■ 「IoTは産業革命か」(1)ネット接続だけではない
日本を代表する経済紙である日本経済新聞にて、ゼミナールで「IoTは産業革命か」と題して、富士通総研:湯川抗氏による全10回(2015/9/21~10/2)にわたる連載がありました。筆者の観点からのコメントを指し挟みながら、一気読みしたいと思います。なお、本稿に付されている以下のチャートは、断り書きが無ければ原則として、その記事掲載日に添付されたものを転載しております。
2015/9/21|日本経済新聞|朝刊 (ゼミナール)IoTは産業革命か(1)ネット接続だけではない
(注)日本経済新聞の記事へ直接リンクを貼ることは同社が禁じています。お手数ですが、一旦上記リンクで同社TOPページに飛んでいただき、上記リード文を検索すればお目当ての記事までたどり着くことができます
「IT(情報技術)の発展は、ハードウェアやその製造工程にまで環境変化を促した。その結果、新たな産業革命に対する期待が膨らんでいる」
ドイツで、「インダストリー4.0」が提唱され、第4次産業革命と題されていることを意識しての、「産業革命か」なる標題となったと推察します。
「調査会社のIDCは、IoT市場が今後、年に約17%成長し、20年には14年の約2.5倍に拡大すると予測。マッキンゼーは、IoTの経済効果は25年までに6兆2000億ドル程度に達し、クラウドコンピューティングより大きいと試算する。産業界全体が大きな変革の時を迎えようとしていることがわかる」
IoTは、「Internet of Things(モノのインターネット)」の略で、論者によっては、「Internet of Everything」や「Smart Everything」、「サービスのモノ化」とも呼ばれています。以前は、MtoM/M2M(Machine-to-Machine)と言われていましたが、特に、IPアドレスやRFIDタグで、インターネット/クラウドに接続されて相互に①情報交換、②制御する「スマートな機器(モノ)」とその運用モデルを指して、IoTと呼称されることが多いです。
本連載では、ネットにつながったハードウェア(モノ)がどのように進化するのか、そしてそれを使い倒す人間(ユーザ)側にどのような価値を生み出してくれるのか、解説することを目的としています。
■ 「IoTは産業革命か」(2)ソフトウェアで機械が育つ
「IoTがもたらす産業革命的な変化を考える上で重要なのは、センサーを搭載したハードウェアが他のハードウェアとつながることで、膨大な情報を生み出すことではない。インターネットにつながることで生み出されクラウドに蓄積された情報を活用し、ハードウェア自体が分析し考えるようになることだ。」
ポイントは2つ。
① ハードウェアと、ハードウェアに搭載されたソフトウェアの融合
① ネット(クラウド上のビックデータ)と接続されたソフトがハードを賢くする
つまり、それまでは、単体の存在だったハードウェアが、ネットワークの一部を構成し、単独の存在ではなくなること、ソフトウェア自体のアップデートと通信機能を通じた情報交換により、従来は売り切りだったハード自身がユーザを意識しなくても、進化(最適化、パーソナライズ化など)し続けることができる、ということです。
■ 「IoTは産業革命か」(3)グーグル 成長領域はハード
「グーグルが1998年9月の創業から2014年12月までの約16年間で買収した企業は、計165社にも上る。買収が基本的な成長戦略といってよい。買収した企業を分析すると、グーグルが考える成長分野をある程度まで推測できる。」
「グーグルの成長戦略に変化が表れたのは13年5月のマカニ・パワー(風力タービン付き飛行艇)買収。ハードウェアのみを製造する企業の買収に力を入れ始め、その後2年でハードウェア企業を14件買収した。この間の買収件数の26%になる。」
「買収したハードウェア企業の事業内容は、ロボティクス企業が7社と半数を占める。ほかは家庭用の室温制御装置のネスト・ラボからパーキンソン病患者用スプーンのリフト・ラボまで多彩だ。」
グーグルの買収戦略から、ハードウェア重視または、ハードとソフトの融合(まさしくIoTの方向性)に、グーグルは自社の将来性を見ているというまとめになっています。IoTは、まさしく、リアルの世界で、センサーとアクチュエーター(制御)がネット情報とつながる所。ハードのメカトロ、センシングなどの技術が必要になるのは、当然といえば当然。
