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役員も従業員も報酬制度次第でモチベーションが変わります! 日本経済新聞より

経営管理会計トピック 会計で経営を読む
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■ 役員報酬制度をめぐる企業の創意工夫とグローバルスタンダードについて

経営管理会計トピック

先日、東芝、アステラス製薬および資生堂における役員報酬制度の制度設計について、コメントさせて頂きました。今回は、日経記事をタテ読みして、役員報酬と従業員報酬の制度設計に対する各社工夫の姿を一覧したいと思います。

過去参考投稿:
⇒「東芝、業績連動報酬を刷新 不適切会計の再発防止
⇒「役員報酬、成長戦略に連動 資生堂は業績を時間差で評価 アステラス製薬、信託方式で動機付け

まずは、日本の大企業における役員報酬制度の大枠について把握しておきます。

2015/8/28|日本経済新聞|朝刊 日本、固定報酬比率高く 開示充実も課題

「日本の役員報酬の問題点としてよく挙げられるのが固定報酬比率の高さだ。欧米とはストックオプションなどの長期インセンティブで差が開く。タワーズワトソンによれば、日本の大企業経営者の報酬は固定報酬と毎期支給の賞与が全体の9割近くを占めるが、米国は長期インセンティブが7割。違いは歴然だ。」

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

(下図は、2015/8/28掲載の同記事に添付のチャートを転載)

長期インセンティブで差が開く日米英の経営トップの報酬_日本経済新聞朝刊_20150831

日本企業は、固定・変動(業績比例)を問わず、毎期支給の賞与の割合が大きく、ストックオプションや株式報酬など、長期的なインセンティブ、つまり、会社の中長期の成長に伴う株価上昇に比例した報酬制度になっていないとの指摘です。あえて、組織規模を大きくするために、株式会社制度を発明して、大企業を次々と創設した後に、大企業であることが却って当たり前になってしまい、「所有と経営」を分離したのにもかかわらず、結局、「所有と経営」は一緒の方が、会社業績向上にも、経営者へのインセンティブにも効果が大きいのだと、株式会社制度の根幹たる精神を一部修正すべき、という論調であります。

賢明な読者の皆様には、この辺について、日本を代表する経済紙といえども、論調を鵜呑みにせず、批判的精神で記事に対峙して頂きたいと思います。決して、記事内容(における主張)が間違っているというわけではなく、大学生に戻って、経済学・経営学のテキストに書いてあった、経済のしくみの基本を忘れずに、記事を読んで下さいね、という筆者からの老婆心であります。

この記事では、グローバルで経営者人財獲得競争をしているので、グローバルに役員報酬制度も改めるべきと強調しています。

 「海外で当たり前の株式報酬を広げないと、日本企業は世界市場で対等に戦えない」と企業統治に詳しい武井一浩弁護士は指摘する。武田薬品工業の外国人経営者が食品世界最大手のネスレに引き抜かれるなど、国境を越えた人材獲得競争が始まっている。「報酬構造を見直し、優秀な経営者が挑戦できる環境をつくらなければならない」(武井弁護士)。」

 

2015/6/25|日本経済新聞|朝刊 (ビジネスTODAY)外国人CFO電撃退任 武田「寝耳に水」 グローバル経営試練 引き抜きリスク浮き彫り

「武田薬品工業は24日、取締役のフランソワ・ロジェ最高財務責任者(CFO)が26日付で退任すると発表した。食品世界最大手ネスレのCFOに転身する。クリストフ・ウェバー社長への報告は2日前。引き抜いた人材を逆に引き抜かれた形だが、欧米では日常茶飯事。「電撃退任」はグローバル経営の陣容作りの難しさを浮き彫りにした。」

もうひとつ、役員報酬制度に関する情報開示も日本は遅れている、との指摘があります。

「情報開示でも日本は後れを取る。米国はトップ層の報酬額の個別開示だけではない。報酬を決める計算式など仕組みの説明や、実際の支給額に関して株主総会で株主の意見を聞く機会を設けるなど、株主との緊張感ある関係づくりで先行する。
 日本は報酬1億円以上の役員について開示義務があるが、報酬決定の仕組みまで明かす企業はまだ少ない。報酬改革が進むにつれ、さらなる情報開示を求める株主の声も強まりそうだ。」

この指摘があるということは、「所有と経営」の分離の精神はそのままに、「所有」者たる株主が、あたかも自分たち資本家と同様の利害関係を雇われ経営者にも与え、その内容は厳しく監視する(お手盛りの高額報酬にならないように!)という感覚がグローバル標準、とのことらしいです。こうしたエージェンシー・コストをかけてまで、雇われ経営者をどうにかして思いのままに、自らが保有する企業の企業価値(保有株式価値)を上げるのに協力してもらおうと、必死の様相です。この辺が、完全に日本企業のマインドとは違いますね。日本企業でも、もはや終身雇用は死んだ、と叫ばれていますが、共同体意識、役員は出世のあがり、といったメンタルな掣肘はまだ生き残っている部分があり、自然とそうした意識が働いて、自発的牽制が組織内で機能し、欧米か! みたいな手間のかかる報酬制度を用意しないと、決して経営者が頑張らない、ということはないようです。どっちのインセンティブ・牽制が、本当の企業業績向上に効果的なんでしょうか? きっと正解は企業ごとにあり、企業風土次第なんでしょう。

