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(経済教室)企業経営 再興の条件(下)「事業機会の裏」に勝機あり 競合の忌避テコに差別化 楠木建・一橋大学教授

経営管理会計トピック 会計で経営を読む
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■ 正面突破で他社との競争にしのぎを削るだけが競争戦略ではない

経営管理会計トピック

「ストーリーとしての競争戦略」「好きなようにしてください」とヒットを飛ばす楠木教授の競争戦略の基本についての小稿がありましたのでご紹介します。今ちょっと流行の「戦わない競争戦略」に通じるものがあります。

2016/5/25付 |日本経済新聞|朝刊 (経済教室)企業経営 再興の条件(下)「事業機会の裏」に勝機あり 競合の忌避テコに差別化 楠木建・一橋大学教授

「経済が一層の成熟に向かう中で、外部環境の追い風を待っていてもらちが明かない。差別化された価値を生み出す戦略で自ら機会をつくる。これ以外に閉塞感を打破する道はない。このように口で言うのは簡単なのだが、実際に打ち手をどこに求めるかとなると、これがなかなか難しい。」

20160525_楠木建_日本経済新聞朝刊

くすのき・けん 64年生まれ。一橋大商卒、同大大学院修了。専門は競争戦略論

<ポイント>
○旬の事業機会である「日向」は競争激しい
○他社が参入忌避する「日陰」に商売の妙味
○日陰にはユニークな価値創造する可能性

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

教授は競争戦略における最初にぶつかる最大のジレンマについて提起します。

「戦略の本質は競合他社との違いをつくること」 それと同時に、
「その『違い』は長期利益をもたらす『良いこと』」でなくてはならない。

なぜならば、
①そんなに良いことだったらとっくに誰かが手をつけているはずで、そんなに大した違いを生み出さない
②他社に先行しても、良いことはいずれ模倣されるので、違いをそのまま持続できない

 

■ ブルーオーシャン戦略はどうやってブルーオーシャンを見つけてブルーのままであり続けられるのか?

ここで例に、W・チャン・キム 氏の「ブルーオーシャン戦略」を取り上げます。

「既知の競争市場では多数のライバルがひしめき合い、血に染まったレッドオーシャン(RO)になる。未知の市場であるブルーオーシャン(BO)を創出し、既存の競争を無意味化せよと説く。その通りである。」

しかし、教授によれば、この秀逸なアイデアも前述の戦略のジレンマと無縁ではありません。

(理由1)僥倖にも偶然発見できた!?
「なぜそのBOに他社は気づかなかったのか。BO戦略の提唱者である欧州経営大学院のチャン・キム教授とレネ・モボルニュ教授は、事業に決定的な意味合いがあり、不可逆的で、明確な軌跡を描くような将来のトレンドを見通すことが重要だと言う。これほど重要で明白なトレンドであれば、多くの人が気づいても不思議ではない。」

(理由2)高い模倣障壁・参入障壁の存在!?
「なぜBOはBOであり続けられるのか。ある企業のBO戦略の成功は多くの後続企業をひきつける。優れたBOほどすぐにRO化するリスクがある。この問いに対して、BO戦略は伝統的な「模倣障壁」の議論に回帰する。規模の経済、ブランド、特許、法規制、ネットワーク外部性……、お決まりの模倣障壁のリストだが、競合他社も必死である。いずれは模倣障壁を乗り越えてくる。」

 

■ ブルーオーシャンをブルーのままで持続できる「障壁」は「日陰」戦略にあり!

教授によると、従来のあいまいな「障壁」概念に代わる持続的な差別化の論理は、「日向(ひなた)対日陰」という戦略の対比から生まれるという説を提唱されています。いつの時代も、技術革新や法規制の変化などが旬の事業機会をもたらします。最近では金融とITを融合したフィンテックやIoT(モノのインターネット)ということになりますか。

教授の主張は、
「日向と日陰は裏腹の関係にある。日が差すとそこには日向と同時に日陰が生まれる。その時点で脚光を浴びている日向をストレートに攻めるよりも、日差しがつくる日陰の方が商売の妙味がある」

経営学を勉強した人なら一度は耳にした都市伝説めいた逸話がここでも引かれています。

米国の19世紀のゴールドラッシュ時代に一番儲けた人は誰か? それは金堀人ではなく、金鉱堀りにジーンズを売った人(と、この記事には書いてありますが、これには諸説ありまして、筆者は「バケツとスコップ売り」と「売春宿」とするバージョンが好みではあります(^^)/)。

ちゃちゃはこの辺にして、教授の後続説明を続けると、
「「金鉱掘るよりジーンズ売れ」は日陰戦略の古典的な例だ。一獲千金を夢見た人々がカリフォルニアに殺到したが、やがて金は尽きてしまう。安定的に利益を獲得したのは、押し寄せる金鉱掘りに生活必需品(ジーンズなど)を売った商人だった。この例では、「日差し」となる機会がゴールドラッシュ、「日向」が金鉱採掘、その背後にある「日陰」がジーンズ販売ということになる」

 

■ 競争戦略における「日陰」戦略の長所と美点とは?

