■ なぜ企業は子会社を設立し、連結経営やグループ経営をしたがるのだろうか?
連結経営管理、グループ経営を自らのコンサルティングサービスの柱の一つとさせて頂いている筆者としては、今回のテーマは大好物としてこれを看過することはできませんでした(笑)。できるだけ、これまでの同テーマによるコンサルティングでの気づきを合わせて織り交ぜていきたいと思います。
2017/12/13付 |日本経済新聞|朝刊 (エコノミクストレンド)子会社管理 成功の秘訣は? 問われる本社の組織能力 若林直樹・京都大学教授
「経済産業省の調査が示すように、日本企業は製造業を中心に主に海外で子会社への投資と拡大を進めて、事業を展開している(図参照)。飲食店運営のトリドールホールディングス(HD)のように、サービス産業でも国内や海外で企業買収や提携を通じて、迅速に事業展開を進めることが増えてきた。」
(下記は同記事添付の「日本の製造業企業の海外子会社の保有比率と平均保有数」を引用)
<ポイント>
○闇雲な多角化が企業価値の低下招く恐れ
○グループ内のシナジー実現は容易でなく
○子会社の状況への理解と適切な関与必要
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
若林教授の論説に入る前の大前提として、どうして企業は子会社を持とうとするのか。筆者は不思議でなりません。なぜなら、経営者が企業統治を行う上でも、株式会社へ連結決算を開示する上でも、各社の業績管理とグループ全体の業績管理のために、会計的な連結決算処理を必ず必要とすることで、かえってグループ内の各エンティティの経営数字が見えにくくなるからです。
当然、コンサルタントとして筆者の仕事は、グループ連結経営のための制度・プロセス設計から、業績の見える化のための情報システムの構築(連結システム、BI:Business Intelligence)までを含みます。そこでの障害が、足して引くをする連結決算という計算メカニズムなのです。
逆に言えば、こうした運用コストがかかり、計数管理の難易度を上げざるを得ない連結決算メカニズムを必要とする子会社設立は、そうした管理の壁を乗り越えてでもやらねばならない経営上の必須命題なのだともいえます。
■ コングロマリット・ディスカウントを生じさせる原因となる子会社設立の理由とは?
ファイナンス理論的には、企業が多角化度を高めて、管理すべき子会社数を増やせば増やすほど、経営の非効率化と統治問題を生じさせるので、企業グループ全体の経済価値(企業価値)の低下を招く恐れがあります。これを「コングロマリット・ディスカウント」と呼びます。親会社と子会社A社とB社の3社が損賠する場合、各社それぞれが独立的に経営された前提での単体の企業価値の単純合計が、3社合計の連結されたグループ企業価値より大きい時、コングロマリット・ディスカウントが生じると定義します。
一般的に、本記事で言及されているケースとしては、国境を越えて、複数市場で同一製商品を扱う場合、国別の規制や法律に準拠した形で法人格を有した方が何かと都合がよいと判断されたら、国別に子会社を設立します。あるいは、異なる製商品を取り扱う場合、そうした商材の違いがサプライチェーンや相対する市場・顧客の違いを生じさせるため、経営意思決定プロセスを独立させた方が効率的であると判断された場合も、それぞれの事業別に子会社が設立されます。
それ以外に、川崎汽船がコンテナ船事業を統合する、三菱重工業が将来の業界再編に備えて分社化する、といった、M&A的事業再編の前準備としても、子会社を設立することがあります。この場合は、コングロマリット・ディスカウントの発生を避けるべきというより、逆説的にディスカウントの幅を明確にして、分社化を経てM&Aをする際の事業価値を明確にする目的に準拠するものです。
■ どうしてコングロマリット・ディスカウントが生じてしまうのか?
