■ コーポレートガバナンスの美名で縛って持ち合い解消を勧める当局の環境整備状況
持ち合い株式(政策保有目的株式)の保有に対し、コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)は、決して禁止を言い渡しているわけではありません。しかし、米英流のコーポレートガバナンスは不透明な株式保有を嫌っており、外国人投資家を日本株式市場に呼び込み、株価浮揚を目論むアベノミクスの一環として、コーポレートガバナンス・コードの導入が図られたこと、そして、横並び意識やお上意識が強い日本企業は軒並み、その流れに乗って、株式持ち合いを解消しようというのがトレンドになっており、これに反する施策を出す企業に対しては、批判的な意見が報道の面でも付されてしまいます。
2016/6/20付 |日本経済新聞|朝刊 株式持ち合い解消 足踏み 企業統治指針が対応促すが… 社外取締役の役割増す
「日本の企業統治(コーポレートガバナンス)に影響を与え、資本効率の悪化を招きかねないと長らく批判されてきた上場企業による株式の持ち合い。ガバナンス改革のうねりの中で関心が高まっているが、持ち合いをテコにした取引慣行はなかなか改まらない。現状と解決策を探った。」
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
先ずは本記事最上部の位置する各社の持ち合い株式に対する対応方針が、各社のコーポレートガバナンス報告書から引用されて一覧表に整理されたものに目がいったのでそれを下記に転載します。
軒並み、なるべく持ち合い株式は保有しないことを基本線とした方針を掲げています。ちなみに、コーポレートガバナンス報告書は、
従来、各社の裁量に委ねられ決算短信で開示されていたものを、2006年から、東証(大証)が投資者ニーズを受け、上場会社に対し当該情報のみを集約したコーポレートガバナンスに関する報告書の開示を求め、取引所WEBサイトに掲載することになりました。
ここから、各社の報告書を検索・閲覧することができます。
2010年3月28日から、TDnetのシステム変更によって様式が更新されることとなりました。これは、独立役員制度への対応等を踏まえた変更内容になっています。形式も定型化され、以下は、2015年10月時点の記載要領となっています。
● コーポレート・ガバナンスに関する報告書 記載要領 – 日本取引所グループ(PDF)
■ コーポレートガバナンス・コードに縛られての持ち合い解消が与える企業経営へのインパクト
本記事では、JXホールディングスとJ・フロントリテイリングを例に、持ち合い解消に向けての各社の取り組みを具体的に解説しています。
● JXホールディングス
「「株式を売却したいのだが受け入れてほしい」。昨年から今年にかけ、JXホールディングスは株式を保有する全ての相手先企業に、純投資目的ではなく政策目的で保有している株式を売却することを打診した。同社の政策保有株式は2015年3月期で118銘柄(時価総額約2500億円)。財務部門や営業部門などが手分けして交渉に当たり、提案を受け入れた企業の株から順次手放しているという。」
「JXは東京証券取引所に提出したガバナンス報告書に「原則として上場会社の株式を保有しない」と明記。議決権行使も「議案ごとに都度判断する」として是々非々の姿勢を示した。「株は価格変動リスクがある。バランスシート(貸借対照表)のスリム化の観点からも3年ほどかけて売却を完了したい」と法務部幹部は話す。」
● J・フロントリテイリング
「J・フロントリテイリングは15年度に12銘柄(売却金額約26億円)を処分し、今年2月末時点で64銘柄(約120億円)まで減らした。持ち合い株の動向は株主総会後の有価証券報告書で示すのが普通だが、ガバナンス報告書で先に開示し、投資家にアピールした形だ。牧田隆行執行役員は「保有の合理性がない株は市場環境を踏まえて削減する」と強調する。」
しかし、ここには持ち合い解消施策の「Why」が完全には語られていません。外国人投資家のマネー流入を期待する、当局の持ち合い解消の意図を汲む、以上の具体的な理由が見当たらないのです。
「野村証券の西山賢吾シニアストラテジストの試算によると、上場企業の持ち合い株の保有比率(時価総額ベース)は14年度末に10.8%だったのに対し、17年度末でも9.9%と1ポイント弱の低下にとどまる見通し。バブル崩壊後に持ち合い比率は急速に低下したが、この10年は横ばいが続く。」
(下記は、同記事添付の株式持ち合い解消のスピード鈍化を表すグラフを転載)
ここに、同記事で「株式の持ち合い」の定義が載っているので転載すると、
「2社以上の企業が互いに相手の株を所有する取引慣行。戦後の財閥解体や1960年代の資本自由化の中で、海外企業による敵対的買収を避けるために始まった。バブル崩壊後にいったん解消が進んだが、アクティビスト(物言う株主)ファンドの台頭もあり一部企業で強化され、目的を変えながら今なお続く。