■ 役員報酬制度をめぐる日本の税制について

日本企業には日本企業なりの報酬制度の形があってしかるべき、と筆者は考えるわけですが、新聞紙上では、グローバルスタンダード追従への障害に日本の税制を挙げています。

2015/9/28|日本経済新聞|朝刊 日本の固定報酬は59% 3類型は抜本改革を

「限定的、硬直的な税制は役員報酬の弾力性をも失わせている。
コンサルティング会社、タワーズワトソンの調査によると日本企業の最高経営責任者(CEO)が受け取る報酬の59%は固定報酬で変動報酬は41%。対して米国は固定11%、変動89%。英国は固定27%、変動73%と対照的だ。
 違いが全て税制に起因するとはいえないが、専門家の間では「大きな影響を与えているのは間違いない」(財務省で法人税法の企画・立案に携わった朝長英樹税理士)との見方が多い。」

(下表は、2015/9/28:同記事添付の役員報酬への税制の制約一覧表)

20150928_損金算入できる役員報酬は3類型に限定される_日本経済新聞朝刊

役員報酬への税制対応が「限定的」「硬直的」と価値判断的な言葉が用いられて、次のように解説が続きます。

「「定期同額給与が役員にふさわしいわけではない」(商社役員)と言いながら、3類型では一番使いやすいので採用する企業が多く、固定報酬の割合が高まる。変動報酬も増えてはいるが、損金算入できないことを前提に有税で費用にしていることが多い。固定報酬に過度に縛り付ける現行制度のままでは、成長のインセンティブ(動機づけ)は働きにくいだろう。」

こうした批判?を受けて、政府は来年度の税制改正で、利益連動給与の選択肢を多少増やすとみられています。現在は損益計算書(P/L)上の経常利益などの利益指標しか報酬額決定のパラメータに用いることができなかったのですが、損金算入できる報酬の指標に、自己資本利益率(ROE)や連結売上高を加えることを検討する動きがあります。

記事では続けて、
「役員報酬は本来、業績という「結果」に連動して決めるもの。英米並みの企業統治や役員報酬制度を目指すなら、あまりに限定的で硬直的な3類型の大枠を、抜本的に見直すことを検討していいのではないか。」

と言及していますが、ここでおやっ? と思ってしまいます。法人税法で、ROEや売上高を基準とした役員報酬制度を設計することが、禁止されているわけではなく、損金計上できないだけです。つまり、現税制下でも、ROE基準の業績比例報酬制度を運用することはできます。損金不算入(つまり税金コストを払ってでも)でも、それを上回る利益を企業にもたらせてくれる経営者になら、現税制下でも、「ROE」基準の報酬制度で報いればよいだけです。そこは、完全に経済的判断(損得勘定)だけで考えればよいのです。

2015/8/7|日本経済新聞|朝刊 役員報酬、法人税優遇広く ROE連動も対象、効率経営後押し 政府検討

「政府は企業の役員報酬への税制優遇を広げる検討に入った。法人税の負担を軽くできるのは固定給や利益に連動した報酬に限られているが、自己資本利益率(ROE)などに連動した報酬も対象とする方向。役員の働きに報いる報酬の選択肢を広げ、利益や資本効率の向上を後押しする。日本企業が株主を重視した経営にかじを切る中、税制も転換する。
経済界の要望を受け、経済産業省が月末にまとめる2016年度税制改正要望に盛り込む。与党の議論も経て年末に結論を出し、16年度にも法人税法を改正する。3月期決算企業は17年3月期の役員報酬から優遇の範囲が広がる可能性がある。」

(下表は、2015/8/7:同記事添付の役員報酬に関する制度変更案を転載)

20150807_損金算入できる役員報酬の検討案_日本経済新聞朝刊

加えて、次の視点も言及しておきます。

(1)取締役への役員報酬だけが税制の縛りが相対的に厳格になっている
企業が従業員に支払う給与は全額が税務上の費用(損金)となります。役員報酬については、
① 毎月同額の月給
② 期初にあらかじめ決めるボーナス
③ 利益に連動する報酬
のいずれかの条件を満たさなければ損金として認められません。

つまり、対象となるのは業務執行を担う取締役で、社外取締役や監査役、執行役員などは含まれません。おかしいですね、最近流行のコーポレートガバナンス論で、「監視と執行」を分けるために、「執行役員制度」をこぞって導入しましたよね。業績向上の努力をする人たちは、「執行」を担当する「執行役員」で、会社法でいう「取締役」は、彼らを監視・監督する立場であり、株主権の代理執行者であります。「取締役」に、業績比例の報酬制度を意気込んで導入する必然性がどこにある?

