ガンジー(17)人間の英知を信用しすぎるのは賢明ではない。強者も弱くなるかもしれないし、賢者も間違うかもしれないと心に留めておくことは健康的である。

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■ 自分が一番賢いと思う人が一番危うい

It is unwise to be too sure of one’s own wisdom. It is healthy to be reminded that the strongest might weaken and the wisest might err.

人間の英知を信用しすぎるのは賢明ではない。強者も弱くなるかもしれないし、賢者も間違うかもしれないと心に留めておくことは健康的である。

(インドの弁護士、宗教家、政治指導者 / 1869~1948)
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自分の未熟さが最も罪作りなのですが、私は言葉が強いです。この意味は、いつでも熱意を込めてものを話すようにしているので、受け止める人にとっては、高圧的に感じたり、思わず肯定してしまったりするそうで。(^^;)

一方で、熱意や誠意を肯定的に受け止める人も存在してくれていて、贔屓にして頂いているクライアントも少なからずいらっしゃいます。本当にありがたいことです。

まず自分語りから始めましたが、強い口調で説明すると反論が出なかったり、正しいと錯覚に陥って思わず肯定してしまったりする人が少なからず存在するということは、そういう語気や口調の強さだけを売り物にして人とコミュニケーションすることには危険が潜んでいるということにも配慮する必要があるということです。

私はこれを、「力業(ちからわざ)で議論に勝っても、勝負で負けている」という風に表現しています。人はなぜ、他人と議論するのでしょうか? より正しい結論を導くために衆議を尽くしてその場での最適解(Best effort でもよいのです)を求めるためでしょう。また、意見の相違(合っていることと異なっていることの双方を含む)を認め、お互いの存在を尊重し合うコミュニティを形成するためのツールとして活用しているのかもしれません。

そこでは、決して、巧みなレトリックや語気の強さだけで相手を説得することは求められていないのです。私は、自分が持っている見識を社会に活用してほしくて、個人的見解をなるべく相手に合わせて、できるだけ真意を理解してもらえるように分かりやすく加工し、意を尽くし、努力して伝えるようにしています。それがどうしても熱を帯びすぎて熱くなってしまう理由の一因であるのですが。

しかしその一方で、「衆議を尽くす」ことの大切さも忘れないようにしています。一通り、主張を述べた後は、必ず相手の意見・感想・思いを聞くようにしています。これを「傾聴」の姿勢として、大事にしています。熱く話せば話すほど、分かりやすいと自分で考えて、言葉を選びに選んで話をした後になればなるほど、できるだけ物理的にも長い時間を取り、時には相手の同意や意見創出を直接促したりします。

弱い犬ほどキャンキャン吠える、とも言いますよね。自己主張の激しい人と一見思われている人は、実は小心者でいつ自分が否定されるか内心ではビクビクしているかもしれませんよ。

私は、自分の「無謬性」をこれっぽっちも信用していません。大前提として、この瞬間、自分の頭の中に浮かんだアイデアや思い、意見は必ず間違っているかもしれない、最適ではないのかもしれない、と思いながら、言の葉に載せて口にしています。

なぜなら、ハーバート・サイモンの「限定合理性の原則」を信じているからです。

人は、合理的であろうと意図するけれども、自己の認識能力の限界によって、限られた合理性しか持ち得ない。だからこそ、ヒューマンエラーはこの世から根絶することは不可能であるとする考え方です。

分をわきまえた言い様ができる。そういう風格と余裕を兼ね備えた大人になりたかったけれど、小人の匂いぷんぷんの口先だけの論客に見られがち。。。まだまだ修行が足りません。だけど修行が足りていないことを自覚している自分だからこそ、「傾聴」の姿勢は非常に大切なのであります。

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小林 友昭
小林 友昭
現役の経営コンサルタントです。経営管理の仕組み構築や経営戦略の立案、BIシステムを中心としたIT導入まで手掛けております。
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