本来は事業目的で使われるべき資金が買収防衛目的で使われ、結果として経営者の保身につながると一般株主の利益と相反するとされる。実態を明らかにして経営の透明度を上げるべきだとの投資家側の要請が高まっている。」
つまり、株式持ち合いの目的を、株主総会での議決権行使に当たり、経営者側への賛成票を高め、敵対的買収防止にもなる安定株主作り、に限定しているきらいがあります。経営者側の、資本提携を含む企業間連携など、ビジネスにプラスになるようなアライアンス関係の構築の道具にするなど、または将来の企業統合や事業買収への布石、みたいな、それこそ公衆には詳細を知らせることができないが、ビジネスに有効活用したい真意がある持ち合いも、その保有目的をきちんと公開しないと、その保有に対しては厳しく律する、みたいな、経営権への制約以外の何物でもない縛りが強くなっている傾向が見受けられるのです。
くどいですが、コーポレートガバナンス・コードの該当箇所(【原則1-4】)を下記に転載します。
何度繰り返し読み返しても、政策保有株式の保有自体を禁止する趣旨ではありません。ただ、①保有目的と明確に投資家に説明すること、②持ち合い株式の議決権行使の方針を明確に投資家に説明すること、この2つを義務付けているだけです。そして、②は形式的に議決権行使の判断基準を外部公開することは容易ですが、①の保有目的は、営業秘密に触れることもあり、そのすべてを開示することは到底不可能なのです。それでも、目的を開示せよとガバナンスコードで強く掣肘を受けてしまっては、企業側としては、政策保有(持ち合い)自体を解消しよう、という流れになって当然です。
■ 包括利益計算書の登場で、業績評価利益の明確化により、定量的評価ではいけないのか?
昔はもっとひどかった(おおらかだった)、と発言すると、年がばれるかもしれませんが、その昔は、企業が保有する市場性のある有価証券は、日々のトレーディング目的で保有していなければ、企業支配のための保有(いわゆる子会社株式)を含めて、全て簿価のまま貸借対照表に計上されっぱなしで、いわゆるバブル期には含み益、バブル崩壊後は含み損が発生して、企業会計の正当性に大変大きな疑義が発生した時期がありました。いわゆる発生主義会計の有用性っていうやつです。
(強制評価減も、概ね簿価を50%割らないと期間損益に表出してこないという奴でして)
現在の会計基準では、企業支配のための保有株式は簿価(ただし、のれん償却は別)のままで記帳することを許されていますが、政策保有株式(持ち合い株式)は、決算期末時点での時価評価(公正価値評価)の洗礼を受け、その他の包括利益の一部として、「その他有価証券評価差額金」の名で、純資産(自己資本)の増減に直結するようになりました。持ち合い株式の経済的合理性は、その保有に伴うアライアンスなどの経済的効果を定量的に、収益や利益にどれくらいインパクトがあるのか、個別に算定することは、会計技法的に著しく高度な技量を必要としますが、論理的にはできないことではありません。但し、それを公開することが、逆に現株主の利益につながるとは思えないのです。それゆえ、包括利益計算書で示される「その他有価証券評価差額金」の増減インパクトから、株式の持ち合いという行為から直接会計がはあくできる損益インパクトを評価して、それが著しく、企業価値を損ねるようなら(だって、みんなが好きなROEにもろ影響しますからね)、その時点で、継続的保有の是非を問えばいいんじゃないでしょうか。
制度会計の理論的には、損益計算書(および包括利益計算書)で示される最終利益は、
① 配当可能利益(株主としてどれだけ自己資産が増えたかを示す指標)
② 業績評価利益(経営者の仕事ぶりを評価する指標)
の2つの意味を有します。まずは、制度会計上の期間損益計算フレームワークで、政策保有株式の継続保有の是非を経営者の問うことをしてもらいたいのです。その上で、公約とした最終利益(またはROE)に到達していないのなら、その未達原因を改めて、経営者に問えばいいでしょう。持ち合い株式だけを目の敵にして、それだけでROEが上昇するのなら、そんなもの、誰が経営者になっても儲かるビジネスをやっているということを意味しませんか。まあ、持ち合いを解消して、リリースされた現金をどう使うか(成長投資に振り向けるか、株主還元に回すか)、それこそ、経営者の腕次第。持ち合いを解消した瞬間に企業価値が上がることは決してありません。あなたが、短期所有主義のアクティビストで、持ち合い解消して浮いた現金をすべて還元してもらって、さっさと株主を降りるのなら話は別ですが。。。
本件、日本最大の企業グループ、トヨタ自動車グループではどういう事情になっているのか? 別の新聞記事へのコメント記事で筆者の分析を紹介したいと思います。
⇒「デンソー、アイシン株を買い増し グループ関係強化 - 株式持ち合い解消のトレンドに逆行はなぜか?」
(注)職業倫理の問題から、公開情報に基づいた記述に徹します。また、それに対する意見表明はあくまで個人的なものであり、筆者が属するいかなる組織・団体の見解とも無関係です。
コメント