分かりやすい財務諸表にするための工夫
会計情報は、企業の利害関係者(ステークホルダー)にとって、読んで理解が進むよう簡潔でかつ網羅的な表現がなされている必要があります。誰かに企業業績と財政状態を正しく伝えることで、読み手である利用者の経済活動などに関する意思決定に十二分に利用してもらうのが存在理由だからです。
今回は、そういう会計情報がどのような考え方に基づいて、会計情報利用者にとって読みやすい会計情報とされるべきか、いささか理屈っぽくなりますが、できるだけ立体的にご説明したいと思います。まずは、会計原則の全体像をご確認ください。
『企業会計原則』の全体構成は下図の通りです。
そして『損益計算書原則』の構成を下図に図示します。
会計行為は、基本動作として4つ(認識、測定、記録、表示)だけなのですが、それをいろんな階層でのグルーピングを加えると、次のように整理することができます。
1.簿記:財産管理を行う
1)計上:会計処理を作成する(記帳する)
① 認識:「いつ」会計処理を行うかを決める
② 測定:「いくら」の金額をもって会計処理を行うか決める
2)帳簿作成
③ 記録:会計取引の明細を会計帳簿に目的別に整理・記入して散逸しないように体系化する
2.財務諸表:ディスクロージャー制度によって会計報告を行う
④ 表示:財務諸表に会計記録をまとめて開示する
ここでは、もっぱら分かりやすい「表示」にするための基本的考え方を説明していきます。
財務諸表の表示に関する基本原則
分かりやすい会計情報を表示することは、企業会計原則ではまず、一般原則の中の「明瞭性の原則」で基本的な考え方が示されています。
関連記事 企業会計原則(4)明瞭性の原則とは(前編)- 財務諸表によるディスクロージャー制度の包括的な基本原則
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「明瞭性の原則」を受けて、損益計算書原則と貸借対照表原則では下図のようにわかりやすい表示を心掛けるものとされています。
経営成績(企業業績)および財政状態の明瞭な表示というのは、企業の収益性と安全性を示す根拠が財務諸表の上に表現されていることが必要になります。
- 区分表示の原則
- 対応表示の原則
- 総額主義の原則
- 補足説明の原則
そのために、損益の発生源泉が定常的なビジネスに基づくものなのか、一過性のある特別な事情による損失・利益の計上によるものなのかの識別ができるP/Lになっていなければなりません。また、B/Sは、資産および負債が財務流動性の別にそれぞれいくら存在しているのか、資本は維持高速性の強弱に従いどういう構成比率になっているのかを知ることが重要になってきます。
収益と費用が相殺して表示されていれば、企業活動の規模が分からなくなりますし、資産と負債も相殺して純額しか計上されていなければ、返済義務のある負債がいくらなのか社外の利害関係者が財務諸表を見ても判断できなくなりますし、弁済可能な資金性資産が後いくら留保されているのかもわからなければ、将来に向けた財務計画(借入・返済の収支計画)も立てようがなくなってしまいます。
また、P/LとB/Sだけが外部開示されてそれで十分かというと、会計処理は相対的真実に立脚して作成されているため、会計処理の結果として表示される財務諸表がどんな計算過程から作成されたものか、プロセスや判断基準も知ることができれば、会計情報の利用者にとって便利かもしれません。
そういうプラスアルファの情報提供として、注記情報として、「会計方針」や「重要な後発事象」も文字情報や付表として添えられることが決められています。相対的真実というのがキーポイントでして、例えば、棚卸計算をする場合、総平均法と先入れ先出し法の両方が適切な会計処理として認められています。
会計情報の利用者にとって、会計情報の作成者が、棚卸計算をするにあたって一体どちらの在庫評価計算方法を採用したかが分かった方が、期間損益と期末棚卸評価額の相関関係をもっとよく知ることができます。特に、コモディティ商品を取り扱っていて、市況如何では在庫評価額が大きく変動するような素材系製造業などでは、採用された在庫評価計算法がどれかで、企業の将来業績の見込みが大きく変わることになるからです。
このように、相対的真実というのは、会計の世界において、絶対正しいという数字が存在するのではなく、適切であると制度が決めた複数の会計処理をそれぞれ適切に運用すれば、それぞれの適用した会計処理の内では適正な計算結果が得られる、という考え方です。
一神教ではなく、多神教的に、それぞれの神の正当性を認めつつ、どの神を信心しているかを表明する姿勢。これが会計における相対的真実というフレームワークの真骨頂なのです。
これは、上記で説明した形式面からの財務諸表の表示の基本原則に支えられた基本概念ということができます。
勘定科目の粒度について
会計行為は大別すると、簿記と財務諸表に二分されます。簿記における勘定科目の設定原理は、「詳細性」と「細目性」になると考えられています。そもそも簿記は、国家財政とか当座企業の財産管理をするために生まれた計算技法です。ですから、財産を管理するため、例えば、家計簿をつけて、預貯金や金融資産を守るためには、入出金の細かい明細情報の記録を残し、現金収支の名目をいちいち確認することが管理目的となります。
これを企業会計にまで発展させると、例えば売上債権や買入債務は、「売掛金」「受取手形」「買掛金」「支払手形」という勘定分類だけで事足りるのではなく、必然的に人名勘定(統制勘定)を用いて、A社むけの債権額はいくら、B社向けの支払債務は3カ月先のものがいくら、というふうに、細かく管理する必要が生じます。
得意先元帳、商品有高表、当座預金出納帳など、補助簿を用いることが、簿記における「詳細性」「網羅性」を担保することにつながるのです。
一方で、財務諸表にそのような細かい財産管理用の詳細区分を持ち込まれると、財務諸表を利用したい利害関係者(ステークホルダー)にとって、あまりに詳細過ぎて、企業の業績及び財政状態を把握することに逆作用が働く恐れがあります。よって、財務諸表における勘定科目の設定原理は「概観性」となります。
利害関係者が己の利害に直結する部分で財務諸表を利用できるようにするために、言い換えると、公表用財務諸表を通して有用性の高い会計情報を提供する目的のために、企業全体の収益性と安定性(健全性)が把握可能な必要十分な程度の明細度で財務諸表を提供しなければならないのです。
その何が必要十分な明細度なのかを判断する際の基準となるのが、上で言及した「区分表示の原則」「対応表示の原則」「総額主義の原則」「補足説明の原則」なのです。
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参考記事 企業会計原則(原文)
参考記事 企業会計原則 注解(原文)
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