(1)競合に対する「障壁」や「防御」を必要としない
「敵が「やりたいけれどできない」のではない。そもそも「やる気がない」のである。ライバルによる直接競争の「忌避」、ここに競争優位の鍵がある」

一般的に、成熟化でめぼしい事業機会が少なくなるほど日向の誘引力は強くなります。多くのプレーヤーが日向(レッドオーシャン)に殺到し競争は激化します。一方の日陰(ブルーオーシャン)には資源投入に積極的なプレーヤーが少なく競争は緩いままです。

結果として、
① 差別化への資源投入に対する投資単位当たりのリターンは大きくなる
② 日陰は時間を稼ぎやすく、ライバルが参入を忌避する中で、じっくりと先行者優位を固められる

というメリットをも生み出します。

(2)日陰にはユニークな価値を創造する可能性がある
「あらゆる顧客価値の本質は問題解決にある。日向戦略は新しい技術や市場の機会をとらえて顧客の問題を解決しようとする。しかし問題解決は常に新しい問題を生み出す。絶えず新しいニーズが出てくる理由はここにある。日陰戦略は「問題解決が生み出す問題の解決」に軸足を置く。日差しが強いほど日向と日陰の対比も鮮明になり、日陰の商売に固有の価値も増大する」

ここの記述は読解が難しいですね。日向にある事業は次々の課題にぶち当たり、それが新規ニーズにつながる。それゆえ、ニーズ充足型の商品・サービスを提供する競争になります。一方で日陰にある事業は、スピード感が異なるので、ユーザ(消費者)から問題適されたものは中長期課題となります。その課題解決(いわゆるソリューション)をじっくり考える余裕があって、その問題解決性(ソリューションが使えるものになっていること)が商売のネタになる、ということです。

 

■ 一橋大学院の「ポーター賞」で「日陰」戦略の実例を観察してみる!

一橋大学院では、優れた戦略を表彰する「ポーター賞」を2001年から運営しており、記事では受賞企業の中から日陰戦略の事例をいくつか紹介されています。

(下記は記事添付の日陰戦略の実例を転載)

20160525_ポーター賞受賞企業にみる日陰戦略_日本経済新聞朝刊

(1)東京糸井重里事務所の「ほぼ日刊イトイ新聞」
「ネットメディアでありながら、即時的なニュースを追わず、広告も掲載しない。読者の生活動機をとらえたコンテンツをつくり込むことで読者のコミュニティーを形成し、そこで得た洞察をユニークな商品の企画と販売に結びつけて高収益を上げている。」

ネットメディアには特定の目的に対応した手段的な情報や即時的な刺激が強い記事があふれているのが通常でこれが日向。その半面、普通の人々の生活の機微に触れる情報は希薄になり、「ほぼ日」は、インターネットという問題解決がもたらした新たな問題を解決することに自身の存在価値を見出しました。というより自然体に身に着いたと言った方がふさわしいでしょう。

ほぼ日刊イトイ新聞

 

(2)IBJの「婚活における世話焼きおばさんの組織化」
「近年注目を集める事業機会に「婚活」がある。スマートフォンの普及と相まって、ITを駆使したマッチングという日向市場が生まれる。しかしマッチングに終始すると、サービスが本来の婚活からかえって離れる。IBJはアナログな結婚相談所という日陰に注目した。古くからローカルに活動していた「世話焼きおばさん」を組織化し、ネットやリアルのマッチングを本格的な結婚紹介へと結びつける流れを設計し、成婚率を高めることに成功している」

婚活はIBJ|結婚相談から婚活サイトまで。えらべる婚活サービス

 

(3)中川政七商店の「工芸品」
「「クールジャパン」の日差しを受けて、アニメや音楽などのコンテンツ、爆買いや民泊などの観光需要といった日向を取り込もうとする企業が多い中で、中川政七商店は工芸品という日陰に特化して高収益を誇る。表面的には小売業だが、衰退しつつある工芸品製造業者に経営指導をすることでサプライチェーン(供給網)全体を再創造するところに戦略の面白さがある」

中川政七商店公式通販サイト

 

(4)ユニクロの「機能性衣料」
「日陰というとニッチを連想させるかもしれないが、似て非なるものだ。ファーストリテイリングの「ユニクロ」は日陰戦略で巨大な事業を創造した好例だ。ファッションの民主化という世界的なトレンドを受けて、多くのライバルがファストファッションという日向に傾斜する中で、ユニクロは実用的な服という日陰に軸足を据えた。ユニクロの競争優位は、大量生産をテコに品質や機能を継続的に進化させていくところにある」

ユニクロ

 

■ (まとめ)楠木教授の「日陰」戦略への洞察ポイントとは!

◆ 日陰戦略は俗に言う「逆張り」ではない
「単純に事業機会の逆を行くだけなら、真っ暗闇となり商売にならない。日陰戦略はあえて熟していない言葉を使えば「裏張り」だ。成熟した競争市場にあって、目先のキラキラした事業機会を追いかけるだけの手なりの経営では長期利益はおぼつかない。商機と勝機はそのすぐ裏側に広がる日陰にある」

◆ (筆者の視点)結局は「ポジショニング学派」と「ケイパビリティ学派」の二項対立
ポーターに代表される「ポジショニング学派」は、自分が勝てる市場を見つけて、勝つべくして勝つ戦略。J・バーニー、プラハラードとハメル等に代表される「ケイパビリティ学派」は、「自組織が有する競争優位のネタを十二分に活用できる市場で勝つ戦略」。ブルーオーシャンとか、日陰という勝てそうな市場を見つける必要性と、VRIOのような模倣困難性を身に着けておくこと、両方の視点が必要であるという文脈になっています。

さて、ついでなので、VRIOについて構成要素だけ簡単にご紹介。

「VRIO」とは? -自社の経営資源の競争優位性分析に必要な4つの視点
① 資源の価値(Value)
② 資源の希少性(Rarity)
③ 資源の模倣困難性(Inimitability)
  → 歴史的要因
  → 因果関係の不明性
  → 社会的複雑性
  → 特許
④ 資源を活用する組織(Organization)

今回の小稿は、どちらかというと、ケイパビリティ学派よりだったでしょうか。

⇒「経営戦略概史(1)経営戦略100年の振り返り方 三谷宏治著「経営戦略全史」より
⇒「経営戦略論の見取り図

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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