■ メガバンクの企業統治にも影響を及ぼすフィンテックの脅威
銀行法の改正が射程に見えてきたメガバンクは、持ち株会社主導の指名委員会等設置会社に次々と移行し、フィンテックにも積極的に投資できる環境に国を挙げて整備してきました。
2016/5/12付 |日本経済新聞|朝刊 3メガ銀、持ち株会社主導 三井住友FG、指名委等設置会社に 銀行中心主義を脱却
「日本の3メガ銀行グループが持ち株会社の権限を強化する改革に動いている。三井住友フィナンシャルグループ(FG)はこれまで銀行が主導してきた経営体制を改め、証券や資産運用会社を持ち株会社の傘下に集約する。みずほフィナンシャルグループなどもすでに同様の改革を進めており、日本独特の「銀行中心主義」は大きな転換点を迎えている。
三井住友FGは来年6月の株主総会後、経営に社外の意見を反映しやすくする「指名委員会等設置会社」に移行する方針だ。経営トップの選任など、重要な判断の際に社外取締役が果たす役割が重みを増す。」
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
(下記は同記事添付の、三井住友FGは銀行から持ち株会社主導の経営に転換を転載)
「3メガ銀ではみずほフィナンシャルグループが反社会的勢力への融資問題を契機に、14年にいち早く指名委員会等設置会社に転換し、15年に三菱UFJフィナンシャル・グループも続いた。今回の三井住友FGの移行で3メガ銀が足並みをそろえることになる。三菱UFJやみずほは傘下の運用会社の合併・統合なども進め、グループ経営に軸足をシフトしている。」
とあり、これで3メガバンクが足並みをそろえて持ち株会社主導のコーポレートガバナンス体制となります。ではなぜこのような統治体制の変更の大きな流れができているのでしょうか。これは、昨今の日本版コーポレートガバナンスの流行に銀行業界が追随しているだけとは思えない真因があると考えています。
同記事では、今回の企業統治体制の変更の理由を次のように整理しています。
① グローバルでの金融規制や資金調達のやりやすさの追求
「3メガを含む世界の巨大銀行は資本規制が強化され、金融当局との対話の重要性も増した。欧米の主要行は指名委員会等設置会社が多く、当局や投資家と対話を進めるには統治形態をそろえた方が理解を得やすい。」
②フィンテックへの対応
「国内でも今国会で銀行法改正案が成立する見込みで、持ち株会社の業務範囲が広がる。システム管理や資金運用などグループ内の共通業務を実施できるようになるほか、IT(情報技術)企業に出資し、金融とITを融合した「フィンテック」も展開しやすくなる。」
③マイナス金利により、融資事業以外の収益の柱を見つけやすくするため
「日銀のマイナス金利政策で、貸し出しなど銀行本業の収益環境が厳しくなったことも改革を後押しする。三井住友FGの場合、子会社の三井住友銀が連結純利益の約8割を稼ぐ「大黒柱」だったが、今後は銀行以外の収益源の確保が生き残りには不可欠だ。」
上記③の多角化の中に有望株として②「フィンテック」が計算に入っているのは間違いありません。それは次章で説明する銀行法改正の話に引き継がれます。
■ 改正銀行法成立 銀行のIT投資への制限を緩和
フィンテック推進に向けて、銀行に対する投資規制を緩和する政策が認められました。まさか、マイナス金利に対する条件交渉の結果とは深読みすぎるでしょうか?
