■ キャッシュフローライフサイクル理論をキャッシュフローマトリクスで検証する!
キャッシュフローライフサイクルによる企業の格付け(rating)記事にコメントをつけていく第4弾。今回は、営業CFと投資CFの収支バランス、すなわちフリーキャッシュフロー(FCF)のポジションで企業年齢を推し量る方法、「キャッシュフローマトリクス」で、下記記事のランキングを正しく評価できるのかを検証したいと思います。
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2018/2/3付 |日本経済新聞|電子版 稼ぎ方でみる「若返った企業」「高齢の企業」
この記事では、米ミシシッピ大学のディキンソン教授による「キャッシュフローライフサイクル理論」に基づく企業年齢のレイティングから、
① 10年前に比べ若返った企業
②「若い」企業
③「高齢」の企業
という視点でそれぞれ50社のランキング表が公開されています。
● 出典: キャッシュフローの正負で成熟企業を選別し投資する|DIAMOND Online
(著:吉野貴晶(大和証券キャピタル・マーケッツ投資戦略部チーフクオンツアナリスト))
そこで、フリーキャッシュフローのポジションから企業成長サイクルのどのポジションにいるかを明らかにすると言われている「キャッシュフローマトリクス」というフレームワークで、これらランキング掲載企業のキャッシュポジションを、貼られたレッテル通りなのかを確認したいと考えています。
■ そもそもフリーキャッシュフローとは?
(この章は前回の再掲です)
キャッシュフロー計算書は、大別すると、以下のような三部構成になっています。
(1)営業CF
税引前利益+減価償却費+受取利息に運転資金(売上債権、在庫、買入債務)の増減を加味したもの。
(2)投資CF
ビジネスのための有形無形の固定資産の取得・売却と、長期の金融商品の取得・売却
(3)財務CF
資金調達活動として、借入金の新規借入か返済、株主資本の調達か株主還元(自己株取得、現金配当)
リアルビジネスにおける収益からキャッシュインフローとなるものが営業CFで、そのビジネスを支える事業投資のためのキャッシュアウトフローが含まれるところが投資CFです。有識者によって定義がいろいろとあるのですが、一番シンプルなフリーキャッシュフロー(FCF)の定義は、
FCF = 営業CF + 投資CF
FCFがプラスということは、
① 営業CF > 投資CF
・ビジネスリターンが投資を上回っている → ビジネスはマネタイズの意味で順調
②投資CFがプラス
・所有する固定資産等を手元の換金性のある資産売却 → リストラ中
FCFがマイナスということは、
①営業CF < 投資CF
・ビジネスリターンが投資を下回っている → 先行投資が過大か資金回収が遅延している
②営業CFがマイナス
・そもそも事業が軌道に乗っていないか、創業したてほやほや → 事業育成中
そして、FCF自体のプラスマイナスにしたがって、資金調達をメインミッションとしている財務担当者の財務戦略の腕の見せ所が財務CFということになります。FCFのマイナスを財務CFのプラス、すなわち社外からの資金調達で埋めるか、FCFのプラスを、債権者や株主にリターン(元利金・現金配当の支払い、自己株買いなど)として余資を返すかを適時に判断するのです。
(参考)
⇒「キャッシュフロー経営(3)カネ余り 日本企業を解く(2)危機の記憶、守りを優先 負債で還元 潮目変化も - ペッキングオーダー理論による財務戦略まで見てみよう!」
■ キャッシュフローマトリクスとは?
(この章は前回の再掲です)
前章でご説明したFCFを構成する営業CFと投資CFのプラスマイナスの組み合わせから、4つのキャッシュポジションを可視化したものが「キャッシュフローマトリクス」になります。
(1)創生期:
企業または事業が誕生したばかり。投資CFばかりではなく、営業CFもまだプラスではない
(2)投資期:
営業CFがプラスになり事業は順調に成長しているものの、先行投資負担がまだ大きい
(3)安定期:
FCFがプラスになり、事業のマネタイズに成功。ただし、まだ事業投資の手を緩めることはできない
(4)停滞期:
FCFがプラスであることはいい材料だが、投資CFがプラスに転じたことで、事業再投資の手を緩めて本当にいいのか、それとも別領域・別次元の将来投資のための腰だめなのかの見極めが必要
(5)低迷期:
FCFはまだかろうじてプラスだが、事業リターン(営業CF)がマイナスで、手持ちの事業用資産や待機金融資産を売却して現金収入に充てている状態
(6)後退期:
FCFはいよいよマイナスに転じ、事業リターン(営業CF)がマイナス状態のまま、手持ちの事業用資産や待機金融資産を売却して現金収入に充てている状態
(7)破綻期:
いよいよ、FCFがマイナスのゾーンに入り、経営破綻リスクが視野に入ってきたところ。もしくは、事業再構成中で、手元にある資金(または調達資金)を用いて旺盛な先行事業投資にかけている時期であるかの見極めが必要
以上、FCFおよびそれを構成する営業CFと投資CFのプラスマイナスのキャッシュポジションから企業または事業のライフサイクルを説明するのが「キャッシュフローマトリクス」になります。
■ 「若い企業」にキャッシュフローマトリクスを当ててみると?