■ 「IoTは産業革命か」(4)GE、ソフトで新市場開拓
「ハードウェア企業の代表であるゼネラル・エレクトリック(GE)は、ソフトウェアを活用して自社製品を進化させようとしている。」
「GEは130年の歴史があり、物理的な面で機械の限界を知り尽くすハードウェア企業であると自認。ソフトウェアを活用し、ハードウェアに情報収集・分析させ自らを進化させる方針を示す。」
グーグルはソフト会社だからハード会社を買収。逆に、GEはハード会社だからソフト会社を買収。ハードとソフトの融合、考える・つながるハードが「IoT」だから両者が自社に不足を感じる分野をM&Aで補おうとするのは自然なこと。
■ 「IoTは産業革命か」(5)ロボット、数カ月で賢く
「様々なハードウェアが、スマートフォンのようにソフトウェアのアップデートを通じ、常に最新の機能を備えられるようになりつつある。IoT(モノのインターネット)が革命的なのは、モノが互いにつながり、大量かつ多種多様なデータが蓄積され解析されることではない。ハードウェアがソフトウェアを使って常に自力で賢くなるということである。」
ポイントは、「自力」とあるところ。ここについては、筆者は、どこまで「自力」なのかが技術的に重要なのだと考えています。「人工知能(AI)」に関する投稿でも、繰り返し述べているのですが、機械が勝手に賢くなることは、レトリックとしてはあり得ても、現実には、事前のハードウェアの設計の枠内で、ソフトウェアの更新もしくは収集データによるカスタマイズ・最適化の進展の範囲に限定されます。あらかじめ、作り手が考えつく範囲内でしか、ソフトウェアのアルゴリズムで判別できることしか、ハードは賢くなることはできないのです。
ここは、あまり過大な幻想は抱かない方が宜しいかと。
■ 「IoTは産業革命か」(6)ハード分野の起業容易に
「ハードウェアをめぐっては、大企業とベンチャーの境界も揺らいできている。ハードウェアの分野でベンチャーが成功するのが難しかった理由は大きく3つあった。研究開発(R&D)、試作と試験(プロトタイピング)、資金調達が、それぞれ困難ということだ。」
大企業は、近代工業化が進む中で、大量生産向きの大規模な生産設備への投資、優秀な人材を多数結集、それらをファイナンスの面で支える株式制度の活用による大量資金調達の3点セットで、大企業たり得ました。「規模の経済」が効かないと、少品種大量生産・大量消費の世界で製品提供ができなかったのです。
「雑誌「ワイアード」の元編集長のクリス・アンダーソン氏は2012年に「メーカーズ」を出版し、誰でもハードウェア・メーカーになれることで21世紀の産業革命が起こると主張した。今やハードウェア・ベンチャーと大企業の境界も揺らぎ始めている。」
これから、大企業が従来の延長線上で精々対応できるのは、「マス・カスタマイゼーション」のレベルまで。多品種をなるべく大量生産ラインの有効活用により低コストで提供しようというもの。消費者自ら欲しいものを作ってしまう「パーソナル・ファブリケーション」のレベルには、大企業はその存在意義を失ってしまいます。
いやあ、“ものづくり”の進化の方向性については、全くその通りですが、これが「IoT」とどう関係しているの?
■ 「IoTは産業革命か」(7)ベンチャー育成工房続々
「すべてのモノがインターネットにつながるIoTは、産業革命的な影響力を持つ。その背景は、個人では難しかったハードウェア開発でも新たな企業が生まれやすくなっている事情がある。
ハードウェアは開発に工作機械などが必要で、ソフトウェアと違いインターネットで共有できない。このためソフトウェアのようなコミュニティを活用した開発は困難だった。しかし、近年「ハッカースペース」と呼ばれるハードウェア開発のための物理的なワークスペースが生まれている。」
そして、
「創業初期のハードウェア企業を対象とする育成施設「スタートアップ・アクセラレーター」が次々できている。」
と続けて、起業のハードルが下がってきている、という現状を説明して頂いています。
で、くどいようですが、ハードウェア企業の起業ハードルが下がったことと、IoTはどう関係しているの???