結局ですね、世間の動きに流されて、はやりだけで、執行役員制を導入し、その後の不都合を糊塗するために、「執行役」兼「取締役」が数多く誕生した事実を、この税制変更の要求は証明しているんですね。欧米流の経営体制を導入したけど、日本は日本の経営のやり方がある! そこに来て、損金不算入を問題視する。どこまで、ご都合主義なんでしょう?

(2)やりたきゃ、損金不算入でも、企業業績によいことはやればいい
「役員報酬をROEやROAに応じて変動させているコマツは「役員報酬のうち業績連動部分は損金算入していない」という。多くの企業が税負担を覚悟のうえでROEなどに連動する報酬を組み入れているのが実情だ。」

繰り返しですが、損金不算入(税金コストを負担)しても、ROE基準で役員のモチベーションを上げて、結果として、税金コストを上回る業績があがればいいんです。

「現行制度では全役員の報酬を同じ算定式で決めないと損金算入できない点についても経済界の不満が強い。役員がそれぞれ担当する部門の業績は一様ではないが、会社全体の業績をもとにすべての役員の報酬を決めなければ損金として認められない。政府は各役員の職務に合わせて報酬を決めた場合でも損金算入を認めることを検討する。」

あくまで、税制変更は、経営スタイル・報酬制度改革の後押し、に過ぎません。これは、経営者判断で、固定資産の有税償却を行うなどといった会計処理と同類のことです。

そして蛇足ですが、次の記事内容についても、一言あります。

「もっとも役員報酬の損金算入には一定の歯止めが必要になりそうだ。恣意的に役員の報酬を高額に設定し、それがすべて損金算入されれば節税策になりかねない。どこまで緩和するかバランスが求められる。」

これはですね、「所有と経営」が未分離の企業体にこそ発生する問題なんですね。経営実務をやっている人、税制を考える人、株主権と経営権のチェック・アンド・バランスが効いて、株主総会、取締役会(委員会設置会社は報酬委員会)、監査役会などが、きちんと機能していれば、問題ありません。むしろ、「所有と経営」が未分離のオーナー企業や中小企業に起こりがちな問題です。ということは、企業規模で縛りを変えればいいだけです。まあ、当局の優秀な頭脳に期待します。

■ おまけ - 優秀な従業員引き止めにも、株式報酬は活用されている!

ここまで、経営層の報酬話でしたが、株式関連の報酬制度は、優秀な従業員を会社につなぎとめておく、そしてモチベーションを高めて企業業績向上に一役買ってもらうためにも、活用されています。そうした事例が紹介されていましたので、下記に転載します。

2015/10/17|日本経済新聞|朝刊 株で賞与、全従業員に拡大 アップル、店員も対象 人材つなぎ留め

「【シリコンバレー=兼松雄一郎】米アップルは幹部らに限ってきた株式を使った賞与制度の対象を、小売店の店員やサービス担当者も含むすべての従業員に拡大した。取得してから一定の期間がすぎるまでアップルで働き続けなければ売れない制限のある株式で、能力の高い社員の流出を防ぐ狙いがある。

アップルは詳細を明らかにしていないが、全世界で約11万人いる従業員のうち、一定期間を超えて勤務したすべての社員が対象になるとみられる。1千ドル(約12万円)分程度の株式が最低の単位で、職階や成績によって増える見通しだ。

売却制限付き株式は通常、1年たつごとに一定割合を売れる仕組みになっている。期限が来る前に離職すると売る権利を失う。決められた価格で会社の株式を買う権利を与える「ストックオプション(株式購入権)」と違い、一定期間以上にわたって働き続ければお金を払わずにもらえる。

同様の例としては米コーヒーチェーン大手スターバックスが知られる。店舗の店員も含む従業員に売却時期を制限した株式を賞与として割り当てている。年間360時間以上働く幹部クラス以下が対象で、通常は2年で半分ずつ売却可能になる仕組みだ。米電気自動車(EV)メーカー、テスラモーターズも工場の労働者を含め、小口の賞与を売却制限付きの株式で支給している。」

さすがに、欧米企業は一歩も二歩も先を行っています。それが必ずしも日本企業が一律的に立ち遅れているとは思いませんが。

ストックオプションや現株支給は、過去の業績に報いるやり方でした。つまり、会社業績に貢献する→株式報酬制度で報いる、というロジックです。これを、会社業績に貢献する→株式報酬制度で報いる→(報酬額を100%享受するために)会社在籍期間を延ばさせる、というところにまで、活用しようというものです。

企業規模拡大のために、「所有と経営」を分離することを前提の株式会社制度が誕生しました。そして、役員、従業員を含めて、やっぱり「所有と経営」は同じな方が、企業業績は向上する。それが唯一、これらの報酬制度の進化から見えてきた、真実だとは思いませんか?

国家所有の企業や農地のためには、決して工員や農民は一生懸命働くことはない、共産圏の教訓がここに生かされている!?

みなさん、歴史から学べることって多いですね!




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