■ 会計監査を担う監査法人を取り巻く状況を概括する
日本経済新聞朝刊に、4日連続で「揺れる監査法人 誕生半世紀の岐路」という連載が掲載されました。企業不祥事が続くと、決まって監査法人(公認会計士)叩きとも聞こえる批判的な論調が高まります。この記事を中心に、監査法人・会計監査に対する見方を今一度、整理したいと思います。
2017/7/5付 |日本経済新聞|朝刊 揺れる監査法人 誕生半世紀の岐路(1)東芝不正見抜けず逆風 会計ムラに第三者の目
「監査法人にこれまでにない逆風が吹いている。東芝、富士フイルムホールディングスと日本を代表する企業で会計問題が発覚。見逃した一因は会計監査人を担う監査法人の旧態依然とした体制にあると厳しい声があがる。1966年の制度創設から半世紀。身内意識の強さから“会計ムラ”と揶揄(やゆ)されてきた監査業界の現状を探る。」
(下記は同記事添付の「監査法人や会計士は決算が正しいかチェックする」を引用)
● 監査法人とは
・監査業務を組織的に行うために公認会計士が共同して設立した法人
・設立には5人以上の会計士を必要とする
・2008年、損害賠償責任額をその出資の額を上限とする有限責任監査法人の設立が認められた
・現在は約220法人で、次の大手4法人で人数及び収入の約8割を占める
新日本有限責任監査法人(アーンスト・アンド・ヤングと提携)
有限責任あずさ監査法人(KPMGと提携)
有限責任監査法人トーマツ(デロイト トウシュ トーマツのメンバーファーム)
PwCあらた有限責任監査法人(プライスウォーターハウスクーパースと提携)
下記は、金融庁「監査法人のガバナンス・コードの策定について」より。
業務内容は、M&Aの際の財務デューデリジェンスや、株式上場 (IPO)支援業務なども行いますが、法定で監査法人(公認会計士)にのみ許されているのが、金融商品取引法監査、会社法監査と呼ばれる企業が作成した財務書類の適切性をチェックする監査または証明業務です。
■ 監査法人の経営・業務改革が進む
(1)「名簿再登録制限者」制度
「これまで金融庁から行政処分などを受けても監査法人を解散し新たな法人を立ち上げれば再び上場企業の監査が可能だった。」
「会計士個人も同じ。処分を受けても業務の停止期間が過ぎれば職務に戻れた。」
この流れを断ち切るため、2015年に会計士協会がこの制度を導入。制限者としてこのリストに入ると、個人としても責任ある立場で上場企業を監査する資格を失わせるようになりました。
(2)監査法人のガバナンス・コード(統治指針)
「新日本監査法人が東芝の不正を見抜けなかったのを受け、金融庁が3月に導入した。最大の変化は「経営の監督・評価機関に第三者の目を入れるべきだ」とした点だ。」
● 新日本有限責任監査法人
・今年から日本取引所グループ前最高経営責任者(CEO)の斉藤惇氏ら3人の社外有識者が月1回の経営会議に出席
・取締役会に相当する「評議会」にも外部有識者が出席
● 監査法人トーマツ
・取締役会にあたる「ボード」に企業経営に詳しい3人が参加
● あずさ監査法人
・「公益監視委員会」を新設し、外部委員が経営陣に意見する
下記は、金融庁「監査法人のガバナンス・コードの策定について」より。
こうした取り組みが進んで行われる背景には、会計士は独占的に監査業務が認められた国家資格であるため、外部に閉ざされた業界には独自の論理がまかり通ってしまうとことにあります。経験を積んだ会計士自らが出資し経営に関与する「パートナー制」を敷く監査法人も仲間意識が強く、顧客企業を抱えるパートナーが「一国一城のあるじ」のような存在で、「監査法人がなくなっても別法人に移籍すればいいだけ。どこでも食べていける」という意識が働いていると言われています。
■ 東芝問題に揺れる新日本監査法人の動向
2017/7/6付 |日本経済新聞|朝刊 揺れる監査法人 誕生半世紀の岐路(2) 信頼失う市場の番人 新日本、終わらぬ東芝問題
「東芝問題で揺れる新日本監査法人では水面下でリストラが進んでいる。
新日本では6月、30人程度とみられるパートナー(幹部)に退職を促す「退職勧奨」が申し渡された。今秋までにかけて順次、新日本を去る。パートナーは600人弱と5%減る見通しだ。」
(下記は同記事添付の「不適切な会計問題が起きた富士フイルムホールディングスも新日本の元担当企業だった(陳謝する富士フイルムの経営陣)」を引用)
新日本監査法人の内部改革の概要は、次の通り。
① 監査品質の優劣に応じ、パートナーを5階層で評価する制度を導入
② 下位の2階層に入ると、監査先との対話などの改善計画を策定する義務を負う
③ 1年で改善できない場合は退職勧奨を受ける