2016/5/25付 |日本経済新聞|夕刊 銀行のIT出資を緩和 改正銀行法成立、仮想通貨を規制
「金融とIT(情報技術)を組み合わせた「フィンテック」と呼ばれるサービスを促すための改正銀行法が25日、参院本会議で自民、公明両党などの賛成多数で可決、成立した。銀行や持ち株会社による事業会社への出資制限を緩め、IT企業に出資しやすくする。ビットコインなどの仮想通貨に対する国内初の法規制も盛り込んだ。
銀行がIT企業へ出資する場合、銀行は5%、銀行持ち株会社は15%までの出資制限があった。ただ金融サービスとITの融合がいっそう深まっていることから、金融庁は個別認可によりIT企業への出資割合の拡大を認める。金融持ち株会社では、ガバナンスの強化を条件にグループ傘下の銀行の共通業務を集約できるようにする。」
2016/5/26付 |日本経済新聞|朝刊 銀行、IT事業進出に道 法改正、出資制限を緩和 三井住友、仮想商店街に関心 みずほ、ビッグデータに的
「金融とIT(情報技術)を融合した「フィンテック」で金融界の成長を後押しする改正銀行法が25日、成立した。銀行による事業会社への出資制限を緩め、先進的な技術を持つIT企業の買収にも道を開く。メガバンクなどがインターネットを使った仮想商店街(ECモール)といった異業種を取り込み、顧客サービスを競う時代に移る。」
記事によりますと、今回規模の銀行法の大規模な改正は銀行持ち株会社を解禁した1990年代後半以来だそうです。
「かねて銀行界で言われてきた「楽天は銀行を保有できるが銀行は楽天を持てない」というねじれた状態を解消する。」
そうですね、セブン銀行や楽天銀行はありますが、みずほコンビニや三菱UFJのECサイトは存在しませんもんね。
「すでに三菱UFJフィナンシャル・グループなど3メガバンクが専門部署を立ち上げたり、ベンチャー企業を発掘するコンテストを開くなど準備を進めている。改正法成立で出資・提携先探しが本格化する。」
(下記は、同記事添付のフィンテックへの投資額を転載)
銀行が特に関心を示しているのが、資金決済サービスの取り込みのようです。
「三井住友フィナンシャルグループは楽天のような仮想商店街の運営に関心を示している。利用者と出店者をつなぐ取引の場を提供すれば、決済業務を一手に担うことができるためだ。商流を把握することで、顧客の資金ニーズや返済能力を踏まえたタイムリーな融資の提案も可能になる。」
(下記は、フィンテックで想定される連携の姿を転載)
よくあるM&Aの教科書にある通り一遍の解説が付されています。
「みずほフィナンシャルグループも「ビッグデータ」を活用した迅速な審査などを融資ビジネスに生かせないか検討する。自前で事業を立ち上げるより、ベンチャー企業に出資・買収することで「時間を買う」ことができる。」
「出資制限の緩和に伴い、出資先に役員を送り込んでノウハウを取り込んだり、共同で事業展開しやすくなる。利用者のニーズに応えようと、異業種を巻き込んだサービス競争が激しくなる。」
『時間を買う』と『ノウハウの取得』『共同事業展開』。
次章以下で、この点について、大変象徴的な事例が2つあるのでご紹介します。
■ 仮想通貨を使って海外送金 ブロックチェーン技術による仮想通貨を使って
まずは三菱東京UFJから。
2016/7/8付 |日本経済新聞|朝刊 三菱UFJ銀、仮想通貨使い海外送金 米社と開発へ 手数料安く手続き短縮
「三菱東京UFJ銀行は仮想通貨の世界最大の取引所を運営する米コインベースと資本提携する。まずは円やドルの海外送金の仕組みなどを開発する方針だ。利用者は手数料の低下や手続きの時間短縮などのメリットが期待できる。金融とIT(情報技術)を融合した「フィンテック」がビジネスモデルに変革をもたらすと判断した。」
(下記は、同記事添付の「仮想通貨技術を海外送金に応用」を転載)
三菱UFJ銀が邦銀初の仮想通貨取引所への出資相手に選んだコインベースは、32カ国に約400万人の利用者を持ち、米当局などの認可も取得しており、既にニューヨーク証券取引所やスペイン大手銀のBBVAが出資しています。
「コインベースはこれまで米欧を中心に展開しており、アジアへの進出を狙っていた。三菱UFJ銀は国内に4000万口座を持ち、普及に向けた相乗効果が大きいと判断。日本では仮想通貨を現金に戻す際に、まず三菱UFJ銀の口座を通じて取引する仕組みになるもようだ。」
このことは、銀行の利用者にとっても大きな影響を及ぼす可能性があります。現在、企業や個人が銀行を通じて海外送金する場合、巨額の資金が投じられた決済システムを経由する必要がありため、その使用に高い手数料がかかります。しかし、仮想通貨は取引参加者が互いの取引記録を保有しあう「ブロックチェーン」と呼ばれる技術が裏付けとなっており、データを改ざんするには、全保有者の情報を書き換えなければならないため、現実的に改ざんは極めて難しく、この技術を使えば、安全性の高い仕組みを低コストで実現できるという目論みです。このため送金などの決済コストが大幅に下がるとみられ、円やドルの海外送金でも、この仕組みを使えば通常1回あたり数千円の送金手数料が大幅に削減できる見通しとなっています。
三菱東京UFJ銀行が仮想通貨の技術を巡って米取引所への出資に踏み切るのは、ブロックチェーン技術を使った仮想通貨取引が既存のビジネスモデルを変革させる可能性があるとみているからです。ブロックチェーン技術は、不動産登記やIDカードの本人確認など幅広く研究が進んでおり、「分散型台帳」とも呼ばれ、ネットワークの参加者がお互いの取引を承認する仕組みです。
「三菱UFJ銀は独自の仮想通貨「MUFGコイン」の開発も進めており、行内での資金決済でコスト削減などを期待している。コインベースの仕組みは「パブリック型(相互接続型)」と呼ばれ、さまざまな金融機関との取引にも応用できる点で異なる。」
記事によりますと、
ブロックチェーン技術は、仮想通貨だけではなく、不動産登記や医療カルテ、テロ対策の本人認証システムなど金融以外の幅広い分野でも活用が検討されているもの。そこで、三菱UFJは、あらゆるモノがインターネットにつながる「IoT」の時代にブロックチェーンを使った新たなサービスを展開できないか水面下で検討を進めているとのこと。いつの日か、銀行があらゆる決済取引のプラットフォーム提供会社となる日が来るのでしょうか?
