■ 生物の適応力は現在と未来のトレードオフの問題だった!
このシリーズは、G.W.ワインバーグ著『コンサルタントの秘密 - 技術アドバイスの人間学』の中から、著者が実地で参考にしている法則・金言・原理を、私のつまらないコメントや経験談と共にご紹介するものです。
本書では、前回に引き続き、いまといずれのトレードオフ問題をとりあげ、英国の統計学者、進化生物学者、遺伝学者である、ロナルド・エイルマー・フィッシャー氏が提唱した自然選択の遺伝学的理論から次のような話の引用で始まります(本書P31-32)。
すべての生物システムは現在対未来の問題に直面しており、常に未来は現在より不確実である。生存のためには、種は今日うまくやらなければならないが、あまりうまくやり過ぎると、明日の変化に耐えられなくなる恐れがある。
彼は、ネオダーウィニズムを代表する学者なので、ダーウィンの、
It is not the strongest of the species that survives, nor the most intelligent that survives. It is the one that is most adaptable to change.
生き残る種とは、最も強いものではない。最も知的なものでもない。それは、変化に最もよく適応したものである。
という言葉を彷彿とさせる言説です。
ワインバーグ氏によれば、このフィッシャーの基本定理は、生物の種はもとより、個人、人の集団、大きな組織、情報システムにすら当てはまるものだそうです。
よく適応すればするほど、適応力を失いがちだ。
■ 人材募集と人材育成も現在と将来の間のトレードオフ問題である
ワインバーグ氏は仕事柄、求人に関わるコンサルティングも依頼されるそうです。そこでよく直面する問題に、特定のスキルについて経験の深い年配の人を雇うか、将来必要になるかもしれない新しいスキルを身に着けやすい比較的若い人を雇うかの選択を迫られることが多いというものです。
ワインバーグ氏は、現時点で習得済みのスキルを犠牲にしてでも、順応性の高い若い人の採用を好むそうです。なぜなら、一般的に新しいスキルを身に着けるために必要とする時間を過大評価しすぎる傾向があるからだそうです。その理由に、普通の人は最適レベルのスキル習得にこだわり過ぎて、最適にほどほど近いレベルで満足しないことを挙げています。
どうして一般に、新たなスキルを身に着けるためのコスト(所要時間や訓練のタフさ、もちろん経費を含む)を過大評価しがちなのでしょうか。ワインバーグ氏によれば、未来志向のトレーニングは、得てして、単に種類の違う特殊技能を磨くための訓練であって、将来に向けた適応力を高めるための訓練とは感じないことが真因にあると断じています。
つまり、これまでに習得したスキルに要した時間とスキル数を経験的に知っているがため、将来何が起こるか分からない、それゆえ、何が起こってもいいように、たくさんのケースに対応できるような高度に応用的なスキルや複数の専門的スキルを習得するために払うコストを、すでに取得済みのスキルのために費やしたコストに比して大きく評価してしまう、ということなのです。
平均的なレベルのスキルをひとつ習得するのに必要なコストが1ならば、不確実性の高い将来に備えて、10個のスキルを習得すべきと考える。さすれば、将来に備えたスキル習得にかけるべきコストは10と目算してしまうのです。
■ リスク対不確実性の問題
これも、ある意味、現在と将来のトレードオフ問題です。これは私の専門とする管理会計(意思決定会計、ファイナンシャルマネジメント)の分野だったり、ゲーム理論、最近流行している行動経済学でも研究されていることです。
その中から、いくつか簡単な事例を挙げると。
(1)
これから100円玉をトスします。表が出たらあなたに100円玉をあげます。裏が出たら何もあげません。さて、このゲームにあなたはいくらまでなら出して参加したいですか?
(2)
ここに100円あります。銀行の預金口座に預ければ、確実に1年後に利子が付いて、105円になります。新規事業に投資すれば、1年後に50%の確率で、200円になって帰ってきますが、50%の確率でゼロになってしまうかもしれません。さて、あなたは、
① 今、100円をもらう
② 銀行に預けて、1年後に105円を手に入れる
③ 新規事業に100円を投資する
の内、どれを選択しますか?
リスク選好か、安全志向か。人によって判断はさまざまです。
上記の期待値とか、確率とか、DCF理論のようなお話は全て、最末端のテクニカルな要素を取り除くと、現在の確実性と将来のリスクの間のトレードオフ問題と定義することができます。
そして、生物としての種も、企業経営も、将来に対するリスクに対して比較的受け入れるように、リスク選好的に問題を取捨選択しないと、常に環境変化に対応できる個体(会社)であり続けることは難しいようです。
ちなみに、私なら、上記(1)の問題は完全に運任せなので、参加しません。(2)の問題なら、自分でもっと割のいい投資案件を探すことにします。卑怯者でかつチキンなんでね。(^^;)
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