があるわけでないのが実感です。
筆者のもやもやは大別すると、次の3点です。
(1)リターンとして分子に来る数字が、どうして税引後営業利益なのか?
(2)収益性評価する投下資本の数字が、本当に実務的に取得してこられるのか?
(3)そもそも、ROICが示す収益性が何を示すのか理解しているのか?
■ 衝撃に備えよ!「ROIC」指標の分子となる「リターン」の本当の意味とは?
経営者が経営管理やIRのために使う「ROIC」の分子は、時に「営業利益」「経常利益」「のれん償却前営業利益」「税引後営業利益(かっこよく言うと、NOPAT、NOPLAT、EBITの類)」等、各者により定義が異なります。その選択理由には大別して3つあります。
(1)分かりやすさから、損益計算書(P/L)の段階利益を採用する
この代表選手が「営業利益」「経常利益」です。この場合、分子分母の割り算が示す比率(%)がもつ算数的な意味を問うことはあまりありません。継続的に、同じ指標で割り算していれば、対前年対比、対予算対比で、今期のROICの優劣を評価できるとする立場です。
(2)従来の利益目標設定に沿った段階利益の組み替え数字を採用する
この代表選手が「のれん償却前営業利益」です。これは、IFRSでなくまだ日本基準を採用している企業に多いのですが、のれん償却費は、IFRS等の海外競合企業では発生していない。公平に海外競合企業と投資家に評価してもらうために、のれん償却前の利益を持って、IRでアピールしよう、そしてその数字を経営目標にしよう、とする立場です。
(3)投資家の立場を代弁して、キャッシュフローに準じた利益指標を採用する
この代表選手が、「税引後営業利益」です。もはや、損益計算書(P/L)の期間損益算定ルールを逸脱しています。これは、投資家の立場に一番寄り添った計数作りの姿勢を表しています。中には、投資対象企業の事業そのものに興味を持って株式を購入してくれた株主も存在することを否定はしませんが、大抵の投資家は、どの企業に投資したら儲かるか(リターンが増えるか)を考えているはず。そのために、他の金融商品ではなく、この企業に投資(株式だったり社債だったり)したら、いくらのリターンが手に入るかに大変興味を持ちます。
彼らに、一番刺さるのは、いくら投資したら、いくらのリターン(お金で換算)が得られるかです。それゆえ、原価取得主義、発生主義、実現主義などの会計ルール(簿価算定ルール)に縛られた会計的利益指標への興味は一段下がってしまうのです。あくまでキャッシュベースの儲かり度具合。「税引後営業利益」はそうしたキャッシュマシーンとしての企業のキャッシュ創造力を財務諸表を使った中では最も忠実に再現した計数を提示してくれたものと解釈されているのです。
■ 衝撃に備えよ!その方法で「投下資本」をどうやって探り当てられるというんだい?
「次にWACCとは、株主資本コストと負債コストを時価ベースで加重平均した資本コストです。加重平均するのは、資産は株主と債権者からの資金調達で賄われているため、両者の期待リターンを合算する必要があるからです。WACCは両者が期待するリターン、つまりハードルであり、企業にはWACCを上回るROICが求められます。」
手島氏の文章(を含む従来の定説)のこれまでの説明をかみ砕いて再説明します。
① ROEは株主だけに注目したものなので、企業視点からは、有利子負債も考慮したROICによる投資収益性を評価した方がよい
② ROICを評価する際のハードルレートはWACCである
③ 投下資本とは、「遊休資産や余剰現金などを除外した事業に活用される資産であり、総資産を利用しないのが特徴」である
④ ROICの意味とは、「事業資産からどれだけ効率的に本業の利益を生み出しているかを測定する」
上記③④から、決定的な理論的間違いと、会計実務的な運用の困難さの2つの問題点を指摘させて頂きます。
(1)投下資本の定義の論理的な破綻
手島氏によると、投下資本は、貸借対照表(B/S)の借方の資産項目から、いわゆる「本業」に使用される資産科目だけを抜いてきたもので構成されるものです。一方で、貸借対照表(B/S)の貸方の負債・純資産項目から、借入先や投資家(社債、株式など)等の外部から資金調達してきた金額も特定できます。WACCは、外部から調達してきた資金がどれくらい稼ぐことができるかのハードルレートの位置付けです。当然、投資家視点に立てば、その企業のビジネスに投下した(彼らがその企業に投資した)金額がWACCを超過して稼ぐリターンにこそ興味があります。
