本格的リニューアル構想中のため、一部表示に不具合があります m(_ _)m

自社株報酬 ストックオプションと現物株のどちらか賢い選択か? - どちらも信託型を取り入れて性格が似通ってきたけれど

経営管理会計トピック 会計で経営を読む
この記事は約9分で読めます。

■ そもそものストックオプション制度のあわましを復習する

経営管理会計トピック

立て続けに自社株を用いた報酬制度に関する記事が掲載されました。正反対の施策が出ると、どっちがどれだけどういうメリットがあるか、筆者も気になるので簡単な比較分析をしてみました。

2018/7/8付 |日本経済新聞|朝刊 自社株報酬、成長後入社組も利益大 新興勢、AI人材獲得へ発行価格を「保管」

「「信託型」と呼ぶ新型のストックオプション(株式購入権=SO)を導入する新興企業が増えている。企業価値を「冷凍保存」するような効果があり、利益規模などが大きくなった後に割当先を決め、貢献度の高い役員・社員に大きく報いることができる。採用が難しくなっている人工知能(AI)関連の人材の獲得などを狙って、利用する動きが広がっている。」

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

(下記は同記事添付の「従来型と信託型ストックオプションの違い」を引用)

20180708_従来型と信託型ストックオプションの違い_日本経済新聞朝刊

記事によりますと、10日に東証マザーズ市場に上場するトレーニング機器「シックスパッド」で有名なMTG(名古屋市、松下剛社長)は、SOの活用に積極的。商品開発などで協力を得ている歌手のマドンナさん、サッカーのクリスティアノ・ロナルド選手にそれぞれ17億円分付与しています。

今回取り上げられたのはそれとは別に、

「信託型SOも17年8月に約50万株分発行した。正式には「時価発行新株予約権信託」と呼ぶ。その時点の企業価値を前提にした低い価格で予約権を発行、信託にプールしておく仕組みだ。」

従来のストックオプションは、株式会社の役員や従業員が自社株を一定の行使価格で購入できる権利であり、誰それに何株分の購入権を与えるというもので、

1) 権利付与時に会社に現金が無くても報酬の代わりに与えることができる
2) 株価に連動する報酬体系であるため、経営者・従業員と株主の間の利益相反が生じにくい

ことを狙ったものと一般には説明されています。つまり、現在手元にふんだんに報酬に使えるキャッシュが無い新興企業やベンチャーが、将来の業績拡大に伴う株価上昇を担保に、優秀な役員や従業員を迎え入れたり、引き留め策に使われたりするのに活用されている制度でした。

 

■ 信託型ストックオプション制度のメリットとは?

下記は、従来のストックオプション制度全般に言えるデメリットを挙げてみました。

1) 不況で経営努力が株価に反映されない状況では、従業員のモラールの低下が起こりうる
2) オプションの行使によって多額の報酬を手にした人材が流出する危険性
3) ストックオプションの行使にて入手できた社員とできなかった社員との二層化
4) 付与基準が不明確な場合は、不公平感による従業員のモラールの低下が起きる
5) 株式の希薄化による既存株主の経済的損失の可能性

このうち、上記の信託型SOが救えるデメリットは存在しますでしょうか?

冒頭の記事によりますと、20社超が信託型SOを発行しているとのことですが、

「MTGでは信託型SOを導入した理由を「入社した時期による社員間の不公平感をなくしたかったから」と説明する」

とあるように、上記2),3)のデメリット解消にはやり方次第でしが役立ちそうです。ただし、本来的には、ベンチャーは先に入社した方がリスクは大きく、リスクとリターンの整合性を図るという意味では、入社日が早い人の方が低い価格でSOを受領し、現物株の時価との差額を報酬として得るというのは経済合理性があると考えます。

「AI開発のパークシャテクノロジーは17年9月の上場後、株価は大きく上昇した。この結果、上場前に発行した株式数の7%に当たる信託型SOには含み益が発生している。「お宝SO」を誰が受け取るかは今後決めていく。」

とあるように、これからの入社する(させたい)人材への応募のインセンティブになることに注目が行って、既に入社している従業員との公平性を欠く権利付与を行うと、4)のデメリットが逆に拡大するリスクが大きくなるのではと邪推します(余計なお世話ですね)。

(参考)
⇒「企業と従業員の報酬支払の新しい関係① 有償ストックオプションの会計処理変更草案が与えるインパクトとは?
⇒「企業と従業員の報酬支払の新しい関係② 無償ストックオプションと有償ストックオプションの会計処理を確認する
⇒「自社株報酬制度の基礎(3)ストックオプションと株式報酬制度の違い - プリンパル・エージェント問題にまで思いを馳せて

 

■ 現在、採用率があがってきた現物株型の役員報酬のあらましをおさらいする

それでは、現物株の方も簡単に制度設計のあらましを見ていきましょう。

2018/6/16付 |日本経済新聞|朝刊 役員報酬「現物株」主流に 導入企業 1年で7割増 ストックオプションを逆転

「「現物株型」の役員報酬を導入する企業が増えている。2018年5月末時点の導入企業数(累積、予定含む)は前年比で7割増え、株式報酬として従来主流だったストックオプション(株式購入権)を上回った。現物株型の方が経営陣の目線を株主と一致させやすいメリットがあるためだ。」

