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パナソニック、事業部が自ら「増減資」 来期から 新制度で資本コストの意識一段と

経営管理会計トピック 会計で経営を読む
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■ パナソニックのCCMがさらに進化する! その前に前回のおさらい

経営管理会計トピック

パナソニックの事業部別の資本コスト管理体制につきましては、2015年3月11日の日経新聞朝刊記事でも取り上げられ、筆者も3回にわたり、解説を付しています。そこでは、「CCM(キャピタルコストマネジメント)」の運用の高度化を目指し、43事業部それぞれの事業利益に課せられる資本コストを別々に管理することで、パナソニック全体の資本コストのきめ細かい管理を可能にして、事業ポートフォリオの最適化を目指すことを主眼に置いた制度変更でした。

(参考)
⇒「パナソニック、資本コスト管理体制を事業部別に 来月から 中長期の成長に備え(1)
⇒「パナソニック、資本コスト管理体制を事業部別に 来月から 中長期の成長に備え(2)
⇒「パナソニック、資本コスト管理体制を事業部別に 来月から 中長期の成長に備え(3)

(下図は、2015/3/11の日経新聞朝刊記事に添付があったCCMの解説図を再転載)

パナソニック_CCM

前回の解説では、

CCM  = 事業利益 - 投下資本コスト
     = 事業利益 -(投下資産 × 事業部ごとの期待収益率)

というパナソニックの事業部別資本コスト管理制度を元に、

EVA(スターンスチュワード社の登録商標)やEPの基本的な考え方を(1)で、そのパナソニック版であるCCMの計算メカニズムを、事業利益と投下資産の組み立てに注視しながら(2)で、そもそものポートフォリオ管理のしくみをファイナンス(CAPM理論)から(3)で解説しました。

今回は、上記(2)で解説した投下資産を構成する際の「社内資本金」「社内借入金」について触れられた新聞記事が掲載されました。パナソニックによる一連の事業部別資本コスト管理、ひいては事業ポートフォリオ管理、ここを主戦場の一つとしてコンサルティングをしている筆者としては、興味津々で考察しないでいられるわけありません。
(何とも前置きが長くなってしまいました、、、)(^^;)

 

■ パナソニックのCCMがさらに進化する! 増減資を事業部管轄に

2016/1/14付 |日本経済新聞|朝刊 パナソニック、事業部が自ら「増減資」 来期から 新制度で資本コストの意識一段と

「パナソニックが2017年3月期から、事業部に資本効率の改善を促す独自の制度を導入する。各事業部が一つの企業のように資本金を増減できるようにする。現場に資本コストを意識させ、会社全体の資本効率の改善につなげる狙いだ。」

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

20160114_パナソニックの新たな「内部資本金制度」_日本経済新聞朝刊

(上図は、記事添付のパナソニックの「内部資本金制度」の解説図を転載)

ポイントは以下の通り。

<制度趣旨>
(1)事業部のインベストメントセンター化
12年ぶりに復活させた事業部が、開発から生産、営業まで一元管理するだけでなく、貸借対照表も自主的に管理し、課せられた期待収益率(資本コスト)を上回る事業収益をあげられるように、事業部の自主性に依拠した分権的収益管理を行う。

(2)資本コストの管理可能指標化
と同時に、事業部が自主的に「増資」「減資」を行うことで、事業部の資本コストを事業部にとって管理可能な指標とすることをめざす。

(3)事業ポートフォリオ管理と資金配分の最適化
自主的な「増減資」を促すことで、従来は各事業部に積み上がっていた余剰資本を一旦本社に吸い上げることにより、資金不足の事業部や本社が主導する新規事業投資への資金配分を機動的に行うことができるようにする。

これらを踏まえて、新聞記事では、パナソニックのCCMの概要と、パナソニックの主に株主を意識した財務目標の設定について、次のように触れています。

「パナソニックでは為替や景気変動などを勘案して事業部ごとに資本コストを約4~16%に決めている。以前は全事業部が一律で8.4%だったが、16年3月期から現在の仕組みにした。今回の新制度により、事業部が資本コストを一段と意識するように促す。」

「パナソニックの自己資本利益率(ROE)は15年3月期に10.6%と、3月期決算になった1987年3月期以降で最高になった。「今後も10%以上を維持したい」(河井英明専務)という。資本コストは全事業部の平均で9%を目指す。」

■ 本社から事業部に割り当てる資金の出自をどう分別管理するのか?

