■ 状況に応じてポジショニングとケイパビリティを統合させる
「経営戦略」の歴史を、三谷宏治著「経営戦略全史」(以下、本書)をベースに説明していきます。今回は、ケイパビリティ派とポジショニング派の争いを振り出しに戻した「コンフィギュレーション」を提唱するヘンリー・ミンツバーグの紹介となります。
ミンツバーグはその代表的な著書「戦略サファリ」の中で、
企業の発展段階(発展→安定→適応→模索→革命)に応じて、戦略や組織のあり方やその組み合わせは変わる
(本書p237)
と論じました。本書に倣えば、発展期にはポジショニングを重視して市場を探索し、安定期にはケイパビリティを重視して組織力を十二分に活用し、模索期にはラーニング論(センゲと野中)で組織の方向性を調整し、革命期にはアントレプレナー論(ターマン、スティーブンソン)を用いて組織に破壊的大変革をもたらすといったふうに、常に状況変化次第で企業戦略において何を重視してどういう方法論を用いるかを柔軟に考えようとするものです。
ではそうした状況の変化に適切な方法論の適用は、何をもって最適かを判断することができるのでしょうか。トップダウンで行うのが正しいのか、それともボトムアップで行う方が間違いが少ないのか。ミンツバーグによれば、それすら定型的な判断基準が明確に存在するわけではなく、その企業のリーダーやマネージャーの判断力と与えられた時間的余裕次第であると、大層、組織にいるリーダー層の人にとってはつかみどころのない厳しい言葉を投げかけているのです。
■ アンゾフとアンドルーズにまで遡ってこの論争がどこに芽吹いたかを確認する
市場における競争論を経営戦略に初めて持ち込んだアンゾフは、ポジショニング派とケイパビリティ派の論争が激しくなる前に一つの示唆をその著書「戦略経営論」(1976)で明らかにしています。
・「環境」に対して企業の「戦略的な推進力(ポジショニング)」と「能力(ケイパビリティ)」は、整合していなくてはならない。ずれていることが失敗の原因となる
・「環境」はその乱気流度合いによって次の5段階に分けられる。「安定的」「反応的」「先行的」「探求的」「創造的」
(本書p239)
アンゾフの意図は、「環境」「ポジショニング」「ケイパビリティ」を整合させることにあり、「組織は戦略に従う」のは、組織が戦略ほど急には変われないからだ、戦略が失敗しないように組織(ケイパビリティ)を先に変革してしまおうというものでした。
(本書p240)
アンゾフにとっては、変化とボラティリティの大きい順に、
市場環境 > 戦略(ポジショニング) > 組織(ケイパビリティ)
(*かっこ書きは筆者記入)
というイメージを持っていると理解することができるのです。
そして、HBSのアンドルーズは戦略プランニング手法として「SWOT分析」を世に送り出しましたが、彼は、企業戦略はある種のアートであり、SWOT分析もいわば彼のアート作品を作るための手段、一種の思考法のフレームワークにすぎず、ここから自動的に企業がどうすればいいのか“解”が導かれるとは考えていなかったわけです。アンドルーズの愛弟子の一人だったポーターが戦略はアートではなく、経営分析(5力分析)も経営戦略(戦略3類型)も定型化できると思い立った歴史を我々は知る必要があります。
ミンツバーグは、ポジショニング派とケイパビリティ派の論争が激高する中、こうした、アンゾフやアンドルーズの説いたポイントまで一気に経営戦略論の時計の針を戻したわけです。
⇒「経営戦略概史(8)アンゾフは「市場における競争」の概念を持ち込んだ「経営戦略」の真の父」
⇒「経営戦略概史(11)アンドルーズは「戦略プランニング手法」を広めたが戦略自体はアートだと信じた - SWOT分析はここから始まった」
■ 経営戦略論をアートもしくはクラフトに戻したミンツバーグ
ミンツバーグの出世作「マネジャーの仕事」(1973)は、彼が実際にフィールドワークを通じてマネジャーの仕事に張り付いて得た知見をまとめた実証的なものでした。
・企業でもっとも大事なのはリーダーではなくマネジャーである。マネジャーたちの無数の意思決定や行動が企業の活動を支えている