■ 「IoTは産業革命か」(8)試作と動作確認容易に
「IoT(モノのインターネット)関連製品は今や子供でも開発可能といえる。新たな産業の芽が育ちやすくなっている。」
ようやく氏の論説のアウトラインが分かりかけてきました。従来の重厚長大な“ものづくり”、つまり「マス・プロダクション」より、「パーソナル・ファブリケーション」の方に、IoT関連製品が親和性を持っている、という氏の前提条件があると理解しました。IoTは、ネットにつながり、パーソナライズ・ユースの使用情報を常に収集することで、そのユーザの使用状況に最適化されるように、ソフトェアがハードウェアの使われ方を改変できる能力を持っています。
なるほど、その「IoT」の特徴が、「パーソナル・ファブリケーション」と親和性を持ち、起業家精神を持った個人が新たな製品を造ることが、これからの産業革命の本質だと、言いたいのですね。これまでの産業革命(0次~3次まで)は、大企業が主役でした。それが、第4次産業革命では、個人(ユーザ、消費者)が主役となるのだ、と主張したいということですね!
■ 「IoTは産業革命か」(9)資金調達ネットで拡大
「IoT(モノのインターネット)でネットにつなぐハードウェアの開発には、材料費などでまとまった資金が必要だ。これまで個人や小企業による製品開発の壁だった。」
「だが最近、インターネットで不特定多数から資金を集める「クラウドファンディング」が、個人やベンチャー企業の資金調達環境を大きく変えている。資金提供先の事業を特定し、一人一人から少額を集める。クラウドファンディングによる資金調達額は世界的に増加し、出資先に占めるハードウェア関連事業の割合も年々増えている。国内でもクラウドファンディングは拡大している。」
記事では、ハードウェア・ベンチャーが、クラウドファンディングを利用することで、ベンチャーキャピタルが、投資回収しやすくなり、M&A資金を出しやすくなったと説明されています。ここは、ちょっと説明を要しますね。確かに、クラウドファンディングを活用することで、ベンチャーキャピタルが出資する必要額が抑えられるかもしれません。
クラウドファンディングは原則として、プロジェクトファイナンスで、当該製品(IoT製品に実は限らないのですが)の開発・生産・販売に特化したものです。ベンチャーキャピタルは、コーポレートファイナンス、そもそも企業を運営するのに必要な資金を提供します。ベンチャーの場合、通常は、海のものとも山のものとも分からない新技術に先行投資する資金提供を依頼します。それゆえ、プロジェクトとコーポレートの分別が曖昧になりがちですが、両者は、出資・回収基準が全く別に組成されます。使い分ける必要がある、というのが本質的・実務的な解なのではないでしょうか?
(管理会計のブログでテクノロジーの話をしても、結局お金の話に力が入りますね!)
■ 「IoTは産業革命か」(10)ハッキング対策など課題
「すべての機器がインターネットにつながるIoT。その本質は、ハードウェアがソフトウェアを使って情報処理を行い、日々賢くなることだ。ソフトとハードが互いの機能を必要とするようになり、ハードウェア企業とソフトウェア企業の境界線は曖昧になった。」
とこれまでの議論を総括して、
「新たな技術を基に市場が生まれても、制度に不安があれば市場拡大も制限される。例えば電子商取引を誰でも安心して利用できるようになるには、技術の発展だけでなく電子商取引法などの制度整備が必要だった。」
「また、人工知能がソフトウェアとしてハードウェアと一体化すれば、自力で賢くなるハードウェアが人間の職を奪う恐れもある。かつての産業革命は馬車の需要を奪い、御者の代わりに運転手が必要とされた。それと同様、雇用の形も変わる必要がある。それまで様々な摩擦も起こるだろう。」
と、
① 法制度の整備
② 雇用への影響の対策
を説いています。
標題は、「ハッキング対策」とあり、すべてがネットにつながるリスクをもう少し解説して欲しかったのですが、、、
2015/8/21|日本経済新聞|朝刊 ネット接続 もろ刃の剣 IoT機器に「乗っ取り」リスク 車や金庫を遠隔操作
「情報セキュリティーの国際イベント「ブラックハット」とハッカーの国際大会「DEFCON(デフコン)」が8月初旬、米ラスベガスで開かれた。両会場では、あらゆるモノがネットにつながる「インターネット・オブ・シングス(IoT)」の弱点とハッキング手法が多数報告され、反響を呼んだ。IoT機器はどうやって攻撃されてしまうのか。」
連載は楽しませていただきましたが、「産業革命」と「IoT」と「パーソナル・ファブリケーション」の三者がうまく関連付けて説明頂けるともっと良かったと思います。まあ、他人の文章を後から揚げ足取りすること程、容易なこともありませんけどね。(^^;)
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