以上までが、通常レベルのコメントになりますでしょうか。筆者はもう少し業績管理会計とファイナンス理論の間のテクニカルなポイントに関する記事内容に注目しています。

「事業部ごとに作り、本社から割り当てるお金も「資本金」と「負債」を明確に区別している。」

そうです。今回、スポットライトが当てられたのは、あくまで本社と事業部間でやり取りできる「(社内)資本金」部分で、「(社内)負債」については、存在については言及があっても、その仕組みについては全く語られていないのです。わざわざ「明確に」区分している、と触れているにも拘らず、、、

通常、資本コストを計算する場合、「WACC:Weighted Average Cost of Capital(加重平均資本コスト)」というコンセプトが用いられ、

V:企業価値(=D+E)
D:負債総額
E:時価総額
i:有利子負債金利
r:株主資本に対する資本コスト(=株主の期待収益率:TSR相当)
T:法人税率

とすると、

WACC = 有利子負債の資本コスト + 株主資本の資本コスト
      = D/V ×(1-T)× i            + E/V ×r

として表すことができます。このとき、パナソニックのCCMを社外から観察するに、

① 資本コストのベースが簿価の資本金で時価総額になっていない
② 各事業部の資本コスト設定で、負債の資本の比率の違いが反映されているか不明
③ 有利子負債に係る資本コスト算出のための事業部別の適用税率が不明

という制度設計上の???が3つあるのです。

①については、最終的な財務KPIをROEとした場合、TSR(株主総利回り)ベースでなくて、簿価ベースのものに置き換えたとしても、そんなに害はありません。但し、ファイナンス的なWACCベースの資本コストとは値の定義そのものが違ってきますが、、、

ただし、②③については、パナソニックの社内資本金制度や社内借入金制度、つまり、事業部B/Sの右側(貸方)の構成比率が、大きく各事業部の資本コストそのものを左右するはずなのに、その最後の秘境が明らかになっていないのは看過できないのです。

これ以上突っ込んだ計数管理的なテクニカルにどういう制度設計をすべきかの議論は、有料サービスの域に達してしまうので、これぐらいにしておきますが、世の中の株主重視の財務KPI(あのROE=8%に代表されるような)全盛時代に頑張って株主の期待に沿うような管理会計・業績管理制度をつくろうとして無理していませんか、というメッセージはこの場を借りて、声を大にして言いたいところです。

株主との対話重視ということでは、例の「スチュワードシップコード」の影響も避けられない所ですが、そもそも、事業に投下される資産(在庫、売上債権、固定資産など)がどれだけの収益をもたらすか、その収益性の良し悪しを測るための基準(ハードルレートともいう)として、資本コストを持ち出しても、B/Sの左側(借方)の投下資産と、B/Sの右側(貸方)の調達資本とが、一致していないと、正確なハードルレートにはなりません。

しかも、株主資本を評価する株主資本コストが簿価ベース(ROE相当)な場合、そういう擬似的な資本コスト値を世の中に提示したとしても、逆に機関投資家などのファイナンスのプロが納得するんでしょうかね? しかも、国境をまたいで複数国に傘下会社をもつ事業部が、それぞれの国の税率を適正に事業部の有利子負債にかかる資本コスト計算に反映できるものでしょうか? さらに、海外現法や国内子会社の各エンティティで外部借入をしていた場合、それぞれの借入金利を適正に拠点別有利子負債構成比を当該事業部の負債構成比率に反映できるものでしょうか?

まあ、実践的なのは、「負債と資本を分ける」というのは、買入債務などの無利子負債は別途、投下資産の構成の中においといて、有利子負債と純資産の部をまとめて本社が一括管理し、改めて、社内資本金として、今回の「増減資」の管理対象とする、というのが実務解のように思えますが如何でしょう?

仮に、WACCベースで、CCMを運用されているとしたら、さすが世界に名をとどろかせているパナソニックの管理会計の水準も、商品同様、世界最高レベルだということです。それを運用している経理部、財務部の皆様、お疲れ様です。でもその努力は適正に評価されますか? ご担当者の苦労がしのばれます。

(なお、パナソニックのこの手の社内資本金制度は、業界・学会でも最先端をいっており、あまたの研究者の研究対象となっています。管理会計に携わる人たちの注目の的になっているのです。だからそのちょっとした動向も新聞記事になるのですよ!)

(筆者注:実はこの記事は、Let’s note で書いてます!)

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