■ フィンテックの一大テーマ、「仮想通貨」を巡る2016年の動向から復習しよう!
ビットコインに代表される仮想通貨が市民権を獲得し、その利用も広がったのが2016年のフィンテックの一大潮流となりました。あまのじゃくな筆者の本懐として、本稿では、仮想通貨を支えるブロックチェーンの死角について、文系人間ならではの分析を加えてきたいと思います。
それでは、下記に、2016年の仮想通貨の動向について、さっとおさらいしましょう。
2016/5/26付 |日本経済新聞|朝刊 仮想通貨に規制の網、登録制で利用者保護 改正資金決済法成立
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
「改正法では仮想通貨の取引所に登録制を導入するほか、口座開設時の本人確認も義務づける。さらに取引所には顧客の資産と自己資産を分ける「分別管理」も求める。」
「これまで仮想通貨を公的な決済手段と位置づける法規制はなかった。」
2016/10/20付 |日本経済新聞|朝刊/電子版 ビットコイン、取得時に消費税課さず 17年春にも 通貨の位置づけ明確に
「財務省と金融庁はビットコインなどの仮想通貨を買うときにかかる消費税を2017年春をメドになくす調整に入った。仮想通貨をモノやサービスでなく「支払い手段」と明確に位置づける。事業者の納税事務がなくなるほか、利用者は消費税分の価格が下がって買いやすくなる。仮想通貨が「お金」としての存在感を増すのは確実だ。」
(下記は同記事添付の「ビットコインと通貨の特徴」を引用)
主要7カ国(G7)でビットコインに消費税を課しているのは日本だけで、今年5月に成立した改正資金決済法で、仮想通貨をプリペイドカードなどと同じ「支払い手段」と定義づけたことから、仮想通貨を非課税にする方針になり、中央銀行が発行する正規の通貨により近い存在となりました。
ビットコインをはじめとする仮想通貨のメリットは、
① 送金手数料がほぼゼロ
② 海外でも法定通貨を両替せずに使える
というものがありますが、
留意点としては、
① 仮想通貨は相場ものなので、常にその価値が変動する
②仮想通貨の売却益に所得税がかかる
ことには留意すべきです。
盛り上がる仮想通貨の取引。その代表選手のビットコインに熱狂する相場の状況は次の通り。
2016/12/18付 |日本経済新聞|朝刊/電子版 ビットコイン取引最高、11月15兆円超 9割が中国 個人、海外に資産逃避
「【上海=張勇祥】インターネット上の仮想通貨ビットコインの世界取引が拡大している。円換算した11月の売買高は15兆円超と前月に比べ5割増え過去最高になった。けん引役は中国で、全体の9割を占めた。米大統領選後のドル高・人民元安を受けリスク回避の売買が膨らんだ。取引規制の網をかいくぐり、個人が仮想通貨を使い資産を海外に移す動きも広がる。」
(同記事添付の「ビットコインの取引高」を引用)
11月に中国で取引が急増した背景には米大統領選と、中国の景気後退懸念から来る元切り下げと止まらない通貨安の2つがあります。選挙後の為替相場の混乱でリスク回避に動いたのは米欧も同じです。中国は個人の外貨両替を年5万ドルに制限していますが、ビットコインは規制にかからないという盲点を突く資産家の動きも影響しています。
■ フィンテックの一大テーマ、「仮想通貨」を支えるブロックチェーンを揺るがす事件発生!
