■ 再び「ヒト」に着目した「ビジネスモデル」
前回に続いて、「ヒト」に着目したビジネスモデルを紹介します。これから日本はますます少子高齢化社会に向かうことになり、単純労働者だけでなく知識労働者も人手不足に大いに悩まされる時代がもうすでに始まっています。「ビジネスモデル」というと、マネタイズの手法だけに特化したお話だったり、画期的なオペレーション手法にだけ焦点を当てたお話が多いのですが、重要な経営リソースを構成する人的資源の調達はどの企業も頭を悩ませる大事な問題になっています。
そもそも、従来の雇用契約を前提とした組織作りの背景とは何だったのかを確認します。働き手は、会社に雇用されて、ある一定期間、その会社内の指示命令系統の中で作業指示を受けて与えられた課業(タスク)をこなします。課業をこなすためにはある程度の錬度や習熟度が必要であるため、社内教育を前提とした中長期的でかつ安定的な働く環境および賃金の提供を約束し、代わりに教育を受けてもらって、会社の指揮命令系統の下、事業活動の一翼を担ってもらうのです。
安定的な労働力の提供と社内訓練、そして会社に対する忠誠心(ロイヤリティ)を求めて、雇用契約で従業員を確保するのが従来型の企業の人的資源の確保戦略でした。
■ ICTの進化による「労働者」と「企業」の関係性の変化
シェアリングエコノミーは、労働力だってシェアします。かつて、多くの労働者は職の機会と安定的な賃金支払いを求めて、雇用者になる道を選択しました。しかし、いったんその企業に就職(いや、実態は就社ですね)すると、企業内知識の習得のコストがかさみ、それは労働市場での自分の価値を下げる要因にもなりかねません。安定的な職と賃金の確保は、それと引き換えに、自分の労働市場での価値の陳腐化との闘いでもあったのです。
腕に自身があれば、また、比較的流動的な環境でも仕事がしたい、フルタイムではなく、自分のライフスタイルに合った多様な働き方をしたいというニーズに応えるため、そして、企業側の慢性的な人手不足を解決するため、クラウドソーシングによる職のマッチングビジネスが隆興することになったのです。
2018/2/27付 |日本経済新聞|電子版 ネットの評価 働き手磨く 不特定多数に発注「クラウドソーシング」
「ネットで企業が仕事を不特定多数に発注する「クラウドソーシング」。時間や場所を選ばず仕事ができる利便性から、参加する人は2020年に1000万人を超えるとの見方もある。その一方でネット上ではその「働きぶり」を評価して仕事を割り振るようになっている。仲介会社も働き手の信用度を測る仕組みを用意し始めた。「労働の質より量」と思われていたクラウドソーシングでも、質を問う流れが加速しそうだ。」
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
(下記は同記事添付の「仲介会社が労働者と企業の間に立って調整する」を引用)
記事内では、クラウドソーシングの大手2社、クラウドワークスとランサーズが取り上げられており、両社共に、働き手のスキルの「見える化」を推進、スキルを客観的に評価できるようにすることで、働き手と企業のマッチング率の向上や新サービス開発に力を入れていることが取り上げられています。
個人事業主やフリーランスと呼ばれる働き方を選択する人と企業をつなぐことで、雇用のミスマッチも解消され、腕やスキルを磨くための他流試合をどんどん実践したい人には好機が与えられます。副業による収入増や、人生100年時代に備えた、キャリアプランに活かすこともできるのです。
● クラウドワークス
● ランサーズ
■ フリーランスや副業といった働き方から、求人内容の変化にも着目
当然、マッチングサイトによる職のあっせんのプラットフォームができてしまえば、働く意欲のある人で、安定志向よりスキル向上志向、安定雇用よりワークライフバランス重視の人達は、長期雇用を前提とした雇用契約に縛られる生き方ではなく、「ちょこっと働き」を選択するリスクが軽減されます。もはや、ワークシェアというより、スキルシェアにまで突き抜けている人達が増加中。
2018/3/5付 |日本経済新聞|夕刊 (知っとくトク)私のスキル、売ります ネットでイラスト制作や本の紹介
「ネット上で自分のスキルや知識を売り買いする「スキルシェア」が広がっている。買い物相談やイラスト制作など、ちょっとした「頼まれ事」のやり取りが大半。うまくいけば収入源になるが、見知らぬ個人同士の取引なのでトラブルを避けつつ上手に受注するにはコツがいる。」
(下記は同記事添付の「主なスキルシェアサイトの例」を引用)
仲介業者各社は、サービスの特徴を出すことで激しい競争を抜け出し、プラットフォーマーにならんと様々な工夫を凝らしています。
以下、同記事より。
● ココナラ
・サービス完了後に料金を提供者に振り込むなど、「依頼通りに仕事してくれない」などのトラブルに備える
・高度なスキルを持つ人のため「プロ認定制度」を開始
● エニタイムズ
・個人宅に出向くことの多い対面サービスを主にしていることから、サービス提供者には免許証など本人確認書類の提示を求め、「本人確認マーク」を画面に表示
上記のように、スキル内容とレベルまで、一般公開され、単価や人気度や満足度などが定量的に比較されるようになれば、企業内人事部の人事評価より、多くの顧客からの直接的な評価の方が信頼性が高まり、むしろ、人事考課で悩むぐらいなら、マッチングサイトで格付けされた方がスッキリして、評価に対する納得性が高まり、モチベーションも向上すると思われます。まさに、人事部泣かせの様相を呈してきました。(^^)
