本格的リニューアル構想中のため、一部表示に不具合があります m(_ _)m

経営戦略概史(20)ストークが東京から放った「タイムベース戦略」- ケイパビリティが測定可能に!付加価値向上とコストダウンの両立策とは?

経営戦略(基礎編)_アイキャッチ 経営戦略(基礎)
この記事は約9分で読めます。

■ 生産オタクのストーク、ヤンマーに学ぶ!

経営戦略(基礎編)_アイキャッチ

「経営戦略」の歴史を、三谷宏治著「経営戦略全史」(以下、本書)をベースに説明していきます。今回は、大テイラー主義的手法でケイパビリティ派初の具体的な戦略として提示された「タイムベース戦略」「タイムベース競争」を生み出したBCGのストークを取り上げます。

前回(経営戦略概史(19)ベンチマークで復活したゼロックス・サウスウェスト航空・フォード)紹介した「ベンチマーク」は、他社のベストプラクティスを見つけて、それをそのまま自社に適用・実行することで、それ自体、ケイパビリティ(企業能力)の向上策ですが、「戦略」そのものではありませんでした。しかし、BCGのジョージ・ストーク、トーマス・ハウト、フィリップ・エヴァンズの三人が日本企業からの学びを元にしたケイパビリティ重視の「タイムベース戦略」を生み出しました(本書P185)。

ストークは、1979年に世界最大の農機具メーカー、ディア(Deer)からの依頼を受け、提携先の日本企業ヤンマーの工場を視察しました。そこで彼が目にしたのは、「生産性が大幅に高く、生み出す製品の品質が高く、在庫が著しく少なく、使用スペースが小さく、生産時間がはるかに短かった」理想的な工場の姿でした。ストークは東京オフィスでトヨタの研究もしながら考え続けて遂に、「時間をベースにした戦略」という概念と、「あらゆるものの(コストでなく)時間を測る」という手法を編み出しました。

彼の気づきとは、
① 付加価値を上げるには、顧客の要望から対応までの時間を短縮する
② コストを下げるには、あらゆるプロセスにかかる時間を短くする
でした(本書P187)。

その頃の加工組み立て産業は、規格品の大量生産・大量販売のビジネスモデルから、顧客の多様なニーズを取り込んだ多品種少量生産を強いられて、既存の「ものづくり」プロセスでは、製品開発から量産までのプロセスを柔軟に変更したり、素早く変化に対応したりすることが競争優位のためのポイントになっていたのです。ストークが目を付けたのは、「顧客に、より新しく多様で安いものを素早く提供するための戦略」、それが「タイムベース戦略」だったのです。

管理会計手法でも「時間」に着目した有名なものが存在します。京セラの「アメーバ経営」です。アメーバ組織ごとに、売上からコストを差し引いたアメーバの付加価値分を、アメーバの保有工数で割り算して算出する「時間当たり採算」をKPIにして各アメーバの採算管理を行っています。

 

■ 測れるケイパビリティ戦略「タイムベース戦略」

本書によりますと、当時、トヨタやホンダ等の日系企業は、新車を36ヶ月で開発できましたが、米国の同業では60ヶ月かかっていました。その差は日本企業にお馴染みの根性や長時間労働だけが理由ではありませんでした。

今風に例えるなら、「コンカレント・エンジニアリング」。

関係する部門(企画・開発、製造、原料調達先、部品メーカーなど)がなるべく早い段階から情報共有を行って仕事のムダをなくし、同時並行でできる仕事は必ず同時並行で行う、といった日本企業の「時間の使い方」に秘密があったのです。クライスラーはこの研究を受け入れ、以降の4車種で開発期間を25%短縮し、開発投資を30%削減することに成功し、商品も大ヒットしました(本書P187・188)。