(下記は同記事添付の「株式報酬の導入企業数」を引用)

20180616_株式報酬の導入企業数_日本経済新聞朝刊

記事によりますと、野村證券しらべで、現物株式を使った役員報酬制度の導入企業は、2018年5月末時点で794社に達し、1年前から7割増、ストックオプションの導入企業(600社)を初めて逆転したそうです。

現物株を用いた報酬制度が優勢になったのは、様々な特徴のある制度設計が自由にできるようになったことが理由です。

(下記は同記事添付の「株式報酬の種類と概要」を引用)

20180616_株式報酬の種類と概要_日本経済新聞朝刊

1)譲渡制限付き株式報酬(リストリクテッド・ストック:RS)
・現物株支給から3~5年程度経過しないと市中売却できないという条件付き
・役員に中長期的な視点で株価や業績にプラスになる経営を促す効果を見込む

2)株式交付信託
・信託銀行が企業の資金で株式を購入し、必要に応じて役員や従業員に交付する仕組み
・信託報酬がかかるが、導入企業の事務的な負担を抑制することができる

3)パフォーマンス・シェア
・中長期的な業績目標の達成度合いによって交付される株式による報酬
・主要な目標の達成水準が獲得株数を決定する
・ポイント制など、評価期間のKPIに従って付与株数を管理することができる

こうした現物株支給そのもの、および現物株支給を考慮した報酬制度が隆興してきた背景には株主重視の経営を求める流れがあります。コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)には「中長期的な業績と連動する報酬の割合や、現金報酬と自社株報酬との割合を適切に設定すべき」と記載されており、これら制度設計趣旨とその結果の報酬結果をさらに開示するなどの透明性まで求められています。

 

■ 自社株報酬制度 ストックオプションと現物株のどちらが賢明な選択肢か?

これは、現物株支給制度との一番大きな違いなのですが、1)が指摘するポイントについて、ストックオプションは、将来の株価上昇を大前提にした報酬制度ですので、株価下落局面では無価値になります。それゆえ、企業の中長期的な業績向上にコミットせず、目先の株価上昇に効く施策を優先しがちとか、株安局面での経営責任が甘くなる(ストックオプションは株の値下がり局面ではその権利を放棄するだけで、マイナスの経済効果は付与者に発生しないので)といわれています。

同記事では次のように解説されています。

「一方、現物株型なら株安が進めば、値下がり損を意識せざるを得ない。このため、リスクとリターンの両方に目配りした、バランスのよい経営判断が期待しやすくなるとの見方がある。また、ストックオプションは株価低迷が続いて権利行使ができないと無価値になってしまうが、現物株型なら倒産するなど特殊な例を除いてそうした心配もない。」

こう言ってしまうと身も蓋もないかもしれませんが、

① 株高に傾斜した高リスクな経営判断を誘発しかねないとの批判を招きますが、手許に豊富なキャッシュが無いであろう新興企業・ベンチャーは、企業の高成長とそれに伴う株価上昇にドライブをかけたハイリスク・ハイリターンの攻めの経営姿勢を促すストックオプション(SO)が相対的に適切

② 比較的安定し、ゴーイングコンサーンとして企業の永続性と中長期的な成長を目的とした企業体は、短期的な株価の変動が発生するのは是として、株主利益と経営者利益をなるベく一致させるために現物株中心の報酬制度を採ったほうが相対的に適切

という整理では如何でしょうか?
要は、その企業体の成長ステージとキャッシュフローの潤沢さ、必要とする人材の各要素で使い分けるべき、というものです。

「5) 株式の希薄化による既存株主の経済的損失の可能性」は、所有と経営の分離を前提とした株式会社を古典的状態に戻し、部分的に未分離に回帰する報酬制度であるストックオプションも現物株支給制度も同等に回避できるものではありません。それゆえ、経営者および従業員に対する報酬制度はある程度、透明性を担保するために、情報公開の題材とすることで、キャッシュフロー、資本政策などの財務開示と見比べて、ステークホルダーの意思決定を妨げないようにする、という消極的対応で処置するしかないのかもしれません。

(参考)
⇒「役員報酬、広がる現物株 一定期間は「譲渡制限」/業績に連動も 株数算定透明化が課題
⇒「自社株報酬制度の基礎(1)役員報酬を自社株で。その意義と日本企業を取り巻く経営環境を考える
⇒「自社株報酬制度の基礎(2)株式報酬高め役員挑戦促す 中長期の視野で成長狙う 欧米では社会貢献も評価
⇒「株で役員報酬、広がる 中長期の業績で評価 伊藤忠やリクルート、230社
⇒「厳密にはESOPでは無いけれど、株式所有や株価連動で従業員(役員含む)のモチベーション向上の具体策を見てみよう!

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

コメント