■ 背に腹は代えられない持ち合い解消対策!
何度も取り上げられている本課題。今回は、さらに金券による株主優待制度が加速しているとのこと。その背景分析と、そもそもの基本精神に対する筆者の批判的な意見をお届けします。
2016/12/9付 |日本経済新聞|朝刊 株主優待、金券が半数弱 長期保有の個人に的
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
「株主優待制度で金券を提供する企業が増えている。制度を導入する企業のうち金券を採用する割合は5年連続で上昇し、半数に迫った。この1年では現金代わりに使えるプリペイドカードを配る企業が目立つ。背景には長期保有の個人投資家を獲得したい企業の思惑がある。」
(下記は同記事添付の「優待には金券を採用する企業は増えている」「この1年間の導入ではクオカードが半数」を引用)
さらに本記事から、株主優待に金券を活用している企業実体は次の通り。
「大和インベスター・リレーションズ(IR)の調査によると2016年9月時点で株主優待を導入している企業は上場企業の約3分の1にあたる1307社。そのうち「買い物券・プリペイドカード」を提供するのは623社で5年連続で増加した。」
この1年間に株主優待制度を新設した108社のほぼ半数の53社がクオカードを採用しています。そもそも株主優待制度を整備している企業全体においても、クオカードを採用している企業の割合は20%にも達しています。
どうして金券提供による株主優待が促進されているのでしょうか?
そのカラクリと企業心理は次の通り。
① 昨年導入されたコーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)が保有意義の薄い持ち合い株式の解消を求めている。【原則1-4】
② 持ち合い解消の受け皿として、引き続き、経営への圧力があまり強くない企業にとって都合の良い株主による株式保有に順次切り替えていきたい
③ 企業(経営者)に強く圧力をかけない、サイレントマジョリティとなってくれそうな株主の属性は、「個人株主」である
④ 「個人株主」は、株主優待制度を重視して、投資先を選ぶ傾向が強い
A: そもそも、消費者としてその企業のサービスを好んで利用している
B: 株主優待で得られる経済的利得の中身も配当利回りに加えて計算している
⑤ AよりBをより選好する個人株主の長期的保有狙いで、金券による株主優待制度を設計する
コーポレートガバナンス、コーポレートガバナンスとうるさくなった昨今、持ち合い株式の継続保有も難しくなり、持ち合い解消のためには、背に腹は代えられぬ。優待制度を金券で厚くし、個人株主層を増やす。こういう背景が冒頭記事の動向に強く影響しています。
■ どうして行き過ぎた金券配布による株主優待制度は問題なのか?
会社法109条1項で、「株式会社は、株主を、その有する株式の内容及び数に応じて、平等に取り扱わなければならない。」として株主平等の原則について明文で規定しています。「株主平等の原則」の精神は、「株式平等の原則」であって、株主を保有株式数ではなく、通常の意味で株主一人一人を平等に扱うことを「頭数の平等」といって株主平等の原則と対比すると、その意味が理解しやすいと思います。
個人株主を増やすことを主目的とした株主優待制度は、保有株式に比例的ではなく、保有株主人数に比例的な制度設計がなされている場合、明らかに109条1項違反であると言えます。一般的に持株数に比例せずに、頭数で優待サービスが設定されるのは、あからさまな個人株主優遇となり、純粋な投資リターンを望む機関投資家や、優待サービスを享受できない外国人株主にとっては、利用することがほとんどできない経済的付加価値であり、実質的な不平等が発生していると考えられます。
従来は、自社商品の贈呈や割引券で自社商品・サービスのファンを安定株主にする意味合いが強かったのですが、
① 自社商品やサービスがBtoCではなく、一般消費者向けでない企業も株主優待制度の活用に積極的になった
② 自社商品の割引やサービス提供時の優遇だけでは、相対的に魅力度が減衰してきた
という理由から、金券による株主優待が増えてきました。これでは、配当金や自社株買いで報いるべき金銭的部分が、一部、金券による優待制度に浸食されることになり、純粋な投資目的で保有している株主にとっては、不公平感が強まります。そうした企業はますます機関投資家や外国人投資家から見放されると思うのですが、企業(経営者)は、そうした声の大きい株主より、自社のファンとなって、従順に長期保有をしてくれる個人株主を選好したがるのですね。
では、どうして、109条1項違反と思われる株主優待制度が見逃されているのか?