あるものに強く光が当てられると、必ずその傍には影が生じます。好事魔多し。仮想通貨を支えるブロックチェーン技術の信頼性を揺るがす事件が2016年半ばに起きていました。
2017/1/7付 |日本経済新聞|電子版 禁忌に触れた仮想通貨 「ザ・ダオ」の教訓 「Disruption 断絶を超えて」特別編
「「仮想通貨という存在が根幹から揺らぎかねない」――。欧州連合(EU)離脱の是非を問う英国民投票を巡って世界が揺れていた昨年半ば。サイバースペースでは仮想通貨を巡ってある「事件」が勃発していた。」
事件のあらましは以下の通り(下記は同記事内容を再整理したものです)。
1)ビットコインに次ぐ仮想通貨の第2勢力「イーサリアム」を使って、2016年4月に、すべての取引に使う仮想企業「The DAO(ザ・ダオ)」が、どの国家にも属さずに、ネット上だけに存在する企業としてドイツのベンチャー企業の手で設立
2)ザ・ダオは、「分散型自動化組織(Decentralized Autonomous Organization)」と呼ぶ仕組みで、プログラムに沿って半自動運営される。その取引内容は、自動車や不動産を購入し、インターネットから操作する電子錠を設置したうえで、人手を介さないリース事業
3)出資を募ったところ、「仮想企業がシェアリング・エコノミーを展開する」と話題になり、イーサリアムの利用者ら1万人超から約156億円もの資金があっさりと集まった
4)6月17日、何者かがプログラムの欠陥を突いてザ・ダオを勝手に分割。子会社に相当する「子DAO」を設立して資金の3分の1にあたる約50億円を移し、わがものとしてしまった
ここから、新しい技術が巻き起こす前代未聞の難問題について、一大論争が始まりました。
そもそも、ザ・ダオにもそれなりの安全装置が組み込まれていて、上記のような操作が行われた場合、27日間は、外部に資金を持ち出せないようにしていました。しかし、このまま放置しておくと、出資者から募った資金の内、50億円が第三者の手にみすみす渡ってしまうのです。
関係者に残された選択肢は次の2つでした。
① ザ・ダオのプログラムに欠陥があったことの過失を認め、資金を取り戻すのをあきらめる
② イーサリアムの過去の取引履歴を操作し、ザ・ダオの事件を強制的に「なかったこと」にする
この②が選択できるのは、イーサリアムもビットコインと同様、「ブロックチェーン」技術を使っているからこそなのでした。「ブロックチェーン」とは、取引履歴などを記録した情報の固まり(ブロック)を、取引者間の取引情報を次々の更新しながら、まるで「チェーン」のようにつなげていくことで、取引の信頼性を担保する仕組みです。それゆえ、50億円の詐取が起きた取引まで、チェーンを伝って遡っていき、そこから、詐取が無かった「ifの世界」を創造し、新たな歴史の分岐から取引を再出発することができるのです。
ブロックチェーンの基本技術は、「レプリケーション」と「合意」ですから。しかし、この悪魔の手段がある、ということこそ、ブロックチェーン技術に支えられた仮想通貨の信頼性を裏付けもすれば、信用を失墜させる大きなリスクを同時に孕んでいるともいえるのです。
■ 「仮想通貨」を支えるブロックチェーンに起きた「履歴修正」というタブー
そもそも、「ブロックチェーン」技術の信頼性は、
① 全取引履歴が逐一ネット上で記録されているため、全取引参加者が監視している
② 全取引履歴は、ひとつのサーバで集中管理されておらず、分散処理されている
③ そのため、悪意を持った者が自分の都合がよいように改ざんすることが事実上不可能である
という構造にあります。それゆえ、見るからに悪意を持った詐取を行った者が残した取引記録とはいえ、そういう過去取引を恣意的な操作でなかったことにして、帳消しにすることを実際に行ってしまうと、仮想通貨としてのイーサリアムの取引信用や貨幣的価値そのものに傷がつくのではないかという懸念が生じてしまうのです。
結果として、関係者は、過去の取引履歴を修正する道を選びました。イーサリアムの運営を担う団体が音頭を取り、取引履歴の検証・記録に関わっていた多くの参加者もその修正に追随して。そして最終的にザ・ダオの出資者たちは損失を免れることになります。
でもここでよく考えて頂きたいのは、仮想通貨としての「イーサリアム」そのものの取引履歴を担保するブロックチェーン環境そのものに問題が生じたわけではなかったことです。イーサリアムを使った仮想会社の中で起きた詐取事件なのです。それは、法定通貨「日本円」を使って、ダミー会社を設立し、無知(無能?)な一般投資家から出資を集めた後に、偽装倒産させて、出資金をだまし取る事件が昔から後を絶たないわけですが、そういう事件において、円という通貨取引で行われた出資取引そのものを無いことにする、という解決手段が採られたことがないことと好対照です。
<この事件からの教訓>
・イーサリアムの運営団体の中心人物が出資者のひとりだったことによる個人的な都合の優先
・取引履歴を人為的に操作することが繰り返されれば、仮想通貨やその基盤への信用失墜につながる