特に、監査法人でパートナーを辞めさせるには全パートナーの承認が必要となります。肩たたきと言える退職勧奨は身内意識の強い監査法人では異例中の異例の事となります。
(下記は同記事添付の「新日本を巡る会計問題」を引用)
東芝に富士フイルムと、新日本監査法人が監査を担当する大企業で頻発する会計不正により、新日本の顧客が他大手監査法人へと契約を切り替えています。それは、いかに「有限責任監査法人」に移行したと言っても、以下に挙げた多額にのぼる損害賠償請求リスクから存続リスクに疑義が生じかねない状態であるため、ある程度仕方のないことと思われます。
① 東芝の株主からの訴訟
「新日本を被告とした民事裁判の第1回口頭弁論が11日、東京地裁で行われる。公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が信託銀行を通じ約35億円の損害賠償を求める訴えを起こしたからだ」
② 東芝の子会社だった米原子力大手、ウエスチングハウス(WH)の損失問題
③ 東芝の2017年3月期の有価証券報告書の提出延期
WHが15年末に買収した米原発サービス会社に絡む損失の計上時期が16年3月期になれば新日本に責任が及ぶ可能性がでてきます。
■ 高騰する監査費用が原因で担当監査法人を変える動きが
2017/7/7付 |日本経済新聞|朝刊 揺れる監査法人 誕生半世紀の岐路(3)企業との蜜月に陰り 審査厳格化、増えるコスト
「長年の信頼関係に基づいた上場企業と監査法人の「蜜月」関係がぎくしゃくしている。
背景には東芝問題を受け、監査法人は担当企業の監査に慎重にならざるを得ない事情がある。監査の厳格化は監査コストの増加につながり、監査報酬にも跳ね返る。高騰する報酬も両者の関係に影を落とす。」
(下記は同記事添付の「監査法人を変更する企業は増加傾向にある」を引用)
中堅・中小企業がいきなり大手監査法人から一方的な監査報酬の増額を要求され、泣く泣く、大手から中小の監査法人に契約を変更するケースが相次いでいます。中堅・中小企業がぞんざいに扱われるのは「実入りが少ない割にリスクが大きい」と監査法人がみているとされています。
なぜなら、
① 監査の厳格化
② 会計士の不足
③ 企業との慣れない防止目的での定期的ローテション
④ 監査報告書の透明性向上(つまるところ、長文化・詳細化)
が相まって、大手監査法人でも、ある一定程度以上の監査品質を維持するためには、公認会計士の頭数もある程度必要なうえ、人手不足でリソースは限られている現状があるからです。
さらに、気になるのは、監査法人の変更が増える中で、市場が困惑するのは上場企業側の情報開示の姿勢です。
「複雑な事情があるにも関わらず、変更理由は「任期満了」の4文字が並ぶケースが大半。市場は「何か問題があったのか」と疑心暗鬼になりかねない。」
(下記は同記事添付の「17年に監査法人の変更を決めた主な企業」を引用)
監査法人が変更になっただけで、何か財務状態に問題があったのでは、と痛くもない腹を探られ、株価が下落するケースも出てきています。
「例えば、ピーシーデポコーポレーションが新日本から中小の監査法人に代えると発表した翌5月16日、株価は一時、8%安となった。」
補足説明。上記④について。
2017/6/26付 |日本経済新聞|朝刊 監査報告 経営リスク明記 金融庁、20年3月期から新基準
「金融庁は企業の決算をチェックする監査法人に対し、評価の理由を細かく公表するよう求める方針だ。監査報告書の内容に、監査法人から見た企業の経営リスクとその評価を示してもらう。監査基準を改定し、2020年3月期の導入を目指す。企業の会計不祥事が相次ぐなか、財務諸表の正しさを点検する監査の流れを丁寧に公表し、監査の役割を高める。」
2017/6/27付 |日本経済新聞|朝刊 監査報告の透明性向上 金融庁、今秋に専門部会
「金融庁は26日、企業の決算をチェックする監査法人に対して評価の理由を細かく公表するように制度を改める方針を公表した。今秋に企業会計審議会(金融庁長官の諮問機関)で専門部会を開き、詳細を議論する。企業の会計不祥事が相次ぐなか、「監査の信頼に疑念を抱かれている」(金融庁)との声が高まっていることを受けて監査報告書の透明性を高める。」
これまで、監査報告書は、シンプルに下記の4つの意見表明をすれば済んでいました。
2017/5/16付 |日本経済新聞|朝刊 監査意見 決算の適切性を表明
(下記は同記事添付の「監査意見には4種類ある」を引用)
それが、繰延税金資産は●●、のれんは●●と、個別の論点に関するコメント・意見を記載する方向になります。
■ そして定番の公認会計士の公務員化の意見。株式会社の基本に立ち返ると?