つまり、B/Sの借方から、経営者目線で、これが本業に投下している資産だとして、投下資本を定義し、余資(余剰資金、待機資金)として、現預金や投資有価証券、非本業と思われがちな不動産投資に回したお金が投下資本から差っ引きます。しかしこの余資の部分にも、WACCに代表される資本コストがかかっていることを忘れてはいけません。経営者の都合で勝手に、投下資本の枠を狭めることは本来は許されないのです。
(2)事業資産の抜出しする実務的難しさ
「遊休資産」や「余剰現金」などを除外した、真水の事業使用資産を抜き出してくることは至難の業と言わざるを得ません。正常営業循環においては、決済用資金も十分に事業使用資産です。決済用資金としてビジネス運営に必要な現預金と、明らかに余資として余っているとみなせる現預金の違いを厳格に区別する方法を未だ筆者は知りません。また、例えば製造業で、供給能力が過剰になり、生産設備(工場)の操業を停止することを決定した場合、その瞬間からその活動停止した分だけ、減価償却残分だけ遊休資産として別出しするテクニックは非常に難しいものがあります。
さらに、上記の例だと、ROICの分子がキャッシュフローベースのNOPAT系の指標ならば、既にキャッシュアウトした設備投資の償却残を取り除いた使用資産(=投下資本)を取り出せたとして、分母に使ったからといって、分子分母が同じ考え方で抜かれていないと、その割り算で算出される比率が持つ算数的な意味にいまいち真実性が感じられません。
■ 衝撃に備えよ!「率」か「額」かを問う前に、指標を使う目的をはっきりさせよう!
「また、絶対額での企業価値創造の判断には、ROICとWACCのスプレッドに期首投下資本を掛け合わせた経済利益(EP)が活用されます。
では、株主視点と企業視点のどちらが重要でしょうか。日本企業の低収益性を考えると、企業視点から収益性と資産効率性の改善を優先し、その結果として株主視点の資本効率性が改善されるのが望ましいと考えられます。ですから、ROEに加えてROICを業績指標として活用する企業が増えているのは良い傾向だといえます。」
上記の論では、ROICが経営者目線で、ROEが株主目線。ROICが改善する経営をしていれば、自ずとROEが改善され、株主にも報いることができるはず。だからROICを業績指標として採用することは善という筋立てになっています。
ただし、上記の計算式の定義では、ROICもROEもあくまで財務上の簿価ベースの加工数字にすぎません。制度会計の大家の方々に叱られるのを承知で申し上げると、そもそも制度会計数値は、投資家をふくむ社外のステークホルダーに会社業績を説明することで会計責任を全うするために準備されたもの。その制度会計数値を加工して、ROICやROEを計算して提示し直さないといけない時点で、財務諸表はその存在理由を満たしていません。さらに、財務諸表では分からない「投下資本」とか、「資本コスト」概念を使用しないとROICをはじき出せないのなら、根本的に制度会計ルールが制度的欠陥を内包しているのではないでしょうか。
その上、真に、投資家目線で財務指標を提示するためには、簿価ベースの縛りから解放され、時価ベースでかつキャッシュベースの投資対効果を表す指標に改める必要があります。
こなれたファイナンス本ならば、ROIC/EPの定義は、
ROIC = NOPLAT ÷ 投下資本(貸方の時価ベース)
EP = (ROIC - WACC)× 投下資本(貸方の時価ベース)
となるんですがね。こうなると、もう帳簿上の数字は跡形もなくなってしまうのですが。。。それでもこれが企業価値評価におけるEP(経済的付加価値)の定義のベーシックであり、その一部を構成するのが本来の定義によるROICです。もう、そこにはROEで、投資家に対して企業価値を語るレベルの世界ではないのです。
(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。
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