■ 裁判所が「収益還元法」の計算メソッドを決定することが本当にできるのか?
「食品卸のセイコーフレッシュフーズ(札幌市)が2012年に吸収合併した道東セイコーフレッシュフーズの株主が、所有する株式を買い取るように請求。合意に至らず、裁判所に公正な価格の決定を求めていた」裁判が、三審制の最高裁でとうとう結審しました。
2015/3/31|日本経済新聞|朝刊
将来の収益性で計算なら…非上場株の減額認めず 最高裁、株主訴え認める M&A、算定法統一へ
「非上場会社のM&A(合併・買収)の際、市場で株を売買できないことを理由に株価を低く見積もることが認められるかが争われた訴訟で、最高裁第1小法廷(池上政幸裁判長)は30日までに、将来の収益などを基に計算する「収益還元法」を使う場合には認められないとする決定をした。」
■ 裁判の経緯と企業価値評価の論点の整理
裁判で争われた経緯は以下の通り。
① 被合併会社の少数株主から株式買い取り請求があり、その買い取り価格の妥当性が問われた
② 買収側は「収益還元法」に基づき、買い取り価格を算定
③ ただし、非上場株式であることから、売買の流動性が低いことを考慮して、②の価格から25%だけ減価した買い取り価格を提示した
④ 最高裁は、「収益還元法」に他の価格算定手段を併用することを禁止した
最高裁第1小法廷の法定理由は次の通り(記事抜粋)。
「『収益還元法は将来期待される純利益などを基に現在の株価を算定する手法で、市場での取引価格との比較という要素はこの手法の中に含まれていない』と指摘。算定手法にない要素を反映させて株価をさらに減価するのは不当」
これを受けて、この判決がもたらす論点を整理します。
【論点1】 「収益還元法」による非上場株式の価値評価をどうやって裁判所が決められるのか
(記事抜粋)
「これまでは市場流動性がないことを理由に株の減価を認める場合と認めない場合があり、実務が割れていた。今後は非上場会社のM&Aで収益還元法が使われる際は、算定方法が統一されそうだ。決定は26日付。」
【論点2】 企業価値評価に際して、複数の手法を併用することには合理性はないのか
■ 【論点1】裁判所が「収益還元法」の計算メソッドを決められるのか
「収益還元法」の言葉上の定義は参照記事に譲るとして、ここでは、ズバリ計算式をお示しします。
「収益還元法による企業価値」= 税引後当期純利益 ÷ (割引率 - 成長率)
税引後当期純利益を使ったのは、
① 株主間の争いなので、企業価値というより、株主価値重視の計算方式でよい
② かつ非上場企業なので、厳密なキャッシュフロー計算が負担だろうと考えたから
より厳密には、「FCF」「NOPLAT」「グロス営業CF」等を使用したりします。
(それぞれの言葉の定義は、ググっていただければすぐ確認できます)
ここでは、成長率は、「税引後当期純利益の毎年の成長率」を指します。
割引率は、市中金利などを参考にしますが、これは対象企業の負担金利より、株主の期待収益率から求めるのが適切です。
ということで、裁判所が、法定の非上場会社のM&Aに使用する「収益還元法」の計算式を、上記の3つの変数について、
① 分子になる「利益」や「キャッシュフロー指標」に何を採用するか
② 上記①の株主の期待収益率を表す「割引率」をどこから引っ張ってくるか
③ 上記①の指標の適正な「成長率」の求め方を裁判所がどうやって定めることができるのか
いくら国権の三権の長のひとつである最高裁でも、この3つを決めるのは難しいと思うのですが、読者の皆さんはどう思われるでしょうか?