・同時に、ハッキングなどの攻撃に柔軟に対応できる方法の裏付けがとれた
■ 「仮想通貨」にまつわる経済的損失をカバーする試みも
こうした仮想通貨にまつわる損害をどうにかするのに、そもそもの事件性のある出来事の火元を消すテクノロジーの進化やルール改定があったりしますが、発生した損害をどうにかする対処方法についても整備が進んでいます。
2016/11/24付 |日本経済新聞|朝刊 禁忌に触れた仮想通貨 仮想通貨の盗難補償 三井住友海上が保険
「インターネット上でやりとりする仮想通貨を安心して利用できる環境が整い始めた。三井住友海上火災保険は11月中に国内で初めて仮想通貨を巡るトラブルに対応する保険を売り出す。仮想通貨がサイバー攻撃などで盗まれたり、なくなったりした時に被害を補償する。仮想通貨の取引量は増えているが被害も広がっている。保険で安心感が高まれば、普及に弾みがつく。」
三井住友海上は、仮想通貨ビットコイン取引所の国内最大手ビットフライヤーの協力を得てこの保険商品を開発しました。
「仮想通貨の利用者はビットフライヤーのような専門の取引所に口座を設け手数料を支払って仮想通貨を売買している。今回の保険は取引所が加入対象で、サイバー攻撃などで仮想通貨が盗難・消失した際の損害額を補償する。取引所自身の被害だけでなく、口座に預けてあった利用者の仮想通貨も補償の対象となる。」
補償内容は次の通り。
① サイバー攻撃のような不正アクセス
② 取引所の従業員のミスや不正
③ 被害者への通知や海外からの賠償請求にも対応
海外では一部にこうした保険があるが、国内では初めてとなります。
こうした事後対応を厚くすることで、仮想通貨の取引のリスク軽減を図ることが大切な施策となることの一例です。
■ (補論)「遡及修正」に慎重なほかの分野の事例を紹介
横断的な知識の総合理解にこそ、本ブログの存在意義があると筆者は信じているのですが、、、
法学の分野では、本件に関連する有名な法理がいくつかあります。
● 罪刑法定主義
ある行為を犯罪として処罰するためには、立法府が制定する法令(議会制定法を中心とする法体系)において、犯罪とされる行為の内容、及びそれに対して科される刑罰を予め、明確に規定しておかなければならないとする原則(WiKi)
ここから発展して、
● 刑罰法規不遡及の原則
実行時に適法であった行為を、事後に定めた法令によって遡って違法として処罰すること、ないし、実行時よりも後に定めた法令によってより厳しい罰に処すことを禁止する原則をいう。事後法の禁止、遡及処罰の禁止ともいう(WiKi)
つまり、後から法律を作って、過去の行いを罰したり、強制執行でなかったこと(あったこと)にしたりすることは厳禁とされています。そうしないと、法の安定性が維持できないからです。これは、ブロックチェーンの過去取引履歴を改ざんすることに、できるだけ慎重になるべき理由であり、ブロックチェーンの過去取引履歴の変更についての法的処置が定まっていないことの準備不足も併せて指摘させて頂きます。
では、筆者の専門領域の会計ではどうか?
● 「会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」および「同適用指針」のポイント|新日本監査法人より
① 会計方針の変更:
従来採用していた一般に公正妥当と認められた会計方針から他の一般に公正妥当と認められた会計方針に変更すること
② 表示方法の変更:
従来採用していた一般に公正妥当と認められた表示方法から他の一般に公正妥当と認められた表示方法に変更すること
③ 会計上の見積りの変更:
新たに入手可能になった情報に基づいて、過去に財務諸表を作成する際に行った会計上の見積りを変更すること
これらは、過去正しかったとされる処理や表示・見積り方法が、改めて新ルールに置き換わった際に、その差異を過去にさかのぼって修正することを許されるとするものです。
「④ 過去の誤謬の修正」は、意図的かどうかは問わず、誤りがあったら、過去にさかのぼって原因を明らかにし、現時点の財務諸表を適正に表示することを最優先します。そして、改めて過去の財務諸表を修正表示する必要があり、かつ可能な場合は、それぞれの表示ルールに従って修正表示させます。
従来の日本では、法制(旧商法)の影響が強い「財務諸表計算規則」にて遡及修正が認められていなかったのですが、最近流行のIFRSとのコンバージェンスで、遡及修正が認められるようになりました。
このように、過去を改ざんすることは、どの分野でも慎重に取り扱われているテーマです。
孔子が論語で言いました。
「過ちを改めるに憚ることなかれ」
そして筆者は、過去の残念な不始末について、無かったことにしたいと思い、人生を悔いながら、毎日を過ごしています。(^^;)
(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。
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