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(経済教室)海外M&Aの統治を問う(上)分権と集権の最適化カギ 買収判断 独立役員の目を 宮島英昭・早稲田大学教授

経営管理会計トピック 会計で経営を読む
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■ 海外M&Aで失敗しない秘訣とは? それが簡単ならば、大型減損損失の計上はこれほど頻発しないわけですが。。。

経営管理会計トピック

少子高齢化の伴う国内市場の飽和による海外市場への進出や事業多角化のプレッシャーという株主からの圧力と、マイナス金利と持続的好景気(庶民の暮らしにまで好景気の余波は及んでいないといわれていますが)に伴うカネ余り現象から、日本企業がますます海外M&Aという手段で成長機会をうかがうことが多くなってきました。

2017/6/6付 |日本経済新聞|朝刊 (経済教室)海外M&Aの統治を問う(上)分権と集権の最適化カギ 買収判断 独立役員の目を 宮島英昭・早稲田大学教授

「海外M&A(合併・買収)が企業経営に大きな影響を与えるケースが目立っている。東芝は米ウエスチングハウス(WH)の業績悪化のため多額の損失を計上した。日本郵政は物流子会社の豪トール・ホールディングスに巨額ののれん代が発生し、減損処理する事態に陥った。もっとも海外M&Aが大きな損失を計上し、減損や撤退を迫られる事態は今に始まったことではない。損失が目立つのはなぜなのか、解決策として何が考えられるのか。企業統治の観点から検討しよう。」

(下記は、同記事添付の宮島英昭教授の写真を引用)

20170606_宮島英昭・早稲田大学教授_日本経済新聞朝刊
みやじま・ひであき 55年生まれ。早大博士。専門は日本経済論、企業金融・統治

<ポイント>
○買収プレミアムに過大な支払いの懸念も
○金融機関や機関投資家に抑制役は難しく
○買収後の統治は人材と評価目標などカギ

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

宮島教授によりますと、海外M&Aのブームは、

第1次ブーム(1980年代後半)
バブル経済による国内資金余剰を背景に、円高で割安になった不動産や流通を中心に買収が進んだ

第2次ブーム(2000年代初頭)
ITを中心とする技術革新や国内需要の成熟化と共に、持ち株会社など機動的なM&Aを可能にする組織変化が後押しした

第3次ブーム(2011年以降)
円高と国内の資金調達の条件の好転(マイナス金利政策導入)が、国内市場が縮小する中で、海外M&Aが企業成長の唯一の解と捉えられ始めた

こうした海外M&Aにおいて、買収側が利益を得るケースは半分程度と言われています。

2017/6/2付 |日本経済新聞|朝刊 経験不足 事後統治が鍵 海外M&A、相次ぐ巨額損失 米WH再建主導アリックス CEOに聞く

冒頭の記事に前後して、破綻した米ウエスチングハウス(WH)の再建を主導する米コンサルティング会社アリックス・パートナーズのサイモン・フリークリー最高経営責任者(CEO、写真)に海外M&Aの成功確率と成功の秘訣を聞いたインタビュー記事が掲載されていました。

「そもそも成功確率はどの程度でしょうか?
50%以上失敗するとの統計がある。特に現在のM&A市場には投資ファンドなどのお金が入り価格が高騰している。企業はファンドと競合し、結果的に高値づかみになる恐れが強い。それを上回る相乗効果が見込めるかが成否を分ける」

(下記は同記事添付の「サイモン・フリークリー最高経営責任者」の写真を引用)

20170602_サイモン・フリークリー最高経営責任者_日本経済新聞朝刊

「M&Aの成否を握るカギは何でしょうか?
目的の明確化、投資先の緻密な資産・負債の査定、買収後の統合作業(PMI)の3つだ。特に重要なのは買収先のガバナンス(統治)で存在感を出すことだ。買収先に何を期待するか明確にすることも成功に欠かせない」

有識者が口をそろえて、M&Aの成功確率は50%程度と厳しく見ています。その理由はどの辺にあるのでしょうか?

■ 海外M&Aの失敗確率は高すぎる「支配権プレミアム」が原因だった!