同様の動きはみずほにもあります。
2016/7/18付 |日本経済新聞|朝刊 海外送金、数秒で完了 みずほ銀も 「ブロックチェーン」活用
「みずほフィナンシャルグループはSBIホールディングスと共同で、海外送金にかかる時間を大幅に短縮する新システムの開発に乗り出す。金融とITを融合したフィンテックを活用し、いまは数日かかっている海外送金を数秒で完了できるようにする。2018年の実用化をめざす。」
■ 企業間決済も銀行がインフラ提供を試みる件 経理部出納係がいらなくなる日
2016/8/11付 |日本経済新聞|朝刊 みずほ・富士通、企業間の決済を電子化 新システムを構築
「みずほ銀行と富士通は今夏、企業同士の決済業務を電子化する業務システムを立ち上げる。取引先への請求書送付や入金確認などの手続きをネットワーク上で管理し、企業の業務効率化につなげてもらう。当初は富士通のグループ会社向けに実証実験を行い、2017年4月にも一般企業に参加を募る。
メガバンクでは初の試み。利用する企業からシステムの利用料を徴収する仕組みを想定している。日銀が2月に導入したマイナス金利政策を背景に主力の融資業務が伸び悩む中、新たな収益源の一つとする考えだ。」
記事内容から概要はこう。
————————————-
企業同士の決済は、相手先企業に紙の請求書を郵送し、支払いを受けるのが一般的。入金確認後も社員が手作業で売掛金の消し込みなどの処理をする必要があり、手間がかかる。そこで、このシステムを利用すると、企業同士の決済に関する取引は全てネットワーク上で処理が可能。
・請求書を相手企業に送る必要がなくなる
・入金確認や売掛金処理なども全てネットワーク上で処理する
ことで、経理作業にかかるコストや手間が大幅に短縮できることを見込む。
————————————–
「金融庁などは20年をめどに金融機関などが大量の決済情報を一括処理できる共通システムを導入する方針を掲げている。両社は将来、この共通システムとも相互接続できるようにし、企業がより効率的に決済ができる仕組みをつくる考えだ。」
そして、ネット世界でのビジネス進化がある場合は、リアル世界でも変化がきっとあります。次はそういうお話。
■ 銀行のリアル店舗は、ネット全盛時代にどう変わっていくべきか?