本記事によりますと、事業多角化が発生原因で、その程度は、
「慶応義塾大学の牛島辰男教授の2000年代に関するパネル分析では、日本企業は多角化した方が専業企業より5~9%程度の企業価値の低下を示していた」
それでは、理由を本記事から抜粋・整理します。
● 米テキサス大学ダラス校のマイク・パン教授の研究
「企業が国際的な多角化を進めると、国や地域により異なる経営環境、市場や制度の下にある子会社を数多く持つので、経営情報における非対称性の増加と事業経営の複雑化が進み、経営の非効率化から業績が悪化しやすい面を持つ。」
この理由付けにおいては、コングロマリット・ディスカウントの発生原因としての多角化のための子会社設立による情報の非対称性や経営の複雑性の発生は不可避的な問題と解釈せざるを得ない、多角化経営のコストとして感受せざるを得ないという結論が導かれます。
● 米ハルト国際ビジネススクールのマイケル・グールド、アンドリュー・キャンベル両氏
「親会社が子会社経営において巧拙があり、その価値創造にも大きな違いをもたらしていると1990年代に指摘した。彼らはこれを「親会社による子会社の価値創造での優位性(ペアレンティング・アドバンテージ)」と注目した」
● スイスのザンクト・ガレン大学のビヨルン・アンボス教授らの国際調査
「地域子会社の経営者たちが親会社の指導を高く評価していない傾向を示し、グループ経営論の課題」
後2者は、国際的または異業種間の多角化における複数事業間のシナジー創設の巧拙がコングロマリット・ディスカウントの主要な原因という帰結を導きます。そしてそれを主導する親会社(本社)の事業経営の能力不足が原因と断罪しています。
「そもそも企業グループにおいて、親会社が交流を促進すると全体でシナジー(相乗効果)が発揮されるだろうというのは幻想であるとする。むしろ、グループ内での交流や協力を進める取り組みにはコストがかかるが、成果を上げず、投資を下回る価値しか生み出せない場合も多い。つまり企業により、子会社とのシナジーを作り出せる能力の巧拙は異なっており、親会社としての能力での競争優位に差が出る。」
(参考)
⇒「事業ポートフォリオ管理(1) - 経営者が管理したがる理由」
⇒「事業ポートフォリオ管理(2) - 分散投資に勝つ方法」
⇒「事業ポートフォリオ管理(3) - ポートフォリオ組み換え方法」
⇒「ソニー、最高益へ「決意」 現金収支重視、IRで発信 実態捉えムダな投資削減 – 事業ポートフォリオ管理に必要なこと」
■ どうすれば、ペアレンティング・アドバンテージを生み出すことができるのか?
ではどうすれば、親会社の事業運営の腕を磨くことができるのでしょうか?
本記事によれば、親会社は以下の4つの方法で子会社の意思決定や戦略策定に自身の影響を及ぼそうとするのだそうです。
(1)親会社による事業活動への直接の指導
(2)グループ内の他の子会社や事業部門からの影響
(3)親会社の本社のスタッフやサービスによる支援
(4)グループの多角化による影響
英グラスゴーカレドニアン大学のクリストファー・ムーア教授らの研究によると、高級ブランドのグッチ・グループがイブ・サンローランなどの国際ブランドを多数M&Aした際に、同社が「本社ブランドマネジャーが、複数ブランドが共存するグループ全体に、商品やサービスを利用することで得られる「顧客経験」を高める高級ブランド管理の共通枠組みを浸透させた」こと、上記の(1)がうまく機能したことを成功の秘訣としました。
しかしながら、スウェーデン・ウプサラ大学のフランチェスコ・チアンブスキ教授らの研究によると、
「親会社の子会社におけるイノベーション(技術革新)管理に関して、欧州の多国籍企業の85研究開発プロジェクトを研究した結果、親会社の関与が多くの場合にむしろ子会社にマイナスの影響を与えていることを示した。」
とあり、親会社の口出しがうまくいかなくなる以下の阻害要因が発生すると、結果としてシナジーが創出されないという分析がなされています。
(1) 親会社が自分の手法や方針を過信して、子会社の状況を無視して一方的に押しつける弊害
(2) 親会社の示すやり方が、子会社の地域の現状とそぐわないために正統性が低くなり地域的に受け入れられない
(3) 親会社の本社機能が持つ情報管理能力には限界があるために、地域子会社の活動を管理しきれない
(4) 親会社の研究開発担当の経営幹部が強権性を強め、楽観的、強圧的に地域子会社の研究開発を指導すると、子会社スタッフの反発感を心理的に招き、失敗リスクが高まる
そしてこれらの阻害要因を解決するために「全体最適」に向けた各社の意識付けが必要と結論づけています。
「親会社の重要な役割とは、地域子会社が場当たり的で個別最適化をする企業行動をとることを抑制し、グループ全体のイノベーションに貢献するように指導することであると論じる。つまり親会社の役割は、子会社の個別のイノベーション案件を指導するのが重要ではなく、それらにグループ全体のミッション(使命)、関心、目標を理解させ、コミットメント(関与)を高め、全体最適化を進めること」
■ それじゃあ、うまく全体最適を導く術を教えてください!