冒頭の記事によりますと、デロイトトーマツグループによる海外M&Aの分析(08、10、13年実施)では、成功が30%、非成功は21%と試算されているそうです。どうして海外M&Aの成功のためのリスクが高くなるのかについて、宮島教授の分析によれば、

(1)情報不足による買収後の価値創造のシナリオの精度が低いから
(2)過度の買収プレミアムを支払うから

下表は同記事添付の「大型海外M&Aの事例と買収プレミアム」を引用

20170606_大型海外M&Aの事例と買収プレミアム_日本経済新聞朝刊

本表における買収前の株価に対するプレミアムが最大の案件は、大日本住友製薬によるカナダ企業買収の123%で、平均でも5割近くにものぼります。すなわち、平常時の株価の5割増しで傘下に入れるために余計に既存株主にお金を支払っていることになります。平常時の株価が低位で放置されている特殊事情が無い場合、その当時の時価が買収対象企業(事業)の適正価格であるはずです。そもそも、海外M&Aは勝率が5分5分どころか、4分の1位の所からスタートするのが平均的な姿という訳です。

支配権プレミアムとは、買収対象企業(事業)を一般株主から買い取る際に支払う上乗せ料金であり、その対価として、

① 時間を買う効果(同規模・同程度の事業を新規参入から事業異性までにかかる時間を買う)
② 自社に不足している経営資源(人材、ノウハウ、技術)の獲得
③ 買収後に既存事業とのシナジー(相乗効果)が生み出す企業価値相当分

という理由付けがなされています。これが買収当時そのままの額面通りに行けば、思惑通りにシナジーを生み出せば、巨額の減損損失の計上などという事態は起こりようがありません。ただでさえ、現在流行している海外M&Aが高値掴みになりやすい理由があります。

① 同業他社と競合することが多く、買収価額がせり上がってしまうことが多々ある
② 国内で成長機会の限界に直面した企業は十分な内部留保を持っていることが多い
③ 財務体質がよく、多額の借り入れ余力を持つケースが多い

このことから、宮島教授は、高くつきやすい「買収プレミアム」を抑制する機構を社内に保有し、ビルトイン-スタビライザーとして機能させる必要性を説いています。

■ 海外M&Aに伴う過大な支配権プレミアムを抑制するのは健全な企業統治構造から

海外企業のM&Aは、その性質から、トップ判断、トップマネジメントによる強力なリーダシップで推進されることが通常で、最高経営責任者(CEO)が自ら主導してきた海外M&A案件を、事前事後において、「勇気ある撤退」として、自らその経済性から断念するという決断をすることが難しいと考えられます。そこで、CEOを牽制・監督するある種の抑制装置が実装されている必要があります。

(1)買収資金の提供者
資本主義の論理、営利企業である株式会社の根本思想から言って、カネ主の発言権は最も影響力が大きいとも言えます。しかし、近年の大型M&Aは内部留保から賄われることが多く、また、金融機関にとってもマイナス金利下で、M&Aは優良な収益機会と映り、現経済環境下では制約要因にはなりにくいようです。

(2)機関投資家
既存株主、特に物言う機関投資家は、経営者との対話や議決権行使により、過剰な支配権プレミアムを嫌い、時には、経営者の独断に異を唱えることも考えられます。事前には議決権行使で、事後には損害賠償責任の追及(代表訴訟含む)で十分な牽制機能を果たすことが考えられます。しかし、宮島教授によれば、現在の日本の機関投資家はまだ、その域に達していないとみられています。

(3)独立取締役・独立監査役
重要なM&A案件は、取締役会の決議事項であり、不適切なM&Aの承認には事後に本件を承認した全取締役に損害賠償責任が負わせられるので、代表取締役や社内取締役の業務執行に対する牽制・監督は、独立取締役・独立監査役に期待される役回りとなります。近年、導入と事例を積み上げてきた、コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)でも謳われているのが、独立役員によるM&Aの適切な監視です。独立取締役(監査役)は、その経験と見識により、海外M&A投資案件の吟味役はもとより、強力なアドバイザーとしての役回りも期待されています。お友達外部取締役では、その役目は果たせません。

■ 海外M&Aの事後的な成功の秘訣は、PMIにあり!