マッキンゼーの
「ホンダ効果」(経営戦略概史(17)キヤノンとホンダ 無鉄砲な日本企業たちの躍進)、
「7S」(経営戦略概史(18)ピーターズらが放った反ポジショニング的ヒット作『エクセレント・カンパニー』
が開いたケイパビリティ戦略への扉を、BCGの「タイムベース戦略(競争)」が「ポジショニング」と「ケイパビリティ」の両立という形で、分析・測定可能な戦略として開け放ったのです。

ポーターが、その競争戦略論で、
① 差別化(高付加価値化)
② コストリーダーシップ
③ 集中(ニッチ化)
のいずれを独立背反的にひとつだけ選択するしかない、としたポジショニング戦略に対して、

付加価値の向上(差別化)と、コストの低下(コストリーダーシップ)は、時間短縮によって、同時に実現できる二律背反なものではない(本書P188)ことを日系企業の成功を元に、発見したのがストークだったのです。

ストークらはその著書『Competing Against Time』で、タイムベース競争の幕開けとして、本田技研工業(ホンダ)とヤマハ発動機(ヤマハ)の「HY戦争」を取り上げています。これは1979年にヤマハがオートバイ市場の盟主となると宣言、市場リーダーのホンダに挑んだ大変興味深いものです。経営史では一般に「激烈な消耗戦」と評価される争いでしたが、この中でストークらはホンダの勝因が、わずか18ヶ月の間に60モデルを113に拡大するという前代未聞の新製品ラッシュでヤマハの挑戦を退けたと分析しています。その熾烈な競争の中で、ホンダは経営システムを抜本的に作り変え、「タイムベース競争の先駆者」となったと言われています。

(参考)
⇒「ホンダ、ヤマハ発動機 細る国内二輪市場で提携 協業と競争の棲み分け戦略 - OEM供給戦略について

 

■ 現代でもそのまま通用する「タイムベース戦略」

「タイムベース競争」とは、「コスト競争」「品質競争」に並び、企業の競争戦略において“時間”こそが希少資源であると考え、時間短縮をもって競争優位を築こうとする企業間競争のことを言います。現場におけるQCD(Quality, Cost, Delivery)の3つのいずれに力点を置いて戦うか、と見れば、今となっては別段特別なことを言っているわけではありませんでした。最初に気付いて口にした人が偉いのです!

「タイムベース競争戦略」は、次のような着眼点を持って現場プロセスの改善を実践します。
(1)顧客価値の向上
同質的な価格・機能・品質の製品・サービスを購入する場合、いつまでも待たされるよりも即座に入手できるものの方が顧客の利便性や満足度が高くなる
(2)生産性の向上
同じ時間で効率的に多くの活動が行えれば、コスト競争力の面で有利
(3)多様な製品投入による市場対応力の向上
同じ時間でより多くの企画や開発に取り組める
(4)市場投入スピード早期化による需要の取り込み
リードタイム短縮によるユーザーニーズの早期充足
(5)市場リスクの軽減
見込みで生産や仕入れを行う際により需要期に近いタイミングで判断が行える
(6)高収益性の実現
在庫リスクや欠品リスクの回避が逸失利益を回避につながる(=機会コストの低減)

では、より具体的な方法論には何があるのでしょうか?
タイムベース競争を実践するためには、ただ単に作業を急ぐというわけではありません。いろいろな現場における実際の活動を動作分析すると多くの場合、付加価値作業に用いられている時間は総作業時間の5%にも達していないことが知られています。残りのほとんどは価値を生み出さない「非付加価値時間(待ち時間)」であり、これを付加価値時間に変換していくことが肝要となります。

 このようにタイムベース競争のコンセプトは、日本企業の強い現場、それも自動車産業で実践されてきた「改善活動」「ムダ取り」に大いに由来します。しかし、その実践範囲は、生産の業務現場にとどまらず、ホワイトカラー職種にも広く応用ができます。HY戦争を勝ち抜いたホンダの様に経営システムそのものを改変するまでに。

 

