企業と従業員の報酬支払の新しい関係① 有償ストックオプションの会計処理変更草案が与えるインパクトとは?

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■ まずは賃金制度に対する法規制の基本の復習から

経営管理会計トピック

現在、企業が従業員へ支払う報酬の形は、企業戦略や労働市場環境の変化により、ますます多様化していっています。働き方改革やAIやロボットの普及により、ベーシックインカムも取り沙汰されています。ここ最近の日本経済新聞で取り上げられて、筆者の目を引いた事例を整理して解説したいと思います。

導入の枕として概念整理から入りたいと思います。

● 雇用契約
民法(623条)における定めで、「雇用は、当事者の一方が相手方に対して労務に服することを約し、相手方がこれに対して報酬を与えることを約束することによって、その効力を生ずる」という取り決めで労働を提供し、報酬を支払うという「合意」が要件となります。

民法(624条)で賃金の支払い方が定められており、
1. 労働者は、その約した労働を終わった後でなければ、報酬を請求することができない。
2. 期間によって定めた報酬は、その期間を経過した後に、請求することができる。

● 労働契約
労働契約法(6条)における定めで、「労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する」とあります。

労働基準法が適用される事業所に労働者として雇われる場合、使用者の指揮命令を受けて働くことを意味しますから、その雇用契約は労働契約と解釈しても差し支えありません。お手伝いさんを雇うとか、同居の親族を専従従業員として採用するとかは、確かに「雇用契約」となるのですが、労働基準法の範囲外なので、「労働契約」とはなりません。

労働基準法は民法の特別法の位置づけなので、より雇用者に対する縛り・罰則が強いのが特徴なので、あえて、雇用契約と労働契約の違いにこだわって説明してみました。

労働基準法(11条)では「賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのもの」と定義されています。しかし、ストックオプションの付与は、「賃金」には当たりません。オプション保有者たる労働者が権利の行使について任意であるため、制度として実施するには就業規則に記載すべきとされています(改正商法に係るストックオプションの取扱いについて(平成9年6月1日基発第412号、道府県労働基準局長宛て、労働省労働基準局長通達))。

労働基準法では、賃金の支払いについて、「賃金支払五原則」を定めています。
・24条1項
「通貨払いの原則」
使用者は労働者に対して原則として通貨で賃金を支払わなければならない。これは現物給与の禁止が本旨
「直接払いの原則」
使用者は労働者に対して原則として直接賃金を支払わなければならない。これは中間搾取の排除が本旨
「全額払いの原則」
遅刻、早退、欠勤等による減給の制裁や割増賃金の計算における端数処理で被雇用者が不利にならないようにすることが本旨
・24項2項
「毎月一回以上の原則」「一定期日払いの原則」
生活費の確保の観点から、締め日と支払日についての厳格な取り決めを行う。
出産、疾病、災害その他厚生労働省令で定める「非常の場合の費用」に充てるために請求する場合においては、支払期日前であっても、支払期日前であっても、既往の労働に対する賃金を支払わなければならない。
固定給の無い「完全出来高払制」を禁止。

さあ、従業員への報酬(賃金)の支払いについて、2つのケースを順に紹介していきます。

 

■ ストックオプションは、どうして従業員に対するインセンティブになるのか?

2017/10/20付 |日本経済新聞|朝刊 従業員が対価払う株式購入権 報酬か投資か 議論熱く 人件費計上なら業績に影響も

「従業員が事前に対価を払う有償ストックオプション(株式購入権)は「報酬」か、それとも「投資」なのか。明確なルールが無かった会計上の扱いを巡って激しい議論が起きている。報酬と見なされて人件費の扱いになれば、企業は費用負担を迫られる。新興企業を中心に業績に影響が出る可能性もある。」

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

(下記は、同記事添付の「有償ストックオプションを導入した上場企業は増えている」を引用)

20171020_有償ストックオプションを導入した上場企業は増えている_日本経済新聞朝刊

まずは同記事からストックオプションの説明。

「事前に決めた価格(権利行使価格)で自社株を買える権利。権利行使価格で購入後に時価で売却し、その差額が利益となる。会社が無償で役員や従業員に与えるタイプは一部を人件費として計上する必要がある。」