PMIとは、Post-Merger Integration(ポスト・マージャー・インテグレーション)の略で、M&A成立後の企業統合・再編プロセスを意味します。当初のM&Aの目的を実現するために、M&A当事者である買収・被買収会社の両社の経営戦略・SCMプロセス・管理体制・従業員の意識・情報システム等を有機的に機能させる必要があります。一般的には、経営統合後、3ヶ月でM&Aの果実を早期に刈り取るために、100日プランとして策定されます。

特に、海外企業のM&Aともなれば、被買収企業の経営管理手法や労働慣行や市場動向が本国と大きく乖離しているケースが多く、また、日本的経営指導をするにも、言葉の壁、地理的な距離の壁など、様々な障壁が存在します。それゆえ、あまりに過度に日本本社のやり方を押しつけて求心力を得ようとすれば、現地側の拒否反応が出ますし、あまりに自由にやらせると、M&A当初の目的に当たっていれば、特にシナジーの発揮の阻害要因となってしまいます。

つまり、集権化と分権化のトレードオフが必ず避けて通ることのできない海外M&Aの関門であると買収前から覚悟を決めておかなければならないのです。

宮島教授による、シナジー実現のためのポイントは次の通り。

(1)合理的な集権化のための人材確保と育成
「特に内需型企業が成長の活路を海外M&Aに求め、海外事業を国内事業と一体的に運営する場合、海外子会社の管理にあたる人材が育っていないなどのあい路に直面する。今後、外国人を含む管理部門の人材の多様化と、国内のグループ会社で経験を積んだ優秀な人材の派遣を組み合わせたコントロールの適切な設計が求められる。」

企業は人なり。それは海外企業(事業)買収においても、キーパーソンの選出は慎重に計らなければなりません。

(2)明確なKPI設定とミッションマネジメントの確立
「子会社のガバナンスの中核は経営陣の選任・解任や報酬の決定であり、適切な運用には目標数値や評価指標の明確化とモニタリング(監視)が重要になる。買収後の組織の再編成で苦しむ多くの海外M&A案件では、評価の指標を最終利益に限るケースが目立ち、シナジーが実現されていない。今後は本社の商品・技術の導入などシナジーに関する目標を明確にし、それを実現する施策を決める権限を海外に与えるなどの方策が必要となるだろう。」

誰が誰を、どういったKPIに基づいて評価するのか。特に被買収事業に所属する従業員や現地マネジメント層の評価基準や目標管理は、日本的労使慣行が国外では絶対に通用しないとの覚悟で、ひとつひとつ丹念に微に入り細に入りて、細やかにケアすべき事項でしょう。

本稿には後編があります。支配権プレミアムとシナジー創出については、続編で見ていきたいと思います。

(参考)
⇒「(経済教室)海外M&Aの統治を問う(下)補完関係築き価値創造を 規模の追求 効果は限定的 松本茂・同志社大学准教授
⇒「企業成長手段の賢い選択とは アンハイザー・ブッシュ・インベフとカルソニックカンセイの例から(1)M&Aによる事業ポートフォリオ組成の成功の秘訣 (GLOBAL EYE)個性派企業の買収相次ぐ 消費成熟「革新」取り込む
⇒「企業成長手段の賢い選択とは アンハイザー・ブッシュ・インベフとカルソニックカンセイの例からM&Aか内部成長かの二者択一問題について(2)ケイレツの外販促進と100%子会社 (ビジネスTODAY)日産、次世代車シフトで系列解体 カルソニック売却発表 トヨタと別の道
⇒「アスパラントによるさが美買収に見る日本のM&A、TOBの慣例を考える - レブロン基準、ユノカル基準の復習を兼ねて
⇒「日本電産「買収で減損ゼロ」 53件目は独社 適正価格、経営関与、シナジー 電子部品大手5社の「のれん経営度」を比較する
⇒「(そこが知りたい)戦略2016(7) 大型M&Aどう進める 日本電産会長兼社長 永守重信氏に聞く 電機再編で国内に照準
⇒「買収コスト 企業に重荷 競争過熱、08年度から7割拡大 - 日本郵政の減損記事に付属していたEBITDA倍率で企業価値を測ることの3つの罪とは?
⇒「日本郵政が豪物流子会社巡り最大4000億円規模の減損損失の計上へ - のれんの一括償却で膿を出し切り経営が上向くと考えるのは誤解です!

(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。

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