この条文を素直に読むと、持株数に比例して、同種株式の所有者(株主)について、権利義務は比例的平等に取り扱わなければならない、と解釈できるので、単純に持株数に比例して、優待制度に基づく経済的利得を株主に提供することは、直ちに109条1項違反にはなりません。
しかし、長期安定株主を獲得する目的に目がくらむばかりに、
① 一定期間保有してくれている株主にだけ、その保有期間でグレードを分けて、優待制度に基づくサービスに差をつける(例:1年以上保有株主には5000円の優待券、3年以上保有株主には10,000円の優待券を配布)
② 保有株式のレンジで優待制度に基づくサービスに差をつける(例:100株以上1000株未満保有株主には5000円の優待券、1000株以上保有株主には10,000円の優待券)
という制度設計をしてしまうと、直ちに109条1項違反と見なせます。
■ 株主優待制度が会社法上グレー(いやブラック!?)なのは株主平等の原則だけが理由ではない
会社法には、109条1項以外にも、株主優待制度を制度設計するに当たり、留意すべき事項があります。
(1)現物配当(453条以下)
現物配当とは、会社が金銭以外の財産を株主に対して配当することをいいます。会社法では、現物配当のための手続・要件等を規定しており、現物配当を行うためには、株主総会の特別決議により、配当財産の種類、帳簿価額の総額などを定めなければなりません。会社の資産を株主に対して交付する類型の株主優待制度については、当然、現物配当の特別決議が必要であると考えます。つまり、金券を配布することは、現物配当に限りなく近い行為であると認識を強く持つべきです。
(2)財源規制(461条)
会社法では、株主に対する金銭等の分配および自己株式の有償取得を合わせて剰余金の配当等とし、統一的に財源規制をかけるものとされています。つまり、剰余金の分配可能額の算定方法も明確にされており、会社から何らかの財産的・経済的価値を社外流出させる場合は、分配可能利益算定の計算式に引っかかるというわけです。これは、自社サービスの優待券であっても問題にされる場合があります。
例えば、駐車場を運営している企業が、野放図に、無料駐車券を株主優待制度で配布したとします。自社サービスを利用した者だけが、この経済的恩恵を被ることができるので、財源規制に引っ掛かるとは考えにくいかもしれません。しかし、この無料駐車券を金券ショップで換金し、これが市場で流通することで、勝手に会社の財産を社外に流出させたと考えることができます。
したがって、金券を配布するなど、無料駐車券の配布以上に、453条や461条に抵触するリスクは甚大なものであると言わざるを得ません。
■ 企業が株主に報いる正道とは?
ズバリ、業績向上による持株の経済的価値の増加。何なら、社外に支払税金の形で経済価値を社外流出させる現金配当ですら封印して、ひたすら企業成長のために、拡大再生産のために、将来投資を積極的に行って収益性を高め、企業価値を増殖させると、持株の含み益が増します。それは、内部投資を繰り返すことで、複利効果が増し、株主には、株式分割でキャピタルゲインを得やすいように工夫してあげれば、株式保有期間の複利効果を最大限、株主も享受できます。
筆者は、自社株買いも、本当は良い政策とは思っていません。PBRが1倍を切っている企業ならば、自社株買いは既存株主に意味のある現金の使途となりますが、PBRが1倍以上なのに、株価維持(上昇)を狙って自社株買いを進める企業は、本当の意味でファイナンスリテラシーが無いのだと、断言します。本当はわかっているのかもしれないけど、それを理解できない株主(投資家)を相手にしているのだとしたら、それはファイナンスリテラシーを持っている株主への裏切りだと思います。
同記事でも次のような記述があります。
「コモンズ投信の糸島孝俊運用部長は「株主には配当と自社株買い、業績向上で報いるべきだ」と主張する。自動車部品商社のSPKは個人株主比率は45%と高いが株主優待はない。今期は19年連続の増配を計画しており「増配に魅力を感じてもらえているのでは」(SPK)と話している。」
個人投資家は皆、ファイナンスリテラシーが無く、株主優待でないと長期保有してくれないと財務担当者が考えていたとしたら、そういう企業の株式はさっさと売り払うべきでしょう。
最後に、コーポレートガバナンス・コードから、【基本原則1】を紹介します。
【原則1-4】に踊らされて、【基本原則1】を疎かにしたとしたら、そういう企業は、もう市場から速やかに退出して頂きたいものです。
(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。
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