簡単な例として、自社株を1株だけ100円で購入する権利を無償でもらった場合、株式市場での時価が140円の時に購入するという権利行使をすれば、140円の株式を100円で手に入れることができます。この株を保有し続けてもいいし、即時売却すれば、時価との差額:40円がキャピタルゲインとして懐に入るという仕組みです。

「有償の場合、受け取る側が一定の対価を支払って購入権を得る。従来は明確な会計処理のルールがなかったため、費用計上しなくても済んだ。」

権利行使時に有償だ、というのは、100円で購入する権利を行使する際に、手数料を会社に10円支払ってくださいということ。その場合、

儲け = 時価:140円-(手数料:10円+購入価格:100円)=30円

となります。
(あくまで上記設例は、実際の会計処理目線ではなく、まずは従業員へのインセンティブ理解目線での解説例となっています)

(無償)ストックオプションは、キャッシュフローが豊富でないベンチャー企業などが、積極的に利用してきた歴史があります。優秀な人材を集めるために、今は資金不足で賃金を多く支払うことができないけど、みんなが頑張ってお仕事してくれて企業価値を上げてくれたら、そして株式公開にまでこぎつけられれば、事後的に高い値段が付いた自社株を市場で売却して鞘(さや)を稼がせることで報酬を後払いしますよ、という態で導入されました。

記事から。
「有償ストックオプションは、企業の従業員らが対価を払って株式を購入する権利を取得し、業績や株価などの目標を達成できれば権利行使できる仕組みだ。目標が未達成になれば対価の分だけ損をするため、従業員の意欲を高める効果があるとされる。企業の成長とともに従業員が資産形成する手段との見方もある。」

無償・有償いずれにせよ、ストックオプションは、報酬としては後払い制でかつ出来高制ということができます。仕事を頑張れば頑張るほど、企業業績がよくなり、株価も上がるので。

 

■ 有償ストックオプションに関する会計処理草案が正式導入されると

今回の産業界からの厳しい反応は、日本の会計基準を策定する企業会計基準委員会(ASBJ)が5月に公開した有償ストックオプションに関する草案が発端でした。有償ストックオプションについては、その権利行使が見込まれた時点で、人件費として計上するという内容だったからです(会計処理の解説は次回)。

ASBJの小賀坂敦副委員長の言い分は、
「ストックオプションは、従業員らに限定して付与される。企業側は従業員に頑張って働いてもらうなど追加的なサービスを期待している」と指摘。報酬として人件費に計上するのが妥当」

これに対して、ストックオプション導入のコンサルなどを手掛けるプルータス・コンサルティングの試算によると、「草案に従うと、多くの企業は権利付与時の株数と株価を掛けた総額の5割前後を費用として計上することになる」

【記事からの設例:くら寿司を運営するくらコーポレーション】
6月20日、約84万株分の有償ストックオプションの発行を決定し、同日の終値は5210円。
仮に5割の費用計上が必要とすると、権利行使が見込まれた際は20億円強の人件費計上となる
これは前期の営業利益(65億円)規模の30%強になる

産業界の反発は大きく、草案に対して過去最高とみられる253件のコメントが寄せられた内、約8割が反対意見。

・ドンキホーテホールディングス高橋光夫最高財務責任者(CFO)
「従業員が自ら権利を購入するか意思決定をする。投資という意味合いが強い」

・ネット企業などが加盟する新経済連盟 小木曽稔政策統括
「従業員に対するインセンティブの選択肢が1つなくなる」

次回は、ストックオプションに関する会計処理を見ていきます。お楽しみに。

⇒「企業と従業員の報酬支払の新しい関係② 無償ストックオプションと有償ストックオプションの会計処理を確認する

(参考)
⇒「自社株報酬制度の基礎(3)ストックオプションと株式報酬制度の違い - プリンパル・エージェント問題にまで思いを馳せて
⇒「株で役員報酬、広がる 中長期の業績で評価 伊藤忠やリクルート、230社
⇒「厳密にはESOPでは無いけれど、株式所有や株価連動で従業員(役員含む)のモチベーション向上の具体策を見てみよう!

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です

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