ここにも規制緩和の波が。
2016/7/16付 |日本経済新聞|朝刊 銀行、営業時間自由に 金融庁 「9時~午後3時」緩和 地域ごとに戦略
「金融庁は「午前9時から午後3時まで」としている銀行店舗の営業時間を実質自由化する。現在は原則、最低6時間は店舗を開けるよう求めている規制を緩和。地域の実情や顧客のニーズに合わせて柔軟に設定できるようにする。銀行の店舗規制を見直すことで、地方銀行の拠点閉鎖を防ぐとともに、戦略的な店舗運営を可能にする。」
金融庁は銀行法などの施行規則を改正し、銀行(ゆうちょ銀行含む)のほか、信用金庫、信用組合などを対象に8月中にも営業時間の規制緩和を予定しています。
以下は同記事の内容をサマリしたもの。
———————————————–
同規則は銀行の営業時間を、企業などが業務上の支払いに利用する当座預金業務を行っていても、営業時間を自由に設定することを認める。「午前9時から午後3時まで」は、決済時間を統一する目的で明治時代から続いてきた。
金融庁によると全国に約1万3000ある銀行店舗の大半が同業務を手がけていることから、この条件をなくすことで、銀行は顧客の利便性に配慮しながら、既存の大多数の店舗で営業時間を柔軟に設定できるようになる。
ネット銀行やコンビニATMの台頭で銀行店舗の存在感は相対的に低下している。利用者ニーズが多様化するなか、戦略的な店舗運営が可能になる。
————————————————
(下記は、同日の「きょうのことば」に添付の銀行の店舗数と職員数のグラフを転載)
2016/7/18付 |日本経済新聞|朝刊 銀行店舗、個性競う 本屋・フィンテック・車… 遊び心・利便性、顧客目線で
「銀行が個性的な店舗づくりを競い始めた。インターネット取引の普及や異業種の参入で環境が一変し、画一的な店舗では年齢層や地域によって異なる顧客ニーズをつかめないからだ。顧客目線を意識した「サービス業」への転換を探る銀行店舗の現場を歩いた。」
以下は同記事より。
● 商業施設と一体化
「5月に大阪府の京阪枚方市駅前に開業した複合商業施設「枚方T―SITE」。エスカレーターで7階のりそな銀行枚方支店を訪ねると、従来の銀行店舗とは全く異なる光景が広がる。店内は約1000冊の本に囲まれており、広々とした明るい待合スペースが開放感を演出する。」
(下記は同記事添付の、本屋を模した、りそな銀行枚方支店の様子を転載)
「りそな銀は施設を運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)の誘いで、近くの支店を移転した。「本屋の中にある銀行」がテーマの新店舗は、落ち着いて資産運用の相談などができるように配置を工夫。買い物客が銀行の顧客になる効果も見込む。」
ネットで済ませられる金融サービス。わざわざ店舗に来たくなる仕掛けづくりがひつようになるかも、です。
● フィンテック体験
「将来の銀行店舗を見据え、IT(情報技術)を活用した新たな金融サービス「フィンテック」の実験店に位置づけられているのが、5月に東京駅前に移転開業したみずほ銀行八重洲口支店」
(下記は同記事添付の、のみずほ銀行八重洲口支店の様子を転載)
「例えば、壁面の巨大なタッチパネルを押し、住宅ローンなどの金融商品のパンフレットを自分のスマートフォンに取り込むサービス。利用した女性会社員(23)は「遊び心をくすぐられる」と話す。みずほ銀の清水英嗣執行役員は体験型の店舗をつくった狙いを「会社員や学生との金融取引のきっかけづくり」と説明する。」
こちらは、保守本命のフィンテックとの融合店舗づくりの実験。おそらく、このような店構えの近未来的な雰囲気がこれからのお店づくりの主流になりそう。
● 過疎地は移動店舗
「人口が減る地域ならではの「出店」もある。静岡銀行は5月にトラックの荷台を改造した移動店舗の運用を始めた。入り口にATMを1台置き、行員2人が簡易窓口で口座開設手続きや融資相談に対応。週に3~4日、静岡県内を巡回する。」
(下記は、同記事添付の、トラックを改造した静岡銀行の移動店舗の様子を転載)
「毎週木曜に営業する西伊豆町の田子地区は過疎化が深刻で、昨年秋に店舗を閉めた。住民は車で数十分かかる別の店舗を使っていただけに店舗の「復活」を歓迎する。静岡銀の内山将希氏は「採算は厳しいが、継続的にサービスを提供して地方銀行の使命を果たす」と話す。」
同様の取り組みは大垣共立銀行が他行に先駆けてすでに実施中でユーザの評判も上々。常陽銀行なども展開し、地銀ならではの地域密着型のリテール営業に基づく新たな店舗戦略となっています。こちらは既にある現実です。
今回は、いろいろと銀行業界のフィンテック対応状況を整理してお届けしましたが、結局のところ、人に対するサービス。最後はどういう形であれ、接客と顧客満足を高める仕掛けづくりのミソかと。フィンテックによって手数料が安くなり、価格破壊が起きるか、システム投資(特にセキュリティ対策)が思いのほかかさんでしまうのか。また、個人情報保護の観点から信頼性あるシステムとなるのか? いろいろと考えてしまいますね。
⇒「フィンテックが迫る変革(1)「FinSum:フィンテック・サミット」開催! ブロックチェーンへの取り組みと仲介業者の法整備について」
⇒「フィンテックが迫る変革(2)スタートアップ企業がイノベーションのジレンマを解決する様子と保険商品の開発に伴うリスクについて」
(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。
コメント