・マネジャーの仕事は断片的で瞬間的で雑多である。その判断は多く「直感」によってなされている
(本書p241)
彼は後年、その著作「戦略クラフティング」(1987)でよきマネジャーは教室で育つこともないし、よき戦略が机上で定期的に生み出されるのでもない、として、マネジャーの現場における創発的な活動が経営戦略の源泉であると主張します。これをあまりに単純化して飲み込んでしまうと、すべてが経験主義で説明され、近代マネジメント論としてここまで「理論」を様々な角度から検証してきたすべてのアプローチが無駄であったといっても過言ではない強いメッセージとなり、拒絶反応を示す人も少なくはありません。
彼の論文をまとめた「H.ミンツバーグ経営論」(2007)が手元にあるので、ここから、彼が「戦略」と「組織」について語った部分を以下に要約して皆さんにも共有頂こうかと思います。
● 戦略
戦略は、理性や合理的な統制、競合他社や市場環境への客観的なシステマティックな分析に基づき、未来に向かって「プランニング(計画立案)」されるものではなく、長年の経験や現場で行われた試行錯誤から、経験とひらめきが創発的に徐々に経営戦略を形作っていくのであって、まさにその意味で「クラフティング」されるものということができるのです。
彼が上掲書で指摘した「戦略プランニング」における3つの誤謬は以下の通り。
(1)予測は可能である
(2)戦略家は戦略課題と別世界に存在できる
(3)戦略策定プロセスは定型化できる
ミンツバーグはこれらを誤謬といっているので、簡単に間違いということなのですが、(2)についてはいささか解説が必要なようです。この箴言の意味するところは、会議室の中にこもって数多くのデータと分析結果を検討しても、実際の管理プロセスを実行して現場で戦略的思考を常に働かせている現場マネジャーの方が何段も適合的な戦略を思いつくことができる、ということです。
例えば、2人で平等にパイを切り分ける場合、切る人と最初の半分を選ぶ人を別々にするのが最も正確にパイを半分に切り分けることができるという家庭の知恵そのもので、実際に戦略が行われる過程に身を置いて初めて分かる・見えるものが多いという教訓によるものです。
● 組織
彼にとって、組織とは、その時に採用された戦略に応じて、柔軟に管理範囲、職務拡大の程度、外部からの産業的制約条件の考慮、存続年数と構成員のタイプ、持ち合わせている生産技術などと整合性をもって、落ち着くところに落ち着かせるもの、つまり、コンフィギュレーション(相対的配置)がなされる対象であるとみなされています。
コンフィギュレーションされるべき対象、組織の構成要素に彼は次の5つを挙げます。
① 戦略の司令塔(経営執行者)
② ミドル・ライン(ライン・マネジャー)
③ オペレーションの主役(現場の人たち)
④ テクノストラクチャー(職能スタッフ)
⑤ サポート・スタッフ(事務管理)
そして下図は、上掲書p260にある「図表8-1◎組織の5つの基本要素」から筆者が一部加工して抜き出したものになります。
図の中心にある形がなんとも、ろくろの上で回っている粘土のように見えて仕方がありません。これは、ミンツバーグの経営戦略はクラフティングだ、という言葉を体現する形であると理解しています。
彼によれば、事業部制や機械的官僚制など、組織が採り得る組織形態は、この5つの構成要素が様々に変化して表現されるのですが、その紹介はまだ別の機会に。
彼によれば、経営戦略は、優秀なテクノクラートが定型的に生み出せせるものとして「サイエンス」重視の考え方でもなく、卓越した個人としてのトップ経営者でしか生み出せないとする「アート」の世界のものでもなく、現場で創意工夫のもと、会社を動かしているマネジャーが「クラフト」として形作るものである、という結論になります。
このように、「経営戦略は●●である」というステートメントの形式をとらずに、「経営戦略はクラフティングから生み出す」という方法論を主張した点で、その他の論説と一線を画するものであるともいえるのです。
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