■ 下町のスゴ腕獣医師 小さき命を救うために
蓮岡さんが営むのは町の小さな病院。しかし、遠方からも多くの人が押し寄せる。診察まで3時間待ち。ペットを救うスゴ腕の獣医師。
もの言わぬ動物を前にする時、大切にする流儀がある
「くまなく見て、じっくり触り、鋭く観察する」
小さい体に過剰な治療は負担が大きい。時間をかけた診察で病状を見極め、治療は必要最小限度に留める。それが、獣医師の責任だと蓮岡は考える。
「呼吸の仕方とか歩き方とか姿勢とか見る。体中触るっていう、どうなんやどうなんやって。何となく私は、僕は、ここが具合悪いって何となくわかるような気がするねんね。動物を察してあげる、治療を優先した診察よりもまず動物を診て、“構築”していくほうが時間がかかっても、そっちの方が自分にはあっていますね」
診察時間が終わるのはいつも深夜過ぎ。それでも時間を問わず急患が次々と訪れる。蓮岡の仕事に終わりはない。
■ 高額医療費にペットロス 獣医師に立ちはだかる壁
日本ではペットを飼っている世帯は3分の1にのぼる。ペットを家族同様に扱っている人も大勢いる。技術進歩で犬の寿命は2倍に伸びたといわれている。しかし、公的な医療制度が無いため、高額の医療費に悩む飼い主が多い。
さらに、ペットを失うことで、心に大きな喪失感を抱くペットロス症候群も大きな問題だ。「あのー、なんていうかな、20年も30年も長生きしてほしいっていうのは人の気持ちで飼い主さんの気持ちで当たり前なんだけど、、、」ペットだけでなく飼い主のケアもしながら治療することになる。
「動物と飼い主の人生を診る」
加齢で、腎機能が弱った愛犬を買っている老夫婦がいた。点滴を打ちながら最後を見守ることになっていた。突然老夫婦が来院をキャンセルし、自宅で愛犬を見守りたいと言ってきた。蓮岡さんは、人を迎えにやって犬を病院まで連れてきた。老夫婦は愛犬の最後を自宅で見守ろうと、点滴も来院もやめていた。愛犬の寿命を知った飼い主が悲観していないか気がかりだったのだ。「点滴は絶対した方が良いですよ。点滴して楽やなと思って死んだ方が絶対楽やから。人間もそうだから。目覚めが悪くなる。せっかくここまで一緒に長生きしてきたんやから、寝覚めが悪くなる。多少元気になってきて、またおいしいものも食べられるか分からへんから。諦めたらあかんね」
愛犬が苦しめば、飼い主にとってもつらい最後になる。看取りまでの日々に寄り添う時、蓮岡さんが大事にしている流儀がある。
「精一杯やったという思いが支えになる」「十分に出し尽くす。全て出し尽くす信念」
「動物に、動物に応える我々も当然応えて亡くなるのが理想的ですね。そうすると違う心が出てきますから。諦めないで亡くなったなら吹っ切れてって」
■ 診察まで3時間待ち ペットを救うスゴ腕獣医師の若き日々
動物と飼い主の人生に寄り添い、できる限りのサポートを続ける蓮岡さん。しかし、若い日に追いかけたのは、今とは全く異なる獣医師像だった。
「独りよがりの獣医師」
大阪の共稼ぎ世帯で育った蓮岡さん。小さい頃から動物が好きで、さびしいと気を紛らわせるために動物と過ごす時間が多かった。高校生の時に獣医師を志し、東京の病院に勤務しはじめた。勤め始めて1年位経った頃、当直している蓮岡さんの元に、一人の少女がやって来た。腕の中には既に息絶えた一匹の仔猫。泣き悲しむ少女に、胸を打たれ、一緒に埋葬に出かけた。しかし、病院に戻るとこっぴどく叱られた。「飼い主に付き合う前に動物を治す力を身に付けろ!」
「何やこいつはって職場放棄して出ていって、飼い主と一緒に埋めに行っていたなんておかしいやないかって、確かにおかしいんですよ、立場上は。あ、そうか、獣医さんはそういうことを思ってはいけないんだって」