本記事によると、全体最適を導き出す処方箋もいくつか示されています。
● アンボス教授らの研究
(1)親会社はグループ全体の資源や情報の蓄積を進めて、規模の経済を発展させる
(2)個別の地域子会社に対して、グループ全体に貢献する組織能力を開発するように指導する
(3)グループ内で、成功した子会社から全体に知識や資源を共有、移転する取り組みを進める
残念ながら、この種の取り組みは、成功事例としても失敗事例としても、掃いて捨てるぐらいよく見聞きします。したがって、これらの指摘は本質的に常に正解だとは思えないし、実践的な施策としてはまだ抽象的です。
● デンマークのコペンハーゲンビジネススクールのフィリップ・ネル准教授らの研究
「欧州製造業子会社の調査を通じ、親会社が地域子会社と多面的ネットワークを築いている場合に、子会社の企業価値を上げやすい傾向を示した」
大変興味深い内容なので、その説明文をそのまま引用します。
「多面的ネットワークとは、親会社が子会社の経営幹部との信頼関係だけではなく、その主要なサプライヤー(協力企業)、顧客、国家政府、地方政府、地域経済団体との関係にも積極的に関与することを意味している。こうした多面的関係を通じて、親会社は地域子会社の持つ経営環境や直面する課題、制約条件をよく理解できると、適切な知識や技術の移転と投資を進めやすくなる。」
子会社の幹部とだけではなく、子会社の幹部を取り巻くステークホルダーとのコミュニケーションも大事にしましょう。相手の相手(よく言われるお客のお客と同様の論法)のことをよく知れば、相手との相互理解がより深まります、という単純ですが強力な親会社の子会社指導におけるディシプリンとしてはよくできていると思います。
■ 結局、最初に戻って、そこまで苦労してなぜ子会社管理をせねばならないのだろうか?
自社には魅力あふれる製品がある。日本市場は飽和していて、海外市場に売り先を求めなければならない。だから海外市場進出のために、海外販社を設立するのだ。ここまでは良しとしましょう。その次に、海外販社がなかなか日本の製造と製品開発を担当する親会社の言うことを聞いてくれないし、海外市場の情報を逐一報告してくれない、という不満を感じ始めるのだろうというのは想像に難くありません。
ここで、自分では実践的・実務的だと自認しているコンサルタントとしての個人的な意見。
(1)どうして、海外現法なの? 海外代理店ではいけないの?
(2)お互いに分かりやすい、コミッションフィー制度や、ボリュームディスカウント制度での取引ルールだけではいけないの?
つまり、税制や各国の規制・許認可という条件のため、どうしてもという場合以外で、なぜ進んで子会社を設立しようというのか、もう一度、設立趣旨に立ち戻って考え直した方がよいと思うのです。
また、複雑な子会社管理の必要が生じるのは、自ら取引ルールや監視や統治ルールを複雑にしているからではないでしょうか? 簡単なインセンティブ制度設計を事前に行っておけば、不正もコミュニケーションレスも生じにくくなると考えるのです。
Simple is Best.
筆者自身の経営コンサルタントとしての存在意義にかかわる問題ですが、事を難しくして、高いフィーを払ってまで、コンサルタントのお世話になって、どれくらいの効果があるのでしょうか? 一般的なコンサルタントは、「全体最適」実現のために、あれもできていない、これもやらねばならぬ、とどんどん仕事を増やしてきますよ!(^^)
「全体最適」を声高に叫ぶコンサルタントと、「Simple is Best.」を物静かに提案してくるコンサルタント。どちらを選ばれるか、それはあなたの選択なのです!
(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。
コメント