2017/7/8付 |日本経済新聞|朝刊 揺れる監査法人 誕生半世紀の岐路(4)社外委員に聞く
(同記事より阪田氏の写真を引用)
「交代制の議論には企業と監査法人の関係に問題がある。原点は監査法人が企業から直接報酬を得る仕組みだ。証券取引所などが監査法人に報酬を支払う制度も一考だ。いわば会計士の公務員化だ。銀行を監督する公務員も銀行から給料をもらうわけではない」
ここで、自由主義経済の原則を思い出してください。
「経済領域における個人主義のイデオロギー的信条であり、経済における意思決定は最大限個人にゆだねるべきであり、組織集団によってなされるべきではないとするもの」
筆者は、ミルトン・フリードマン、フリードリヒ・ハイエクの言説を良しとし、できるだけ市場に対する政府の介入は無い方がいいという信条を持っています。銀行は、小口の預金者(債権者)から預金を集めているため、情報の非対称性の存在や強い公共性が認められ、例えば、日本では銀行をはじめとする金融機関に対して、金融庁による検査が制度化されています。債権者保護の観点から最低限必要とされる措置であり、自由主義経済、資本主義経済の中でそれが原則的な形では決してありません。
半沢直樹で描かれた金融庁検査の様子(あれは小説・ドラマのフィクションですが、関係者によると、実態に近い所もあるそうで)を思い描いてください。また、規制緩和と声高に叫ばれている現在、一般事業会社にも公的会計監査制度を課すことは、規制強化と政府の失敗を招きかねない由々しき意見と思います。
そして、株式会社は、法的には株主のものです。株主(投資家)の視点に立てば、自ら経済的リスクを負って、その企業の資本主となるわけです。所有と経営が分離しているので、日常の経営は経営者(取締役など)に委託します。経営者が適切に会計処理を行っているかの裏付けを取るために、株主自らの自由意思に基づき、お金(監査報酬)を出して、経営者が提出する会計帳簿のチェックをしてもらうのです。それゆえ、会計監査人の選任も、監査報酬の決定も、株主総会の決議事項となっているのです。会社自治の原則というものもあります。
また、「二重責任の原則」というのがあります。会計監査人は、経営者が提出した会計帳簿が適正に作成されているかを裏書きする責任はありますが、経営自体が適切に行われているか(経営不正がないか)について責任を取るものではないのです。それは、役員(取締役または取締役会、監査役または監査役会)が、代表取締役とか、CEO、社長と呼ばれる人たちの行動を監視し、不正を働かないように牽制する役目を負っているのです。だからこそ、独立取締役や独立監査役の選任や、委員会設置会社への制度移行が注目を浴びているのではないでしょうか?
会社法や資本主義、株式会社制度の基本を勉強していれば、公認会計士や監査法人の立ち位置について、まるで警察官(捜査)や判事(立件)のように誤解することもないと思われます。裏返すと、まだまだ、日本の一般社会に監査業務に対する理解が浸透していないことの現れのように思えますが如何でしょうか?
(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。
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