■ フリーランスのための法的保護の強化が図られる
ひとつの企業に縛られない、フリーランスという働き方がもっとメジャーになれば、法的保護の強化も実施しなければなりません。
2018/3/9付 |日本経済新聞|朝刊 (経済教室)フリーランスのための法整備 契約ルールの法制化急げ 共助・自助の安全網も重要 大内伸哉・神戸大学教授
「安倍政権が2017年3月に発表した「働き方改革実行計画」には、現在話題の労働時間改革や同一労働同一賃金をはじめ、政府の取り組むべき労働政策のメニューが多数盛り込まれている。その一つの「柔軟な働き方がしやすい環境整備」では、フリーランスなどの個人事業者の働き方も視野に入っている。」
(下記は同記事添付の「日本の労働力人口」を引用)
これを見てもらってもお分かりの通り、まだまだ日本の働き方の中心は雇用者。それゆえ、法制度上も雇用労働者中心に整備されており、労働基準法をはじめとする労働保護法規は雇用労働者にしか適用されないし、労働保険(雇用保険・労災保険)も同様(労災保険への特別加入は例外)。
しかし、論理的(法理的)には、個人事業者には雇用労働者の保護の根拠となる使用従属性(指揮命令下で働くこと)がなく、むしろ市場で自らリスクをとる働き方なので、法が介入すべきでないという理屈も分からないことはありません。
ただし、長期雇用と社内訓練を前提とした正社員だけでは、ますますスピード化する技術革新による環境変化やデジタル化に伴う産業構造の本質的な転換への対応力が追い付いていかない。
「特に今後は人工知能やロボットが人間の業務を代替し、残されるのは、機械に担当させるとコスト高の単純業務か、機械ではできない知的創造性を要する専門業務が主となるだろう。」
となれば、それらの仕事は企業内でこなす必然性はなく、プラットフォーム(基盤)企業を介し外部に発注することが可能であり、その発注先は自ずと個人事業主(フリーランサー)となるのは自明なのです。
現行法下でも、「プラットフォーム企業や発注者は、働き手を指揮命令している実態が確認されれば、使用者として労働法上の責任を負わなければならない。」ので、問題は誰の指揮命令も受けず法的にも個人事業者と評価できる人達の保護となります。
「産業革命後に雇用労働者を保護する労働法が誕生したのは、保護が本人のためだけでなく、持続的な労働力確保をめざす経済政策としても必要だったからだ。個人事業者としての働き方が日本経済の今後の成長に必要であれば、その働き方を国民が安心して選択できるようにするため政府が経済政策として介入することは理にかなう。」
特定の発注者やプラットフォーム企業に経済的に依存して働く個人事業者は、雇用労働者と類似の経済的従属性が存在するので、個人事業者という理由だけで保護を否定するのは雇用労働者との均衡を欠くため、そうした個人事業者にも法的保護とセーフティネットを設けるべきであるという大内教授の説は大いに納得できるものです。
大内教授によりますと、
「雇用と自営(個人事業)の違いは、指揮命令を受けて従属的に働くかどうかにある。ただ指揮命令の存否の判断は、ICTを活用したテレワークの広がりのような働き方の変化に伴い、ますます難しくなっている。雇用か自営かを強引に線引きして、法的に区別することの説得力は急速に弱まっている。」
こうしたことから、教授は下請法をベースに次のような改善案を提示されています。
・個人事業者のための民事的なルール(労働契約法の「個人事業者」版)の法制化
・契約条件の明確化(書面化、情報開示など)
・不当条項のリスト化
・望ましい条項(例えば継続的な取引関係にある場合の解約予告や妊娠・疾病などの場合の納期の延長)のデフォルト(初期設定)ルール化
・こうした法的ルールの適用を巡る紛争を専門的に扱うADR(裁判外紛争解決)の整備
また、独禁法によるフリーランス保護の動きもあります。
2018/2/16付 |日本経済新聞|朝刊 フリーランス、独禁法で保護 公取委、運用指針を公表 過剰な囲い込み防ぐ
「指針では具体的な違反行為を示した。企業が「秘密保持契約」を盾に競合他社との契約を過度に制限したり、イラストやソフトなどの成果物に必要以上に利用制限や転用制限をかけたりすれば、「優越的地位の乱用」にあたる恐れがあると指摘。複数の同業他社間で賃金の上昇を防ぐために「互いに人材の引き抜きはしない」と申し合わせればカルテルとする。」
(下記は同記事添付の「独禁法違反になる恐れがある行為」を引用)
(下記は同記事添付の「フリーランス人材は不利な取引条件を迫られる例が多かった」を引用)
本記事で大変興味深かったのは、日本では独禁法の制定時、「労働の提供は事業ではない」との考え方を示しており、長らく労働分野には適用されてこなかったという記述。公取委は今回、初めて労働分野にも独禁法が適用されることを明確にした点が、画期的であるということは立法政策も、時代に合わせて変化させていかなければならないということを改めて知ることができました。
フリーランスの法的保護についてはこれくらいにしておきましょう。あまりに、フリーランスに興味を持っていると現在の雇用主にみられると、すわっ、退社して独立する気か? と痛くもない腹を探られかねないので。(^^;)
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