蓮岡さんは朝から晩まで先輩について回り、必死で勉強し始めた。寝る間も惜しみ、時には食事も忘れて全ての時間を治療に捧げた。そして3年後、自信を付けて、蓮岡さんは大阪で開業。間もなく評判が広がり、毎日何十組も訪れるようになってくる。ひたすら数をこなすため、蓮岡さんは次々と素早く診断を下していった。飼い主と会話せず、助からない動物は運命だと自分に言い聞かせた。
「全部動物のせいにしていましたね。自分の腕は間違いないんやと。自分の処置は間違いないんやと。自分には問題が無いって、この子が治れへんかっただけやとか、この子運が無かっただけやと」
感情を押し殺して治療にあたる毎日。そうした姿勢に蓮岡さんは治療が苦痛に感じるようになった。「しんどかったですね。あー、明日になるの嫌やなあって。この瞬間、世界が終わればよいのに」
悶々とする中で、一つの出来事があった。長男を目にしたときだった。「おトイレしていたんですね。本当にね、なんかね、長男がね、すっごいかわいいんですね。なぜ、そう思ったか分からないんですがね。涙がぽろぽろ出るんですよ。あっ、飼い主にも動物をこんなにかわいがってねんなと思ったんですよね」「なんて心得違いしていたのかなと」
病院に来る飼い主にとって動物は我が子と同じ。獣医師にはその思いを受け止める責任があるのではないか? それから、蓮岡さんは診察の方法をいちから見直した。どんなに、深夜になっても手を抜かず一匹一匹じっくりと診察していった。そして我が子のように思う飼い主の不安や悲しみにトコトン寄り沿った。蓮岡さんは自らの進むべき道を見つけ出した。
■ 下町のスゴ腕獣医師 全身全霊でペットを救う
「動物と全身全霊で向き合う」
それから30年、今日も深夜まで蓮岡さんの治療は続く。飼い主の経済的負担を減らすために、蓮岡さんは自ら道具を手作りする。手術の傷当てにはタオルをアレンジなど。
5月、蓮岡さんは難しい診察にあたっていた。おとなしかったはずのトイプードルが突如狂暴になったという。あまりの凶暴さに他で診察を断われ、蓮岡さんの所にやって来た。蓮岡さんの診断の結果は、脳腫瘍。他の病院で精密検査に必要があると思っていた。飼い主は、大型の検査機械による検査が愛犬のさらなるストレスになると心配し、検査に二の足を踏んでいた。
6日後、事態は急変した。回転運動が止まらなくなったという。脳腫瘍の疑いがさらに深まった。しかし、犬への負担を考え、大がかりな検査に踏み切れない飼い主。飼い主の気持ちを斟酌して、治療法を探るのが獣医者。しかし、原因が探らないと最適な治療は施せず、犬は救えない。飼い主にMRI検査を勧め、蓮岡自身も検査に立ち会うことを約束した。
MRI検査の結果、前頭葉に大きな腫瘍が見つかった。余命1ヶ月。後は、蓮岡が投薬で処置することになった。蓮岡の処方した薬のおかげで、トイプードルは穏やかになっていた。飼い主は、犬に懐いていた甥っ子姪っ子を家に招いて最後のあいさつを交わさせた。残された時間はそれほど長くない。それでも最後の日に精一杯向き合おうとしていた。
「最後に動物をきれいに死なせてあげたいという、同じ家庭に生まれてよかったなっていう、やっぱりお互い感謝し合えば、ありがとうって動物も人間も思うんですよ」
「ありがとう、さようなら」
犬は飼い主夫婦に最期を看取られて、安らかに眠った。
どれだけ力を尽くしても悲しい別れからは逃れることはできない。それでも蓮岡さんは全身全霊で動物と飼い主に向き合い続ける
プロフェッショナルとは?
「日々新たに、朝起きて、マキシマムに働いて夜寝る、
また朝起きてマキシマムに働いて夜寝る。
その積み重ねがプロフェッショナルの道だと思います。」
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→再放送:8月1日(土)午前0時55分~午前1時43分 総合
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