■ (おまけ)最近の「タイムベース戦略」の事例を探してみると、、、

ものの本やネット上の解説では、「タイムベース戦略(競争)」の事例として、コンビニやピザの宅配など、注文リードタイムの短さを競った顧客の利便性の追求、といったものがよく挙げられるのですが、顧客が欲しいものを確実に早く提供することを追求するということは、

生産リードタイム > 注文リードタイム

の不等式が成立するために、従来は「見込み生産」に甘んじて、「在庫リスク」「欠品リスク」を負うビジネスモデルが一般的だった業界において、少なくとも

生産リードタイム ≧ 注文リードタイム

にする努力に邁進し、「売り切り生産」に移行する企業が登場してきました。それがアパレル業界におけるファストファッション(H&M、ZARAなど)です。最新の流行を採り入れながら低価格に抑えた衣料品を、短いサイクルで世界的に大量生産・販売し、売り切れ御免で、次の流行に乗った商品開発・販売に移行するのです。

そしてこの業界はさらに、ICTの進化を取り入れ、カジュアル衣料を扱っているのに「受注生産」に基づくビジネスモデルを採用する企業まで登場してきました。

(参考)
⇒「サプライチェーン管理(1) - SCMと在庫は切っても切れない仲
⇒「サプライチェーン管理(2)- 在庫の持ち方によるビジネスモデルの分類
⇒「サプライチェーン管理(3)- デカップリングポイントによる7つのビジネスモデル

2017/4/20付 |日本経済新聞|朝刊 アパレル、消費者の好み反映 ストライプ、ネットで受注生産

(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます

「アパレル業界が長年の課題だった過剰在庫の解消を進める。カジュアル衣料大手のストライプインターナショナル(岡山市)は自社サイト経由で受注生産を始め、従来の見込み生産で生じていた無駄な在庫を減らす。最大手「ユニクロ」も納期短縮で店舗などに滞留する在庫を圧縮。在庫処分の過剰なセールをなくして採算を改善し、消費者の好みを迅速に商品に反映する効果も狙う。」

(下記は同記事添付の「受注生産で需要の「読み違い」を抑制する」を引用)

20170420_受注生産で需要の「読み違い」を抑制する_日本経済新聞朝刊

従来、衣料品は販売の数カ月~1年前にデザインを決め、需要を予測して生産する手法が一般的でした。トレンドや天候の読み違えで売れ残った商品は値引き販売(バーゲン)で在庫一掃を図ります。しかし、バーゲンセールが常態化してセール販売比率が数割を占めるようになると、収益の圧迫要因となってしまいます。それゆえ、値引きを見越して価格をあらかじめ割高に設定せざるを得ないケースも多々あります。しかし、受注生産で売れ残りがなくなれば、在庫やセールを織り込まずに低価格で商品を提供することができます。

「受注生産は価格が数万円台の高級ブランドでは少なくないが、大量生産を前提とし数千~1万円前後のカジュアル衣料では珍しい。少量生産のため生産コストは割高になるが、同社は売れ残った商品の値引き販売によるマイナスがなくなることで相殺できるとみる。石川康晴社長は「売り上げよりも在庫消化率100%を優先する」と話す。」

タイムベース戦略は、製造業の現場に限った話ではない。ビジネスモデル開発を検討する会議室で議論されているのだ!(^^;)

(参考)
⇒「ファストリ傘下のGU、人気商品をすばやく増産 従来の半分、2ヵ月で -ファストファッションのビジネスモデルはレッドオーシャン !?
⇒「(経済教室)企業経営 再興の条件(下)「事業機会の裏」に勝機あり 競合の忌避テコに差別化 楠木建・一橋大学教授
⇒「ファストリと東レ、販売・生産情報共有 流行や人気…迅速対応 5年で1兆円取引発表

経営戦略(基礎編)_経営戦略概史(20)ストークが東京から放った「タイムベース戦略」- ケイパビリティが測定可能に!付加価値向上とコストダウンの両立策とは?

コメント