すでに、この分析手法には大前提があることを最初に了解して頂く必要があります。
① 企業のライフサイクルは、FCFのキャッシュポジションで表現される
② ライフサイクルは、「創生期」から「破綻期」までシリアル(連続性)を持つ
③ 若返りとか、リストラに成功したということは、このキャッシュフローマトリクスの順路に反したキャッシュポジションの軌跡を示していることからわかる
これらを念頭に置いて、まずは手始めに、冒頭でご紹介した「若い企業」の上位5社を、このキャッシュフローマトリクスにマッピングしてその10年の軌跡を観察してみましょう。
同記事では、借入金が高水準=若い企業、という説明が付されています。つまり、若い企業=成長期の企業は、企業成長のための先行投資に費やす資金需要が旺盛で、それを外部借入で賄っているという仮説を考えているからです。
その前に、事前に、ランキング表と各社のキャッシュフロー推移を目視で確認してから。
1位のDMG森精機は、前回、若返った企業で解説済みなのでここでは割愛します。
2.楽天
キャッシュ残高が恐ろしい程に膨れ上がっているのは、金融業の拡大しているため。FY14・FY15のFCFがマイナスになっていることが、今回の評価で「若い」とされている理由と理解していますが、これには注意すべき要素が入り混じっています。
金融業は、その業を営むために必要な有価証券の売却・取得が投資CFに計上されます。それゆえ、製造業・流通業・サービス業のように、事業のための先行投資(有形・無形固定資産の取得や子会社買収等)以外に、結構な金融取引が混在してきます。それゆえ、楽天のように、ITコングロマリット企業のキャッシュフロー計算書におけるFCFの単純なプラスマイナスでは、事業の成熟度はそのままでは測りにくいのです。
その上、楽天はおそらく金融業以外の事業のための外部からの資金調達を財務CFに計上しています。純粋な金融業の財務CFは、主として自己資本(株主とのやり取り)が中心となっています。この点も、金融業を含む楽天のキャッシュフロー計算書を読む際の注意点となります。
3.三井造船
100年以上の社歴を誇る企業をいまさら「若い」とされてもと、お感じの向きもいらっしゃると思います。現在、造船不況の中、昔懐かし言い方だとリストラクチャリング中で、事業ポートフォリオ再構築中。2025年に向けて、環境・エネルギー分野で50%を目指しています。しかも、持ち株会社への移行準備中です。
FY16は、海洋支援船と海外プラント工事で大型赤字プロジェクトを発生させてしまい、営業CF・投資CF共にマイナスに転じてしまいました。前年まで、FCFがマイナスになっていたのは、事業ポートフォリオ再構築への出費なのですが、これが「若い」とされた主な理由です。
4.エイチ・アイ・エス
確かに社歴37年の会社は若いのですが。FY10にハウステンボス買収後、テーマパーク事業およびホテル事業に積極的に先行投資を始動させたので、これ以降の投資CFが大きくマイナスに触れていることが分かります。さらに、FY13には、CBによる資金調達も果たし、キャッシュ残高も大きくしました。
FY16は、FCFがプラスに転じていますが、これは利益の伸びと、定期預金からの87億円の払い戻しなどがあり、見た目より投資CFの部に計上されている先行投資のマイナスが緩和されています。そもそも、常時500億円規模の定期預金口座との資金の出し入れをしているので、キャッシュリッチ企業なのです。状態的にFCFがマイナス傾向にあるため、名実ともに若い企業という評価になっています。
5.ケネディクス
キャッシュフローマトリクスを眺めていると、一見、「創生期」から「破綻期」まで錯綜しているように見受けられます。しかし、実態は、売上も利益も順調に伸びております。その意味では、成長期にある若い企業といえます。まあ22年目ですし。
問題は、キャッシュフローライフサイクル理論では、企業年齢が分からないということです。それは、当社のビジネスモデルに起因するものです。当社は、大きな区分で言うと、不動産事業を営んでいます。自社で不動産を保有するのではなく、REITを組成し、場合によってはその不動産管理業も受託しています。つまり、営業CFと投資CFは一体となって不動産ファンド組成および施設管理を業としているため、従来のキャッシュフローライフサイクル理論では、当社の事業の成熟度は測れないのです。
ちなみに、足元のFY16の営業CFは、棚卸遺産(販売用不動産)が増加したことでマイナスになっています。ランキング表だけでその企業実態を知ろうとするのには無理がある証左です。
6位のUACJ(グローバル アルミニウム メジャーグループ)は、2013年10月1日に、古河スカイと住友軽金属工業が合併して誕生した企業ですので、10年のキャッシュフロー推移分析が難しいため、ここでの解説は割愛します。
上記取り上げた4社のうち、2社は金融不動産事業を営み、残りの2社はそれぞれ特徴あるものの、積極的に事業投資に資金を振り分けていることが分かりました。これらを、一概にFCFの状態から「若い」企業と十把一絡げにするにはちょっと無理があるのではないでしょうか。
何度も言っていますが、個別企業の財務分析を地道にやっていた方がいいと思いますが如何でしょうか? その際に、あくまで相対的位置をつかむために、このようなランキング表やレイティング情報を活用する、という姿勢ならば問題ないと思います。(^^;)
(連載)
⇒「キャッシュフロー分析(1)日本企業「高齢化」歯止め 現金収支で分析、平均「44.4歳」」
⇒「キャッシュフロー分析(2)稼ぎ方でみる「若返った企業」「高齢の企業」 – 営業CF、投資CF、財務CFの2時点間増減比較で本当に企業年齢が分かるのか?」
⇒「キャッシュフロー分析(3)稼ぎ方でみる「若返った企業」「高齢の企業」 – 若返り企業は本当にキャッシュフローマトリクスを遡行するのか?」
⇒「キャッシュフロー分析(4)稼ぎ方でみる「若返った企業」「高齢の企業」 – キャッシュフローマトリクスで若いとされた企業の年齢を推測できるか?」
⇒「キャッシュフロー分析(5)稼ぎ方でみる「若返った企業」「高齢の企業」 – キャッシュフローマトリクスで高齢とされた企業の年齢を推測できるか?」
(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。
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