■ 【論点2】企業価値算定に複数の手法を併用してはいけないのか
ちょっと長文なので、分かりにくいのですが、「ヤフー」が2014年10月に「カービュー」にTOBをかけたときのプレスリリースをご紹介します。
⇒「株式会社カービュー(証券コード:2155)に対する公開買付けの開始に関するお知らせ」
本件は、ヤフーが野村證券にフィナンシャル・アドバイザーとして株価算定を依頼しました。
野村証券は、
・市場株価平均法:621~662円
・DCF法:787~971円
とはじき出しております。DCF法で使用する計算式は分子がFCFということは判明していますが、それ以外は非公開となっています。
一方、カービューは、AGSコンサルティングに同アドバイザー業務を依頼し、
・市場株価法:621~662円
・DCF法:851~1,121円
・類似企業比較法:736~899円
という算定結果を出しています。
ここでのDCF法は、分子に予測FCFを採用、割引率:8.81~10.81%、継続価値の永久成長率は±1.0%としています。
そして、いろいろグダグダ書いてありますが、売買の当事者同士がきちんと複数手法からなる算定結果を持ち寄って、将来事業成長のシナリオなども経営者ヒアリングなどにより確認して、買収株価を吟味しています。
当然両者のDCF法の結果が異なるのも、事業計画の読みの楽観性と悲観性の見解の相違である旨がきちんと説明してあります(まあ、そもそも同じDCF法といっても計算手法は異なりますが)。
ではご参考まで、どれくらいの種類の「企業価値評価」手法があるのか、代表的なごく一部を一覧表でお示しします。
これだけ種類があれば、そして売買当事者の両者がそれぞれについて計算すれば、計算結果がぴったり同一になることは実務上あり得ません。あとは、それぞれが算定式の確からしさを議論し、株主総会で意思決定すればよろしい。少数派株主の買い取り請求についても同様です。
※ 株式買取請求があった場合において、価格について協議がととのわないときは、裁判所に対して価格の決定申立てをすることができる(会社法117条2項)。
この時、「この手法だけ」、と決めることに何の意味があるのか、逆に疑問です。
■ 司法が企業価値を決められると思うのは幻想です。市場ですら間違えるのですから
裁判に持ち込んで、裁判所が、お役所仕事で「収益還元法による企業価値」を定めることができるのなら、誰も苦労しません。将来の事業計画の確からしさ(FCF、当期純利益や成長率)、株主の期待収益率(割引率)に対して、それぞれ「いくら」と事前に決めてくれるのでしょうか。それは、事業運営、事業への目利きを裁判所に求めるものです。
もし、個々の数字が決められず、計算式だけ最高裁が決めるというのなら、そんなおせっかいは無用です。もう世の中に立派な計算式は会計実務の中で存在していますから。
最高裁の判決は、「一度、『収益還元法』で買い取り価格を決めた、というのなら、『取引事例法』による買い取り価格の補正はみとめない。一回の取引につき、採用できるのは1種類のみとすることが合理的であるから」と言っているようにしか聞こえません。まさしく、条文読みの理屈です。市場ならぬ紙上(机上の意)ならばそれでも許されるのでしょう。
でも経済合理的に考えてみてください。
「収益還元法」で求められた企業価値が、100億円で同額のA社(上場)とB社(非上場)の2社があった場合、あなたは本当にA社とB社が等価に思えますか?
さらに、株式市場が常に効率的に株価形成をしており、その他の変動要因が無ければ、A社の時価総額が常に100億円(ここでは話を簡単にするために、負債はいったん脇に置きますね)を示して、微動だにしないでいる、という仮定の話に同意できますか?
「流動性」=「換金の容易性」自体が経済的価値を有しています。
(額面が同じ定期預金と現金とは厳密には等価ではありませんよ)
そして、「株式市場」ですら、株価形成を常に正しく行えているとは限りませんよ。
(もしそうなら、株式バブルは起こり得ないですからね)
最後に、割引率や将来キャッシュフローは、まさしく人間の期待が生み出すもの。これって誰にも正しい値を予言することはできませんよ。
裁判所(ごく一握りの司法エリート)が企業価値を決められるのなら、資本主義(市場主義)は不要です。経営者は全員失業です。もし可能ならば、全て計画経済でムダが一切ない世の中を裁判所で実現してくださいませ。
(そんな世の中、司法エリートではなく、まだAI(人工知能)のほうに実現できる可能性があります)
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